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08 犯人像

 殺害されたのは都内に勤める25歳のOLで現在怨恨の線で犯人の殺害動機が探られている。

 恋人の男性はこちらも鼻の骨を折る重傷を負ったが、一発殴られただけで、一方彼女の方は後頭部の骨が陥没するほどひどく打ち付けられ、直接の死因は首の骨折によるショック死だった。もっともそこに至る以前にとっくに気絶していただろうが。

 動機に、彼女、または若い成人女性に対する深い憎しみが想像できた。

 現場のマンションは駅前の通りに面し、通りはファッションや雑貨屋、旅行社などが並び、夜間は皆閉まり、広く無人状態だった。犯人は向かいのそうした店舗の脇の狭いところに潜んで襲撃のタイミングを待っていたと思われる。

 過去の犯罪歴からそうした類の男性犯罪者がピックアップされ、さらに身体的特徴から容疑者が絞られていった。

 被害者の皮膚から犯人の物らしき指紋は採取されたが、それはどうやら参考にならないようだ。人の指紋にしては大きすぎ、犯人はどうやら手にも特殊メイクのグローブを装着していたようだ。


 菅原が懸念したとおり警察はスタジオスカーレッドのスタッフにも改めて事情聴取を求めてきた。

 スタジオスカーレッドのスタッフは8人。社長の菅原と7人だ。

 その中で特に目を付けられて念入りな聞き取りをされたのが、

  井上康平(27)

  松浦伸一郎(24)

 の二人だった。

 スタジオスカーレッドは来月クランクイン予定の劇場映画大作「幻魔黙示録」の準備に忙しく、菅原も当然そちらをメインに作業していて、刀脇のウルフマンマスクはこの二人が諸作業を行い、刀脇のライフマスク取りも二人で、また二人とも菅原と共に撮影現場にもいた。

 井上はモンスターメイクのスペシャリストで、松浦は造形もやるが得意分野はコンピューターとのマッチングだった。

 井上は顔中ニキビの潰れた痕だらけで、重そうな目蓋に細い目が隠れがちな顔をしていた。

 松浦は逆にギョロッと大きな目をして、顔が細く、歯並びがひどく乱れていた。自分で「オレ、魚類なんで」と冗談めかして言い、性格は軽やかだ。井上はむっつりと重たい。


 事情聴取にはまたあの40代の刑事が相棒といっしょに来た。

 彼らが帰った後、菅原はモンスターの型抜き作業の合間にどうしても気になって二人に訊いた。

「どんなこと訊かれたんだ?」

 さっさと自分の作業に戻りたい井上はぶっきらぼうに

「別に。前にスタジオで訊かれたのと同じですよ」

 と言ったが、警察沙汰を面白がっている松浦は待ってましたと言わんばかりにしゃしゃり出た。

「それがっすね、変なこと訊かれましたよ。井上さん訊かれませんでした?マスター・パピーのこと」

 井上は「俺は知らねえ」と言ったが、菅原ははあ?と口を開けて、訊いた。

「誰だっけ、マスター‥パピー?」

「催眠術師ですよ、SFXみたいな顔した」

「催眠術でSFX?」

 考えて、ああ、と思い出した。

「あの白塗りの怪しい奇術師。SFX‥か」

 菅原も思わず悪意のこもった笑いを浮かべた。言い得て妙だ。しかし。

「催眠術師が、どうして?」

「スカーさん、知りませんか? あの事件、ネットでマスター・パピーの復讐じゃないかって噂されているんすよ」

「知らない。どういうことだ?」

「あの、」

 井上が迷惑そうな顔で口を挟んだ。

「俺、ベーガの仕上げしたいんだけど、もういいですか?」

「お、悪い。いいよ、やってくれ」

 井上はむっつり軽く挨拶して奥の自分の作業場に向かった。そこには主役の魔界戦士兵衛牙の黒光りする鎧が立っている。

「あっ、おい、井上?」

 井上はむっつり振り返った。

「おまえ、ウルフマンのフルマスクなんて作ってないだろうな?」

「そんな暇ありませんよ」

 菅原は悪い悪いと手で謝り、行ってくれと手でやった。

 見送って、こっそり松浦に言った。

「やっぱり井上といっしょはやりづらかったか?」

「いや、そんなことないっす」

 松浦は汚い歯並びを見せて笑った。

「井上さん、これは俺の仕事、これはおまえの仕事ってきっちり分けて、その通りの仕事をしますんで、仕事そのものはやりやすかったですよ」

 菅原はチッと舌打ちしながら笑った。

「あいつは変わらねえな。それで、なんでマスター・パピーなんだ?」

 松浦はテレビ番組の一件を話した。ふうんと聞いて菅原は

「なるほどなあ」

 と頷き、

「サンキュ。おまえも自分の仕事やってくれ」

「はい。あ、オレ、2時から東亜さんでザンバさんとミーティングなんすけど、あっちのデータもらってきたいんで、早めに行っちゃってかまいませんか?」

「ああ、任せるよ。頼む」

「じゃ」

 松浦にはCGとの合成作業のコーディネートを任せている。CGはまた別の制作会社で、他にも3つの工房が参加し、なかなか大がかりな特撮映画なのだ。

 菅原もやらなければならない仕事がいくらでもあるのだが、FRPの硬化を待つを言い訳にしばし考え込む。しかし慣れているとはいえひっどい臭いだ。部屋のあちこちでグルングルン換気扇が回っている。直接嗅げば、鼻や唇がただれる。硬化してしまえば問題ないが、もちろんこの素材で肌に直接付ける物は作らない。

 そういえば警察から何も言ってこないがメイクの材料に特に問題はなかったようだ。

 催眠術‥‥‥か‥‥、と菅原は考える。

 そうか、催眠術。

 もしかしたらリッキーはあの間に‥‥‥‥、と。

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