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27LAST ウルティメート

「そうか。そっちも命がけってことか?

 俺が本物の悪魔だと分かった、だと?

 ふっふっふ、

 分かっちゃいないよ、まだ、本物の悪魔がどういうものか」

「なにい?」

 拳銃を構えながら、衣川は額に脂汗をたらした。

「どういう‥‥ことだ?」

「見せてやるよ、もう決して現実には帰れない、究極の悪夢を、な」


 益口は再びグッと全身を力ませ踏ん張った。

 踏みつけられた刀脇は「げええっ、」とうめき、拳銃を構える衣川は「益口いっ!」と叫んだが、引き金は引けなかった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」


 バリバリバリッと、服もズボンもはち切らせ、益口の体はゴツゴツと膨れていった。

 衣川も菅原も眼前に繰り広げられているものがまるで信じられなかった。まさに悪夢だ。

 これが現実になってしまったら‥‥

 ふつうの世界に戻ってくる自信がない‥‥。

 叫ぶ益口の変身は続く。

 胸と肩と腕がずんぐり脹らみ、黒い剛毛が覆い、

 顔は鼻と耳が大きく尖り、もはや完全に人間ではなくなっている。


「ウルフマン・フィフティーン=スーパーウルフマン!」


 うおおおおおお、と、益口の体は更に大きくなった。

 ビチビチと張った筋肉が音を立てて更に膨れ上がり、腕がニュウッと伸び、肩幅もググンググンと広がり、うおおと吠えて力む背中がバリバリと膨れ、体を起こすたびバキバキッと骨が鳴って背が伸びた。

 黒かった体毛が白銀に変わっていった。狼の顔を覆う毛も、白く輝き、背になびいている。


 菅原は、もはや完全に飲まれて、ただただ見せつけられていた。

 人が、意志の力でここまで変わるのか?‥‥

 いや、そんなことはあり得ない、こいつは、

 最初からこういう化け物なんだ!

 本物の、モンスターなんだ!!


 うおおっ、と吠え、

 身長3メートルを優に超えた巨大な人型の狼は、

 金色の目で人間たちをねめ回した。



「これが、究極、ウルティメート・ウルフマンだ」



 パンッ。

 衣川は構えた銃を撃った。

 100パーセント完全なモンスターの益口は見下ろしながら、ピクリとも動かなかった。

 ニヤリと人間的な笑いを浮かべ、

「やはりはったりか。オモチャの銃じゃ狼は殺せないぞ?」

 やたら低音の響く声で言った。

 衣川は言った。

「ああ、そうだろうぜ」


 ガタン、と空で大きな音が鳴った。

 なんだ、と見上げる益口の目に、カッと、白い強力な光が射し込んだ。

「な? なんだ?」

 工場の屋根が、空に吊り上げられ、開いた隙間から大量の大型ライトが光を投射していた。

「‥‥‥‥‥‥‥」

 益口は事態を計って忌々しげに目を細めた。

「益口。いや、マスター・パピー」

 菅原がじっと暗い目で見上げて言った。



「あんたを法律で裁けないのは最初から分かっていた。‥‥まさかコブラ男があんた本人だとはさすがに思いも寄らなかったんでね。

 法律じゃ裁けないから、せめてあんたの存在をこの世から抹殺しようと思ったんだ。

 隠しカメラの映像は、ライブで、全世界にネット配信されているよ。ま、それを見てこれが本当に起きている現実のことだなんて、誰も思っちゃいないだろうがな。

 だからな、マスター、考えろ。

 俺たちを殺して、死体にしちまったら、

 本物の死体が出てきちまったら、

 あれは冗談でしたー、ただの映画でしたー、じゃ、済まなくなるぜ?」

 モンスターと化したマスター・パピーは、いかにも今すぐ引き裂いてやりたげに、憎々しく菅原を睨んだ。

「マスター。ここがどこか分かるか? 俺の‥、俺たちのスタジオスカーレッドがあった撮影所のセットの中だ。制作が大幅に延期になった『幻魔黙示録』のスタッフに協力してもらってな、廃工場のセットを組んでもらったのさ。彼らも、大いにあんたに恨みを持っているんでね」

 マスター・パピーは、どこにいるのかいないのか、そのスタッフたちを捜して眩しい光の中視線を動かした。

 衣川が言った。

「みんな周りでスタンバってるよ。全員目撃者だ。一応特撮映画の撮影って名目でな。俺の、オモチャの、銃の発砲を合図に、屋根を取っ払って、仕掛けを明かす段取りだったんだ」

 睨み付けて、

「おまえはまんまと引っかかったんだよ、ええ? 天才催眠術師のマスター・パピーさんよお? この世界にもう、おまえさんの居場所はないぜ?」

 白銀のモンスターは、大人の指ほどもある牙の並ぶ口をわななかせて、ざっ、ざっ、と、辺りを威嚇するように動いた。

「いくらおまえでもここにいる全員を逃げ出す前に殺すのは無理だぜ? 撮影所の外には俺の相棒の乗ったパトカーが控えている。外に出て暴れりゃ、喜んで、本物の拳銃で撃ち殺すぜ? それとも、なんだ、おまえのその化け物の体は、ゲームのようにピストルの弾も跳ね返すのかい? ええ?どうなんだい?」

 モンスターは口からよだれを垂らし、まっ赤に充血した目で衣川刑事を睨んだ。

 勝利を確信している衣川刑事は、ふと、訊いた。

「おまえ、それを究極と言ったな? 自己催眠で自分の体を改造したんだよな? だが、そこまでやる必要があったのか? おまえ、これまでその姿になったことはあるのか? 調子に乗って、自分に深く催眠を掛けすぎたんじゃないか? おまえのその姿は、どう見ても人間じゃねえぞ? おまえ、もしかして、そのまま人間に戻れない、とか言うんじゃねえか?」

 モンスターは口を閉じ、まっすぐ顔を向けると、言った。

「さあ? どうだろうな?」

 マスター・パピーは攻撃の姿勢を解いて、のっしのっしと歩き、ドアに向かった。

 菅原は暗い目で追い、呼びかけた。

「どこへ行く?化け物」

 白銀の巨大な狼は半分顔を振り向かせ、言った。

「夢の続きを見に行くさ。どんな夢なのか、俺にも分からないがね」

 マスターは、ギイとドアを開け、出て、バタンと閉めた。

 ガラガラガラとスタジオの大きな戸を開く音がした。

 静かになったセットで、菅原は思った。

 悪夢は終わった。続きの悪夢は、あいつが見ればいいさ、と。

 しかし、それにしても、

 夢のようで、

 とても現実にあったこととは思えない。

 すべて催眠術で見せられた幻‥、と考えた方がまだ信じられる。

 そうすると、

 あの白塗り、緑の髪の毛をした、でっぷり太ったマスター・パピーの大きな笑いが目に浮かんだ。



 —完—

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