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第3話 始めよう、落書き部

 集まってくれた彼女らに俺は聞いてみたいことがあった。

 まだ緊張で身体はガチガチだが、意を決して伺う。


「みんな自己紹介ありがとう。それで……えーっと、連絡をくれたのは江東さんでいいんだよね?」

「う、うんっ! あの……ウサギのアイコンのが私」

「そうだよね。で……みんなは江東さんの友だち?」


 俺がそう聞けば、彼女らは横目でやり取りしながら頷いた。

 友だちであっても友だちです! と大きな声で自信たっぷりに言えないのは理解できる。

 俺には友だちがいないけど。


 などと考えていると犬鳴さんが声を出す。


「制服見てもらえるとわかると思うんですけど……私たち全員『桜栄(さくらえ)学園』の生徒なんです。そこに通ってる同級生同士でして……落書き部の募集を見た江東さんがどう? って聞いてくれまして……」

「なるほど。桜栄学園……ね。ちょっと待って」


 近隣の高校には詳しくない俺だったが、名前はどこかで聞いたことがある。

 ポケットに入れていたスマホを取り出し、その名前を調べた。


「えーっと……桜栄学園高等学校。女子校なんだ、珍しい」

「はい。幼稚園から大学までエスカレーター式なんです」

「へぇ……って偏差値76!? み、みんな……頭いいんだね!?」


 思わず俺は大きな声を上げてしまう。

 俺の通っている北條第一が確か偏差値50ちょっとだったような気がする。

 おそらくはこれが普通ぐらいのはずだが、それと比べると彼女らの優秀さがよくわかった。

 これこそ住む世界が違うってやつだろう。


「そんな……大したことないですよ……」


 犬鳴さんは顔を赤くして恥ずかしがっている。

 他の面々も同じような反応だ。


 確かに川名さんはちょっと奇抜だけど、それでもみんな真面目そうな見た目をしている。

 頭の良さにも説得力があるといったものだ。


 しかもかなりのお嬢様学校らしい。

 制服も改めて見れば上品に思える。

 こんなみすぼらしい場所に呼んだのがさらに申し訳なく感じてきた。


「それで活動の内容だけど……落書き部、ってことで……まぁ、その……各々落書きをしてもいいし、他にみんなでできそうなことがあればしたいなって思ってるんだけど……」


 俺が説明していると、川名さんが手を挙げる。


「あ、質問? どうぞ!」

「ボク、絵とかあんまり描いたことなくて下手なんだけど……大丈夫?」

「あぁもう全然! その……上手い下手は割とどうでもいいって言ったらアレだけど……二の次で。なんかこう……みんなで描いていけたらいいかなって……思っててさ」

「そっかー。じゃあ大丈夫そうだね」


 落書き部と名前を出した上で来てくれたのだから、みんなそれなりに絵を描くのだと思っていた。

 だが、そうではない子もいるらしい。

 よほど江東さんが勧めてくれたのだろうか。


「活動時間は放課後なんだけど、みんなはバイトって……」


 そう問えば、彼女らはみな首を横に振った。

 お嬢様なんだから聞くまでもなかったが。


「だよね。俺はバイトしてて――」

「な、なんのバイト?」


 被せ気味に江東さんが聞いてくる。

 勇気を出して質問してくれたようで、顔が赤い。


「ネカフェだね。そこの受付してるんだ」

「ネカフェ……の店員さん? すごい!」

「いやいや、全然すごくないよ!」

「おぉネカフェかー! 行ったことないけど、ぐひひっ」


 夜凪さんはネカフェに興味があるようだ。

 彼女らの反応を見るに、行ったことのある子はいないのだろう。


 接客が少ないバイトを探していたが、事務系はどこも受からなかった。

 ネットではネカフェが比較的接客が少ないと書いてあって、それで面接したところ受かったのだ。

 5件受けて4件は落ちたけど。


 接客が少ないといっても他の接客業と比べたらなわけで、実際には結構話す機会が多い。

 覚えることも多いし変な客もいるが、中途半端に持っているオタク知識が役に立つ場面があるのは嬉しいものだ。


「それでバイトがあるからさ、毎日は活動できないんだよね。もちろん俺がいない日でもやってくれていいんだけど」

「みんなで、って言ってたんだから、神瀬くんに合わせた日のほうがいいんじゃない? 私たちは習い事とか学校の活動で抜けてしまうときが出ると思うけど」


 芝崎さんはそう言ってくれた。

 なんというかこう……当たり前に()()()に含まれるのって嬉しいものなんだな。


「ありがとう。じゃあシフトは週三で入ってるから、そこを避けて活動しよう。それで……場所の問題があるんだけど、どこかいい場所知ってる人いる?」


 そう問えば、みんなは互いを見合ったりして考えてくれた。


「通ってる高校が違うから難しいわね……。どっちに行くにしても部外者になっちゃうでしょ?」

「あぁ、そっか……」


 高校名を出して募集したので、同じ高校の人が来ると思っていた。

 でも実際には別の高校から来てくれたので、集まれる場所がさらに制限されてしまったのだ。


「どうしましょうか……どこか場所を借りるのも手ですが……」

「レンタルスペース……みたいな感じか……」


 これも候補に上がったものの、金銭面で厳しい。

 隔日で開くと仮定しても、財布の中が寂しい俺にとっては続けられる自信がない。


「そういえばみんなの中で下宿してる人はいる?」


 彼女らは一様に否定する。

 みんな親御さんと暮らしているようだ。

 もっとも、彼女らの中で誰か一人暮らしをしていたとしても詰めかけるのは忍びないが。


 そう悩んでいると、夜凪さんが提案してくる。


「じゃ、じゃあさ……神瀬くんがいいならさ……ここでいいんじゃない?」

「えっ、俺の家で……ってこと?」


 周りを見渡せば、俺と同じように芝崎さんと犬鳴さんは驚いていた。

 江東は俯いたままで、川名さんは活動場所には興味がなさげだ。


「えーっと……俺は別に大丈夫なんだけど、ここ狭いしさ。今はまだいいけど、もう少しして暑くなってきたらエアコンがボロいから心配なんだよね……」


 一人だから不便なところにはある程度目を瞑れる。

 しかし、それを他の人にも強要することになれば申し訳ない気持ちが強くなるのだ。

 それもまだ会ったばかりの、しかも女の子。


 あたふたとする俺の横から、小さな声が聞こえてくる。


「わ、私は……いいと思うよ。学校から遠くないし……集まりやすいかなって……」


 そう江東さんが言うと、他の子も続いていく。


「私も賛成です。身体が大きいので、迷惑かもしれませんが……」

「いやいやそんなこと……」

「ボクは人がたくさんいない場所なら別にどこでもいいやー」

「まぁ……節度を守って活動するなら……私も賛成……するわ」


 なんと渋り気味だった芝崎さんまで夜凪さんの意見に賛同したのだ。

 俺はみんなの反応に驚きを隠せない。


「じゃ、じゃあ……活動場所は俺の部屋、ってことで」

「うぉおお、キタ~! ぐひひっ!」


 こうしてぼろアパートが俺たちの拠点となった。


 同級生の女の子五人と同じ部屋で部活動。

 その事実に俺の心臓は口から出そうになるのだった。

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