第22話 治癒術師としての本領
異形の腕とケイの大剣がぶつかり、金属音が深い森に響き渡る。
ダートの空間魔術で作られた不可視の障壁が、残る攻撃を音もなく受け止めていく。
「これは……うちが入っても足手まといになりそうやね」
ケイの攻撃の隙間を縫うように、アキの矢が異形に突き刺さる。
一瞬だけ動きが鈍る。けど次の瞬間、四本の腕が暴力の嵐となって、ぼくたちに向かって降り注ぐ。
(……このままだと、どんどん不利になるだけだ)
ぼくにできることを必死に探す。
けど、ここでぼくが前に出たらケイの邪魔をすることになる。
コルクみたいに、自分が足手まといになると分かっていても、その中で役割を果たそうと動くことが、ぼくにはできない。
「なぁレース? とりあえずあんたが使った短剣を回収してきたけど……うちに良い考えがあるんよ」
いつの間にかすぐ傍まで戻ってきていたコルクが、アンデッドに刺したままだった短剣を手に、耳元でささやく。
「あんたの新術で、あの化け物を何とかできたりする?」
「たぶん、できると思う」
「……よし、なら決まりやね。今からあいつに刺してくるから——頼んだよ」
短剣を構えたコルクが、魔術で作り出した分身と共に、姿勢を低くして二手に分かれ走り出す。
「——っ!くっそ!」
ケイとアキの攻撃の間を狙い、コルクが異形へ飛びかかる。
けれど次の瞬間——二本の腕が伸び、分身もろともまとめて掴まれ、握り締められていく。
「コルクっ!」
苦しげな声と共に吐血をするコルクを見て、ぼくは叫んでいた。
「コーちゃん!」
ダートの悲鳴が重なる。
その瞬間、魔術で作られた不可視の障壁の一瞬だけ途切れ、振り上げられた拳がケイの大剣を叩く。
「こんのぉっ!はなせぇ!」
コルクが悲鳴交じりの絶叫とともに、短剣を投擲し異形の胸に深く突き刺す。
「レースっ!早くしてっ!」
その言葉に応えるように、ぼくは急いで治癒術を使う。
(異形のアンデッドの体内構造は、継ぎ接ぎの肉体以外……人のそれと変わらない、ならぼくの領域だ)
接がれた腕を内側から、魔力で生み出した刃で切り落とし、握り締められているコルクを解放する。
「……ぼくのお父さんとお母さんに、どうしてそんな酷いことをするの!?」
ルードの悲鳴にも似た声とともに、異形が再びコルクを掴もうと残された腕を伸ばす。
けれど、ケイの大剣とアキの矢に妨害され、彼女が後退する時間を稼いだ。
「……ごめん皆、うちはもう役に立てそうにないわ」
コルクが苦しげに呟くと、その場に膝をつき、荒い呼吸を繰り返す。
できれば今すぐにでも治療を施したいけど、この状況では無理だ。
「まさか……あの異形、死人使いの親御さんっすか!?」
「ルード・フェレス、死霊術を使って実の親をアンデッドにするだなんて、幼いとはいえ、まさかここまでとは思いませんでした」
「よくもっ! よくもぉっ!」
怒りで我を失ったルードを守るように異形が前に出る。
「……これは、やりづらいっすね」
まるで子供を守る親のように両腕を広げる。
その姿に一瞬だけ胸が痛むけれど、ダートを守ると決めた以上、ぼくはこの子に情けを掛けることはできない。
(——治癒術で身体を直すということは、それと同じくらいに壊すこともできる)
継ぎ接ぎだらけの異形の身体が全て切り離され、物言わぬ屍へと戻って行く。
「……えっ?」
何が起きたのかも分からないまま、ルードはうつろな瞳で立ち尽くす。
「うっわぁ……これだから戦場で治癒術師を敵に回したくないんすよ。生きてようがアンデッドだろうが、身体があるならこうなるんすもん」
「これで戦うのが苦手ってさ、説得力ないってダーもそう思わん?」
「えっと……その、私はかっこいいと思うよ?」
いつの間にか応急処置を終えていたコルクが、引きつった笑みでダートを見る。
「あんたさぁ、自分の思いを自覚したからって、いくらなんでも盲目過ぎやろ」
「盲目って……なんでこんなところで、そんなこというの? コーちゃんの意地悪っ!」
「ごめんっ!ごめんって、だからそんな怖い顔せんといてよ」
まだ戦いが続いているというのに、何の話をしているのだろうか。
「えっと——まだ戦闘中なんすから、油断するのは止めて欲しいんすけどね」
「え、あ……ごめんなさい」
ケイが大剣を自身の影の中にしまうと、樹を背にして座り、深く息を吐く。
「ケイ、傷の方は大丈夫ですか?」
「あぁ……いんや、ダメっすね。 少しでも気を抜いたら意識が飛びそうなんで、死人使いへの止めを任せてもいいっすか?」
「……はい。任されました」
アキが弓を構え、魔法の矢をルードへと向ける。
(このままルードを殺してしまうのは、なにか違う気がする)
どうしてこの子が、世界の禁忌に触れるようなことをしたのか。
栄花騎士団最高幹部の彼らからしたら、これが仕事なのだと分かっているけど、ぼくからしたら違う。
何も知らないまま、死なせたくない。
「——レースさん。あなた、その行動の意味を分かっていますか?」
気が付いたら、アキの前に出て両腕を広げていた。
彼らからしたら、ぼくの行動は裏切りに見えるかもしれない。
けど、それでも——
「止めを刺すのを待ってもらっていいかな」
ケイが何かを察したかのように、ぼくへと目配せをしてゆっくりと目を閉じる。
ダートが不安げな表情を浮かべて近づこうとするけど、コルクがそれを静止した。
「……止めるということは、何かそれ相応の理由があるのですか?」
この場の主導権が、完全にアキへと変わったのを感じて、背筋に嫌な汗が流れる。
返答次第では、ぼくごと射貫きそうな視線に思わず息を呑んだ。




