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07 マスク

 朝7時、撮影所の第2スタジオに向かって家を出ようとした菅原はタイミングぴったりにギッと止まったパトカーにギョッとした。後部ドアが開いて、あの40代の刑事が「や、どうも」と頭を下げた。

「捕まえられて良かった。ついでがありましてね、お送りしますから、その前にちょっとおつき合い願えませんか?」

 菅原はたまたまゴミ捨てに出てきた向かいの家の主婦に「おはようございます」と挨拶して、実に迷惑そうに開かれたドアに入った。

「なんですか?」

「いやすみませんね。実は今現場から回ってきたところでしてね」

 運転しているのは制服のお巡りさんで、若い方の刑事は乗っていなかった。

「現場?」

 菅原は出がけまで見ていたテレビのニュースを思い出して険しい目になった。

「マンションで若い女性が殺された?」

「そうです、それです」

「その事件に、わたしが関係あるんですか?」

「いや、参考までにご意見をお聞きしたいと思いまして。いやあ、世の中便利になったものですなあ、これ、そのマンションの防犯カメラの映像なんですが、いかがです?」

 刑事の操作したノートパソコンの映像を見せられて、菅原はギョッとした。

 エントランスの中から表のガラス戸全体を映した映像に、今、女性の後ろ姿が顔を掴んだ男に乱暴に頭をガラスに打ち付けられている。

 菅原は眉をひそめて、目は見ながら、顔を逸らし気味にした。

「こういうのは見慣れてませんか?」

「これは映画じゃないんでしょう? こんな物、一般人に見せていいんですか?」

「ま、あまりよくはないんですがね、ですからこれ、ご内密に。ところで、見て何か気づきませんか?」

「何かって言うと?」

「これじゃあ分かりづらいが、もう一つ、外のカメラの映像もあるんですよ」

 刑事はパソコンを自分に向けて、別の窓をクリックし、菅原に見せた。

「これでどうです?」

 今度はひさしに取り付けられたカメラの映像で、斜め後ろから人物を膝上から頭の上まで捉えている。

 菅原は目をそばだて、うん?と軽く首をひねった。

「犯人は、お面をかぶっているようですね?」

 斜め後ろから、犯人はほぼ向こうを向いているが、逆立つ硬い髪と、なんだか通常から尖って見える耳が、どうも作り物っぽい。

「今、こっちを向きますよ」

 さんざん頭を打ち付けて気絶させた女を、今度は執拗に首を両手で締めて、何か気づいたようにこちらを振り向いた。

 菅原は「あっ」と声を上げ、刑事は「はい、ここ」と手を伸ばして映像を一時停止した。

 ぐわっと口を開けて吠えるようにした顔は、半獣のモンスターの顔だった。

「これは!‥‥」

 驚きを隠せない菅原に刑事は

「そうでしょう?」

 といささか得意そうに言った。

 そっくりだ、菅原が作ったウルフマンのマスクに。

「似てますね‥」

 菅原は背もたれに深く腰を沈めて、諦めたように認めた。

「いや、しかし」

 もう一度よくよく見て、言った。

「これはわたしの作った物ではありませんよ?」

「ほお。これで、分かりますか?」

「そりゃ分かります。わたしが作ったのはリッキー本人に装着させるワンセットのみで、あれは極力リアルに見えるようにリッキーの顔つきを殺さないように細かいパーツごとに貼り付けていくタイプです」

「ああ、そうでしたなあ」

「でもこれは、フルフェイスのかぶり物のマスクです。わたしは、このタイプは作ってませんよ」

「なるほど」

 刑事は納得して頷いてみせ、自分も画像を見て、訊いた。

「ま、あなたの作った物でないとして、プロの目から見て、どうです? これ、ふつうに店で売ってるものですか?」

「いや‥」

 菅原は考え言った。

「元が狼男ですから、似たような物はいくらでもあるでしょうが、このデザインは‥、多分まだ商品化はされていないと思いますよ? わたしはちょっと仕事の分野が違うんで断言は出来ないが‥」

 静止画像の中の吠えるモンスターは、鼻や耳にその特徴はあるものの、まだ変身の初期段階で、狼男というより人の怒りが獣化したやはり、ただのモンスター、という方が相応しい。

 菅原は監督のコンセプトによってそう作ったのだが‥‥

「確かに‥‥、何故だろうな?‥‥」

 疑問に思って考え込んだ。刑事がその様子に訊いた。

「なんです? 何か気になることが?」

「ええ、まあ‥‥。ああ、これね、別にわたしがデザインしたわけではないんです」

「ありゃ、そうなんですか?」

「だってこれ、ゲームのキャラクターですから。わたしはゲームのデザイン画をそのままリッキーの顔に当てはめて作っただけですから」

「ああ、なるほど。そうなんですか」

「ええ。刑事さん、ゲームの内容は知ってます?」

「まあ、ざっと一通りは」

「ウルフマンには月齢に合わせて16パターンのデザインがあるんです。人間からスーパーウルフマンに徐々に段階を追ってね。わたしは監督の指示でその3日目のデザインを元にマスクを作りました。だからモンスターとしてはかなり人間っぽいでしょう? ですからね、ふつうキャラクター商品を作るなら、もっとキャラクターのはっきりした、完全体のスーパーウルフマンを作ると思うんですよ。こんな中途半端ななんのキャラクターか分からないようなものは‥‥、作らないんじゃないかなあ?‥‥」

「なあるほどねー。じゃあ尚更これは特別なお面な訳ですな?」

「そうなると思います。撮影の具体的な画像は表には出てないんですよねえ?」

「ええ。証拠物件として押さえて、関係各所にも公表しないようにお願いしてあります」

「ゲームの画像は既にゲーム雑誌に多数出ていると思いますが、CM撮影にリッキーがウルフマンに扮することは知られていても、一般の人なら当然スーパーウルフマンの姿を連想するでしょうね。この姿を思い浮かべる人は‥、おそらくいないでしょう。CMのコンセプトは、人間のリッキーがモンスター化して、警官を投げ飛ばして、怒りの咆哮を上げ、その口のアップを撮したところで、ゲームのCGムービーに切り替わるんですよ、スーパーウルフマンが暴れ回るシーンにね。これだけ実写と遜色ないリアルな迫力ある映像でゲームが楽しめますよ、というわけです」

「なるほど。つまり、このマスクはゲームよりも直接撮影のメイクを参考にしているというわけですね?」

「そう‥なっちゃいますね」

「ということは」

 刑事はニンマリ笑って言った。

「容疑は撮影関係に絞っていいわけだ」

 菅原は自分で情報を提供しておきながら渋い顔になった。刑事は笑って、訊いた。

「それで、では誰がこのマスクを作ったと思います? 素人目だが、なかなか良くできてますよねえ?」

「ええ」

 菅原は目を細くして画像をチェックして言った。

「この粗さではっきりとは言えないが、わたしもかなりいい出来だと思います。プロの撮影にも使えるんじゃないかなあ?‥。一般のホビー商品だとしたら、かなり高額の限定品でしょう」

「ズバリ、あなたの周りでこれを作れるとしたら?」

「いや、それは‥、プロなら作れますよ。素人でも腕のいい人なら作りますよ。特定は出来ないです」

「ふむ。事情的にどうです? 作れる、じゃなく、作りそうなのは、誰かいませんか?」

 菅原は物凄く嫌そうな顔をした。

「そりゃあ‥‥、スタッフはみんなこの手の物が大好きな連中ばかりですが‥‥、わたしには誰とは言えませんね」

「そうですか。いや、まあ、それは我々が」

 刑事は思った以上の収穫に満足そうに笑みを浮かべ、菅原は自分たちの周辺に警察の捜査が及ぶことを思ってますます渋い顔をした。ふと、問う。

「この犯人‥‥、まさかリッキーじゃないですよね?」

「違うでしょう」

 刑事はこともなく言った。

「彼のマンションはまだマスコミが張ってます。昨夜から今朝まで、刀脇は籠もりっきりで出入りはしていません。それに、犯人はそんなに大男じゃないですよ」

「そうですね」

 菅原はほっとして言い、改めて訊いた。

「これ、撮影の事故と本当に何か関係あるんですか?」

 刑事は肩をすくめた。

「さあ? まだ分かりません」

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