第1話 勝っているはずだった
戦いが終わったとき、俺はいつも同じ違和感を覚える。
――あれ?
……もう終わり?
剣を振るった記憶は、ほとんどない。
派手な魔法も、決死の攻防もなかったはずだ。
それでも、目の前には倒れ伏す魔王軍の幹部がいて、
周囲には勝利の空気だけが残っていた。
「や、やった……のか?」
誰かがそう呟いた。
魔王軍第三幹部。
人間の国家一つを単独で滅ぼしたとされる存在。
本来なら、全滅していてもおかしくない戦力差だった。
なのに。
「勝った……?」
パーティの誰もが、実感のない顔で周囲を見回している。
俺も同じだった。
正直に言えば、戦っていた感覚がほとんどない。
気づいたら、敵が倒れていた。
いつも通りだ。
「……レイン」
背後から、かすれた声がした。
振り返ると、剣士のアルドが地面に膝をついていた。
鎧は裂け、血が止まらない。
「おい、アルド!?」
慌てて駆け寄るが、彼の顔色は悪い。
「なあ……また、か……」
「またって、何言って――」
言いかけて、周囲を見渡す。
回復役のミリアは倒れ、動かない。
弓使いのセラも、腕を押さえて苦しそうに息をしている。
勝った。
確かに勝ったはずなのに。
「……なんでだよ」
誰も死んでいない。
だが、明らかにおかしい。
敵はほぼ無傷だったはずの俺たちを相手に、
一方的に倒された。
その直後、今度は仲間が壊れる。
この光景を、俺は何度も見てきた。
最初は偶然だと思っていた。
次は、運が悪かったのだと。
だが――
「レイン……」
ミリアが、弱々しく目を開ける。
「ごめん……私……また……」
「謝るな。お前のせいじゃない」
そう言いながら、胸の奥が冷えていく。
――また。
彼女も、そう言った。
戦いのたびに、
勝つたびに、
なぜか仲間が傷つく。
俺だけは、ほとんど無傷のまま。
「……帰ろう」
誰かがそう言った。
勝利の余韻など、どこにもなかった。
⸻
王都に戻ってからの話は、早かった。
早すぎるくらいだった。
玉座の間に集められ、
俺たちは静かに結果を報告した。
勝利。
魔王軍幹部の撃破。
それだけ聞けば、褒章が出てもおかしくない。
だが、王とその側近たちの顔は、最初から硬かった。
「……レイン」
王が、俺の名を呼ぶ。
その声音には、迷いがなかった。
「これまでの戦闘記録を、すべて確認した」
側近が書類を差し出す。
「君が参戦した戦いは、すべて勝利している」
俺は黙って聞いていた。
事実だ。
「だが同時に――」
側近が言葉を続ける。
「その戦いでは、必ず味方に重傷者が出ている」
空気が凍る。
仲間たちの視線が、俺に集まる。
「……偶然だ」
そう言おうとして、喉が詰まった。
同じことが、何度も続いている。
偶然で片づけるには、回数が多すぎた。
「結論を言う」
王が立ち上がる。
「レイン。
お前がいると、皆が不幸になる」
その言葉は、淡々としていた。
怒りも、嫌悪もない。
ただ、事実を告げるだけの声。
「……」
反論しようとした。
だが、言葉が出てこない。
仲間たちの顔を見る。
誰も、俺を睨んでいなかった。
誰も、俺を庇おうともしなかった。
ただ、目を伏せている。
「……すまない」
アルドが、絞り出すように言った。
「俺たちは……お前と一緒に戦いたい。
でも……」
その先を、誰も言わなかった。
言わなくても、分かる。
「分かりました」
俺は、そう答えていた。
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「追放、ということでいいですね」
王は、わずかに目を伏せた。
「……ああ」
それで、終わりだった。
⸻
城を出るとき、振り返らなかった。
振り返っても、何も変わらない。
俺は荷物もほとんど持たず、
そのまま辺境へ向かった。
なぜか、怖くはなかった。
ただ――
「……俺がいると、不幸になる、か」
その言葉だけが、頭の中で何度も反響していた。
数日後。
魔物に襲われた。
正直、どうでもよかった。
剣を構える間もなく、
視界が暗くなり――
その瞬間、妙な感覚があった。
落ちていく、というより。
引き剥がされるような。
世界から、
すっと。
最後に思ったのは、
――これで、誰も傷つかなくて済むなら。
という、
ひどく静かな安堵だった。
次に目を開けたとき、
俺は、泣いていた。
自分の意志とは関係なく。
小さな声で。
誰かの腕の中で。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、
★評価・感想・ブックマークで応援してもらえると励みになります。
次回もよろしくお願いします!




