第4話 未完成のプロダクト
渋谷の雑居ビルの五階。
エレベーターを降りると、壁一面に貼られたホワイトボードと、空のエナジードリンク缶が並んでいた。
「今川です」
返事はなかった。
奥の会議スペースで、若い男たちがモニターを睨んでいる。
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このITベンチャーは、社員十五人。
資金調達には成功していたが、プロダクトは完成しない。
「全部、足そうとしてますね」
昇太は初日に、そう言った。
CEOは苦笑した。
「ユーザーの声を全部拾いたくて」
「拾わなくていい声もあります」
冷たい言い方だったが、否定ではない。
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昇太は、全員を会議室に集めた。
そして、ホワイトボードに一行だけ書く。
《最初の三人のために作る》
「今、このサービスを“本気で困っている人”は誰ですか」
沈黙。
誰も、即答できない。
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午後。
エンジニアの一人が言った。
「僕ら、評価されるのが怖いんです」
「完成させた瞬間、ダメ出しされるのが」
昇太はうなずいた。
「だから、未完成にしている」
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翌日。
昇太は、機能を半分、捨てた。
議論は荒れた。
だが、コードは軽くなり、画面は静かになった。
「これで、出しましょう」
「βでもいい。逃げない形で」
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一週間後。
最初の三人が、使った。
小さなフィードバックが返ってきた。
褒め言葉ではなかったが、具体的だった。
CEOは、初めて笑った。
「……やっと、作ってる感じがします」
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最終日。
昇太は、同じ言葉を残して去る。
「完成させてください」
それは命令ではなく、祈りに近かった。
渋谷の交差点を抜け、
キャリーバッグの音が、人混みの中に消えていった。




