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蘇生人   作者:


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3/5

第3話 帳場に残る声

山あいの温泉地に、観光客の姿はほとんどなかった。

今川昇太は小さな旅館の前でキャリーバッグを止め、建物を見上げる。


暖簾は出ている。

だが、呼び込む力がない。



帳場に入ると、女将が一人、帳簿をめくっていた。


「本日はお世話になります。今川です」


「……ええ、聞いております」


声は丁寧だが、どこか遠い。

この旅館は、赤字ではなかった。

それでも、確実に“下って”いた。



昇太は、あえて宿泊客として一晩泊まることにした。

部屋は清潔で、湯も悪くない。料理も、手が込んでいる。


——なのに、心に残らない。


夕食後、帳場の前を通ると、誰もいないはずの廊下で足音がした。

女将が、昔の帳場に向かって小さく話しかけている。


「……お父さんなら、どう言う?」


昇太は、聞かなかったふりをした。



翌朝。

ラジオ体操を終え、昇太は帳場に女将を呼んだ。


「この旅館、何をやめたか覚えていますか」


女将は驚いた顔をした。


「やめた……?」


「声です」


昇太は静かに言う。


「帳場で、お客さんに話しかける声」


数字を追うあまり、効率を重ね、

気づけば“人の温度”を切り落としていた。



昼過ぎ。

昇太は従業員を集め、たった一つだけ提案した。


「今日から、チェックイン時に三十秒、雑談をしてください」


決まりはそれだけ。

マニュアルも、評価表も作らない。


「帳場は、情報を処理する場所じゃありません」


「安心を渡す場所です」



夕方。

最初に来た宿泊客に、女将は少しだけ笑った。


「遠いところ、お疲れさまでしたね」


その一言で、空気がほどけた。



帰りのバス停。

昇太はキャリーバッグを足元に置き、山を見上げる。


旅館は、直さなくていい。

思い出すだけでいい。


再生ではなく、回復。

それが、この場所に必要なすべてだった。


バスが来る。

昇太は振り返らず、次の町へ向かった。


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