第19話 森の奥へと
「当たり前やん。冒険者になる以上は必要なことやし——依頼を受けたときに、うちらが今どこにおるんか、すぐ分かるようになるから便利なんよ」
「……そうなんだ。私はカルディア様に冒険者登録を手伝ってもらったから、全然知らなかった」
やっぱり、ダートは知らなかった。
けれど師匠のことだから、異世界から来たことが知られないように、うまくやってくれたのだろう。
「とは言っても、普段は使ったりしないっすよ。いくら最高幹部とはいえ、個人情報の扱いには許可がいるっすからね」
「——はい。団長と副団長及び、私たち最高幹部を合わせた十三人のうち、過半数以上の許可が必要になります」
それでも――もしダートのことが知られてしまったら。
栄花騎士団のような強大な組織を相手に、ぼくは彼女を守れるんだろうか。
そんな不安が顔に出ていたのか、ケイとアキが安心させるように言葉を続けた。
「んなもん当然やろ。特別な理由もなく、常にうちらのことを監視されてたら怖いわ」
ダートはまだ、この話の意味をいまいち理解ができていないみたいで、困惑した表情を浮かべている。
(……師匠のことだから、面倒に感じて説明をしなかったのかもしれない)
あの人は優秀過ぎるあまり、人に説明をしないところがある。
なんでも一人で、できてしまうせいで、そういう気遣いが苦手な人だから、しょうがないのかもしれない。
「カルディア様と聞こえましたが……まさかSランク冒険者の【叡智】カルディア・フィリス様ですか?」
「叡智?師匠が冒険者だなんて、聞いたことがないけど……」
「Sランク冒険者が師匠って——まじっすか? あの、もしかしてレースって……凄い人だったり?」
師匠がSランク冒険者っていうことに、一瞬驚きはしたけどマスカレイドが同じSランクだった以上、当然のことのように思えて、それ以上はあまり気にならなかった。
(……けど、いくら師匠がSランクという、冒険者からしたら凄い立場にいたとしても、ぼくは——ただの治癒術師だ)
他の人より少し治癒術の才能があっただけで、それくらいなら探せばいくらでもいる。
だから、師匠やマスカレイドと関わりがあるというだけで、ぼくまで特別みたいに見られるのは嫌だった。
「ぼくは……治癒術が使えるだけで、他には特に取り柄がないから、別に凄くないよ」
「へぇ、それは残念っすね。カルディア様の弟子なら、どれだけやれるのか気になったんすけど——一度、手合わせをお願いしたかったんすよ」
勘弁してほしい。
ぼくは師匠のように、同時に六つの属性を操ったり、魔術を唱えながら治癒術を発動するような化け物じゃない。
(周囲に雪を降らせる程度の魔術なら使えはするけど、戦いに役立つようなものじゃない)
隣でダートが、師匠がSランク冒険者だったことに驚いているけど、知らなかったなら当然の反応だと思う。
ただ——ケイが、ぼくと手合わせをしたいと思うのは、分からなくはない。
戦場では、治癒術師を敵に回すなと言われている。
本来の治癒術師は、傷を癒やすだけじゃない。
近接戦闘のエキスパートでもあるからだ。
「レース、あんま気にせんほうがええよ。あんたの師匠……あのばあさんが、いくらこの国で賢者と呼ばれたり、最高位の冒険者だからって、あんたはあんたやろ?」
そんなぼくの気持ちを察してか、コルクがかばうようにケイの前に立つ。
すると、ダートが何かを思い出したように、手を上げ……。
「カルディア様が凄いのは分かったけど、どうして私たちが荷物持ちになっているのか、教えてもらってもいいですか?」
「その件については私たちも、どうしてこうなったのか……」
「んー最初は俺とアキ先輩の二人で、グランツのおっさんに未開の地に行くなら治癒術師を同行させてほしいと、お願いした——んすけどねぇ」
気まずそうに言葉を濁す二人を見て、だいたい事情は察した。
(……たぶん、護衛隊の人たちは治癒術師が戦場で、どんな役割を担っているのか、知らないのかもしれない)
そう思うと、あの護衛隊の隊長のことだ。
勝手にぼくらのことを、アキとケイの荷物持ちということにして、数合わせとして扱うことにしたのかもしれない。
「……あのハゲのことだからどうせ、うちらのことを数合わせとしか見てないんやろうね」
「さすが、元Bランク冒険者の幻鏡っすね。理解が早くて助かるっすよ」
「これくらい冒険者としては良くあることだからね。 ……うちらの気持ちはともかくとして、護衛隊からしたらしょうがないとはうちは思うよ?」
「——うん、栄花騎士団の最高幹部ってだけでも目立つのに、そこに治癒術師のレースまでいるってなったら……ね?」
……何がしょうがないのかは、ぼくにはわからない。
けど、二人の言いたいことは何となくだけど分かった気がする。
(あまり村に馴染めていないぼくを、二人の後に紹介するより——ぼくたちを荷物持ちとして扱った方が良かったのかもしれない。その方が周囲の関心を逸らして、栄花騎士団の最高幹部だけを目立たせられるだろうから……)
そういうことなら、一応は納得ができる。
個人の感情はともかくとして、上に立つ人間なら、そう判断するしかなかったのかもしれない。
「……それに護衛隊って、元冒険者が多いからね。中途半端なところで辞めて、ここに流れ着いた連中も多いんよ。そういうのって、自分の力に妙な自信を持っとるくせに、治癒術師の力を借りるのは嫌がったりするしな」
「——それって、ちょっと言いすぎじゃない?」
「全部が全部そうやとは言わへんよ。けど、上に行ける奴ほど、自分に足りんもんをちゃんと分かっとるもんや」
コルクの言葉にケイが静かに頷いた、その直後だった。
彼は耳を澄ませるような仕草をして、森の奥に目を凝らす。
いったいどうしたのだろうか……そう思って、彼の見ている方に顔を向ける。
「——レースのことは、私が守るから大丈夫だよ」
隣にいるダートが小さな声で呟き、先ほどよりも強くぼくの手を握り締める。
「さて、説明はこれくらいにして、そろそろ私たちの持ち場に行きましょう」
「っすね。お二人も俺たちに見せつけるように手を握ってないで、気を引き締めないとダメっすよ?」
「ほんまなぁ、いちゃいちゃするのは、やることが終わったあとに好きなだけ、二人だけで楽しめばええやん?」
ケイとコルクから、からかわれて恥ずかしくなったのか。
ダートが顔を赤くしてうつむくと、名残惜しそうに手を放す。
「ここからは本当に危険っすからね。油断は絶対にしちゃダメっすよ」
ケイの言葉に無言で頷くと、ダートの前を歩いて、森の奥へと足を踏み入れていく。
「ここから先は、開拓が行われていない人類未踏の地です。何があるのかわからない以上、あなた達の命の保証はできません」
日中だというのに、日の光が入らない薄暗い森の中。
靴の底に伝わる硬い土の感触は、村や近くの森の中を歩くときとはまるで違った。
慣れない足場に何度か体勢を崩し、そのたびにダートやコルクに支えられながら、ぼくは森の奥へ進んでいく。
「——出来うる限りは、私たちが守ります」
周囲から野生動物たちの視線を感じ、頭上からは鳥のさえずりが聞こえる。
ここから先、いつ何が起こるか分からない以上、ダートに暗示の魔術を使わせないようにしっかりと守ることができるのだろうか。
(……そんな弱気な考えじゃダメだ。何が何でも守らないと)
決意を胸に周囲の警戒を強めた瞬間、急に周囲の生物の気配が消え、まるで——死という概念そのものが近づいてくるような音がした。




