第49話 俺が好きならそれでいい
一拍置いた彼女は話し始める。
「私ね、この笑い方すごく苦手なんだ~……」
「え? ……そうなの?」
「うん。だってさ……気持ち悪いでしょ~? ぐひひっ」
夜凪さんは笑いながらそう言っているが、いつもの笑いとは様子が違った。
自分が嬉しくて楽しくて笑うのではなく、自分を客観視して笑っているような。
どこか一歩引いているような、そんな感じだ。
「俺はそうは思わないけど……誰かに言われたりしたの?」
そう慎重に問いかければ、彼女は首を横に振った。
「でもさ~わかるんだよね。あぁ~今気持ち悪いって思ったんだろうなぁっていうのが。さっきのパンフレット配りだってそう。私の持ってたパンフレットがなかなか減らなかったのは、神瀬くんが目立ってただけじゃないよ」
実際、通りがかったみんながどう思っているのかはわからない。
少なくとも俺の目にはそうは見えなかった。
だがコンプレックスだと言っている彼女に、そんなことないよは通じるのだろうか。
俺はもっと適切な言葉がないかを考える。
「直そうと思ってるんだけどね~、なかなか直らないんだ~。小さいときからこんな感じなんだよ」
「そうなんだ。まぁ笑い方って昔から変わるほうが珍しいかもね」
「だよね~、ひひっ」
頭の中でまとめた言葉を、俺は彼女の目を見て述べる。
「俺はさ、夜凪さんが笑う姿に助けられたこと……何回もあるよ」
「そ、そうなの?」
「うん。何か一歩踏み出すような行動を起こしたときに笑ってくれると、自分のやったことが間違いじゃなかったんだなって思えるんだ」
「それは……確かに」
「自信になるんだよね。だから前に進める。告白できたのだってそうだよ。夜凪さんが笑ってくれたから」
夜凪さんは顔をゆっくりと赤くする。
「他の人がどう思うかは俺にはわからないけど、これが俺の気持ちだよ」
そう告げれば、彼女は優しい笑顔を浮かべる。
「ひひっ、そう言ってくれるなら……直さなくっていいかな~」
声を弾ませた夜凪さんは、自分が座っている椅子を少し俺に寄せる。
ふわりと彼女の優しい匂いがした。
「う~ん、やっぱり神瀬くんのこと好きだね~私。ぐひひっ。なんだろうなぁ~、かけて欲しい言葉をかけてくれるの……すごく好き。私のこと……ぜ~んぶわかってるみたい」
目を見て言われ、息を呑む。
「いつからそう思うようなったんだろうねぇ……最初から? そんなわけないか~ひひっ」
「お、俺は……最初から好きだったよ。夜凪さんのこと」
「……えぇ!?」
彼女は目を見開くが、そのキラキラとした瞳からは嬉しさが滲み出ている。
「私なんてそんな~……美人とか言われたことないよ~?」
「他の人がどう思おうが、俺は夜凪さんの見た目が好きなんだ」
「そ、そっか~……ひひっ」
ストレートな褒め言葉に、彼女は耳まで赤くする。
「美人だし話が合いそうっていう……ありきたりな理由だけど、あれは間違いなく一目惚れだったよ」
「あ、ありがとう……ひひっ。なんか漫画みたいだねぇ~」
「ははっ、確かにね……」
ひと通り互いに思いを伝えると、静かな雰囲気も相まって妙な空気が漂う。
どちらも赤面したままのこの状況は、ジッとしていられないような感じがあるものの、どこか心地のいいものであった。
「も、もうちょっとそっち行っていい~?」
「うん、いいよ」
「ひひっ……」
さらに椅子を寄せてくる夜凪さん。
触れてもいないのに温かさが伝わってくる。
「か、彼氏ってことでいいんだよね~?」
「そうだね。恋人同士……」
「そっか~……楽しみだねぇ」
夜凪さんの手が掌を上にし、握りたそうにグーパーを繰り返しているのが見えた。
ここまで寄ってくれたのだ、次は俺の番。
彼女の手に、自身の手をゆっくり重ねた。
「ひぃっ!?」
身体をビクビクっとさせ、硬直する夜凪さん。
それが落ち着くのを俺は待つ。
そして肩の力が抜けるのを確認すると、そのまま指を絡めて優しく握った。
彼女はまた息を弾ませ、リンゴに負けないぐらい赤くなる。
「……大丈夫、夜凪さん?」
「う、うん。変だよねぇ……もっといろいろしてきたのに、今さらこんなので……頭がいっぱいになっちゃうなんてさ~……ひひっ」
夜凪さんは俺の手をもっと弱い力で包み返してくる。
自分と比べたときの手の皮の薄さに、女の子であることを今一度意識してしまった。
「あったかいね~。これからの季節、神瀬くんはいいカイロになりそうだよぉ~、ひひっ」
「ははっ、カイロか。夜凪さんの手もあったかいし、俺も世話になりそう」
「う、うん……そうだねぇ」
手だけではなく、全身を抱きしめ合えばもっと温かくなれるだろう。
恐らく彼女も同じことを考えていたのか、顔を赤く染めて沈黙してしまう。
その空気に耐えかねなかったのか、夜凪さんが唐突に声を上げた。
「そ、そういえば!」
「ん!? どうしたの?」
「え~っと、みんなにも……告白したの~?」
「うん。あとは江東さんだけだね」
「えぇっ~!? 涼海ちゃんがまだなの? い、意外だぁ……」
俺もそう思っている。
告白した、というかできた順番は状況が味方してくれた順だ。
こればかりは巡り合わせの問題であり、そのときを静かに待つしかないのだ。
「じゃ、じゃあさぁ~……涼海ちゃんにも告白したらその……け、け、結婚……するの~?」
「う、うん……ゆくゆくはそうしたいな」
握っている手に力が入るのを感じる。
川名さんにも同じようなことを言われたが、男女の付き合いはそのまま婚約を意味するのがお嬢様である彼女らの基本的な考えなのかもしれない。
「あ……でも、もちろん卒業してからだよ。みんなの進路の都合もあるし、それに俺にはもっと甲斐性が必要で……」
そこまで言うと、夜凪さんはハッとした表情を見せる。
「あれ……もしかして神瀬くんが絵を頑張ってるのって……」
「う、うん……そういうことだね」
「そっかぁ~! ……ひひっ、えらいねぇ~」
照れる俺を、夜凪さんは握っている手をスリスリと撫でながら褒めてくれる。
嬉しい、どうしようもなく嬉しい。
優しく微笑みかけてくれる彼女を見て、俺は我慢できなくなった。
「夜凪さん……立って」
「え? ……う、うん」
手を離し立ち上がる。
そして近づくと――。
「うひゃううっ!? か、か、神瀬くん!?」
俺は思いのままに夜凪さんを抱きしめていた。
僅かに震えている彼女を感じるも、もう離すことができない。
「ありがとう、夜凪さん……」
「……へ?」
「俺、絶対に夢は諦めないから!! ずっと……一緒にいられるようにするから!」
俺の突然の抱きしめに夜凪さんは戸惑ってしまっている。
だが、この想いは今伝えたかったのだ。
やがて、彼女の手が背中を撫でるのを感じた。
「あ、ありがとう~。私も、みんなも……そんな神瀬くんが大好きだからねぇ。いつまでも応援してるから……ひひっ」
「夜凪さん……」
抱きしめても抱きしめても、抱きしめ足りない。
触れ合うだけで、言葉を耳にするだけでどんなことでも越えられそうな元気がもらえる。
俺はそれ以上の言葉が出てこず、ただ黙って夜凪さんを抱きしめ続けた。
彼女もまた、すべてを受け入れて優しく励ますように撫でてくれたのだ。
夜凪さんに夢中になっていると、耳へ微かに何かが届く。
「神瀬く~ん……鳴ってるよ~、お~い」
「……え?」
我に返ると、自分の設定したスマホのタイマーが鳴り響いていた。
「交代の時間、じゃないかなぁ~? ひひっ」
「あ、ごめんっ!!」
俺は彼女から咄嗟に離れる。
自分が何をしていたのか思い出すと、破裂しそうなぐらい顔に血が集まるのを感じた。
夜凪さんはそんな俺を笑いながらも、どこか名残惜しそうな顔をしている。
「それじゃあ……行こっか」
「うん!」
彼女はスッと手を差し出す。
「途中まで暗いからねぇ~、お手々繋いで行こう~! ぐひひっ」
「そうだね」
俺は彼女の手をそっと握る。
触れ合っていた時間のほうが長かったため、もう特別に手の温かさは感じない。
だが心はどんどん温もりを増していく。
それがとても嬉しかった。
この幸せすぎる瞬間を噛み締めながら、俺たちは二人ぼっちの教室を出たのだった。




