次世王、勇者の帰還
ズィーギー「・・・・クソぅ。地下迷宮に落とされて、もう、丸三日だ。いまだ抜け出す道が見つからない。
・・・・まさか。まさか、魔王の手下が、生き延びていようとは。俺としたことが。・・・・油断した。他のみんなは。一緒に戦った仲間は、無事、この迷宮を脱出したのだろうか。勇者である俺が、こんな所に閉じ込められているなんて。
!」
魔物「キュイ! キュイィィ!」
ズィーキー「出たな、モンスター! 次世王ズィーキーが相手になってやる!」
魔物「キュイ! キュイィィィ! キュイ!」
ズィーキー「待て! 逃げるのか、逃げるな!戦え!
勇者の俺を見て、逃げ出したか。・・・・はははは。」
職員「・・・・・ご覧になられましたか?」
瀬能「あ、はい。」
職員「彼は毎日、あんな感じです。」
瀬能「はぁ。・・・・元気がありそうでなによりで。」
職員「そうですね。元気だけは。・・・・・健康だけは、取り柄と言いますか。はい。こんな所に閉じ込め・・・・・いえ、隔離されている」
瀬能「あ、結構ですよ。あの、別に、記録をとったり、言葉遊びをしている訳ではありませんので。」
職員「あ、どうも。ありがとうございます。」
瀬能「そうですよね。広い病室とはいえ、こんな部屋に隔離されていて、体力を維持しているっていうだけでも、・・・・・驚きです。」
職員「そうなんです。」
瀬能「やっぱり、あれですか。彼の症状と関係が?」
職員「ああ。・・・・存分に関係があると思います。彼、・・・・・勇者なんですよ。」
瀬能「・・・・・勇者?」
柏村「驚かれましたか?」
瀬能「ええ。・・・・色々な意味で。」
柏村「彼、勇者なんですよ。」
瀬能「はぁ。そうらしいですね。」
柏村「???」
瀬能「??? どうか、なさいましたか?」
柏村「・・・・あなたは珍しいですね。」
瀬能「・・・? 私が?」
柏村「ふつう、視察にいらした皆さんは、この話をすると皆、驚きますよ。ま、ここが一番のピークなんですけどね。」
瀬能「ピーク?」
柏村「勇者って何ですか?とか、そういう話になって、その流れで、彼の説明を行うのですが。ああ、瀬能さんは、もう、そういうの驚かない年代か。生まれた時からファミコン、ありますもんね。あ、ファミコンっていうのは、ファミコンの事じゃなくて、ゲーム全般を指す、代名詞みたいなもんです。あ、スィッチとか言った方が良かったですか?」
瀬能「あ、お母さんがゲーム機全般をファミコンと総称する、あの現象ですね。スイッチでもファミコンでもどっちでもいいですけど。・・・・・まぁ、先生がおっしゃる勇者が、私が思っている勇者と合っているならの話ですけども。」
柏村「勇者。ドラクエとか、FFとか。そういうゲームの、勇者です。」
瀬能「勇者って言っているのはドラクエだけですけどね。」
柏村「お、詳しいですね。いいですね。そういうの。」
瀬能「本来、ウィザードリィなんかは、職業名でしたけど、勇者って、職業じゃなくて、家柄ですから。ドラクエで、一人だけ、職業じゃなくて、家柄なんですよ。世襲ですよ、世襲。」
柏村「勇者が世襲? そう言ってしまうと味気がない気もしますが。」
瀬能「そういう言葉を作った。言葉に意味を持たせた堀井さんはやっぱり凄いと思いますよ。」
柏村「ああ、そうですね。・・・・・いや、あの、そういう話じゃないんですよ。そういう話じゃ。」
瀬能「・・・・・うん? 勇者の話じゃありませんでしたっけ?」
柏村「彼の症状の話ですよ。」
瀬能「・・・・・ああ。ええ。」
柏村「すみません。ご挨拶が遅れました。主任研究員の柏村です。」
瀬能「ああ、どうも。財団の瀬能です。」
柏村「ここは病院と違って、治療三分の一、研究半分と言った所ですかな。」
瀬能「・・・・ええ。それはジョークとして捉えてよろしいんですか?」
柏村「・・・ええ。厚生労働省の人や行政機関の人はお堅い人が多くて、冗談が通じないんですよ。今の冗談、理解していただけました? そういう我々も、外部の人と接触しないと、内へ内へ籠もるばかり。研究職の悪いクセみたいなもんです。まぁ、お金を出す方は、そういうの求めていないんでしょうけれどもぉ。」
瀬能「お金はシビアですからね。」
柏村「いやぁ酷いモンですよ。何十年、研究して、やっと、商業化が見えてくれば、権利だけ横取りされて。そのくせ、なんの成果もないと判断されれば、即、打ち切り。・・・・特に、治る見込みのない人間は、研究費が出なくなれば、そこで、人生終了みたいな所、わりとありますからねぇ。人を人と思っていない人間が多いことで。」
瀬能「面白いご冗談ですね。柏村先生。」
柏村「はっはっはっはっはっは。よく言われます。」
瀬能「それで、今回、視察に伺った訳なんですけども。あらかじめ頂いた資料によると、彼が、面白い被験者だ、という事ですが。」
柏村「ああ。ええ。・・・・・勇者。次世王、ズィーキー。」
瀬能「ズィーキー・・・?」
柏村「はい。本人がそう名乗っております。ズィーキー。
もともと、貧しい村に暮らしていたそうなんですが、ひょんな事から、事件に巻き込まれ、魔王退治をすることになった、と。そして、幾人かの仲間と共に、困難の末、にっくき魔王を倒し、世界に平和をもたらした。その事から、次世王と呼ばれるようになった、らしいです。
次世王ズィーキー。」
瀬能「・・・・非常に分かりやすいプロローグですね。・・・・・でも、あんまり売れ無さそうなゲームですね。氾濫したJRPGみたいで。スーパーファミコンでありそうな内容です。」
柏村「まぁそう言われちゃうとそうかも知れませんけど。彼が、そう言っているので。我々は、受け止めるしか、他、ありませんから。ただですね。彼は魔王を退治した、勇者なんです。世界に平和をもたらした勇者なんです。」
瀬能「じゃぁ、ゲームはクリア、していると?」
柏村「その表現が正しいかどうかは分かりません。ゲームは、だいたい、魔王を倒せば、そこで話はお終いですが、本当の人生は、魔王を倒したからと言って終わるものではありません。彼の世界は、いまだ、続いているのです。そして、これからも。・・・・・続いていく事でしょう。」
瀬能「・・・・・それが病気。病気という表現は正しくないですね。そういう、症状だと、言う事なんでしょう。」
柏村「ご理解が早くて、助かります。彼の症状を、彼の現状をお話しますと、
今、彼は、地下迷宮を彷徨っております。運悪く、魔王を倒して、これから意気揚々と国へ外旋の途中、一人。奈落の底に落とされてしまいました。」
瀬能「あららららら・・・・。」
柏村「かれこれ数日。地下迷宮を彷徨っているんですよ。」
瀬能「ダンジョンものですかぁ。・・・・・・一人、ダンジョン探索は骨が折れますよ? 即死トラップとかありますからね。」
柏村「いやいやいや。ゲームの話じゃありませんから。」
瀬能「ダンジョンの中で、一人、出口も見つからず迷っている。自分が今、一人でいる事に、整合性は取れているんですね?」
柏村「ええ。まぁ。そういう事になりますかね。ほら、ずっと、歩いているでしょう。彼には、見えるんですよ。複雑怪奇なダンジョンの、洞窟の回廊が。」
瀬能「・・・・・食事とかはどうしているんですか?」
柏村「与えていますよ?」
瀬能「薬草とかポーションで回復している訳じゃないんですね?」
柏村「ええ。しっかりとした栄養を与えています。まぁ、ただ、栄養士には、ま、なるべく、ゲームに出てくるような、料理を作るように指示を出していますが。」
瀬能「・・・・へぇ、あ、ええ。そうですか。へぇ。」
柏村「食べている所、見てみます?」
瀬能「出来るんですか?」
柏村「いや、べつに、構わないですよ。おやつ、おやつ的なもの。食べさせてみましょう。
すみません。すみません、次世王に、おやつ。おやつ、差し入れ、して。」
職員「はい。わかりました。」
柏村「じゃ、今、職員が、・・・・・・いま、何、持って行った?」
職員「あ、はい。羊羹です。行動食にいいかな、って思って。」
柏村「・・・・・まぁ。そうかも知れないけど。まぁ、いいか。
今、職員が、おやつを持って、部屋に入りますから。部屋は念の為、二重にロックされています。」
瀬能「精神疾患病院より、厳重なんですね。」
柏村「ある意味、精神疾患より、重度の障害の可能性がありますからね。部屋は二重扉。その部屋に入る扉も、ロックされています。」
瀬能「バイオハザードじゃないですか。」
柏村「似たようなもんですよ。ちなみにこのガラスは硬化ガラス。下手な銃火器では穴が開きません。」
職員「・・・・・・・」
柏村「職員が入りましたよ。」
ズィーキー「!」
柏村「彼は、職員をモンスターとして認識しております。」
魔物「グェロ! グゲェェガ! グゲェェェゲガ!」
ズィーキー「お前、また、食い物を持ってきたのか!」
魔物「ゲェロ! グェロ!」
ズィーキー「俺はモンスターのほどこしは受けん! 俺は次世王だ! 魔王を打ち滅ぼした勇者だぞ!・・・・・・逃げて行った。俺に勝てないと思って、逃げて行ったぞ。」
職員「先生、おやつ、入れてきました。」
柏村「はい。ご苦労さん。」
ズィーキー「いつも、俺に、食べ物を持ってくる。・・・・・あいつは、良いモンスターかも知れない。ただ、腹が減る。
仕方がない。食べたくはないが、この、モンスターの肉を、食うか。気持ち悪いが。・・・・・・・ぬるぬるしていて、ベトベトしていて、気持ち悪いが、食わなければ俺が死んでしまう。
ええい。ままよ!
うわぁ。なんだ。ねっとりしている。でも、食える。この、水属性のモンスターの肉。」
瀬能「・・・・食べてますね。けっこう無茶苦茶な事を言ってますけど。」
柏村「食べてますね。」
瀬能「独特の食レポですけど。」
柏村「モンスターの肉ですから。・・・・・生きるか死ぬかですからね。得体の知れないモンスターの、肉でも、食わないと生きていけない。」
瀬能「・・・・難儀ですねぇ。」
柏村「多田典明。・・・・事故で脳に障害を負い、それから、彼は、ズィーキーとなりました。」
瀬能「事故? 後天性のものなんですね。」
柏村「ええ。ひらたく言うと、疾患名で言えば、認知症です。」
瀬能「認知症・・・・ですか。昔、痴呆症と言われていたアレですか?」
柏村「そうです。症状を、疾患名で言うならば、認知症以外、当てはまらないでしょう。彼の、目に見える物、すべてが、ファンタジーの世界で、自分が勇者。人間がモンスター。・・・・・認知機能の障害以外、表現が出来ません。」
瀬能「おまけに、記憶まで改ざんされているんだから、そうでしょうね。」
柏村「これは検証のしようがありませんが、ズィーキーの世界観が、我々が知る、ゲームのそれそのものですから、過去、経験したゲームから、世界を構築している可能性は大いにあります。」
瀬能「もしくは中二病ですかね。」
柏村「ああ。・・・・・思春期の万能感ですね。モラトリアムともいいますけども。・・・・・・中二病っていうのは、専門家である我々が言うのも何ですけど、言い得て妙ですよ。」
瀬能「伊集院が命名したって話ですけどね。」
柏村「ああ。さすが。さすが直木賞作家。」
瀬能「あ、ええ。違います、伊集院静じゃありません。光の方です。」
柏村「あ・・・・・そうなんですか。光。光、ねぇ。」
瀬能「私もあまり中二病って言葉を使いたくはないんですけど、なんて言うんですかねぇ。思春期に、人間関係を構築できなくて、悶々と生きていると、魔術とか黒魔法とか、自分は勇者の生まれ変わりなんじゃないかとか、考えるようになるんですよね。・・・・・もしかして彼、人生、こじらせちゃった系ですか?」
柏村「違います。」
瀬能「違うんですか。」
柏村「人生、こじらせたから認知症になった訳じゃありません。人生、こじらせて、病院に隔離って、嫌でしょ?」
瀬能「こじらせ過ぎると、少年院、行ったりする奴もいますから、あながち、精神病院に入院も、あるかも知れませんよ。」
柏村「そういう人は我々も見分け、つきますから。上っ面で、魔法とか言ってる奴は、区別、出来ますから。」
瀬能「ああ。・・・・・と、言う事は、彼は、本気・・・・なんですね。」
柏村「本気って言うか、本気と書いて”マジ”と読む。的な?」
瀬能「立原先生じゃないですか。」
柏村「いや、まぁ。真面目な話、彼にとって、それが、真実というか、現実なんで。ズィーキーの世界が、彼にとって、リアル、そのものなんです。・・・・信じられないと思いますが。」
瀬能「理解は出来ますよ。当財団も、遊び半分で、あなた方、脳神経研究者にお金を出している訳ではありませんから。」
柏村「脳の中は複雑怪奇。未だ、研究が進んでいない、未知の領域です。宇宙と、深海と、並ぶ、未知なる領域が脳。・・・・まぁ。今後、一千年、脳が解明される事はないと思います。」
瀬能「よくよく考えると、我々人間は、よく分かっていない物を、知った気になって、治療とか言っているんだから、おかしなものですよね。」
柏村「ええ。まったくその通りだと思います。
そりゃぁ解剖すれば、なんの物質で、脳が作られているか、ぐらいは、分かっていますよ。でも、その、タンパク質の塊が、どんな働きをするかは、未だ、不明。百年も前に作られた脳地図を、未だに、使っているんですから、お笑い草ですよ。このコンピュータの時代に。」
瀬能「脳の世界は、物理的な世界と、精神の世界と、とりわけ二つで構成されていますからね。整形外科みたいに、切ったり、貼ったりして、どうにか出来る分野ではありませんからね。とりわけ切って貼って、元と同じに戻せる確証のない物ですから、脳は。」
柏村「性格、記憶、感情。これらだけだって、それが、どこから来ているのかも不明。さらに、体全体をコントールする司令塔の役割も持っています。」
瀬能「先生のおっしゃる通り、千年経っても、脳が解明される事は無いでしょうね。もし、仮に、仮に解明される事があったとしたら、それは、もう、脳を疑似的に作れる事を意味しますから、そうなれば、生命倫理の最後の枷が外される事となるでしょう。」
柏村「いやぁそれはそれで我々科学者は、到達したい、目標であることには変わりがありません。」
瀬能「地獄の蓋が開けられるのか、神から祝福を授かるのか。その頃に私は生きていませんから、どうでもいい話ですけど、新時代の幕開けは確かでしょうね。そう、次世王。次世王、そのものですよ。」
柏村「彼は。ズィーキーは、自ずと、次世王になると?」
瀬能「それはあなた方の研究いかんですよ。・・・・自ずと、お金の方から集まってくるでしょうね。より研究し放題です。」
柏村「我々人間は。多くの生命がそうしているように、外界からの情報を得て、それを分析し、自らの行動を起こす。その、中枢。あらゆる面で、中心にいるのが脳です。脳が無ければ、我々は、人間と呼べる存在ではなくなってしまうでしょう。」
瀬能「単純な生命。例えば、アメーバーとか、そういう、原始的な生き物と変わらないという事ですね。」
柏村「ええ。脳がなくても、脳の容量が極端に少ない生命は存在します。反射という作用だけで生きている生命です。単純な事ですよ。前に向かって進め。ぶつかったら曲がれ。それだけの命令で生きています。ですが、その単純な命令だけでも、意外に、生きていけるもんなんですよ。むしろ細胞の数が増えて、固体が大きくなって、行える命令が増え、ま、最終的に、人間の脳みたいに、複雑になり過ぎて、もう、手がつけられない状態になってしまうケースもありますけどね。
たぶんですけど。一つ一つの神経をみていけば、それぞれは、単純な事しかしていなくて、前に進め、だけとか。当たったら止まれとか、そんなもんですよ。一つ一つは原始的な生命と何ら変わらない。それが、もう、何億と集まるから、収拾がつかなくなるだけで。やっている事は割と単純なんですよね。」
瀬能「まぁ。そうですよね。人間の体の構造だって、見れば、意外にシンプルで、骨と骨の継ぎ目に、関節があって、その関節を筋肉で曲げているだけですからね。」
柏村「目で見た物を、分析して、過去の経験と照合。それに合わせて、手を動かしたり、足を動かしたり、ま、しているだけの話です。
ズィーキーの場合、その、どこかに欠陥があって、目で見たものを、正確に、認識できておりません。現実の物と、彼の見た物は、不一致が生じています。」
瀬能「見えはするんですね。」
柏村「見えてはいます。ですがそれは、我々が見ている物とは大きくかけ離れた物が見えています。」
瀬能「それが、事故によって、生じてしまった、と。」
柏村「そうです。事故は不幸だとは思いますが、それを我々が、悲惨だと思ったところで何も解決にもなりませんから、彼には、脳研究の被験者として、大いに役立ってもらいたいと考えております。
こういった視覚から得られる情報の不一致は、後天的な事例がほとんどです。いや、まず、先天的な話は聞いた事がありません。」
瀬能「でもサヴァン症候群の人なんかは、先天的でしょう?」
柏村「サヴァンの人達は、視覚的に得られた情報を記憶したり、その記憶力が桁違いで、一度見たら、一生忘れない。見た日時を正確に覚えているなど、そういう事例はありますが、おかしな景色が見られる、というものは聞いた事がありません。あくまで、見ている景色は我々と同じ。脳の使用する領域が我々、一般の人間と違うだけ、ですから。」
瀬能「時に天才的な能力を発揮する一方、多くの人間が行える、普通の事が行えないなど、やっぱり、脳の一部が、おかしいんでしょうね。」
柏村「多くの人間と違うからと言って、欠陥や病気と、昔は捉えられがちでしたが、昨今、個性の一つとして認識されています。世間の、彼らに対する評価も大分、変わりましたよ。」
瀬能「多かれ少なかれ、人間、皆、個性がありますからね。・・・・ズィーキーさんは、個性的過ぎますが。」
柏村「ズィーキーの特異的、個性的な症状が、脳科学、脳医学の発展に寄与してくれているんですよ。」
瀬能「・・・・・なるほど。」
柏村「・・・・・ありまりご興味がありませんか? ”なるほど”という相槌は、話を流す時に使われる事が多いと、研究結果が出ていますよ。」
瀬能「それは科学的に?」
柏村「・・・・・ああ、ええ。接客業のセミナー、セールスのセミナーでそう、講師の方が言っていました。」
瀬能「先生も涙ぐましい努力をなさっているんですね。ああ、別に、私は興味がない訳ではなく、具体的な話を聞きたかったものですから。」
柏村「そうですね。具体的には、本来の意味の認知症。認知症の治療に繋がる研究となる事でしょう。」
瀬能「認知症は、その原因は幾つかあれど、発症してしまえば、この、ズィーキーさんの同じ様な症状になりますからね。今現在、自分がどこにいるのかも分からなくなるし、自分の子供の顔さえ忘れてしまう。しかも、それが風邪と同じで、誰でも罹患するリスクがある。・・・・・考えてみれば恐ろしい病気ですよ。」
柏村「病気かどうかも分かりませんがね。病気と捉えるのか、形態の変化と捉えるべきか。悪性腫瘍。いわゆる、がんだって同じです。病気と捉えるか、細胞の形態変化と捉えるべきか、いまだ、議論に終止符は打たれていません。・・・・・自分の、現在の生活を蝕む症状であることは同じですが。」
瀬能「そうですよ。彼が、事故で、ファンタジーの世界に入ってしまったように、いつなんどき、私達だって、彼と同じ世界に、引きずり込まれるか分かりませんからね。万人に同じリスクをはらんでいるのです。先生。あなただって、同じですからね。明日、あなたが、強化ガラスの向こうに行くかも知れないんですよ?」
柏村「それは当然でしょう。人間に。いえ、生物として生まれたからには、状態変化のリスクははらんでいます。多くの人がそれを無自覚なだけで。」
瀬能「自分だけは特別。自分だけはならないと思っている。・・・・・笑っちゃいますね。我々財団は、そういう、リスク。もし避けられるなら、そのリスクを早めに避けていきたい。千年先が駄目なら、次の千年。投資とはそういうもんですよ。・・・・・いつか誰かが始めなければ、リスクは永遠にリスクですから。」
柏村「素晴らしい。素晴らしいお考えです。」
瀬能「老人が発症する認知症。脳自体の大きさが委縮したり、神経の経路中で、信号を阻害する物質が関与したりと、経質的な、物質的な変化が見られるわけですが、ズィーキーさんの場合は、いかがなんです?」
柏村「ええ。彼はまだ若い。脳の器質的変化はまるで見受けられません。それに、高齢者だからと言って、目で見られる変化があっても、認知症の症状に全員が全員、発症する訳ではありません。彼と同じ様に、見た目の異常がまるで無いのに、認知の機能が著しく、変化してしまうケースは珍しくい事ではないんですよ。」
瀬能「じゃぁ中の問題ですか。・・・・これは厄介ですね。」
柏村「ええ。脳を開けて、たんぱく質の繊維を一本一本、確認する訳にもいきません。」
瀬能「接続箇所が変わってしまったのは確かなようですけど。」
柏村「その表現で合っているなら、彼の事故前と事故後で、認知している世界が変わってしまったのですから、神経の接続箇所が変わったのは確かでしょう。ですが、もしかしたら、今の彼の方が正しい接続箇所の可能性だって、否定は出来ないんですよ。」
瀬能「・・・・あれま。私達の方が異世界人って事ですか?」
柏村「可能性の話です。正しい、正しくない、それは分かりません。多くの人間。大多数の人間が見ているから、それが、正しいと、多数決で、我々が思っているだけで、実際は、違う、という可能性は以前から議論されています。例えば、虫の目。犬の鼻。・・・・生物によって、この世界は、見えている景色が違う。それは既に周知の事実。我々人間が持っている、物理的なスペックで、感じられる世界でしか、我々は世界を見る事が、感じる事が出来ません。この壁の白。この白色だって、我々が白と思い込んでいるだけで、本当は、違う色の可能性だってありますからね。」
瀬能「アンミカさんが言うには白は二百色あるって言いますから、同じ白でも、違う白の可能性もありますよね。
ただ、私達の目のスペックでは、白と認識するのが、せいぜいなんでしょう。色なんてものは、光の屈折で変わりますから。そんなのは小学生の理科で習います。たまたま、この、地球と言う環境で、紫外線やら赤外線、太陽の光量で、そう見えているに過ぎません。これが火星に行ったり、水星に行ったり、大気の成分が違う星なら、違う色に見えて当然ですからね。」
柏村「彼の場合、彼に見えるこの白い壁は、洞窟の土壁に見え、しかも、ただの真四角の広い部屋なのに、複雑な、迷路のような様相を呈している。ほら、たまに、まっすぐ歩かないで、ジグザクに進んでいるでしょう。あそこには壁があって、壁を伝って、歩いている証拠。・・・・・何もないはずの空間に、彼の脳は、緻密なダンジョンを構築しているんです。」
瀬能「リアルな、バーチャル空間。サイバネティック空間。」
柏村「リアルでバーチャルっていうのが、言葉として相対していますが、その様な状況なんだと推測されます。
我々、生物は脳が見ている世界が全てですから。彼の見ている世界が、彼の全てなんです。・・・・見えている世界だけじゃなくて、五感も、デチューンされているようですが。」
瀬能「五感も。」
柏村「当然でしょう。見えている世界だけ違うっていう方がおかしいですから。感じる物、何もかも、彼の世界観に変化されています。ズィーキーが今、歩いているダンジョンは、洞窟ですから、石や土の感触があり、臭いも、湿っぽい、ジメジメした感じなのでしょう。本来、あの部屋はエアコンで空調を管理していますが、感じる温度が違う為、ほら、ああやって、汗をかいているでしょう。あれは運動による発汗ではなく、湿度が高い所にいる、その証拠だと思われます。」
瀬能「・・・・・私達は本当に、脳がすべてなんですね。脳が見る世界が、脳が感じる世界がすべて。
彼を見て、改めて、ゾっとしますよ。」
柏村「認知症の研究は難しいんです。何故ならば、認知症の世界を解き明かしたいと思っても、認知症になってしまった人間から、それをヒアリングする術がないからです。一度、自分の世界に入り込んでしまったら、外部からの受け答えは困難。それは死んでしまった人間に、死後の世界を聞いているのと同じことです。」
瀬能「正常な人間が、正常な認知症になって、正常に受け答えする、・・・・・・それが出来ていたら、有史以来、治る見込みがないと言われている認知症なんて、とっくの昔に治せていたに違いありませんものね。」
柏村「そうなんです。有史以来、認知症が治った事例はありません。それに認知症の症状を認知症患者から聞き出す術もありません。外部から推測するしか方法がないんです。」
瀬能「ズィーキーさんの研究がすすめば、その、治る見込みがない認知症に、光陰の矢が差し込むという事ですね。・・・・・期待はしていませんが、出来る限り、データを集めて頂きたいと思います。」
柏村「・・・・・ええ。それは、分かっております。」
柏村「認知機能と記憶。・・・記憶が大きく関与している所までは分かってきました。」
瀬能「記憶ですか。」
柏村「記憶です。」
瀬能「あのぉ、・・・記憶って何ですか? 記憶。思い出とか言いますが、私達人間は、思い出す、その現象により、記憶というものがある、という事は分かっていますが、その、記憶って、いったい、何なんでしょうか? 私達の脳に、そういう、思い出を格納できる、そんな機能があるようには思えません。
そうは言っても、実際は、記憶は存在しているわけで。」
柏村「私達の頭に、コンピュータと同様、ハードディスクがあって、素子の上げ下げによって、データを書き込んでいる訳ではありません。」
瀬能「でも、そうでもしない限り、記憶なんてものは、しまっておけないでしょう?」
柏村「まぁそうなんですけど。・・・・・瀬能さんは、ノイマン式のコンピュータ。見た事ありますか?」
瀬能「ノイマン。コンピュータをつくった人ですね。公務員一般入試、常識問題集に出題されていた記憶がありますが・・・・・あの、スパゲッティみたいに、コードがうじゃうじゃ出ているコンピュータですよね。」
柏村「そうです。それです。まぁ私は情報系は疎いんですが、私は、人間の脳は、まさに、アレだと考えています。」
瀬能「ノイマン?」
柏村「ノイマンが意図的に、人間の脳を模して、コンピュータを設計したかどうかは知りませんが、結果的に、脳を具体的に、形にすると、あのような形になると思います。あの、スパゲティみたいな一本一本のコードが、まさに、脳神経そのもの。
人間は生物ですから、緻密に見えていて、実は、アナログです。完全なアナログ。・・・・デジタルではないんですよ。
ノイマンのコンピュータはデジタルに見えますが、やっている事は、アナログで、トランジスタとトランジスタの間をコードで繋いでいるだけです。ですが、コンピュータである以上、計算を行う事が可能です。
当然と思われるかも知れませんが、数値を入力し、入力した数値を記憶し、その上で、計算を行う。
ハードディスクなんて無かった時代のコンピュータが、記憶をするんですよ。」
瀬能「データを格納しておかなければ、処理、出来ませんからね。
あ!」
柏村「気が付きましたか。人間に、ハードディスクはありません。ノイマンのコンピュータにも、ハードディスクはありません。でも、記憶する事ができる。さて、どこに記憶しておくのでしょうか?」
瀬能「ま、正解から言ってしまえば、トランジスタの中ですが、一時的に、使っていないトランジスタの中に、電気的に、横に置いているだけ。記憶をさせようとしている訳ではなく、簡単に言ってしまえば、xの代入、そのものですよ。」
柏村「ハードディスクはありませんから、電源を落とせば、その、記憶は消えてしまいます。その計算を行っている時のみ、その、xの中身が格納されるのです。」
瀬能「人間の脳も、使っていない脳神経に、記憶を、一時的に、横に置いているだけ、という事ですか?」
柏村「人間の脳はノイマンのコンピュータと違って、死ぬまで、電源が落ちる事はありません。それに、脳は、臓器の中で一番、エネルギーを消費します。死ぬまでエネルギーが切れる心配がありませんから、記憶が無くなる心配がありません。」
瀬能「・・・・という事は、記憶が無くなる事はない?」
柏村「ええ。裏を返せば、どんな記憶も、思い出も、ずっと脳の中に、格納されているという事です。」
瀬能「嬉しい事だけじゃなくて、思い出したくもない、そんな記憶も、ずっと脳の中に、しまわれているんですね。」
柏村「ただ。記憶を思い出す、記憶を読み込む作業が必要になる為、場合によっては、記憶を呼び起こしにくくなる事もあるでしょうけどね。」
瀬能「それが忘れっぽさ」
柏村「そうです。決して記憶を失った訳ではありません。忘れてしまっているだけなのです。」
柏村「瀬能さん。・・・・人間の持つ、感情。感情というものは幻想だという話、信じられますか?」
瀬能「記憶の次は感情ですか。」
柏村「ええ。感情はどこから来るのか。これも記憶と同様、仮設の域を出ないものです。」
瀬能「・・・・人間以外の生命は、感情を持っているのでしょうか? 喜んだり、悲しんだり、そういう、感情? 感情という物を持っているのでしょうか?」
柏村「脳がなく、神経の反射だけで生きている単純生物は、・・・・脳がないんだから、感情だって持ち合わせていないと考えるのがベターです。あるのは、物理現象の反射作用だけ。」
瀬能「ならば、ならばですよ。原始的な欲求を持っている動物はどうなるんですか? 食べる、そして、生殖する。欲求っていうのは、感情に由来するものなんじゃないんですか?」
柏村「いいえ。食べる、子孫を残す、生殖するという欲求は、神経の反射の延長線上に過ぎません。動くエネルギーが無くなれば補充しようと働くのは、神経の反射で説明がつきますし、生殖も同様。その生物が成熟し、死んでしまう前に、次の生命を作ろうとする。・・・時期がくれば、セットされた時間に起爆する爆弾のように、自ずと、意識に関係なく、行われるプロセスですから、これも、感情うんぬんの話ではありません。」
瀬能「多くの動物は、喜びも悲しみも感じない。・・・・感情が無い事になってしまいますね。」
柏村「ええ。その通りです。感情ではなく、感情だと誤解しているだけ。錯覚しているだけ、という事になります。」
瀬能「嬉しい気持ち、悲しい気持ち、怒ったり、泣いたり、憂いたり。それは錯覚だと言うのですか?」
柏村「ええ。はい。・・・・おおよそ、内分泌系。ホルモンが作り出した錯覚だと考えています。」
瀬能「ホルモンですか。」
柏村「我々人間もそうですし、犬や猿を見て下さい。あの手の動物に芸を仕込むとしましょう。成功したら、エサを与える。それの繰り返し。成功したら、エサを与える。・・・・脳の中では、報酬系といわれる回路が出来上がっていきます。簡単に言えば、エサをもらえる事で、脳内麻薬が分泌されます。それが、脳に刺激を与えます。とても強い刺激です。ですが、その刺激は、すぐ、止まってしまいます。また、同じ脳内麻薬のホルモンが欲しいから、芸を行います。失敗すればもらえません。成功した時だけ、ホルモンをもらえるのです。
脳が、ホルモンを得て、多大に興奮する事でしょう。体の外では、芸を成功させた、という事実。体の中では、ホルモンを摂取して、刺激を得て、興奮している。その興奮を、喜び、嬉しさ、楽しさ、成功体験などと表現し、そうした現象を感情と呼んでいるに過ぎないのではないでしょうか。」
瀬能「ホルモンが感情の正体。」
柏村「内分泌系は、神経とまた別の経路で、人間を動かす回路です。神経が直接、筋肉や臓器を支配するのと違い、ホルモンは、血液に乗り、時間差で、臓器を支配します。たった数ミリの、今のセンサーで重さを抽出できない、もっともっと少ない量のホルモンで、人間をコントールしています。
しかも最悪な事に、このホルモンは、不随意。・・・・・・人間自身がコントロールする事が出来ません。」
瀬能「人間を操るのに、自分自身でコントール不能とか、・・・・・欠陥だらけですね、人間は。」
柏村「神経系は脳からダイレクトに神経が伸びていますから、ある程度、自身の意思に基づいて、コントロール可能です。ですが、ホルモンは、時間差で発出されますし、出したい時に出るものでもありません。反対に、出なくていい時に勝手に出てくれたりします。」
瀬能「迷惑極まりないですね。」
柏村「必要なホルモンが出ない、そして、出過ぎる。そういった疾患は生活に支障をきたします。例えば、糖尿病とか、ですかね。
ホルモンは生物を興奮させて、活動的にさせたり、また、沈静させて、大人しくさせたり、物理的であるんですが、物理では測れない、精神的、感情的な作用をもたらします。
狩猟生活時代、」
瀬能「また随分、古い話ですね。・・・・・ギャートルズですか?」
柏村「そんな所です。狩猟生活時代、もっと昔から、もっと原始的な動物の時から、食べたり、食べられたり、生命の危機というのは日常茶飯事でした。命の危機に瀕した時、食料を得る為に戦う時、体内ではホルモンが分泌されて、心臓の鼓動が早くなり、それによって血液が早く流される。あらゆる臓器に血液が充満し、呼吸が荒くなり、筋肉も増強され、多少の痛みは感じなくなる。・・・・・興奮状態という奴です。
現象的にはホルモンが流れ、心臓を早く動かす。血液量が増す。肺の空気交換が早くなる。筋肉の力が強くなる。まぁ、そんな所ですよ。
問題はそこじゃない。それを興奮という、脳の中だけの、精神的な、雲を掴むような話に、置き換えられていく所です。」
瀬能「他の動物だって、マンモスだって、鹿だって、ホルモンが出て、興奮するでしょう? 興奮するから脱兎のごとく、逃げられるのであって、食われたら死んじゃうんだから、そりゃぁ死ぬ気で逃げますよ。それもホルモンのおかげでしょうけども。」
柏村「少し論点を変えてみましょうか。怒り、悲しみ、そういった感情と言われるもの。ありますよね。私は思うんですが、そういう感情。怒り。人間に怒ったり、理不尽な社会に怒ったり、怒ったりするじゃないですか。」
瀬能「・・・怒ってばっかりじゃないですか、先生。」
柏村「でもですね。その怒り。怒りっていうのも、因数分解していくと、結局は、興奮に行きつくんですよ。」
瀬能「怒りを分解するっていうのも、凄い、発想ですね。」
柏村「原因を突き詰めると、興奮しているだけなんですよね。それも、過去の記憶と照らし合わせて、嫌な思いをした、それが根底にあって、嫌な思いっていうのは損害。損害は不利益。不利益は不自由。不自由は・・・・自身の危機。生命の危機。・・・・興奮するでしょう?」
瀬能「・・・・バカなマジカルバナナじゃないですか。」
柏村「ま、でも、私が言いたいことはそういう事です。怒り、悲しみ、なんだって、突き詰めれば、興奮に行きつくんです。
過去の記憶と、ホルモンが、マッチして、それが、感情と言われるものになっていく。今はこれだけですが、幽霊の正体みたり、ですよ。
それで何が言いたいかと言えば、・・・・我々は、感情すらも制御可能。感情すら作り出せる、という事です。」
瀬能「また、大きく出ましたね。」
柏村「ズィーキーは特別ですが、でも、まんざら、こういう例は珍しくないんですよ。」
瀬能「珍しいでしょう」
柏村「ファンタジー世界ズッポリで、モンスターと戦ったりしますから、暴力的で他に危害を及ぼす、という面では、特別ですが、類似する症例は・・・・・症例じゃないですね、事例はあるんですよ。」
瀬能「・・・・事故でモンスターが見える、勇者になっちゃうケースが?」
柏村「記憶が一定時間でリセットされるケース、人間の顔がみんな同じに見えるケース、世界が止まって静止画のように見えるケース、自分から消えない異臭を嗅ぎ続けるケース・・・・・・ケース単体であげればきりがありません。どれも単体の事案ばかりですが。」
瀬能「・・・なかなか世間では理解されにくい、お話、ばかりですね。」
柏村「世界的に有名なのが、天使を見た、というケースですね。・・・・・奇跡と呼ばれているケースです。バチカンが正式に奇跡と認定しているのですから、本物の奇跡でしょう。」
瀬能「ああ、聞いたことあります。ファティマの預言とか、なんとか。」
柏村「ええ。最初は子供三人の所に天使がやってきた所から始まり、最終的には何千人が見たと聞きます。」
瀬能「フェスですね。天使フェスじゃないですか。」
柏村「当時から、集団催眠の可能性が高いと言われていますが、その実、奇跡に認定されていないだけで、世界中、似たような話があって、神を見たり、天使を見たり、そういう人が多いんです。」
瀬能「・・・・多いっていうのかなぁ」
柏村「集団催眠の可能性も、もちろんありますし、集団ヒステリーの可能性もあります。」
瀬能「ヒステリー? 怒ったり、怒鳴ったりする、アレですか?」
柏村「解離性障害って言われているものです。ストレスが原因で、身体の異常、感覚の異常をきたす症状なんですが、物理的な要因。脳の異常で、同様の症状をきたす事もわかっています。・・・・異常というのは病気という意味ではなく、特異的、という意味です。もちろん事故で脳の一部が機能しなくなったり、逆に賦活されてしまったり、もともと持っている身体的特徴。個人差、という事も考えられます。・・・・・てんかん発作で聞く事例でしょうか。」
瀬能「何かしら脳に特異的な特徴があった・・・・と。」
柏村「天使というキーワードは確実に宗教感に依存しているので、イスラム、キリスト教の布教下にある国で、仏教が中心の国でそれらの話は聞いた事がありません。逆に、仏を見た。という話を聞きます。」
瀬能「・・・・・ああ、ああ、うん。」
柏村「記憶ですよ。記憶。潜在意識で、過去の記憶から、神々しいもの、強い光の点滅などを、てんかん発作時に見てしまったら、それが、天使や御仏に見えるのでしょう。
反対に、仏教下で天使を、逆もしかり。そういう信仰の対象でない宗教で、天使や御仏が現れたら、その存在は確実視されるでしょうね。なんびとが見てもおかしくないはずですし、別に、仏教の人間が天使を見たと言っても戒律に違反する事でも何でもありませんから。むしろ、存在を認めさせる為には、信仰心のない人間の前に現れるべきなんです。・・・・ま、それは余談中の余談ですけども。
天使が見える。御仏が見える。・・・・見える人と見えない人との差。脳が見たものが、現実となる。脳というものは、とても厄介なんですよ。」
瀬能「見えるだけじゃなく、臭いだったり、感触だったり、記憶さえも、自由に、変えてしまう。私達は脳に依存し過ぎているのでしょうね。」
柏村「それは否めません。既に、ここに、あるものですから。」
柏村「神を見たり、天使を見たり、仏を見たりと、・・・・高位の存在を見られる人は限れていました。脳に特異的な症状を持つ人だけ。そういう人間が、ある時代、もしかしたら今もそうかも知れませんが、社会的に優位な地位にいました。・・・・神と対話できる人物。」
瀬能「シャーマンとか、そういう類の人ですか。」
柏村「そうです。神の声を聞き、神の意思を伝え、まつりごとを行う。民の中心、政治の中心。そういう人物です。」
瀬能「卑弥呼とか、そういう」
柏村「ええ。人知を超えた、神という存在。神から直接、メッセージを届けられる存在は、等しく、神と同等に扱われた。・・・・恐らく、同じ様に、脳に特異的な特徴が、ズィーキーと、一致している事でしょう。
まぁ、ただ。外部から、物質を摂取する事で、人為的に、神との対話を可能にする人間も存在します。興奮作用、幻覚作用をもたらす物質を、摂取することで、それを可能にします。多くが、植物由来。菌類を植物のカテゴリーに入れてよいなら、植物から、得られるものばかりです。」
瀬能「現在でも、世界の、少数部族の一部は、儀式で、そのような事を行っていますしね。」
柏村「違法薬物として危険視されるような物でも、民間の、部族の儀式で使われるなら、それは文化的な遺産ですから、咎められる所以がありません。むしろ伝統ですから残していく方に尽力すべき事柄です。」
瀬能「興奮作用、幻覚作用が強いっていうのも、先進国の、言わば、勝手な言い分ですからね。それが金になるから蔓延しているだけであって、部族の儀式などでは、決まった人間が決まった儀式の時にしか、それを行いませんから、むしろ安全だったりするんですけどね。」
柏村「植物から、その成分だけ、抽出して、化学的に、物質にするから、懸念が生じるんです。違法ドラッグの懸念のある一方、医療として、製薬として、命を助けていますから、化学物質に善も悪もありません。」
瀬能「毒にも薬にもなるとは、よく言ったもんですね。」
柏村「人工的に、脳を興奮状態にさせたり、幻覚を見せたりする事が可能ですが、やはり、そこには、脳にある程度、リスクと言いますか、ダメージはあります。本来、ホルモンは、微量でも、如実に、効果を出しますが、人工的に摂取する場合は、大抵、過剰摂取になってしまいます。必要以上の化学反応が起こる訳ですから、神経がもちません。・・・・神経が焼けちゃうんですよ。」
瀬能「薬が効かなくなる。耐性が付く、って奴ですね。」
柏村「おっしゃる通り。頭痛薬だって耐性がついちゃうんですから、強い、神経系の化学物質は、あっと言う間に、耐性がついて、効かなくなっちゃいますよ。部族の儀式が、頻繁にある訳じゃないですからね。」
瀬能「・・・・薬物依存の出来上がり、って訳ですか。」
柏村「効かないからもっと大量に摂取しなくちゃいけなくなる。また耐性がつく。それの繰り返し。最終的に、廃人の出来上がりです。・・・・その過程で、何度も、神様を見ていた事でしょう。」
瀬能「常人と狂人の、狭間ですね。」
柏村「ええ。神を見られる人間なんて、崇めたてまつった所で、狂人でしか、ありませんよ。我々は、その、狂人を研究しているんです。」
瀬能「狂人から得られたデータを、常人にフィードバックする。・・・・・私達も、狂人ですね。」
柏村「間違いなく、狂人の部類ですよ。それで、救われる人がいるなら、私は喜んで、狂人となりましょう。」
ズィーキー「どうしたら、この、迷宮を抜け出せるんだ? お、お前は! 現れたな、ニセ坂本一生!」
ニセ坂本一生「・・・・・誰がニセ坂本一生だ!」
ズィーキー「ホンモノはマッチョだが、お前は、ヘナチョコだから、すぐ、ニセモノと分かるぞ!」
ニセ坂本一生「いやいやいや。新加勢大周が坂本一生であって、だから、そもそも、坂本一生が、加勢大周のニセモノであって、いや、ニセモノじゃないけど、二代目で・・・・はぁ?」
ズィーキー「はぁ?」
アトロパ「はぁと言いたいのはこちらのセリフですよ。」
ズィーキー「誰だ、お前は! 初めてみる顔だな。」
アトロパ「どうも。初めまして。・・・・お初にお目にかかります。あなたが、勇者にして次世王、ズィーキーさん?」
ズィーキー「そうだ。俺が、次世王、ズィーキーだ!」
アトロパ「あなたが、魔王様を、亡き者にした。あの、ズィーキーさん?」
ズィーキー「お前、魔王の配下の者か?」
アトロパ「あはははははははははは。あはははははは。魔王様? 今となってはどうでもいい事ですが、ねぇ?ニセ坂本一生。」
ニセ坂本一生「・・・・・私、ニセ坂本一生、嫌なんですけど。」
アトロパ「私は、沈黙の魔女、アトロパ。絶世の美女と誉れ高き、容姿を持つ女。」
ズィーキー「・・・・なんだと」
ニセ坂本一生「・・・・自分でそういう事、言います?」
アトロパ「どうせここはズィーキーさんの世界。言ったモン勝ちじゃないですか。」
ズィーキー「なにをごちゃごちゃ言っている!」
アトロパ「ああ、ええ。だから、絶世の美女だって言っているんですよ。」
ズィーキー「いや、まぁ、さっき、聞いた!」
アトロパ「何故、私が、沈黙の魔女かと言えばですね。私の毒で、人間を殺し、黙らせる。死ねば誰も喋る事が出来ない。故に、沈黙の魔女と、そう、呼ばれているのです。」
ズィーキー「毒で、人を、殺すのか!」
アトロパ「ええ。・・・・あなたは、ここで終わりです。あなたはここで死ぬんですよ。」
ズィーキー「分かったぞ! お前が、俺を、ここに、迷宮に、誘い込んだんだな! この薄汚い魔女め!」
アトロパ「だから、絶世の美女だって言っているでしょ! さぁ、やっておしまいなさい、ニセ坂本!」
ニセ坂本一生「ええええ? 私が? 私がですか?」
アトロパ「他に誰がいるんですか、ほら、ちゃっちゃと、やっつけなさいよ! ほらぁ!」
ニセ坂本一生「ええ、ちょっと、ちょっと、待って下さいよ、瀬能さん! やめて、押さないでぇ!」
ズィーキー「そっちが来ないなら、こっちから行くぞ! とりゃぁぁぁああああああああ!」
ニセ坂本一生「ぎゃぁぁぁああああああ! ああああ? ああ? え? あ、ええ?」
ズィーキー「さすがに腐っているから、致命傷にならないな、この、腐れニセ坂本め!」
アトロパ「あなた、腐って、ニセモノで、もう、大変ですね」
ズィーキー「近寄るな! お前の悪臭で、鼻がやられるぅぅぅ、違う意味で毒のダメージが。」
ニセ坂本一生「なんか、なんか、酷い事、言ってる。勇者のくせに。」
アトロパ「まぁいいでしょう。前座はここまでです。さぁ、ここからは真打の登場です。・・・・・・あなた、私を倒せますか?」
ズィーキー「俺は魔王を倒した勇者だぞ! 次世王ズィーキーだぞ! 魔女に負けるハズがな」
アトロパ「ゼロ距離体当たり式パ~ンチ!」
ズィーキー「・・・・・な」
ド
ニセ坂本一生「えぇぇぇ? せめて喋っている途中で攻撃するのは良くないと思いますが・・・・」
ズィーキー「・・・・ペッ お前ぇぇぇぇえ、汚いぞ!魔女なら魔法を使え!」
アトロパ「へぇ。流石に元気ですね。次世王と名乗る事だけの事はある。私のゼロ距離体当たりパンチ、別名、鉄山靠を受けて、立ち上がるなんて。」
ニセ坂本一生「・・・・・・あの、空手か何か、やっていらっしゃるんですか?」
アトロパ「まぁ一通り。・・・・・・・魔王を倒したあなたの実力を知りたいので、死なない程度に、遊んであげますよ?」
ズィーキー「いいのか? そんな余裕をみせて。あとで、後悔しても知らないぜ?魔女さんよぉ!」
アトロパ「はい。一生、起き上がれない、おでこタッチぃぃぃぃ」
ズィーキー「な? え? あああ? え? 起き上がれない、立てない! 立てないぞ!」
アトロパ「ほらほらほら。立ち上がって見なさいよ?ほら、あなた、勇者なんでしょ? 私の魔法で、あなたは、もう、立ち上がる事が出来ません!」
ニセ坂本一生「・・・・そんな、子供騙しな。」
ズィーキー「くそぉ! 卑怯だぞ! この魔女めぇぇえええ! 魔法を解けぇぇぇえええ!」
アトロパ「ほらほら、どうした、どうした、この腰抜けめぇぇええ ほら、立ち上がって見なさいよ! ほらほらほら!
いいですか、勇者さん? 私に忠誠を誓って、私の僕。私の下僕になって、一生、私の言う事を聞くなら、この、魔法を解いてあげてもいいですよ?」
ズィーキー「なんだとぉぉぉおお? この俺が、魔女の、手先になれと言うのか!」
アトロパ「いいんですよ。いいんですよ。別に私は構いませんよ? ただ、一生、あなたは、このまま、地べたに座りきり。立ち上がる事は不可能です。私が、立ち上がれない魔法を解かない限り。」
ニセ坂本一生「ただの人間のモーメントじゃないですか。」
アトロパ「あははははははははははは 哀れ、勇者なり。あははははははははははははは、あなたは、ここで、終わるのです。この、絶世の美女である、アトロパに負けて。あははははははははははははははは」
ズィーキー「くっそ、くっそ、くっそぉぉぉっぉぉおおおおお!」
アトロパ「ほ~ら、ほ~ら、立ってみなさいよ、バ~カ、バ~カ!」
ズィーキー「この、性悪クソ魔女めぇぇええええ!」
ニセ坂本一生「ほんと性格悪いと思いますよ。」
ズィーキー「黙れ、腐れニセ坂本! 息が臭いんだよ!」
ニセ坂本一生「・・・・こっちはこっちで、酷い事、言ってる。私、もう、帰りますからね。私、資料、整理しないといけないんで。」
アトロパ「えぇぇぇ? もう帰っちゃうんですか? もうちょっと遊んでいきましょうよ。」
ズィーキー「足元がお留守だぞ? この、クソ魔女ぉぉぉおお!」
ガ
アトロパ「あ、痛っ! 痛い、痛い、痛い、痛い! はぁぁっぁぁぁぁぁあ? よくも、よくも、蹴りましたね?」
ズィーキー「性格が悪い奴に卑怯なんて言われなくはない! 今度こそ、勝負だ! ええぇぇっと、なんだっけ? お前の名前? なんか、おかしな事、言っていたよな?」
アトロパ「・・・・・絶世の美女だって言っているでしょ?」
ズィーキー「もう、何だっていいよ、もう。なんか、毒? 毒、お前、毒、使うんだっけ?」
アトロパ「あ、そうです。毒の魔女・・・・じゃなくて、沈黙の魔女です。アトロパ。ちゃんと覚えて下さい!
まぁ、いいでしょう。今日の所は、これくらいで。」
ズィーキー「どうした?」
アトロパ「私も帰ります。今日は、次世王ズィーキーさんのお顔を拝見に来ただけですから。」
ズィーキー「はぁ?」
アトロパ「いいですか? 今度、会った時が、あなたの最後ですからね? いいですか? よく覚えておいて下さいよ?」
ズィーキー「なんなんだよ、それは? えぇぇ?」
アトロパ「このままあなたを倒してしまったら面白くないじゃないですか。あなたがもう少し、強くなって、私と戦えるように成長したら、その時、遊んであげますよ?」
ズィーキー「なんだと! 逃げるのか!」
アトロパ「・・・・・調子に乗るなよ、小僧。お前なんぞいつでも殺せるんだ。私の為に、お前は、強くなるんだよ。あはははははははは あははははははははははははははは」
ズィーキー「・・・・俺を今、ここで、殺さない事を後悔させてやる! いいか、覚えておけ! 魔女め!」
アトロパ「あはははははははははははははは あははははははははははははははは」
柏村「・・・・・フラグじゃないですか。これ、完全に、次に殺されるフラグじゃないですか。」
瀬能「やっぱりファンタジーものには、主人公を成長させるイベントがないと面白くありません。で、次に会った時に、殺される、と。もう、ファンタジーのお手本ですね。あの時、殺しておけば、良かった・・・・と、捨て台詞を吐いて、死ぬんです。ああああ、感無量ですよ。」
柏村「そうかも知れませんが。」
瀬能「悪役冥利ってやつです。それはそうと、ニセ坂本。」
柏村「やめて下さい、それ。」
瀬能「・・・・・まとめて、報告書、出しておいて下さいね。財団に持ち帰って、精査させていただきます。」
柏村「分かりました。」
瀬能「では、ガラスの向こうのズィーキーさん。次に会える事を楽しみにしていますよ。せいぜい、生き延びて下さいね。」
※全編会話劇




