第21話 異形の存在
「——大丈夫?」
「これくらいなら、我慢できるから……大丈夫だよ」
ダートの心配げな声に、なんとか返事をしながら立ち上がる。
「お願いだから無理はしないで、もしもの時は暗示の魔術を使って私も前に出るから」
「……それはダメだよ。 とりあえず今はぼくに任せて」
どうにか波長を合わせることはできた。
そのまま、アンデッドから伸びている魔力の糸をたどって、術者の姿を探すだけだ。
(……いた。樹の後ろに座ってる)
頭の中に、漆黒の髪に茶色い瞳の幼い少年の姿が浮かび上がる。
(本当にこんな幼い子が、指名手配されているのか——)
彼の指先から伸びた無数の糸が、アンデッドへと伸び、仮初の命を与えているのだろう。
同調した波長越しに、流れ込んでくる異質な魔力に吐き気を覚える。
「……アキさんから見て、左側。三本目の樹の後ろにルードがいます」
「ありがとうございます。ケイ、いけますか?」
ケイが静かに頷くと、アンデッドたちを大剣でなぎ倒し、自分の影の中に沈んでいく。
——瞬間。金属同士がぶつかる甲高い音と共に、アンデッドたちが糸の切れた操り人形のように、物言わぬ死体へと戻る。
(……これで終わったのかな)
安心したせいか、身体の緊張が解けていく。
魔力越しにも、ルードの波長は感じないから——倒されたんだと思う。
「これで終わったのかな」
「……うん」
「へぇ——お調子者な馬鹿だと思うとったけど、実力は本物だったみたいやね」
コルクが警戒を解いて、短剣を腰の鞘にしまおうとした瞬間。
「まだ終わってません! 前方の警戒を怠らないでくださいっ!」
前方の樹が根元から裂け、轟音と共に吹き飛んだ。
ケイが木々や破片の間を抜けるように飛ばされ、地面に何度も叩きつけられるが、反動を利用して跳ね起きると、大剣を地面に突き立て勢いを殺して制止する。
「ヤバイっすよ。死人使いだけなら俺一人でもなんとかできるとはおもんすけど、あんなんがいるとか聞いてないっす」
ケイの左腕が、強引に根元からもぎ取られたかのように欠損していた。
それだけじゃない、魔導具の眼鏡越しに見える彼の状態は、立っているのが不思議なほどに、全身の骨が粉砕されていた。
「その腕……大丈夫なの?」
「いんや、ダメっすねぇ。左腕がこの通り無くなってるのもそうなんすけど、魔力で肉体強化をしてなかったら……ヤバいっす」
右手で左腕があった場所を困った顔で指を差す。
「悪いんすけど、治療——すぐにしてもらってもいいっすかね」
額に大粒の汗を浮かべているケイに、無言で頷いて駆け寄り長杖を左腕の根元に当てる。
とりあえず今は余計なことをせずに、出血を止めることが最優先だ。
腕が無くなった以上、今以上に体内の血液を失うのは避けたい。
「——先生の秘密。俺たちは知ってるんで、止血じゃなくて……そのまま生やしてくれてもいいんすよ?」
「どうしてそれを……」
「禁術指定された治癒術を誰が作ったかなんて、全世界の情報が手に入る栄花騎士団が知らないわけが、ないじゃないっすか」
ぼくが犯した治癒術師としての禁忌を知るケイに警戒心を抱きながらも、周りに聞こえないよう小声で、あの術を自分に使ってほしいと頼む彼に、何故だか少しだけ安心感を覚える。
「……これは軽口を叩いてる余裕なさそうっすね。先生、とりあえず形だけでもいいんでお願いします——じゃないとヤバい」
——刹那、死人使いが裂けた樹の隙間から姿を現す。
(この子が、マスカレイドと共に世界の禁忌に触れたルード・フェレス)
轟音と共に、ルードの前に異形の存在が現れる。
顔を包帯で覆い隠した二つの頭部、四本の腕に、二本の脚。
(……なんだあれ、なんなんだ!?)
身体の左右がそれぞれ男性と女性に別れ、無理やり継ぎ合わされたかのような、身長が二メートル以上の巨人のアンデッド。
「先生っ! はやくっ!」
治療に回している魔力が、動揺のせいでぶれる。
彼を本当にあの化け物と戦わせてしまっていいのだろうか。
「——なに、あれ」
誰かが掠れたような声で呟いた瞬間、魔力で生み出された水の矢が、アンデッドへと向かって飛んで行く。
(——ぼくが、ダートを守るって決めたじゃないか)
アキさんが放った矢の軌跡を見た瞬間、ハッと我に返る。
今は治癒術師として判断が必要な時じゃない、ぼくたちが生き残るためにできることを選ぶべきだ。
「——すぐに治すよ」
再び意識を集中し、ケイと魔力の波長を合わせ、粉砕されている全身の骨を元の形へと整えていく。
捥がれた腕は、治してあげたいけど……今は止血することしかできない。
もはや、アンデッドと呼ぶことすらおごがましい、異形の存在がぼくたちへと向かって走り出す。
「よぉし、これでまた……戦えるっすね」
治療を施したとはいえ、本来なら既に戦える状態ではない。
それでも、前に出て戦えるのはケイしかいない以上……悔しいけど、彼に命を預けるしかない。
絶望的な状況の中で、残った右腕で地面に突き刺さった大剣を引き抜くと、地面を強く踏みしめ——一振りの剣と化して異形の存在へと走り出した。




