推しに土下座したあの日に
私、大嶺七瀬は小説家を目指している。
きっかけはとある小説。劇場版アニメ化までした名作である。
自室は推しのグッズで埋め尽くされ、コスプレまでしたがそれだけは足りない私は、自分でも小説を書くと決めた。
だが私は今どき珍しいゲームに興味がないタイプの人間で、異世界転生モノに大切なあるある要素を持ち合わせていない。
なろう系×自分の特技で戦っていく流れの昨今。初期装備が貧弱どころか、丸腰のクソ雑魚作家であると理解はしているが、どうしてもゲームに関心を持てない呪い(親のしつけ)があり、この程度の表現しかできない。
なので別の強みを探そうと大学に入ってからは色んなものに手を出すことにした。
登山に手芸、ダンスにボクシング、イラストに動画配信。
感性は体験の数だけ味がすると、どこかの入門書で読んだからだ。
なのでその……ここには書けないような体験もした。
ただその中で一つ、後悔しそうなものがある。
出来るだけ過去とは違うもの。
色も形も雰囲気も全く違う何かを、自分の中に取り入れることが出来れば。
それこそ価値観がガラッと変わるような。
特別になりたい。
そんな願いを元に始めた一つが…………。
〈パチスロ〉だった。
* * *
取材を始めて二か月。
ミイラ取りがミイラになってしまった。
なんでだよ! とセルフツッコミをする間もなく完全なるスロカスへと転落し、大学の奨学金にまで手を出した私は先日親に黙って借入金を増額した。
だがそれでも来季の学費には足りず、慌ててバイトを掛け持ちしたが、増えたはずのお金はどこかへ消えていく。
私なら自制心を保つことが出来ると信じていた。
友人にも親にも優れた作家になるためだと言いくるめ、それでも客観的に見ておかしいと思ったら止めてほしいと念を押していた。
だがパチスロを始めて一番最初に上手くなったのは噓のつき方だった。
用事がある=パチスロ。
遊びに行く=パチスロ。
大学に行く=パチスロ。
バイトに行く=パチスロ。
コンビニに行く=パチスロ。
何かをする時は最終的にパチスロへ行きつく。
最初は本当に用事があった。
でも時間が空くと、私の足はパチスロ屋へ。
そこからはアクションにプラスしてパチスロくっつくようになった。
「で、始めてすぐに30万溶かすって、ある意味才能の塊だよね」
すでに就職している幼馴染の華音がため息をつく。
「だって仕方ないじゃん。面白いんだから」
私と華音の二人。
公園のベンチで夕陽を見ながら今後の人生相談をしているところだ。
「面白いって……少し前まではバカがやる遊びだって言ってたよね?」
呆れた様子でカフェオレに口をつける華音。
「そんなこと言ったかな?」
「言いました」
「え~そうだったかなぁ」
二か月前なんて体感では10年以上前の出来事。
自分がどんな発言をしたかなんて覚えていられない。
「それでこれからどうするの?」
問題はお金をどう工面するか。
「えぇっと……その……消費者金融に頼ろうかと」
「馬鹿じゃないの!?」
広場でサッカーをしていた少年たちがこちらに振り向く。
「いや、でも……少しだけ、来月のバイト代ですぐに返せるから……」
「それがダメだって言ってるの!!」
「ですよね……」
自分でもそれがフラグだって分かっている。
「でもほら、取材も含めての行動だから。打つためじゃないから……ね?」
胸の中で黒い靄がかかるのを自覚しながら返事をすると。
「ぜっっっ絶対に限度額まで借りて首が回らなくなる。賭けてもいい」
華音が私の両頬を引っ張りながら断言する。
「痛い痛い痛い!! 借りないからやめて!! 頬っぺた千切れるっ!!」
「推しに誓って??」
「誓います! 誓いますから!!」
涙目になりながら懇願すると、ジト目になりながらゆっくりと離し、その両腕は華音の胸の前で組まれた。
「で、これからはどうするの?」
「えっと……学費の延納を大学にお願いする形で……その……」
するともう一度大きなため息をついた華音が財布を取りだした。
「来月ちゃんと返して」
そしてお札が五枚現れる。
「神様、仏様、華音様!!」
そうして一度目の危機を切り抜けたのだった。
* * *
————と、思いたかった。
翌日。
学費の支払いをするために本館に向かっていた私の頭の中は地獄絵図と化していた。
『華音には黙って学費の延納手続きをし、借りた五万でパチスロを打ちに行くのはどうだろうか?』と、もう一人の私が囁いてくるのだ。
ただでさえ信号待ちをしていた時、点滅するライトがボーナスタイムだと脳が認識。脳汁が漏れそうになる。
夢の中でも前を歩く人がものを落とし、拾おうと屈むとそれがボーナスマークに変化。チカチカと光りだし、脳汁で飛び起きた。
おかげで寝不足で頭が回らない。
なのにパチスロについてだけは考えることが出来る。おまけにどこかにお金が落ちていないかと、下を向いて歩く始末。
ダメだ……。段々と真正のクズになっていく。
どうにか本館のカウンターにたどり着くと、涙が溢れそうになった。
打ちたい。でも学費を払わないといけない。
少し前の私なら理解できない思考だった。
それから30分ほどトイレに引きこもり、推しのキャラソンで心を落ち着け支払いを済ませた。
その帰り道。
私は————財布を拾った。
金だあああああああああああ♡
見つけた瞬間、私の中の悪魔が歓喜した!!
ただでパチスロが打てる!! 学費も払い終えているし、最高じゃん!!
中にはお札とカードがぎっしり。
数えると10万以上はあるだろう。
瞬間私は神に感謝し、同時に神を呪った。
この出来事を小説にしたら主人公はどうする?
これ以上クズになれと!?
目先の快楽に飛び込めと!?
せめて1000円とかなら良かったのに!!
これじゃあ罪悪感で潰される!!
よく見ると財布には家族写真が入っていた。
持ち主であろう旦那さんと奥さん。そして小さな女の子。
うぅ……うわああああああ!!!!
一瞬でも喜んだ自分を恥じた。
私はもうクズなんだ! パチスロがどうとかじゃない!
私は泣きながら交番に駆け込んだ。
今の私は考えてはいけない。
考えると代替案を出してしまう。
〈全部じゃない。半分抜いて戻そう〉
〈いや、一枚だけでもいいね〉
〈というか全部持って行っていいのでは?〉
私は……もうダメだ。
* * *
『これ以上の地獄はないだろうと信じたかった』
いつか聞いたアニソンのワンフレーズが頭の中で流れた。
パチスロから離れて一週間。
ようやく飢えにも似た欲求から解放され、そろそろ執筆を始めようとした時だった。
スマホが震えた。
そのバイブレーションがパチスロの演出みたいだなと思った。
でもそれだけでは打ちたいという気持ちにはならなかった。
「七瀬、今日打ちに行かない?」
華音からの急な誘い。
元々パチスロを教えてくれたのは華音だった。
詳しい人がいれば取材も捗ると最初のころは思っていた。
けれど途中から私の方がハマりだして、先日みたいになった。
華音は分かっているはずだ。
今の私はパチスロから距離を置いた方がいいって。
でも誘ってきた。
意味が分からなかった。
けど心は素直だった。
気づくと台の前にいた。
華音から預かったお札を投入口に入れると、メダルが46枚流れ落ちてきた。
それを拾い上げベットする。
始めのころは投入するのもおぼつかなかったが、今はスルスル入ってく。
私のオカルトで投入する枚数は39枚と決めている。
理由はない。
ただ当たるイメージがある。
そしてレバーを叩く。
久しぶりのパチスロ。
ダメだと分かっていても、この瞬間だけはすべての苦痛から解放された。
私は自由になり、そして。
—―――台が震え、光り輝いた。
* * *
「ふう…………」
一夜で渋沢さんが四人に増えた。
それは天国に上るような快感であり、止まらない当たりにストレスフリーのままラストまで駆け抜けた。
そして華音も無事に当たったようで、二人で後日外食の約束をした。
夜も遅い時間。どこにも寄らず、真っすぐ帰宅する途中、華音になぜ私を誘ったのか聴いてみた。
「仕事って何なんだろう……」
どうやら会社で嫌なことがあったらしい。
飲んで忘れようにも明日も仕事。
深酒は出来ないとなれば、別の刺激を欲しいとここを選んだようだ。
「お金儲けとは違うかも……ね」
少なくとも今、私たちの手にあるお金は誰かを笑顔にして手に入れたものではない。
* * *
————だから軽い。
あの日のお金は全て消えた。
三日も経たずになくなった。
何かを買うわけでもなく。外食に行ったわけでもなく、全部が台に飲まれていった。
最後のお札を投入するときに目に入った『パチスロは、適度に楽しむ遊びです』に胸が締めつけられながら、それでも最後の希望を託しレバーを叩いた。
そして文無しになった。
交通費も弁当代も何もかもがなくなった。
異常事態だった。
そして思った。
————ここで終われると。
もう十分に取材が出来た。
これを基に作品を描こう。
自室でノートパソコンを開く。
ただそのまま出すとほかの作品のかぶってしまう。
パチスロ×〇〇を考えて新しい作品を考える。
そうだ。私が推す作品のように……。
————けど。
あ………。
これからのことを考えて顔を上げた。
そこで目に入ってくるもの。
棚に並ぶCD、フィギュア。複製原画。
だめ………。
それは自分をこれまで作り上げてきたもの。
全ての始まりで、ゴールで、夢で、憧れで、何度も脳を焼いてきた推しのグッズ。
いやグッズじゃない、大切にしてきた私の————宝物。
そうだ宝物なんだ。
宝物……宝物……。
つまり…………。
……お金。
思いついてしまった最低、最悪のアイデア。
思いついてはいけない、これまでの価値観を全て壊す行動。
それを私は望んでいた。
でもこんなにも歪んでしまうとは想像以上で、自覚するにはあまりにも遅すぎた。
もう涙すらでない。
ただ膝から崩れ落ち
そのまま首を垂れ
そして——————
推しの前で膝をついた。
もう目の前にあるものに値段がついて見えていたから。
* * *
もう終わりだ。
そう思った。
売ったグッズで得たお金。
それはいつもよりも重く感じた。
ここで無駄にしたらそれこそ地獄。
自分の何もかもが否定されてしまう。
だから慎重に扱った。
一度に散財なんてもってのほか。
使う額も制限し、財布には最低限の額のみ入れる。
そうルールを決めた。
するとお店に向かう回数が増えた。
一日一回。
多い日は朝と夜の二回。
データを見て回して、お店の癖を一つでも多く覚える。
予測に対して当りという結果が出るのは楽しかった。
ここまでくると趣味になっていた。
依存ではなく、コントロールすればどうにかなる。
でも、気に抜いて財布に万札が入っているとすべて消えてる日もあった。
楽しくも、厳しい世界だと思う。
そんな中、母親に呼び出された。
「部屋……どうしたの?」
「部屋?」
「だってもう何もないじゃない。断捨離でも始めたの?」
気づけば部屋にあったグッズは全て売っていた。
同時に売ってもお金にならないものは処分した。
だって小さなグッズばかりが残るとバランスがあまりにも悪く、みすぼらしく見えたからだ。
「断捨離って訳じゃないけれど、シンプルな部屋もいいかなって」
実際勝った後は眺めるだけ。一番楽しいのは手に入れるその過程。
「それでグッズはどうしたの?」
「もうないよ」
「ないって……七瀬、あなた大丈夫?」
目線を合わせると自分の現状を見透かされそうで困る。
ここで親に泣きつけば、何か変わるのだろうか。
もう自分の意志ではダメなのだろか。
「大丈夫ではないよ」
そういえばパチスロについて考える時は、段々と判断が甘くなる気がする。
あれは結構よろしくないかな。
「お母さんに話せること……ある?」
話せること。
それは作品作りのためにパチスロを始めてやめられなくなったこと?
それとも大学を留年しそうになっていること?
一番言いづらいのは消費者金融から借りているのだけど……。
でも全部、小説のネタにしたら美味しい。
どんなエピソードだって閲覧数が伸びない小説を書くよりも、ずっといい。
イラストを描いても一時間で一万円手に入れることは難しい。
MV作るために勉強する時間があればその分回した方が価値がある。
そういえば手に入れたパソコンは良い値で売れたなぁ。
考えれば考えるほどダメなエピソードがある。
最初は全然当たらなくて、パワーストーンや指輪つけたり。
運を落とさないようにトイレ行くの我慢したり。
勝った日も、勝ったご褒美で別店舗で打って全部飲まれたり。
隣の初心者が当たり引くたびに絶叫するのも
北斗神拳みたいボタンを突くおばあちゃんがいたのも
真上にあるデータを毎秒確認するヘドバンじじいがいたのも
大勝ちしたけど財布とスマホ忘れて帰ってこない人相の悪いお兄ちゃんも
オカルト信じすぎて頭おかしくなっている私も
全部ぜんぶやらなきゃ知らないままだったなぁ。
「七瀬……?」
段々と頭の中が真っ白になっていく。
考えがまとまらない。
そういえば最近眠れていない。
閉店まで打って、眠れないまま朝に並んで、勝てなくて落ち込んで。
勝つためにまた打って。
ああ。
これはダメだ。
詰んでる。
でもパチスロ打つの楽しいんだよなあ。
もっと私にお金があればこんな風にならずに済んだのかなかぁ。
ああもうわかんないや。
少なくとも分かっているのは……。
明日も打ちに行くんだろうなぁ。
パチスロが悪いとかの話ではなく、取材するときは適度な距離を置く大切さの話として書きました。
まず、これまで自分はテーマに対して深く知ろうとすることが何よりも大切だと考えてきました。
ですが友人が好きなパチスロをテーマに選んだ今回は、その行為自体が界隈としてNGとされていたのです。常識的に考えればなんでこんなテーマを選んだんだと言われそうですが、まあ色々と事情がありました。
ですがメタ的視点を持って行動すれば問題ない、いや、問題ないと証明したいと考え行動しました。が、ものの見事にハマってしまいました(おいおい)
主人公のように毎日ホールに通い、データを取り、話を聴いて回りました。幸い大損はなく、トントンでどうにかなっています(嘘っぽい言い回しだなぁ)。
これから抜け出すのが大変そうです。しばらくするとピークアウトする時期と、別作品の取材で忙しくなるタイミングがチャンスだと思うので、周りに相談しつつ、より良い作品が描けるよう頑張りたいと思います。それではまた。
*パチンコ・パチスロは適度に楽しむ遊びです。のめり込みに注意しましょう
追記:推しのプレミアグッズを売ったのはマジです。買取スタッフが上長呼ぶぐらいのものを手放した話がベースです。もちろんそのお金全て飲まれました。




