第20話 泊めてもらうお礼
何か言いたそうにしている江東さん。
それを察知して俺は彼女を見た。
「か、神瀬くんっ、泊めてもらうお礼にできることある?」
「お返しなんてそんな……もう全然気にしないで!」
「そ、そう?」
彼女は少し考えるような仕草を見せ、また話しかけてくる。
「そうだっ、晩ごはんとか……作ろっか?」
「い、いいの?」
「うんっ、任せてよ」
「ありがたいけど、冷蔵庫の中にあんまり食べ物無いんじゃないかな……ちょっと見てみるか」
そう江東さんと一緒に席を立とうとすると、芝崎さんも反応する。
「わ、私も! 料理……させてもらえるなら……したいんだけど」
「ありがとう。じゃあ一緒に来てもらって」
「えぇ」
江東さんと芝崎さんを連れ、俺は冷蔵庫の前にやってきた。
一人用のこじんまりとした冷蔵庫だ。
容量はそこまでのはずなのに、何を買ったのか今ひとつ覚えられていない。
「にんじん、じゃがいも、玉ねぎ……うんっ、この辺りはあるねっ」
「卵もあるわね。ただ……六人分は厳しいみたいね」
食材自体はバラバラにあるものの、量が一人分しかない。
まとめて作り置きもできておらず、スーパーの惣菜に一品付け加えるときに軽く料理するぐらいだったのだ。
そして俺は肝心なことを思い出す。
「そうだ……皿とか全然ないんだけど、どうしよう?」
「あぁ、その問題があったわね……うーん」
芝崎さんは考え込む。
「そうね、こうしましょう。いっそのこと神瀬くん一人分だけ作ればいいのよ」
「え? でもそれだとみんなが」
「涼海が言ってたでしょう? お礼だって。だからそれでいいのよ」
「そ、そうだよっ。私たちは大丈夫! お菓子いっぱい持ってきてるし」
お菓子を食べていてくれとも言えず、作らないでいいとも言えない。
かと言って六人分作るとなれば、一皿あたりの量が少なすぎてみすぼらしいことになるだろう。
悩んだものの、俺はある方法を思いつく。
実践するには恥ずかしい部分があるが、やってみるしかない。
「じゃあとりあえず……作ってもらおうかな、一人分。お願いしていい?」
「うんっ、美味しいの作っちゃうよっ」
「ふふっ、楽しみにしていてちょうだい」
「ありがとう二人とも」
彼女らは自信たっぷりに返事をしてくれた。
江東さんと芝崎さんがどんなものを作ってくれるのか楽しみだ。
またリビングに帰ってくると、犬鳴さんと川名さんが話しかけてくる。
「ボクも何かやりたいんだけど……手伝えそうなのある?」
「わ、私もお手伝いしますよ」
「うーん手伝いかぁ……手伝い、手伝い……何かあるかな」
正直、客人として招いている彼女らに何かをしてもらうのは忍びない。
外に出ていくこともできないため、狭い部屋の中でできることは限られているのだ。
そんな中、犬鳴さんが何か思いついたのか手を合わせる。
「お掃除でもしましょうか。綺麗にはされてますけど、日頃はできない部分とかあればしますよ?」
「リビングはよく掃除するし、キッチンは使ってるから……えーっと」
「トイレとお風呂やろっか?」
「いや、そこまではさすがに……」
「いいって。どうせこの後使うんだしさ」
「えっ……?」
トイレはわかるが、風呂も今日のうちに入るつもりらしい。
掃除をしてくれることより、その点に関して意識がいってしまい言葉に詰まる。
特に川名さんを今さら止めようとしても止まらないのはよく知っている。
「それじゃあ……お願いしようかな」
「おっけー。適当なの使って掃除してくる」
「ピカピカにしておきますね!」
「ありがとう……」
なぜか楽しそうにバスルームへ向かった二人。
お嬢様にそんなことをさせてよかったのだろうか。
そう考えていると、後ろから笑い声が聞こえてくる。
「ぐひひっ、ぐひひひぃ……」
「ど、どうしたの夜凪さん」
「私もしちゃおうかな……泊めてもらうお礼」
とてもお礼をするようには見えない怪しげな笑みを浮かべている。
「ありがとう……えーっと、何してくれるの?」
「驚くなよぉお~……」
そう言って、カバンの中から何かを出してきた。
「じゃ~ん! み、耳かき棒っ! んひひっ」
「ってことは……耳かきしてくれるの?」
「う、うん……嫌?」
上目遣いで言ってくる夜凪さんに、俺は慌ててしまう。
「嫌じゃない嫌じゃない! むしろ嬉しいんだけど……したことあるの?」
「うーん……ないっ!!」
非常に心配になる返事が返ってきた。
耳かきしてくれること自体はワクワクするが、人にしてもらったことがないため、ちょっと怖い。
「まぁまぁ大丈夫だってぇ~。痛くないように、優しくやさし~くするからさぁ」
「わかった……じゃあお願い」
「そうともそうとも~、ぐひひっ」
「体勢は……ど、どうしよう?」
耳かきをしてもらう体勢といえば、それはもう一つしかない。
でも自分から膝枕をしてほしいとは言えなかった。
夜凪さんは頬を赤らめながら、膝をポンポンと叩く。
「ど、どうぞ……」
「あ、ありがとう……どっちから先にしてくれるの?」
「右……で」
そう言われ、右耳を上にして夜凪さんの膝の上に寝ることになった。
顔は彼女の身体とは反対の方向を向いている形だ。
そして頭を膝に置いた瞬間、柔らかい太ももの感触がやってくる。
男ではまずありえない女の子特有のフカフカさ。
加えて、俺より少し高いのであろう体温が直に伝わってくる。
「ど、どう? 痛くない?」
「うん、大丈夫」
「そ、そっか……よかった。じゃあ始めていくよ~。まずは外側から……」
カリカリとすごい優しく耳のくぼみをなぞっていく。
なぜか身体がゾクゾクとし、いい意味での鳥肌が立ってしまった。
それに夜凪さんのいつもとは違う落ち着いた感じの声と温かい息がかかって、さらに心地よさを増していく。
「神瀬くんの耳の形……こんな感じなんだねぇ~」
「や、夜凪さんのとは違うの?」
「う~ん、多分。み、耳たぶ触るね……おぉ、ふにふにしてるねぇ」
彼女の細い手で耳たぶを揉まれ、変な気分になってくる。
単に揉むだけではなく、撫でてくるのもその気を助長していた。
「じゃ、じゃあ中見ていくよ~」
耳かき棒が穴の部分に入ってくる。
さすがに怖いのを察してくれているのか、奥までは入れていない。
「ちょっと……見えにくいかも」
そう言いながら覗き込むのがわかると、吐息が耳に近づく。
耳から首筋、そして背中にかけて快感の波が伝う。
「ふむふむ……結構綺麗なんだねぇ~」
「そ、そうかな」
「うん。細かいのだけ取っちゃおうねぇ~」
優しくコチョコチョと突起で擦り、垢を掻き出してくれる。
自分の汚いところを女子に見られるのは、かなり恥ずかしいものだ。
「うん、綺麗になったよ~、ひひっ」
「ありがとう、スッキリした」
「そ、それじゃあ……左耳するから、反対……向いてくれる?」
「あ……うん」
反対とはつまり夜凪さんのほうを向くということだ。
俺は逸る気持ちを抑えながら、向きを変える。
すると恥ずかしいのか、少し内股になるのがわかった。
「じゃ、じゃあしていくよ~」
目の前には下腹、そして目を上げるとお腹があり、そのさらに上が胸。
もう目を閉じなければやってられないほど、煩悩が湧き上がってくる。
「や、やっぱりちょっと……暗くて見えにくいかも~」
そう言って夜凪さんは俺の後頭部に触れ、そのまま自身に引き寄せた。
布越しとはいえ、もう彼女の肌まで髪の毛一本ほどしかない。
「あれ~? か、神瀬くん……耳が赤くなってるけど~? んひひっ」
「ご、ごめん……つい」
「んえ~? 別に謝んなくていいのに~。よしよ~し」
夜凪さんは耳かき棒を持っていない左手で、俺の頭を優しく撫でてきた。
興奮してしまうものの、しなやかな手が髪を梳くと、不思議と落ち着いた気分にもなってくる。
人に頭を触ってもらう心地よさを初めて知り、眠気がやって来てしまう。
「や、夜凪さん……俺……寝ちゃいそう……」
「いいよ~寝ても。このまま撫でといてあげるから~」
「はあぁ……」
そしてそのまま、俺は夜凪さんの温かい膝の上で眠りに落ちたのだった。




