第42話 はじめまして、ヤンキー先生
俺は目を疑った。
声からなんとなく予想がついていたが、そこに座っていた先生は明らかにお嬢様学校で教鞭をとる者の格好をしていなかったのだ。
年齢は三十代ぐらいだろうか、とても威圧感のある女性だ。
てっぺんが黒くなりかけている金髪に、上下ともに白いジャージ。
鋭い三白眼を部外者である俺に向けて光らせる。
足元を見れば裸足でサンダルを履いていた。
寒くないのだろうか。
「芝崎、そいつが言ってたヤツだな?」
「そうです。あとそいつ、じゃなくて神瀬くんです」
「わかったわかった。そんなに睨むな。で、神瀬ってのはお前か」
ギロッと目が動き、俺を訝しげに見てくる。
「は、はい。北條第一から来ました、神瀬遊里です」
「そうか。うちの可愛い生徒を侍らしているのがどんなヤツなのか気になってたが……見た感じは普通なんだな」
警戒されるのも無理はない。
実際、お嬢様を五人侍らせているのは紛れもない事実だ。
恐ろしくて目を逸らしたくなるのを我慢し、目に力を入れて合わせ続ける。
「まぁいいや。とりあえず座れよ」
「失礼します……」
俺たちは席につく。
変なことをしないように神経を尖らせていると、江東さんが大丈夫だよと言わんばかりに頷いてくれた。
「お前ら、神瀬には出し物を何にするか伝えてんのか?」
「まだで~す。教えてあげてくださ~い、ひひっ」
「なんだ教えてなかったのか。うちでやるのは……」
先生はホワイトボードに文字を書いていく。
そこには――。
「どうぶつメイド喫茶だ!」
キメ顔で言う先生の言葉を受け、俺は口をポカーンと開けてしまう。
聞いていた話とまったく違うからだ。
確か、絵に関係する出し物をしてそれのアドバイザーということで参加させてもらえる話だったはず。
芝崎さんを見れば苦笑いをしていた。
「えーっとすみません……俺って絵を描くから呼ばれたんですよね?」
「あぁ。どうぶつメイド喫茶……のパンフレットに使う絵を描いて欲しい。表紙だな」
「な、なるほど……それなら」
思っていたものとは違うが、絵に関係はしていたようだ。
すると芝崎さんが小声で話しかけてくる。
「ごめんなさい、神瀬くん。交渉してるときはモザイクアートの予定だったんだけど、先生が駄々をこねて……」
「駄々をこねるって……そんな子どもじゃあるまいし……」
単に怖い先生かと思ったが、どうにもそれだけではなさそうだ。
「おい、なんか言ったか……?」
「い、いえ何も!」
「ったくよぉ……」
呆れるように首をゆさゆさと左右に振った先生は、ジャージのポケットから箱を出す。
そしてそれを振り、中から出てきた細長いものを咥えた。
「それってタバコじゃ……」
「なんだって?」
彼女はタバコのようなものを口に全部放り込むと、ガリガリと音を立てて食べだしたのだ。
どうやらあれはタバコではなく、それに似たお菓子のようだ。
いや、お菓子でも学校で食べるのは良くない気がするが。
ここまで翻弄されっぱなしだ。
ボリボリと食べている先生に俺は質問を投げかける。
「あ、あの……」
「あ?」
「先生の……名前ってなんなんですか?」
「あぁ……そっか。自己紹介忘れてたな」
先生はホワイトボードに向き直し、自分の名前を書いていく。
「姉小路だ、よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
姉小路先生はなぜか名字だけを紹介した。
ホワイトボードには彼女の名前、姫子と書かれていたのにもかかわらず。
不思議だなと思いながらも、俺は言及しないことにした。
「で、どうぶつメイド喫茶ってのはどういうもんなのかを説明するとだな……神瀬が描いてる漫画、あれを題材にした動物の衣装を着て、メイド喫茶っぽいものを作るんだよ」
「俺の描いてる漫画っていうと、えーっと『週刊くま日和』ですか?」
「あぁ、そうだ。芝崎に見せてもらった。あたしはあの手のもんには詳しかないが、よくできているように思う」
「……あ、ありがとうございます!」
褒められた。
そんなタイプには見えなかったが、いいところはしっかりと褒めてくれるらしい。
「神瀬にはさっきも言ったとおりパンフレットを描いてもらう。だがタダ働きってのもなんだ。文化祭の期間中は喫茶店で好きに飲み食いしてもらって構わない」
まさかそんな特典があるとは。
笑顔になる俺の背後から、涎をすする音が聞こえる。
「待て犬鳴、お前は……食べるにしてもある程度遠慮してくれよ。一人で平らげかねんからな」
「わ、わかってます!」
「ならいいが……」
姉小路先生はやや困り顔を浮かべる。
「制作にはこの教室を自由に使ってくれて構わん。外で作業するのも結構だが……まぁ中のほうが色々とやりやすいだろ」
「そうですね」
「期間は今から三週間後。長いように思うだろうが、実際はあっという間だ。計画的にやるように、いいな?」
そう彼女が言えば、みんなで返事をする。
「今日から作業してくれ、と言いたいところだが……このあと職員会議があるんでな。言うのを忘れていたが、あたしが監督しとかないと神瀬は動かせない決まりだ。……ってなわけで今日は解散!」
作業中は先生と一緒らしい。
部外者なのだから当然ではある。
俺たちは教室を出て、校内を歩く。
「なんというか……ユニークな先生だったね」
「まーねー。ボクも最初に見たときはマジかーって思ったけど、普通にいい先生だと思うから安心しなよ」
「そっか。なら大丈夫そうだね」
なんとなくそんな気はしていたが、嫌われているような先生ではないようだ。
むしろ慕われているからこそ、今まで彼女らの口から愚痴を聞くこともなかったのだろう。
「どうぶつメイド喫茶だっけ……メイドさんになる人は決まってるの?」
「みんなだよっ、みんな!」
江東さんがぴょんぴょんと跳ねながら話す。
「みんな……って。クラスみんなってこと?」
「うんっ。私たち全員だよ」
つまり部のみんなのメイド姿を拝める。
想像するだけでニヤけてしまいそうだ。
「神瀬くんもメイドさんになったら~? ぐひひっ」
「……勘弁してよ」
「ひひっ! じゃあお客さんとしてご奉仕されてね~」
間違ってはいないが、言葉のチョイスで恥ずかしくなる。
「クラス全員がメイドになるなら……動物もオリジナルの考えなきゃだよなぁ」
「秋田犬とかゴールデンレトリバーとか、考えるだけで楽しいですね」
「犬ばっかだけど、それも……アリなのかな?」
できればバラけた見た目のほうがいいだろう。
犬鳴さんには悪いが、犬は彼女専用ということにさせてもらおう。
「思ったより仕事量が多くなっちゃって……神瀬くんには苦労かけるわね」
「いやいや、すごく楽しみだよ! 俺、頑張るからさ」
そう言うと芝崎さんは微笑みながら頷いてくれた。
これから迎える三週間。
必ず文化祭をいいものにして、みんなとの思い出を作ってみせる。
来たときの不安感はどこへやら。
校庭を歩く俺の足取りは軽かった。




