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静寂の彼方へ  作者: 宙子
4/5

4.


 翌日、登頂開始から10日目。

 14時を過ぎたあたりで、通信が入ってきた。


 また、あの男から?ちょっと身構えてしまう。


『聞こえてるよな!トニーだよ。いったいどの辺にいる?

 いくら待っても連絡がないんだから困るよ!

 ……ところで、持たせたカメラは使えてるか。高くついたんだぞ』


 カメラ。そう、バックパックを一層重くしているこの機材。


 じつは最初の拠点付近で、何枚かは撮影してある。

 麓を見下ろした景色や少し珍しい植物を。ただ……


『なるべく良い写真を頼むぜ。ピンぼけなんて勘弁だ。

 セルヌのてっぺんをバッグに、ポーズをつきのアンタの上半身の絵。

 そうだな……とりあえず10枚は欲しい。

 なにせ、俺たちのスポンサー様が期待して待ってる。

 ……おおっと、そろそろ行くよ。またな!』



 リサは思わずふうー、とため息をついた。


 この計画の間、通信は受信のみ。

 それも、一方通行の録音タイプだ。


 電力の節約のためもあるけれど、1番は登ることだけに集中したいから。

 危険と隣り合わせの岩崖に張り付いてる最中、通信に応じるのは自ら墓穴を掘るようなもの。


 きちんと話し合って決めたはず。

 ただ、気がかりなのは……。


「何て言うだろう、《《壊れた》》と知ったら」


 バックパックを一層重くし、かさばっているのはバラバラに壊れてもう使えない、大きなカメラ。


 出発の前日、宅配で届いて驚いた。


 どの道、途中で破損して使い物にならなくなる予感はあった。



 今日、まだうっすらと暗がりのうちから登りだした岩壁で、頭上に岩が張りだした難所で、何度も滑落した。


 やむを得ずピトンを余計に打ち、乗り越えることができた。

 けれど、最後の滑落の反動で岩に背中からぶつかったとき、一瞬でカメラは壊れた。


 ぶつけた背中は今も痛む。上からテーピングを巻いても血がにじむ、指の傷も生々しい。……いつもどの指も皮が破けているし、慣れているけど。



 押しが強くて、口がうまい。

 会って話したのは数えるほど。高そうなスーツに身を包んだ、涼しい容姿のあの男。


 でも……困難に挑戦しようとするクライマーの実情、そして山を分かっていない。

 ただの山じゃない。誰も山頂を踏んだことのないセルヌだ。



 平坦な山里のトレッキングくらいに捉えてる?

 私は___スポンサーを喜ばせる道具?


 スポンサーとの仲立ちを頼んだわけじゃない。

 どころか何度も断ったのに、しつこくて……。


 登頂の許可を取ったのも、資金を準備したのだってあの男じゃない。

 なのに、どうしてジャマばかり。



 ピピッ!


 可愛らしい音。草むらの影でストップしていたらしいドローンが、姿を見せた。

 少し傾き加減になり、リサのほうを向いている。そんな気がした。



「……分かってる」


 急き立てられるように歩を進めていく。

 見据えるは、遥か先に白くかすむセルヌの頂。



 _____________


 11日目、10時。晴れ。



 垂直の岩壁を登る途中、濃い青紫色のベリーや卵を得ることができた。

 ……ちゃんと食べられるかは分からない。ひとまず火を通そう。



 アップダウンのある道を抜け、開けた草地へ来た。

 歩いてゆくと、案内板がある。


 付近の山々を図解付きで説明しているようだ。



 回り込んだ場所に、旧型で緑色の望遠鏡も見つけた。


 セルヌの山頂を見ようとしたけれど、隆起する岩壁に遮られる。

 好奇心が沸き、他の方角にも向けてみる。上がダメなら___。


 色々なところを見ていたら、意外な発見が。


「___あれは、クライマー?」


 十数メートル下の岩壁に、誰か張り付いている。

 岩肌と対照的に、鮮やかなブルーのウェアが目立つ。


 男性、それとも女性?年齢もよく分からない。


「私のほかにもいたんだ、こんなところへわざわざ登って来るのが」


 ___________



 次の目的地への途中、立ち寄った洞窟のなかで、缶詰の空き缶と薬剤を見つけた。


 前にここへ来た誰かが残したものだろう。

 空き缶は、何個かリサイクルすればピトンになる。


 すっかり慣れてしまっているけど、小型ドローンの《《特技》》の1つだ。


 薬剤のほうは、気力を高める効果。

 まだ使えるようだったから、バックパックに仕舞っておく。


 そこで気が付いた。壊れたカメラが、どこにもない。


「……え、まさか」


 ウィーン、キュイッ。


 近くにはいるらしい、小さな音だけ聞えてくる。



 すぐに悟った。ああ、そうか。『いらないモノ』判定されて、リサイクラーにかけられたんだ!もはやプラスチックとガラスの破片だったから。


「……あっはは」


 しばらくこめかみのあたりをおさえていたリサが、弾けたように笑う。


(そうだ、あれはもういらないモノだった。……私の代わりにやってくれたんだね)


 品質のいいチョークの粉末、またはピトンとして、滑り止めの役割を果たすだろう。

 バックパックの容量に空きもできた。今後の物資回収がはかどる。



「一緒に、セルヌを見よう。少し近づいてきてるよ」


 ドローンが姿を見せ、近づいてきた。


 リサは持ち上げ、山頂を向けて高く掲げた。

 ドローンのランプが瞬くように明滅した。



 _____________


 12日目、曇り。13時。


 本来のルートを少しそれた。気になるものが見えたから。


 再び数メートルの岩壁を登った先___少し段々になったところへ沢山の写真たてが並んでいた。


 山に入ったきりの人々を悼むため、作られた場所。


 リサは屈んでサッと十字を切ると、しばらくの間その場に居続けた。





 横ばいに岩壁を伝うと、木製の組み立てイスや木箱が放置されている。


「景色は、いい場所だよね」


 イスはがたついていて、座るのをためらわれる。



 もう、日が暮れる時間にさしかかっていた。


 ビバークできるところを探しつつ歩いていると、小さな湖の向こうにテントと細く白い煙が見えた。



 近づいていくと、物音に気づいたのか1人の男性がテントからひょこっ、と顔を出す。

 20代くらいにみえる。手足がヒョロッとした、赤毛の青年だ。

 目をドングリみたいに丸くしたあと___


「こ、こんにちは。貴方も、クライマーですか?どこまで行くの。僕はオーウェン」


 ずいぶん人懐っこい青年だ。つられてリサも自己紹介をしていた。


「……リサ。リサ・モロー。___セルヌの頂上を目指してる」


 言葉にすると、より実感がわく。

 いっぽう青年はとても驚いた表情になった。


「え、頂上まで」

「そうだよ、……貴方は行かないの?」


 青年は少しの間考え込み、ハッとした様子だった。


「リベルテの標高7100メートル地点、北東ルートで女性のクライマーとして初到達!リサ・モローさん、貴方のことですよね?

へぇ、すごい人と会えた。僕、ネットで記事を見ました」


(7240メートルだけど……)


 胸の内で思う。でも、初対面の青年が自分を知ってくれているのは何だか……変な感じだった。



 すっかり夜になった。

 テントが2つ、やや離れた位置取りで並び、シルエットを作っている。


「どうぞ、僕の特製!ポタージュ・ソヴァージュです」


 少し得意げに、カフェオレボウルを差し出された。

 ……有無を言わさず、という感じ。


「美味しい!」


 お世辞ぬきの感想だった。

 ほんのりバターの風味。そして、ほんのり爽やかな苦みもある。


「仕上げにタンポポの葉を刻んで、少し。ちゃんと、やわらかいところを選びました」

「料理、上手なんだね」

「そうかな?でも、嬉しいです」


 オーウェンは、話しやすい。クライマー同士だから?


 そのあとも、休む時間まで話し続けた。


 陶器でかさばるカフェオレボウルを持参していることからも、彼が登頂目的じゃないことは分かる。


 きっとこんな時間、今日限りだとリサは思う。


(でも、楽しい。誰かとこうして食事をするのは久しぶり)




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