25 犯行の経緯
清水は、呆然と悲愴な顔をし、益口はすまなそうに見つめて首を振った。
「そうなんだよ、わたしなんだよ」
「マスター‥‥。どうして?‥‥」
「どうして? フム。」
益口は小さくなって震えている刀脇を見下して言った。
「腹が立ったからだよ、こいつに、オモチャにされて」
衣川が訊いた。
「それは、テレビ番組に出演したときのことか?」
「ああ、そうだよ。馬鹿にして笑われたから、仕返ししてやろうと思ったのさ。こっぴどくな」
「では何故だ? 刀脇に仕返しを済ませて、何故犯行を続けた?」
「清水‥」
益口は哀れっぽく清水二郎を見つめた。
「おまえのためだよ」
「ぼ、僕の?‥‥」
清水は悲痛に顔を歪めた。
「どういうことだい? どうして僕が‥」
「いや。おまえじゃないや、おまえの奥さん、五月さんのためだよ」
「サツキの?」
「そう。五月さんは、おまえには過ぎたいい女房だよ。まったく、羨ましい。俺が心密かに恋心を抱いているのを、知っているだろう? また、倒れたんだろう? 俺が出してやった入院費用、おまえ、受け取っただろう?」
「!‥‥‥。あの金を‥‥仕事のギャラじゃなかったのか?」
「おまえ俺のマネージャーだろう? 馬鹿か。俺にそんな貯金あるかよ。奪ったんだよ、金貸しのいけ好かねえ婆あをぶっ殺してな」
「なっ、なんだってえ?‥‥」
清水は貧血を起こして倒れそうになった。衣川が支えてしゃがませてやって、訊く。
「あの蛇みたいな男を使ったんだな? あれは、誰だ?」
「慌てるな。犯人が捕まってない事件は後回しだ。
分かりやすい中学生の坊やの事件から教えてやろう。
あの坊やは実に簡単だ。毎日毎日苛められて、いっそ死んでしまいたいって思い悩んでいたから、簡単に、『催眠状態』に導けたよ」
「だからどうして、彼に人殺しをさせる必要がある?」
「必要は、特にない。木を隠すなら森って言うだろう? わたしが必要だったのは五月さんの治療の金だ。後は金を奪う事件のカモフラージュさ」
「それだけ多く証拠を残すことになって危険だろう?」
「そうだねえ。ま、面白かったから、かな? 世間もテレビでネットで大騒ぎして、ずいぶん楽しんでいたじゃないか?」
「‥‥‥どうやって‥‥」
「慌てるな。マンションの事件も教えてやるよ。
あの男のそもそもの動機は、痴漢事件のえん罪か? 気の毒になあ‥‥‥‥‥。
実は、
その痴漢行為をしたのは、わたしなんだよ」
「なにいっ!?」
さすがにその悪趣味さに衣川は声を荒げた。益口はへらへら笑って続けた。
「そうだったんだよ。いい女だなあと思って、つい手が出てしまった。たまたま近くにいた彼が疑われてしまってねえー‥、いや、悪いことをした」
「‥‥おまえ、わざと彼に罪を着せたんだろう?」
「その通り。面白かったよ」
ひっひっひ、と益口は悪趣味に笑った。
「あの男も女に対する恨みをたっぷり持っていたからね、簡単だったよ、『催眠状態』にするのは」
「‥‥‥‥‥‥」
「ご静聴ありがとう。菅原。あんたのお仲間の、井上と松浦?、彼らも同様。ついでにあんたも始末して、自分たちはお巡りに撃ち殺されればさっぱりしたんだがね、まあ、あんなものだろう。
さて、ではその蛇男の素性だが‥‥、これは最後のお楽しみだ」
うっふっふ、と笑う益口を睨んで衣川が言った。
「じゃあ教えてくれよ、どうやって、出来るはずのない『殺人命令』を催眠術でやった?」
「そう‥。フム、たとえ殺人願望があっても社会的な常識が邪魔をして、けっして本人がそれを行うことはしない。まあ、催眠術の常識ではその通りだ。
わたしは、
その邪魔な社会常識の通じない存在に、彼らを導いてやったのだよ。
ゲームと、モンスターのマスクを使って、彼らを本物のモンスターに変身させてやったんだよ」
「そうだろうとは思っていたが、出来るか?そんなマンガみたいなことが?」
「出来るか?、か‥‥‥。ふうーーーーーーー‥‥‥。
わたしは自分でも自分を催眠術の天才と自負しておる。
だが悲しいことに、わたしの催眠術も万能ではない。一つ、どうしても出来ないことがある」
「それは、なんだ?」
「女にわたしを好きにさせることだよ!」
益口は大げさに手を広げ、いかにも悲劇だ!と言わんばかりの表情をした。
「女たちは、この天才のわたしが、いくら催眠術を掛けても、決してわたしを好きになろうとはしない! ああ、まったく、何故なんだろうねええ〜?‥‥」
「それが、おまえの歪んだ心の正体か? 当たり前だ、人の心を操ろうとする者を、好きになる人間がいるものか!」
「フンッ、どうやらそのようだねえ」
と益口は面白くなさそうに認めた。衣川はイライラした心を抑えて言った。
「それで、どうやったんだ?」
益口はニカッとマスター・パピーの笑いを浮かべた。
「そっちは簡単だよ。絶対的な常識を、絶対的にぶち壊して見せればいいんだよ!」
「絶対的な常識っていうのは、なんだ?!」
「この世の常識を破壊して、自分もそうなれるんだと思わせてやればいいんだよ!」
「だからっ、それはなんなんだ!!??」
「待たせたね、教えてやるよ、蛇男の正体を」
益口は血に汚れた鼻と口を袖で拭い、まっすぐ向いて、ふうっと表情をなくすと、
ゴキッ、ゴキッ、ゴキッ、と肩を動かして震えた。
ゴキゴキッと下顎を前につきだして首を伸ばし、すると、丸く膨らんでいたカエルの肉が、二つに割れ、太い筋になった。
「ま‥‥‥、まさか‥‥‥‥‥‥」
3人はその光景に我が目を疑った。
こんなことが起こるわけない! 常識的に、あり得ない!
ゴキッゴキッゴキッゴキッゴキッ。
「ふうーーーーーー‥‥」
息を吐いて、益口?はニヤッと笑った。
「驚いたか? これが俺の『ウルフマン・ゼロ』だ」
呆然と見つめる3人の目の前に立つのは、髪の毛こそ真っ白だが、紛れもなくあの手配画像の男だった。
益口寿夫こそ、手配されても一向に捕まる気配のないオールバック30代の苦み走ったキングコブラ男、その者だった。
3人の目撃者は、戦慄した。