「お前との婚約を破棄する!」「え?私って婚約者いたんですか?!」
誤字報告感謝です!
日刊9位ありがとうございます。
「イリナ!俺は真実の愛を貫く為にお前との婚約を破棄する!」
「え?私って婚約者いたんですか?!」
学園の卒業パーティーでバイキングを楽しんでいた私の持つフォークから芋がポロリと皿に転がり落ちる。
知らない男子生徒がこれまた知らない女子生徒を伴って自身に指を向け、いきなり大声で唐突に婚約破棄を宣言してくるものだから心底からビックリしたのだ。
実は知り合い?と記憶を探って見ても全然該当する人は当たらず、人違いかとも思ったが彼は私の名前を言っていた。
困惑する私を男子生徒は「ふんっ」と鼻で笑う。
「そうやってとぼけて気を惹こうとしても無駄だぞ、俺はお前なんかよりもずっと素晴らしい女性を見つけたのだから」
「ごめんなさい、イリナ。貴女の婚約者だと分かっていたのにどうしてもエドに対する気持ちを抑えられなかったの……!」
「ああ、アンジー、それは俺も同じだ。婚約者がいる身でありながら君と言う華に惹かれるのに抗えなかった……」
手を取り合い、見つめ合って二人の世界を作るのを眺めながら皿の上の料理を口に運ぶ。
お、このローストビーフ美味しい。
後でおかわりしよう。
もぐもぐと口を動かしながらお互いの存在に浸る二人を見学し、ナプキンで口を拭い空になった皿とフォークをウェイターが下げてもまだ二人の世界にいるアンジー?とエド?に声を掛ける。
「あのー、そこのエド?って方は本当に私の婚約者なんですか?」
「婚約者だっただ!お前との婚約は破棄するのだからな!」
「それは全然構わないんですけど、私が知りたいのは貴方が本当に私の婚約者の立場に居たのかです。私達、今日が初対面ですよね?」
そう、婚約を結ぶとなれば両家の顔合わせや結婚に向けての交流があるはずなのにそう言った類の事をやった記憶が全く無いのだ。
なんなら家の方針で私はまだ婚約者を作っていないはずなんだけど、え?
本当に誰?
私の疑問にエド?は「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「今から七年前から俺達は婚約を結んでいる。手紙や面会の機会が無かったのはお前の父親が断ったからだと聞いている」
「それ本当に婚約成立してます?」
私のお父様が婚約者との交流を断る?そんな人じゃない筈だけど……。
首を傾げる私にアンジー?と呼ばれた女生徒が「婚約破棄を認めたくないのは分かるわ」と語り出す。
「貴女がエドと育む事が出来なかった真実の愛を私が抱いてしまったのは本当に申し訳ないと思っているわ、親友である貴女を裏切る様な事だもの……でも、どうしても彼を愛する事を止められなかったの!本当にごめんなさい!」
急に訳の分からない事を言いだしたこの女性は私の親友を自称しているらしい。
今まで話した事も無い一切面識の無い自称婚約者と親友と言う不審者に絡まれた私は今日のパーティー参加者の中で一番可哀想だと思う。
一体私が何をした。
周りの人達もこの騒ぎに視線を向け、愉快そうな顔で話している。
それはそう、私だって無関係だったら野次馬になる自信がある。
どうすっかなぁっと蟀谷を押さえ、事態の収拾を考えていると「生徒会役員入場」とアナウンスが入った。
そちらに目を向けると会長を先頭に入場してきた生徒会の役員達が妙な空気になっているのをすぐさまに察してこちらへ足を向けてくれている。
流石、有能な方々は判断が早い。
「イリナ嬢、これは一体どうしたんだい?」
「それが「僕達が真実の愛を貫く為に彼女に婚約破棄を願い出たのです!」
生徒会長に話し掛けられたのは私なのにエド?が割り込んできた。
私でなければ見逃してしまう程僅かに眉を顰めて直ぐに元の表情に戻した生徒会長は一先ず言い分を聞こうとエド?の話に耳を傾ける。
さっき私に話していた事と同じ内容の説明を受けた生徒会長は首を傾げた。
「それ、本当に婚約成立しているのかい?聞いている限りでは君の家からの婚約の申し出は断られている様に思えるのだけれど」
「そんなはずはありません!」
「イリナ嬢、君の意見は?」
「婚約を結んだ記憶も無く、これまで一切の交流も無いのですから婚約関係にあるとは全く思えません。なのでお二人が真実の愛で結ばれたと言うのであれば私が反対する理由も無いので自由に結婚すれば良いと思います」
私の返答に何故か二人は憮然とした顔をしている。
何の障害も無く愛した人と結ばれるのに何が不満なのだろう?
「では、結ばれているかは一先ず置いて双方婚約を破棄する事に相違は無いと言う事だ。ではこの話はこれで終わりだね。今日は卒業生達を祝う晴れの舞台であり、主役は君達だけではない。これ以上この話をしたいのであれば別室で願おうか」
生徒会長の言葉に二人が周りを見た。
今まではずっと二人の世界に浸っていた彼らは周囲の嘲笑する様な視線とヒソヒソと話す声に漸く気付いた様だ。
一学年下の生徒会長ですら分かる事を理解出来ていなかった二人の姿は滑稽と言う他に無い。
顔を青くして足早に会場から出て行く二人の背を見送り、私は生徒会長に礼を告げる。
「晴れの場でお騒がせして申し訳ありませんでした。収めて下さり感謝致します」
「気にしなくていい。去年も騒動はあったし、毎年ああ言った場を読む事も出来ないで目立とうとする人は出てくると聞いている。君は巻き込まれた側の様だし、気にせず卒業パーティーを楽しんでくれたまえ」
「ありがとうございます」
周りの聞き耳を立てている人達に主張するように少し声を張りながら私に否は無いと宣言してくれた生徒会長に再度礼を告げて、好意を無下にしない為に私は再び皿とフォークを手に取りローストビーフへと突撃した。
めっちゃ美味しい。
そんなこんなでお父様に卒業パーティーで起きた事を報告した所、色々と衝撃的な事実が露見した。
まず一つ目、そもそも婚約は結ばれていない。
エド?ことエドリックは正真正銘赤の他人だった。
では何故エドリックが婚約していると勘違いしていたのかだが、彼の父親の仕業だった。
我が家と縁を結びたかった父親が私と自分の息子の婚約を申し出たが、お父様に断られた。
それでもどうしても縁を結びたかった父親はそこで何を思ったのか『外堀を埋めて事実を捏造すれば良い』とトチ狂った事を考え、周囲に吹聴したり、自分の息子に婚約者だと説明していたらしい。
勝手な噂を知ったお父様は直ぐに否定して父親に厳重に注意して止めさせたのだけれども、将来的に婚約を結ばせれば嘘にはならないと考えて息子に嘘を吹き込むのは止めていなかった。
その結果、会ってもいないし話してもいない顔も知らない婚約者と言う謎の存在になった訳だ。
私の容姿も分からず名前だけが頼りだったエドリックは同じ学年に私が居る事を知り接触しようとしたらしいのだが、私はお父様の手伝いで学園を不在にしている事がちょくちょくあり、悉くタイミングが合わず会えず運も無ければ縁も無かったらしい。
二つ目に自称親友のアンジー?ことアンジェリカとやらは入学式でエドリックに一目惚れをしてどうにかお近づきになりたいと考えていた所、彼が私に会う為に動いている事を知り私の友人を名乗って近付く事を画策したらしい。
学園を空ける事が多い私とエドリックの橋渡しを名乗り出て伝言や手紙を預かり、私のフリをして勝手に返信したりエドリックの悩みに乗ったりして彼を物にした。
恋人関係になったから私に婚約破棄の話を通したいと言うエドリックに別に私と友人はおろか知り合いですら無いと真実を告げられず、困ったアンジェリカは私が渋っていると嘘の話をでっち上げた。
時間を稼いだのは良いものの私と上手く接点を作る事が出来ず、話をする機会もなくズルズルと時が過ぎ、焦れたエドリックが卒業パーティーで婚約破棄を告げる事を決意したらしい。
話を聞いたかぎりエドリックはまあ、被害者であると言える。
一応、筋は通そうと行動はしていた様だし。
が、それはそれとしてもっと他に穏便な手段はいくらでも取れたのに手を尽くさず、自身の境遇に酔って学園の卒業パーティーと言う晴れの場を穢したのだからそれ相応の賠償はしてもらう。
アンジェリカも恋に悩んだ年頃の乙女の愚行とも言えるがやっていた事がアウト過ぎる。
私と親友との詐称に私が書いたと文書偽装、実際には婚約を結んでいなかったとは言え自身の欲望で他家の令嬢を陥れて婚約を破断させた。
法に触れてはいないが人からの信用を失うには十分だ。
二人とも学園を卒業したら一人前の貴族として扱われるのに自身の行動とそれに伴う結果に対する自覚が足りなすぎる。
勉強料として多少は痛い目を見て貰おう。
全ての発端であるエドリックの父親には個別で迷惑料を請求し、それとは別に両家それぞれに慰謝料を請求した。
慰謝料には一定期間内での支払いと家のお金ではなく二人が働いて稼いだお金での支払いしか認めないと条件を付けさせて貰った。
学園を卒業したばかりの労働経験が無い二人だけれども若者が必死に働けば返済出来る額だ、真実の愛で結ばれた人と一緒なのだから乗り越えていけるだろう。
まあ、全てが明るみに出たその結果として現在二人の関係はぎくしゃくしているようだけれども、私には一切関係ない。
「真実の愛だと声高に言っていたのだからそれを貫いて欲しいですわね」
そう言ってティーカップを傾ける私の話を頬杖をつきながら聞いていた元生徒会長、ことアルノー様が鼻で笑う。
「自らが招いた多少の苦難如きで悪化する関係性を真実の愛とは言えないんじゃないかい?」
「いえいえ、まだ分かりませんよ?これから苦難を乗り越えて更に愛が深まるかもしれないのですから」
今後の二人に期待だ。
是非とも二人で苦難を乗り越え、物語の様な真実の愛を見せて欲しい。
「君は真実の愛を信じていないのによくそう言えるね?」
「私が信じていないだけで他人が信じている事を否定してはつまらないではないですか。私の考えを覆してくれた方が人生に刺激が出ますからね」
「その刺激の一環が僕との婚約って事かい?」
アルノー様の言葉ににっこりと笑みを返す。
うちの家の方針で学園を卒業した者は後継者かどうか問わず三年間庶民として暮らし市井を知る勉強をさせられる。
私も例に漏れず卒業後の三年間を市井で過ごす事になり、その際に住む地域を決める為に地図に投げたダーツが刺さった位置がアルノー様の家の領地だった。
特に関わる事も無いだろうと思っていたけれども偶々働いてたお店の店長さんの子供が人攫いにあいかけ、その子供の身代わりに私が攫われたところ、アジトへ救助に来たアルノー様と遭遇した。
丁度、人攫い達の最後の一人を縄で縛り上げた所で突入してきた騎士様とアルノー様は部屋の状況にぽかりと口を開けていて大変に面白かった。
話によると人攫い達は銀行強盗で逃亡中の人質として子供を攫おうとしていたらしい。
そこを私が人質に名乗り出て攫われてしまったのだとか。
学生時代の知り合いとこんな場所で再会すると思っていなかったアルノー様は「名前は同じだなとは思ったけれども、まさか本人だとは思わないじゃないか」と後々に語った。
まあ、庶民は家名付かないし私も家名を名乗らずにただのイリナとして暮らしていたので無理もない。
そんなこんなで思わぬ形で再会し、学園卒業後に実家所属の騎士団で働いていたアルノー様と何の縁なのか事件で遭遇する事が増え交流を重ねていった内に私の勉強期間が明けた翌月には彼との婚約が決まった。
彼と再会してからの二年間は確かに刺激的な日々で楽しかったけれども、流石の私もそれだけで将来を共にする旦那様を決めたりなんかしない。
「私、真実の愛は分かりませんが普通の愛は分かるんです」
そう言って彼の頬にキスを贈るのだった。




