06 「スーパーウルフマン」
さあゲームだ!
主役は、君だ!
世界は君のために用意されている、この世界で起きることは
すべて君のために準備されたものなんだ。
気に入らない奴がいる?
そうだよ、そいつは君のために世界が用意した「敵」なんだよ。
さあ、ぶちかませ!
そいつをやっつけろ!
君のパワーゲージはレッドゾーンを突破している。
準備は整っている。
君は、スタートボタンを押した。
ゲームはもう、始まっているんだ。
後は君が、
そいつを思いっきりぶちのめしてやりゃあいいんだ!
日頃のストレスなんて、スカッと吹っ飛んでしまうぜ?!
さあ、
ぶっ殺せ。
一つ、大きな事故の影響があった。
発売間近だったPB3用ゲームソフト「スーパーウルフマン」が発売延期になり、ゲーム内容に修正が加えられることになった。
「スーパーウルフマン」とは言うまでもなく死亡事故を起こしたCM撮影の商品である。
高性能ゲーム機PLAY BASE3の製造発売会社SUNNYのプロデュースの下、その高い映像処理能力をフルに活用した迫力満点のバトルシーンを売りにしたアクション大作だったが、皮肉にもそのリアルなバトルアクションが問題になってしまった。
実際ウルフマンに変身した主人公のアクションには、敵を地面に叩きつけて「殺す」というものがあった。
既にゲーム雑誌に大々的に記事が掲載され、発売を1ヶ月後に控えて大規模な広告活動が開始された矢先だった。
発売1ヶ月前にようやくCM撮影とは遅いように思えるが、これは第2弾CMで、人気俳優を起用して特殊メイクとSFXを全面的にフィーチャーしたCMはそのものが話題となり、撮影のドキュメントも大いに広告活動に貢献してくれるはずだった。
商品のDVD-ROMは既に工場でプレスが開始されており、急遽ラインが止められ、プレス分はすべてSUNNY本社の倉庫に回収された。SUNNYはもろもろで千万単位の損失を出してしまった。
ゲームの中身の制作は子会社のSUNBRAINが行っていたが、事件から10日目の現在SUNBRAINの制作スタッフは連日徹夜で暴力的なアクションの修正作業に忙殺されていた。
さて、
「スーパーウルフマン」
というゲームの具体的な内容はというと、
主人公はウルフマン=狼男であるが、
元はふつうのサラリーマンである。
ある夜恋人とデートの帰り、異形の怪物=狼男に襲われ、恋人は殺され、自分は噛まれて、狼男になってしまう。
狼男は昼間は普通の人間で、夜、月が出ると狼のモンスターに変身してしまう。
狼男となった主人公は謎の組織に追われるようになる。それはどうやら民間の医薬品会社を装ったその実軍と直接つながった軍需産業の組織らしい。
主人公は昼は普通の人間として医薬品会社の謎を探り、夜になるとモンスターに変身して武装した組織の部隊と闘うことになる。
このゲームの特徴はゲーム内に1時間=24時間の明確なタイムテーブルを設定している点だ。
人間として活動する時間と、モンスターとして闘う時間と、タイムリミットがあるのだ。
人間であるときには組織の部隊から隠れて行動しなくてはならず、モンスターであるときには人間としての行動は大幅に制限されてしまう。状況を見極めて行動を決するシュミレーションゲームの要素も加味されているのだ。
何日間で状況をクリアするかでその後の展開も変わってくる。シナリオも相当複雑に作り込んであるのだ。
アクションに影響するのが、月齢だ。
変身するモンスターは月の満ち欠けで能力が違ってくる。
新月の時は人間よりちょっと強いくらいだが、武器が扱える。
月が満ちて行くに従ってパワーアップしていくが、その分コントロールが大雑把になっていき、
満月で最強の「スーパーウルフマン」になるが、パワーが完全にモンスター級で破壊力抜群な一方、バーサーカー状態で、コントロールはめちゃくちゃ悪い。
コントロールが悪いのはアクションゲームとしてはマイナスだが、その代わり美麗なCGで迫力満点の破壊が楽しめ、爽快感を満足させる。
それだけ凝った大作であるから、そのマイナーチェンジも作業は膨大なのだ。
SUNNYはけちが付いて購買者の熱が冷めてしまうのを恐れて出来るだけ早期に発売したい意向だが、それはSUNBRAINスタッフの頑張り次第である。
さて。
商品としてのゲームの思惑とは別に、
このゲームに関係すると思われる、
第2の事件が起こった。
深夜2時。
折しも快晴の天頂に十五夜の月が目が痛くなるほど真っ白な光を放って輝いていた。
東京外縁のベッドタウン、1台の車が駅近くの高層マンションの前で止まった。
シルバーパールの高級セダンの助手席のドアが開き、20代のスーツ姿の女が降りてきた。
しかし女は運転席に回るとガラス窓をコツコツ叩き、ガラスが下に降りると、窓越しに運転手の男と口づけをかわした。
二人は恋人同士で、ホテルでひとときを過ごした帰りなのだ。
顔を離してニッコリ笑った女は、車を回ってマンションのエントランスに向かうと、軽く振り返りバイバイと嬉しそうに手を振った。
恋人のなかなかイケメンな男もニコリと笑って手を振り返した。
女が向こうを向き、男も見送りながらさて発進のタイミングを見ていると、突然、ドンッ、とルーフに衝撃が降ってきた。
なんだ?!と慌てると、ルーフから飛び降りた物がエントランスのパネルで暗証番号を押している女の背後に物凄い勢いで迫った。
え?、と振り返った女は、
「ぎゃっ・」
と悲鳴を上げる口を、ガンと手で掴まれ、というより殴りつけられ、エントランスのガラス戸に頭を打ち付けられた。
クワンと衝撃が突き抜け、鼻の奥がツンときな臭く痛んだ女は、なんなの?、と相手の顔を見た。
女は一瞬痛みも忘れてギョッと目を見張った。
黒いジャンパーと黒っぽいズボンをはいた男の顔は、
半獣のモンスターだった。
「・・・・・・・・」
女は悲鳴を上げたが、がっしり押さえた男の手に声になるのを阻止された。
女が暴れると、男はもう一方の、左手を、高々振り上げ、振り下ろすとバリイイッと乱暴に女のブラウスの胸を引き裂いた。
「・・・・・・・・」
無言の恐怖の悲鳴を上げる女を、モンスター男は、ガンッ、ガンッ、とその後頭部を思い切りガラスに打ち付けた。ビシッ、ビシッ、と分厚いガラスにひびが走り、赤い汚れが付いた。
立て続けの激しいショックに意識朦朧とした女を、モンスターは。
「エリカあっ!!!」
恋人の男は叫ぶと、とっさに武器として懐中電灯を掴んで、ドアを開けて飛び出した。
「この野郎っ!!」
モンスター男は両手で女の細い首を掴むと、懐中電灯を振り上げて襲いかかってくる男を、女を振り回してその脚で殴りつけた。
「うわっ、きさま、やめろ!」
女を投げ捨てたモンスターは、
「うわっ」
ガンッ、とストレートの拳を男の顔面に叩き込んだ。
男は後ろに吹っ飛び、ガンとコンクリートに後頭部を打ち付けて、大の字になって昏倒した。
モンスターは動かない女の首の後ろと腰を持って高々持ち上げると、
さんざん頭を打ち付けてひびの入ったガラス目掛け、
矢のように女を打ち込んだ。
グッシャアン。
分厚く弾力のあるガラスは砕け散ることなく、女の首を飲み込んで、体をだらりとぶら下げた。
モンスターは数歩下がってだらんとした女を見て、
両の拳を握りしめると、
「うおおおおおーーーっ!
うおおおっっ、
おおおおおおおおおおおーーーっっっ!!!」
と腹の底から咆哮を上げ、ダッと、誰も通る者のない道路を走り去った。