第20話 アンデッドの群れ
森の奥から湿った音が近づいてくる。
木々の隙間を縫うように、身体の一部が欠け、ところどころ腐敗し、骨が露出した存在が姿を現す。
(……これが、アンデッド)
輝きを失い、濁った複数の瞳が、虚空を見つめるようにぼくたちの姿を映した。
崩れた身体を他の生物の肉で補い、もはや人であったころの面影すら残っていない。
異形と化した姿を見ているだけで、足がすくみそうになる。
「いやぁ、まっさか……ここまで、たくさん出てくるなんて予想してなかったっすね」
「端末の反応を確認する限り、死人使いルードは、この先にいる可能性があります」
アンデッドの姿を見たダートが、指先に魔力の光を灯す。
「——レース?」
ダートが暗示の魔術を使おうとしているのを察して、咄嗟に彼女の手を取る。
「暗示の魔術を使うのは——本当にどうしようもない時だけにしてほしい」
「でも、あれがないと私……」
「大丈夫、ぼくとコルクがいるから」
ケイがこちらを気遣うように一度だけ目を向けると、大剣を片手にアンデッドの群れへ飛び込んでいく。
「アキ先輩っ!」
ケイの呼びかけに応えるように、水の矢が脇を追い抜いていき、頭部を撃ち抜かれたアンデッドたちが悲鳴もなく地面に倒れる。
「うちらがいるからって言うても、自分の身くらいはちゃんと守らんとね」
アキが本の中から弓を取り出して、魔術で生み出した水の矢を、途切れることなく射ち続ける。
(……どうやって魔力で身体を強化して、魔術を同時に使ってるのかな)
魔力を体内に循環させて身体能力を強化しながら、体外に魔力を取り出して魔術を扱うだなんて、ぼくの常識では考えられない。
「……黙って私を見つめるより、今は戦いに集中してください」
「ほんまやねぇ。ダートがいるのに他の人に目移りするのは、浮気だよっとぉ!」
浮気って、ぼくとダートはそんな親密な関係じゃない。
とっさに言い返そうとしてコルクの方へ目を向けると、彼女は既に素早い身のこなしでアンデッドへ迫り、魔力で強化した足でその身体を踏み砕きながら前進していた。
(……あの脚力、身体強化の斥候型かな)
確か……斥候型は五感を強化することで危険察知能力を上げ、脚力に魔力を集中することで、機動力を確保しているはず。
(変わりに痛覚に過敏になってしまうらしいけど、強化された脚力を戦闘に使うだなんて、面白い使い方をするんだね)
診察の術が込められた魔導具の眼鏡越しに、周囲を見渡す。
(……この場で、ぼくができることを知るために、まずはよく見ないと)
アンデッドたちの頭や四肢に、魔力で編まれた糸が繋がっているのが見えた。
まるで……人形を操るかのように、糸と身体の動きが連動していて、ぞわりと背筋が粟立った。
「死霊術師の支配下にあるアンデッドと戦うのは初めてっすけど、頭を切り飛ばせば動かないっすよね?」
「……そんなことは無いみたいやね。ほら、あそこのは頭が無くなっとんのに、起き上がってるし」
「うげぇ、まじっすか……モンスターのアンデッドとは違うんすね」
ケイとコルクが困惑した表情を浮かべ、アンデッドたちから距離を取る。
頭を失ったアンデッドたちが、切り離された腕を継いで立ち上がるなど、生物としての常識では理解が追いつかない行動を取り始める。
「コーちゃん、これって——」
「うちに言われてもわからへんよ。レースはどう?何かわかったりする?」
「……今診てるから、もう少し待って」
ダートが指先に魔力の光を灯すと、目の前の空間が鋭く裂け、真空の刃がアンデッドたちを断ち切る。
「……ダメみたい」
上半身と下半身が二つに分かれたアンデッドたちが、歪に重なり合い継がれていく。
ケイとコルクの攻撃で肉体を破壊しても、行動に支障は見られない。
アキやダートの魔術による損傷も、再生によって即座に補われている。
状況を観察しているうちに、診察の結果が魔導具の眼鏡越しに浮かび上がる。
【種族:アンデッド 状態:傀儡 治療法:無】
相手がアンデッドである以上、治療ができないことは最初からわかっていた。
それでも、“治療法:無”と突きつけられるのは辛い。
「——傀儡っていう状態になってるみたいだね」
「傀儡っすか? ……道理で、頭を切り飛ばしても動くわけっすね」
「レースなら何とかできない?」
「……ぼくが?」
「ほら、あれがあるやん! うちから新術に使いたいから短剣を貸してくれってこの前言うてたやん?」
ぼくが作り上げた新術は、自分と相手の魔力の波長を同調させることで、相手の動きを制御するものだ。
(……けど、使い方次第では、死霊術に干渉できるかもしれない)
物は試しだ。
短剣を抜き、ダートの魔術で一時的に動きを止められているアンデッドへ刃を突き立てる。
「今から死霊術に干渉できるか試してみます」
短剣に魔力の糸を結びつけ、アンデッドから距離を取る。
これなら短剣を起点に、離れた位置からでも安全に治癒術を届かせられるはずだ。
「レースさん。それでしたらアンデッド越しに、ルードの波長と同調して位置を知ることはできますか?」
「——やってみます」
アキの提案に小さく頷き、アンデッドに繋がる糸へ這わせるように魔力を流し込み、慎重に波長を合わせていく。
その瞬間——底の見えない昏い感情を帯びた魔力が逆流するように流れ込み、激しい頭痛に膝をついた。




