第15章「ノアの“花言葉”」
「……やっぱり、咲いてた」
ノアは朝早く、店の裏の小さな花壇にしゃがみ込んでいた。
リィナが植えていた“ルフェナ草”――白くて小さな、春の終わりにだけ咲く薬草がひとつ、ひっそりと花を開いていた。
ノアはそっと指で花びらをなぞる。
「……“あなたの心を守ります”……だっけ、花言葉」
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彼が“薬師”という道に興味を持ったのは、幼いころの出来事がきっかけだった。
かつて、病弱だった母親に寄り添ってくれた薬師の言葉。
「薬は体を癒すだけじゃないんだよ。気持ちにも効く。とくに、誰かのことを思って作られた薬はね」
そのときの記憶が、ずっと心に残っていた。
だから――
リィナが黙々とハーブを摘んで、黙々と調合して、
ときどき花を見て、少しだけ笑うのを見ていると、ノアの胸はきゅっとなった。
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夕方、リィナが庭でハーブを干していると、ノアが手に紙袋を持って現れた。
「……これ。はい」
「?」
リィナが袋を開けると、中には小さな瓶がいくつかと、押し花になったルフェナ草が一輪。
「……えっと、あの……保存用の瓶……いるかなって思って……あと、花……咲いてたから、押し花に……」
モジモジしながら言うノアの姿に、カナリアがそっと口元を押さえて笑っていた。
リィナは、ルフェナ草を手に取ると、ふわりと微笑んだ。
「……ありがとう、ノア。……うれしい」
その言葉に、ノアは耳まで真っ赤になって、袋ごと持ってどこかに走り去っていった。
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「青春って、こういうのを言うんだよなぁ……」
カナリアが後ろで、うんうんと一人でうなずいていた。
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その夜。リィナは押し花を、小さなノートにそっと貼りつけた。
そこには一言――手書きの文字が残されていた。
《ルフェナ草 花言葉:“あなたの心を守ります”》
(……守られてるの、わたしの方かも)
そう思いながら、リィナは静かに、目を閉じた。




