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04 マスター・パピー

 俳優の死から5日後、捜査の結果事故の可能性が高いということで刀脇力丸は拘置所から釈放された。

 刀脇は待ち構えるカメラの前で憔悴した様子で深々と頭を下げ、自分が死なせてしまった若い俳優とその家族に深く謝罪した。

 刀脇の所属事務所はホームページ及び報道各社への文書で刀脇力丸を無期限謹慎処分とする旨伝えた。これは刀脇本人の強い意向も含まれてのことである、と。

 事故から7日もするとワイドショーは次のネタに軸足を移し、刀脇がテレビに取り上げられる時間は急速に減っていった。


 ところが、ネットで一つの原因が指摘された。


  《マスター・パピーの復讐ではないか?》


 と。


 マスター・パピー

 とは何者か?

 催眠術師である。

 テレビでたまに登場し、タレントや若い女性相手に催眠術を面白おかしく披露してみせる。


 マスター・パピー

 本名 益口 寿夫(ますぐち としお)

 52歳。


 不気味な容貌をしている。

 彼は舞台に顔を真っ白に塗り、髪の毛を緑色に染め、シルクハットを被ってタキシード姿で現れる。

 映画「バットマン」でジャック・ニコルソン演じた「ジョーカー」を思い出してくれればよいが、マスター・パピーは、でっぷりと太っている。

 それも、ちょっと日本人には珍しい太り方をしている。

 顔面はあまり肉が付かず、顎から下がまるで喉を膨らませたカエルみたいにボヨンと太っているのだ。

 例えば、例に挙げるのは申し訳ないが一時期「スターウォーズ」の御大ジョージ・ルーカス卿がこういう‥自身のキャラクター「ジャバ・ザ・ハット」みたいな太り方をしていて、顔だけ端正で顎と首がやたらと膨れた姿に「まるで自分がSFXみたいだ」と奇異に感じた方もいると思うが、どうやら欧米白人種にはこうした太り方をする人がけっこういるようだ。


 マスター・パピーも顔そのものはくっきりとした二重の目をして日本人離れしたアラン・ドロンのようなハンサムな顔をしているが、それがでっぷりとした丸い顎首に載っかっていると、まるでお面を載せているように不気味だ。

 本人もそれを売りにして、西洋の怪しい魔術師を気取って観客を脅して、楽しませている。


 さて《マスター・パピーの復讐》とはどういうことか?

 事故の起こる2週間前、刀脇力丸はあるバラエティー番組にゲスト出演していた。

 海外のテレビ番組から面白いネタをピックアップして紹介する人気番組で、この日はイギリスから催眠術でダイエットに成功したというビデオを紹介していた。催眠術で肉体を操るといったような魔法のようなものではなく、催眠術で食欲を抑えたり、体を動かしたくなったりという気持ちをコントロールすることで、ある程度の期間を経てダイエットに成功したというごくまともなものだった。

 このビデオが紹介された後、催眠術師マスター・パピーがゲストに呼ばれ、ちょっとした催眠術実験を披露した。

 タレントの女の子に催眠術を掛け、犬のように男性タレントにじゃれさせるというちょっとエッチなものだったが、催眠術は成功し、じゃれつかれた男性タレントたちはデレデレと喜んだ。

 刀脇力丸も困った顔をしながら喜んでいたが、「じゃあ俺にも掛けてみてよ?」と持ちかけた。

 ミスター・パピーは一瞬慌てながらも「お望みとあらば」と引き受けた。

 ミスター・パピーは刀脇に向き合い、小型の金の懐中時計を目の前にぶら下げてゆっくり揺すりながら「あなたはだんだん眠くな〜る」とやりだした。ところが刀脇は目をぱっちり開けてまるで眠くなる様子はない。するとレギュラーのベテラン芸人が後ろからオモチャのハンマーで「ピコッ」と刀脇の頭を叩いた。刀脇は笑いながらくうーっと眠り、フランケンシュタインのモンスターのように立ち上がり、マスター・パピーを抱き上げ、背中を持って頭上に高々持ち上げ、「おい、こら、降ろせ!」とじたばたするマスターをぐるぐる大車輪し、よいしょと下に立たせた。着地したマスターだったが、目が回ってぐらぐら歩いてぶっ倒れてしまった。50過ぎのマスターに男性たちが慌てて駆け寄ったが、マスターは腕を振り回して怒り、プンプン怒って、ふらふらしながら退場していった。ニヤニヤ頭を掻く刀脇はまた頭を「ピコッ」とやられて会場の笑いを誘っていた。


 と、これを指して《マスター・パピーの復讐》を示唆するわけである。

 実はこのバラエティー番組のやりとりはテレビのワイドショーでも取り上げられていたが、それは刀脇の「やりすぎの暴力」を例示するだけで、被害者の「催眠術による」復讐という見方は、馬鹿馬鹿しくて、どこのテレビもしていなかった。

 しかし一応そういう疑惑が出たので、刑事二人は埼玉のマスター・パピーこと益口寿夫の自宅を訪れた。


 家を訪れた刑事を益口氏は渋々迎え入れた。駅から幾分離れた閑静な住宅街の、ごくふつうの一戸建てである。

 家はごくふつうだったが、玄関に入った刑事二人はスタジオスカーレッドに続いてまたもギョッと立ち止まることになった。

 靴箱の上に、上がりがまちに、竹の格子の向こうの階段の一段一段に、たくさんの


 人形たちが座っていた。


 奥の廊下にも端にずらりと、主に青い目のフランス人形が、お行儀よく並んで座っていた。

「たくさんいるとちょっと不気味に見えるかも知れないですが、一人一人はとてもかわいいんですよ」

 と、益口氏はちょっと照れたように恥ずかしそうに笑って言った。不気味だ。

 益口氏52歳は独身である。

「立ち話もなんですから、ま、どうぞ」

 と通された居間も、あちこち人形たちが座っていた。

「お茶、入れますね」

「いえ、どうぞおかまいなく」

 と刑事は遠慮したが、益口氏は台所に引っ込んでいった。

 人形たちに囲まれて、まるでじっと見られているようで、刑事二人は実に居心地の悪い思いをした。

「お待たせしました」

 益口氏はお盆に載せてふたを被せた湯飲みを二つ運んできて、ちゃぶ台の向かいの刑事たちの前にそれぞれ置いた。

「いやすみません」

 刑事たちは居心地の悪いまま煎茶をすすった。

 益口寿夫氏は、

 白粉を落とすと染みだらけの茶色い肌をしていた。くっきり二重のハンサム顔も、年以上に老けたお爺ちゃんに見えた。髪の毛は総白髪で、緑の染料が薄く残っている。

 「あのー‥」と益口氏は気弱そうに心配顔で訊いた。

「刑事さんがおいでになったのは、わたしがリッキーさんに催眠術を掛けて人を殺させた‥という疑惑をお持ちだからなんでしょうか?」

「まあ、そうなんですがね」

 素顔はずいぶん気弱なマスターを気遣って40代の刑事は困ったような笑顔を見せて言った。

「わたしたちもね、一応そういう専門の捜査官に聞いて、そんなことはあり得ない、って分かっているんですが、ま、世間の疑惑を晴らすためにもですね、警察のお墨付きということで、お話を聞かせていただけませんか?」

 益口氏はほっとした様子で、お爺ちゃんぽい物柔らかな目になると話した。

「そうですよ。催眠術で殺人を犯させるなんて、ナンセンスです。催眠術のメカニズムから言っても、それは不可能です」

 あ、と刑事が手を上げて訊いた。

「失礼ですが、益口さんは、本当に催眠術を使えるんですか?」

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