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第39話 告白には熱を込めて

 洗濯物を干し終えた芝崎さんは、再び俺の側にやってくる。


「他に何か欲しいものとかあったりする?」

「いや……特にはないかな。ありがとう」

「そう? ……そもそもあまり話しかけないほうがよかったかしら? 眠りにくいだろうし」

「眠たくないから大丈夫。むしろ身体を動かせないのにやることがなくて暇だったから。話し相手になってくれて助かるよ」

「ふふっ、そう」


 彼女はまた笑った。


 どうも芝崎さんはみんなの前では委員長らしく堅めねイメージが強めだが、一人のときはそうでもないようだ。


 いつも優しいことには変わりないが、より素直になっている気がする。

 それはきっと、俺が風邪を引いているからだけではないはずだ。


「そうだ……食べられそうなものはあるかしら?」

「うーん、食欲は普通にあるから……だいたいなんでもいけると思う」

「そうなの? でもこういうときって、おかゆがいいんじゃないのかしら?」

「食べやすいのは確かにそうだろうね」

「じゃあ作ってあげるわっ」

「いいの? ありがとう……」


 ピンクのエプロンをつけて台所に立つ芝崎さん。

 これも彼女が家から持ってきたものだ。


 食材もどこに何があるのかを俺以上に把握している彼女は、テキパキとおかゆを作っていく。


 その献身的な姿を見ていると感謝もあるが、好きの気持ちも大きくなっていった。


「はい、できたわよー」


 おかゆを持ってきてくれる。

 卵を使ったものであり、真ん中には種を抜いてある梅干しが乗せられていた。


 それを一旦テーブルに置いた芝崎さんは、俺を起こしてくれる。


「ありがとう。美味しそうだね」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、おかゆなんて作ったの初めてだから……味は保証できないわよ?」

「芝崎さん、料理上手だから。絶対美味しいって」

「どうかしらね~」


 微笑む芝崎さんはおかゆを持ち、ベッドに腰掛ける。


「た、食べさせてくれるの?」

「そりゃ……そうじゃない? せっかくだし……」


 ほんのりと赤くなる芝崎さん。


 俺も熱が出ている影響ではない火照りを感じた。


「どうしても出来立ては熱くなっちゃうわね……。少し冷ますわよ。フーフー……」


 レンゲですくったおかゆを冷ましてくれる。


 それをジッと見ていると、彼女と目が合った。


「そ、そんなに見られても困るわね……」

「ご、ごめん」


 おかゆを冷ました芝崎さんは、さらに俺に近づいてきた。


「はい、口を開けてちょうだい」

「あ、あー……」


 誰かに何かを食べさせてもらうのは、もはや日常茶飯事だ。

 しかし、シチュエーションは毎回異なるのでそのたびにドキドキする。


 おかゆを口に含むと、優しい味が広がった。

 たぶん俺には作ることのできない味だ。


「美味しい」

「ふふっ、よかった。はい」

「んあー……」


 病人のくせしてパクパクと食べてしまう。


 それほどまでに美味しく、そして世話を焼いてくれる彼女にもっと世話をして欲しいと思ってしまうのだった。


 ただ食べ進めるだけではなく、彼女は色々と気も遣ってくれる。


「風紀委員の仕事はどう? 慣れてきたのかしら?」

「そうだね。朝早めに起きるのがちょっと辛いけど、それ以外は慣れてきたね」

「まぁ私はともかく、他のみんなも朝弱いものね」

「ははっ、そうだね。だいたい芝崎さんに起こしてもらってるし」

「そうよ! 何回も起こしてるのになかなか起きてこなくて大変なんだから……ふふっ」


 芝崎さんが家にいるときは、彼女に優しく起こしてもらっている。

 優しすぎて二度寝してしまうのだ。


 よく考えれば俺は以前、朝起こしてくれる存在が欲しいと思っていた。


 その存在はいつの間にかできていて、それ以上の存在になりかけている。


「そもそもどうして風紀委員になろうと思ったの? 一学期は入っていなかったでしょう、委員会」

「なんでなんだろう……自分でもよくわからなくて」

「うーん、なんとなくってこと?」

「それは――」


 改めて自分の胸に手を当てて考えてみる。


 俺があんな行動に出たのはどうしてだったのか。


 芝崎さんを見ていると、その理由が徐々にわかってきた。


「頑張らないといけないなって……思ったからだと思う」

「それが理由? ……私からすれば十分頑張っているように見えるけど。絵だって練習しているんでしょう?」

「そうだけど……それだけじゃ足りないなって思って」


 俺は熱で充血し熱くなっている目で芝崎さんを見る。


「もっと……立派だって思ってもらえるようになりたいんだ」

「立派に、ね。どうして?」


 ここまで聞かれてしまっては、もう答えるしかない。


 体調が万全のときに伝えたかったが、勢いはなによりも大事だ。


「部のみんなの……好きな人たちの隣に立っても恥ずかしくない男になりたいから」


 そう言うと、芝崎さんの顔がゆっくりと赤くなっていく。


「俺は……芝崎さんのことが好きなんだ。たぶん最初から好きだったんだけど、今日もこうやって看病してくれてたらまた好きになって……毎日毎日、好きになってるみたいで……」

「あ、ありがとう……」


 言葉が溢れてしまい、止めることができない。


 芝崎さんは顔を真っ赤にしたまま、目をキョロキョロとさせていた。


「美人なのはもちろんだけどさ、面倒見がいいし、優しくしてくれるし……ちょっと怖がりなところも可愛いし……その、む、むっつりなとこも好きだよ!」

「そ、そ、それは褒めてるの!?」

「褒めてるって! 全部なんだ……全部ひっくるめて好きなんだって!」


 芝崎さんは俯いて目を細める。


 おかゆの入っていたお茶碗を握る手は少し震えていた。


 そして息を吐いて茶碗をテーブルに置くと、顔はまだ赤いままだが落ち着きを取り戻した表情でこちらを見る。


 ずり落ちた眼鏡を持ち上げて、口を開いた。


「ふぅ……褒め殺しはそこまでにしてちょうだい。もう十分に伝わったわ。ありがとう……告白なんてされるの初めてだから、なんて返せばいいのかわからないけどね」


 少し凛々しさすら感じる表情。


 パンクしてあたふたするのではと思っていたが、これは意外だった。


「正直……お互いに好意があるのはわかっていた……でしょう?」

「それは……そうだね、うん」

「だから思ったよりは落ち着けているのよ、これでもね」


 芝崎さんはしっかりと俺の目を見て続ける。


「私も……神瀬くんのことが好きよ。最初から好きだった……とは言えないけど、人としてはいい人なんだろうなとは思っていたから」


 確かに会った頃の彼女は、露骨に俺を警戒していた。

 今や懐かしさすらおぼえる。


「でもあなたが言ってくれたように、毎日を一緒に過ごして好きになっていったのは同じよ」

「あ、ありがとう……。その……ど、どういうところを好きになってくれたの?」

「そうねぇ……」


 俺の顔を首を傾けて見る芝崎さん。


 そして小さく笑ってから続けた。


「有り(てい)に言えば……憧れたのよ、あなたに」

「お、俺に?」

「えぇ。神瀬くんの……頑張ってる姿にね」


 そう言われて、俺は自分のやってきたことを振り返る。

 彼女の言う頑張ってる姿とは、いつからのことなのかと。


 心当たりがあるとすれば、川名さんに告白されたあと、絵を描くことに力を入れ始めたときからだろうか。


 そんなことを考えていると、それを見透かした様子の芝崎さんが笑う。


「ふふっ、あなたが思っているより前だと思うわよ?」

「前って……」

「神瀬くん、出会ったばかりの頃の私たちのこと……覚えているかしら?」

「うん、覚えてるよ」

「前に出ることが苦手な子ばかりだったでしょ」

「そうだね。まぁ、俺も一緒だけど」


 すると芝崎さんは微笑みながら首を横に振る。


「一緒じゃないわ。あなたは部長として歩み寄ってきてくれたでしょう? 喋るのが得意じゃない私たちのことを一番に考えて話しかけてくれたし、すごく気も遣ってくれた」


 そう言い、彼女は俺の手にそっと自身の手を添える。


「私、高校に入る前もずっと委員長で……誰かをまとめる側の人間だったの。でも部に入って、初めてまとめられる側になった。最初は不安もあったけど、本当に杞憂だったわ」


 芝崎さんの目の奥がすごくキラキラとしているように見える。


 本当に彼女は俺に憧れてくれているのか。


「神瀬くんはすごく主張するタイプっていうわけじゃないけど、周りを見て率先して動いてくれる。それがいいのよ。だから一緒に居やすかったし、ついていきたいなって思えたの」


 手に添えられた彼女の手に少し力が入る。


「部をまとめて、絵も頑張ってて、次は学校のことも頑張るんだって……そんなひたむきな姿見てるとね、思っちゃうじゃない。……かっこいいなって」


 その言葉に心が震える。


「神瀬くんは……私に相応しいわ。これ以上ないほどにね。頑張ってる姿は素敵だし大好きよ。でも……私が大好きなあなたを、まずはあなた自身が大事にしてあげて。あなたが元気でいるのが、私にとって……私たちにとってなによりも重要なんだから」


 芝崎さんはしっかりと俺の手を握る。


 彼女の手から伝わる温かさは、熱がある状態でも確かにわかった。


「ありがとう、芝崎さん……」

「ありがたいことなんてしたおぼえがないけど……どういたしまして、でいいのかしら? ふふっ」


 握っていた手を緩め、今度は優しく撫でてくれる。


「恵人と杏愛にも告白したんでしょう?」

「……うん。気づいてたんだね」

「ふふっ、見ればわかるわよ」


 隠すつもりもなかったが、やはりバレていたらしい。


「私はあの二人に比べると、彼女になったあとでも大人しめだと思う。そんなにベタベタしないわ、そんなにね」

「そう……なの?」


 割とくっついて来ていたような気がするが、二人と比較すれば控え気味と言えなくもない。


「でもまぁ……二人っきりのときはわからないわね。誰かさんに『むっつり』なんて言われたからには……それなりのことをされても文句は言えないわよ?」


 初めて見る、芝崎さんのいたずらっぽい笑み。

 その色っぽさに生唾を飲んでしまう。


「なんてね。あんまり変なことを言ってると熱が上がっちゃうわね。それでも……これだけはさせてちょうだい」


 そう言った芝崎さんはマスクをズラして近づいてきて――。


「んちゅ……」


 俺の首に優しくキスをしたのだった。


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