4.
翌日、登頂開始から10日目。
14時を過ぎたあたりで、通信が入ってきた。
また、あの男から?ちょっと身構えてしまう。
『聞こえてるよな!トニーだよ。いったいどの辺にいる?
いくら待っても連絡がないんだから困るよ!
……ところで、持たせたカメラは使えてるか。高くついたんだぞ』
カメラ。そう、バックパックを一層重くしているこの機材。
じつは最初の拠点付近で、何枚かは撮影してある。
麓を見下ろした景色や少し珍しい植物を。ただ……
『なるべく良い写真を頼むぜ。ピンぼけなんて勘弁だ。
セルヌのてっぺんをバッグに、ポーズをつきのアンタの上半身の絵。
そうだな……とりあえず10枚は欲しい。
なにせ、俺たちのスポンサー様が期待して待ってる。
……おおっと、そろそろ行くよ。またな!』
リサは思わずふうー、とため息をついた。
この計画の間、通信は受信のみ。
それも、一方通行の録音タイプだ。
電力の節約のためもあるけれど、1番は登ることだけに集中したいから。
危険と隣り合わせの岩崖に張り付いてる最中、通信に応じるのは自ら墓穴を掘るようなもの。
きちんと話し合って決めたはず。
ただ、気がかりなのは……。
「何て言うだろう、《《壊れた》》と知ったら」
バックパックを一層重くし、かさばっているのはバラバラに壊れてもう使えない、大きなカメラ。
出発の前日、宅配で届いて驚いた。
どの道、途中で破損して使い物にならなくなる予感はあった。
今日、まだうっすらと暗がりのうちから登りだした岩壁で、頭上に岩が張りだした難所で、何度も滑落した。
やむを得ずピトンを余計に打ち、乗り越えることができた。
けれど、最後の滑落の反動で岩に背中からぶつかったとき、一瞬でカメラは壊れた。
ぶつけた背中は今も痛む。上からテーピングを巻いても血がにじむ、指の傷も生々しい。……いつもどの指も皮が破けているし、慣れているけど。
押しが強くて、口がうまい。
会って話したのは数えるほど。高そうなスーツに身を包んだ、涼しい容姿のあの男。
でも……困難に挑戦しようとするクライマーの実情、そして山を分かっていない。
ただの山じゃない。誰も山頂を踏んだことのないセルヌだ。
平坦な山里のトレッキングくらいに捉えてる?
私は___スポンサーを喜ばせる道具?
スポンサーとの仲立ちを頼んだわけじゃない。
どころか何度も断ったのに、しつこくて……。
登頂の許可を取ったのも、資金を準備したのだってあの男じゃない。
なのに、どうしてジャマばかり。
ピピッ!
可愛らしい音。草むらの影でストップしていたらしいドローンが、姿を見せた。
少し傾き加減になり、リサのほうを向いている。そんな気がした。
「……分かってる」
急き立てられるように歩を進めていく。
見据えるは、遥か先に白くかすむセルヌの頂。
_____________
11日目、10時。晴れ。
垂直の岩壁を登る途中、濃い青紫色のベリーや卵を得ることができた。
……ちゃんと食べられるかは分からない。ひとまず火を通そう。
アップダウンのある道を抜け、開けた草地へ来た。
歩いてゆくと、案内板がある。
付近の山々を図解付きで説明しているようだ。
回り込んだ場所に、旧型で緑色の望遠鏡も見つけた。
セルヌの山頂を見ようとしたけれど、隆起する岩壁に遮られる。
好奇心が沸き、他の方角にも向けてみる。上がダメなら___。
色々なところを見ていたら、意外な発見が。
「___あれは、クライマー?」
十数メートル下の岩壁に、誰か張り付いている。
岩肌と対照的に、鮮やかなブルーのウェアが目立つ。
男性、それとも女性?年齢もよく分からない。
「私のほかにもいたんだ、こんなところへわざわざ登って来るのが」
___________
次の目的地への途中、立ち寄った洞窟のなかで、缶詰の空き缶と薬剤を見つけた。
前にここへ来た誰かが残したものだろう。
空き缶は、何個かリサイクルすればピトンになる。
すっかり慣れてしまっているけど、小型ドローンの《《特技》》の1つだ。
薬剤のほうは、気力を高める効果。
まだ使えるようだったから、バックパックに仕舞っておく。
そこで気が付いた。壊れたカメラが、どこにもない。
「……え、まさか」
ウィーン、キュイッ。
近くにはいるらしい、小さな音だけ聞えてくる。
すぐに悟った。ああ、そうか。『いらないモノ』判定されて、リサイクラーにかけられたんだ!もはやプラスチックとガラスの破片だったから。
「……あっはは」
しばらくこめかみのあたりをおさえていたリサが、弾けたように笑う。
(そうだ、あれはもういらないモノだった。……私の代わりにやってくれたんだね)
品質のいいチョークの粉末、またはピトンとして、滑り止めの役割を果たすだろう。
バックパックの容量に空きもできた。今後の物資回収がはかどる。
「一緒に、セルヌを見よう。少し近づいてきてるよ」
ドローンが姿を見せ、近づいてきた。
リサは持ち上げ、山頂を向けて高く掲げた。
ドローンのランプが瞬くように明滅した。
_____________
12日目、曇り。13時。
本来のルートを少しそれた。気になるものが見えたから。
再び数メートルの岩壁を登った先___少し段々になったところへ沢山の写真たてが並んでいた。
山に入ったきりの人々を悼むため、作られた場所。
リサは屈んでサッと十字を切ると、しばらくの間その場に居続けた。
横ばいに岩壁を伝うと、木製の組み立てイスや木箱が放置されている。
「景色は、いい場所だよね」
イスはがたついていて、座るのをためらわれる。
もう、日が暮れる時間にさしかかっていた。
ビバークできるところを探しつつ歩いていると、小さな湖の向こうにテントと細く白い煙が見えた。
近づいていくと、物音に気づいたのか1人の男性がテントからひょこっ、と顔を出す。
20代くらいにみえる。手足がヒョロッとした、赤毛の青年だ。
目をドングリみたいに丸くしたあと___
「こ、こんにちは。貴方も、クライマーですか?どこまで行くの。僕はオーウェン」
ずいぶん人懐っこい青年だ。つられてリサも自己紹介をしていた。
「……リサ。リサ・モロー。___セルヌの頂上を目指してる」
言葉にすると、より実感がわく。
いっぽう青年はとても驚いた表情になった。
「え、頂上まで」
「そうだよ、……貴方は行かないの?」
青年は少しの間考え込み、ハッとした様子だった。
「リベルテの標高7100メートル地点、北東ルートで女性のクライマーとして初到達!リサ・モローさん、貴方のことですよね?
へぇ、すごい人と会えた。僕、ネットで記事を見ました」
(7240メートルだけど……)
胸の内で思う。でも、初対面の青年が自分を知ってくれているのは何だか……変な感じだった。
すっかり夜になった。
テントが2つ、やや離れた位置取りで並び、シルエットを作っている。
「どうぞ、僕の特製!ポタージュ・ソヴァージュです」
少し得意げに、カフェオレボウルを差し出された。
……有無を言わさず、という感じ。
「美味しい!」
お世辞ぬきの感想だった。
ほんのりバターの風味。そして、ほんのり爽やかな苦みもある。
「仕上げにタンポポの葉を刻んで、少し。ちゃんと、やわらかいところを選びました」
「料理、上手なんだね」
「そうかな?でも、嬉しいです」
オーウェンは、話しやすい。クライマー同士だから?
そのあとも、休む時間まで話し続けた。
陶器でかさばるカフェオレボウルを持参していることからも、彼が登頂目的じゃないことは分かる。
きっとこんな時間、今日限りだとリサは思う。
(でも、楽しい。誰かとこうして食事をするのは久しぶり)
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