第21話 はい、あーん
すごく柔らかく温かい感触が顔に広がる。
それがとても気持ちよくて、俺はもっと埋めていった。
息をすると夜凪さんの濃い匂いがして――。
「……ハッ!?」
寝ていたことに気づき、俺は目を見開く。
密着してしまっていた下腹部からゆっくりと顔を離す。
「ぐひひっ、やっと起きたみたいだねぇ~。スッキリした?」
「ご、ごめん……寝ちゃってた……」
「いいのいいの。それより、まだ起きたばっかりでしょ~」
急いで起きようとする俺を、夜凪さんは頭を優しく押さえて膝に戻す。
耳かきはもうしていないようだが、髪の毛を触ったり耳を触ったりしてくれている。
ふと目を上げると、彼女の顔が見えた。
下から見ても整った顔つきで、染まった頬も相まってすごく可愛い。
見ているのも恥ずかしくなるので、またお腹を見つめることにした。
膝枕で癒やされていると、足音が近づいてくる。
「ふぃー、掃除終わったよー……って、なにやってんの」
川名さんの声が聞こえ、俺はバッと起き上がる。
犬鳴さんも口に手を当てて見てきた。
「み、耳かき……してもらってて……」
「ふーん? 耳かきってそんな頭ナデナデされながらやるもんだっけ?」
痛いところを突かれた俺は、助けを求めて夜凪さんを見る。
トリッキーな返しをしてくれるのかと思ってたが、彼女はしおらしく照れ笑いをするだけだ。
「ひ、膝枕……気持ちよかったんですか?」
「う、うん。すごく」
「そうですか。……私も今度やってみても……いいですか?」
「あは、ははっ……」
頷きながらも、恥ずかしすぎて笑うことしかできない。
だが犬鳴さんには膝枕より先に抱き枕にされそうな気がする。
それはそれでまた楽しみではあるが。
「膝枕かー……もうちょっと太ももに肉つけないとダメかも……」
川名さんはそう言うと、スカートを太ももまで捲り肉を掴む。
咄嗟に目を逸らす俺であったが、つい横目で見てしまう。
細めの太ももであったが、それでも肉付きは十分に見えた。
そう鼻の下を伸ばしていると、彼女と目が合ってしまった。
「フッ……また今度ね」
すごく意味深なことを言った川名さんは、微笑みながらスカートを戻す。
ここ最近、ずっと誰かしらに翻弄されっぱなしだ。
なんてことを考えていると、キッチンから料理が運ばれてくる。
「おまたせっ」
やってきたのは具だくさんの味噌汁にふっくらした白飯、匂いだけで食欲をそそる野菜炒めと綺麗に焼き上げられただし巻き卵であった。
「すっご……あ、ありがとう!」
「どういたしまして。ちょっと少なかったかしら?」
「いや十分だよ。……あぁ、美味しそう」
テーブルをみんなで囲むも、食事が置いてあるのは俺の前だけだ。
もちろん、俺だけが食べようだなんてことは毛頭考えてない。
「あとこれ……お菓子なんだけど……みんなよかったら食べて」
「これは……チーズですね!」
「いいじゃん。美味しそう」
「ぐひひっ、早く食べよう~」
江東さんが運んできたのは、カップに入った菓子をチーズと混ぜ合わせたものだった。
香ばしい匂いが漂い、涎が出そうになる。
さすがにベッドの上では食べられないので、さらにギュウギュウ詰めになるが、みんなテーブルに向かい合ってもらうことになった。
「いただきます! ……なんだけど、その……せっかくだしみんなにも食べて欲しいんだ」
「……ただでさえ量が少ないのに、分けてたらお腹空くわよ?」
「そのときはまた冷蔵庫の中を漁るよ」
「そう? でも分けるためのお皿もないし……」
「だから……みんなさえよかったら……俺が箸でその……」
そこまで言うと、江東さんが顔を赤らめて口を開く。
「食べさせて……くれるの?」
「う、うん……」
俺は彼女に負けないぐらい顔に熱が昇るのを感じる。
他のみんなも顔を見合ったりして驚いていた。
でもこれは俺がそうしたかったことなのだ。
彼女らは俺に積極的にしてくれるようになった。
いつまでも受け身のままでいるのではなく、自分なりに行動に移そうと思ったから。
「嫌だったら全然……」
「あ」
川名さんがちょっと恥ずかしそうに口を開ける。
これはオッケーということなのだろう。
「ど、どれがいい?」
「たまご」
そうリクエストを受け、彼女の口までだし巻き卵を運んだ。
唇が箸に触れ、その感触がはっきりと持っている手まで伝わってくる。
「美味しい。てかごめん、先に食べちゃった」
「い、いいよ……うん」
俺はそう返し、自分もだし巻き卵を食べる。
前に間接キスラッシュをしたこともあり、まだドキドキはするものの、味は把握できるようにはなっていた。
「んっ、確かに美味しい……! 中がふわふわだ……」
「よかったっ……上手くできてるか心配だったから……」
「本当に上手だよ、ありがとう」
「へへっ……んへへ」
だし巻き卵は江東さんが作ってくれたらしい。
そんなに嬉しそうに笑われると、こっちまでますます嬉しい気分になる。
「え、江東さんもよかったら……」
「うんっ……あ、あーん」
小さい口にだし巻き卵を入れた。
その瞬間、顔がカーっと赤くなり口元を押さえる。
「お、美味しいでしょ?」
「うん……おいひぃ……」
それを見ていた犬鳴さんが挙手する。
「わ、私も食べたいです……!」
「えーっと……何がいい?」
「ご飯を……」
「それだけだとちょっとあまりにもだし……野菜炒めもどう?」
「お願いします。あぁっ、先に神瀬くんが食べてくださいね」
「ありがとう。じゃあ……」
野菜炒めを口に放り込む。
入っている具材はモヤシとにんじん、そしてキャベツだ。
肉が無いものの、濃いめの味付けで満足感のある仕上がり。
ジャンキーさがあってご飯が何杯でもいけそうだ。
「こっちも美味しいな……俺が好きな味だし……」
そう感想を言うと、芝崎さんが俯いて頬を染めていた。
恐らく彼女が作ってくれたのだろう。
「それじゃあ……犬鳴さん」
「はい……んあー」
ご飯に野菜炒めを乗っけて、大きい口を小さめに開いた彼女の口へ持っていく。
目を逸らすのかと思いきや、ずっと俺の目を見てきたのだった。
「なるほど……これが神瀬くんの好きな味ですか、美味しいですね」
うんうんと頷きながら、味を考察する犬鳴さん。
もしかして別の機会にでも作ってくれるのだろうか。
すると芝崎さんからの視線を感じ、彼女に話しける。
「芝崎さんも野菜炒め……食べる?」
「いえ、私は……お味噌汁をいただこうかしら……」
「えーっと、具を食べてもらえばいい?」
「それは神瀬くんが食べて。私は汁の味をみたいから……」
当然だが汁は箸で掴むことはできない。
そのままお椀を彼女に渡す。
「うん……まぁまぁね。はい」
「味噌汁も芝崎さんが作ってくれたの?」
「え、えぇ……」
「ありがとう」
そう礼を言えば、彼女はコクコクと頷いた。
俺も飲んでみるかと、お椀に口をつけようとする。
すると芝崎さんが密かに見ていることに気づいた。
彼女の飲んでいた部分を避けるわけにはいかない。
唇を添えると、芝崎さんは下を向いてモジモジとしてしまった。
高揚感が唇に伝い、触れている汁の水面が揺らいでしまっている。
「はぁ……美味しい」
味噌汁はときどき作ってはいたが、こんなにコクは出ない。
具も硬すぎず柔らかすぎず、ほどよい食感がたまらない。
同じ食材を使っていても、作り手によってここまで味が違ってくるとは驚きだ。
舌鼓を打っていると、夜凪さんが菓子とチーズの混ぜたカップを持ってやってくる。
「こ、これ……食べさせて……ひひっ」
「うん、ちょっと待って……」
カップにある割り箸で食べさせようとすると、彼女に止められる。
「あの……か、神瀬くんの箸で……」
「わ、わかった……」
恥ずかしそうにお願いしてくる夜凪さん。
こちらも照れながらカップの中でチーズを菓子に巻き付けてをすくう。
「はい」
「あ、あーむっ。美味しい……ぐひひっ。神瀬くんも食べて……」
「うん……」
そう言い、俺の箸を取って食べさせてくれる。
「は、はい……あーん」
「んあー……んむ。初めて食べたけど……美味しいね、これ……」
その言葉に、作った江東さんは照れ笑いを浮かべていた。
こういう組み合わせをすると美味しいと話題だったのは知っているが、実際に食べてみるとその美味しさは予想以上だった。
もっとも、この状況だからということもあるだろうが。
その後も彼女らと食べさせあいっこをし、少ないはずの料理で心底満腹になってしまったのだった。




