23 催眠対決
高い壁に設置されたスピーカーから割れた声が呼びかける。
『マスター・パピー。俺はあんたに仲間を殺された菅原ってもんだ。その化け物マスクを作った張本人だから知ってるだろう?』
「菅原さん?」
車の中できょろきょろしながら益口は怪訝そうに聞き返した。
「知らないですよ。わたしがあなたの仲間を殺しただって? いったい何を血迷ったことを言っているのかね? わたしがいつ?あんたの仲間を、人を、殺した?」
『へっくっくっくっくっ‥』
スピーカーの菅原は陰気に笑った。
『もちろんあんたは自分の手は汚してないさ。あんたは、催眠術で人を操って、俺の仲間の井上や松浦たちを操って人を殺させたんだ』
「馬鹿を言うのはよしなさい!」
益口はこと自分の専門分野の話に怒って声を高くした。
「催眠術で人を殺させるようなことは出来ない! そんなことは、専門家なら常識だ!!」
菅原は、また暗く笑った。
『くっくっくっ‥‥、そうかよ?』
「そうだよ! さあ、早くこんな馬鹿げた芝居はやめて、わたしを解放したまえ! これ以上続けたら、警察に訴えてやるぞっ!!」
『そう。ま、ご自由に。俺はやめる気はない。と言うか、やめられないんだ』
「なっ‥‥、なんでだねえ〜?」
『アクシデントが起こっちまってね。まさか俺だって、あんたをはめるために本当に人を殺すつもりなんてなかったよ』
「な‥‥‥‥‥、なんだとおおーーーー‥‥‥‥」
『あんたのせいだよ。あんたが、そういう風に命令してたんだろう?』
「ばっ、‥‥馬鹿を言うんじゃない。わたしが、何をしたと言うんだねえっ?!」
『さあな? 本当だよ。あんたがどうしたか分からないで、俺たちは困っちまったんだ。なあ? あんたが、なんとかしてくれよ?』
「わ、わたしが、し、知るかっ!?」
『そうか? じゃあ‥、どうなっても知らないぜ? あんたも、ふふふふっ‥、お友だちのジミーみたいにバラバラにされてみろよ?』
「お、おまえええーー‥‥、本当にジミーをおおおーーー‥‥‥‥‥」
『悪かったな。だからさ、事故だったんだよ。こっちはもしかしたらあんたじゃなくジミーが真犯人かも知れないって心配もあってな、ここに連れてきていたんだ。そうしたら、変身した彼が、出番前にバラバラにぶっ千切っちまった。いやあ、ほんと、悪かったなあ』
「いったい何を言っているのか、さっぱり分からんよ」
『しらばっくれるなよ? そいつが誰か、分かるだろう?』
益口は怯えた目でよろよろよたよた頭を抱えて苦しんでいるモンスターを見た。
『リッキー。刀脇力丸君だよ。哀れな、あんたの犠牲者だよ。
前に一度催眠療法を試したんだ。そうしたら、あんたの名前が出た途端におかしくなって暴れ出した。専門家の意見では、リッキーはそれ以前に何者かに強い催眠術に掛けられて、どうやったかはさっぱりだが、深層心理の根っこまで、強力な暗示に掛けられているってことだった。
だからさ、
あんたをここに連れ込んで、あんたが寝てる間に、リッキーにもう一度催眠術を掛けてみたんだ。
そうしたら、あんたのお友だちのジミー氏をバラバラに分解しちまったってわけだ。
なあ、教えてくれよ? どおやったんだあ?
偉い大学の先生もさっぱり、お手上げなんだよ。
あんたさあ〜、悪いんだけど、
自分でなんとかしてくれよ?
今、ドアのロックを外すからさ』
「や、やめっ、」
と益口は慌てたが、4つのドアの内部でガタンと音が鳴り、益口は慌ててロックのスイッチを動かしたが、それは最初からまるで手応えがない。
『リッキー』
と呼びかける声に益口はあわあわと慌てた。
『リッキー。悪かったね、君をこんな目に遭わせてしまって。やってしまってからで悪いが、俺は君を助けることは出来ない。君をそんな風に改造した張本人が、その男、マスター・パピーこと益口寿夫なんだ。君を元どおりにする方法を知っているのはその男だけだ。その男に、元に戻してもらってくれよ』
「‥マスター‥パピー‥‥‥‥‥‥‥」
頭を抱え込んでいたモンスターが車中の益口を見た。益口は「ヒイッ」と悲鳴を上げ、反対のドアから飛び出した。
『益口』
呼びかける声に益口は反射的に上を見た。
『あんたは俺の大事な仲間を殺した。俺はすべてを奪われた。俺は、おまえが許せない。あの世で仲間に詫びろ』
ブツッ、と大きな音をさせてスピーカーのスイッチが切られた。
「おい‥‥、おいっ!‥‥、おおいいいっ!!‥‥‥‥‥」
益口は目をぎょろぎょろさせて、ハッと、後ろを振り向いた。
ダンッ、と車に手をついて、モンスターがよろめきながらこちらに回ってきた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「マスタあああ〜‥‥‥パああピいいい〜〜‥‥」
「!!??‥‥‥‥‥‥‥」
「俺に‥‥‥‥何を‥‥‥‥したああ‥‥?‥‥‥‥‥‥
俺に、人を、殺させたのか?
俺に、この手で、」
わなわな震えさせた手をぎゅうっと握りしめ、
「うおおおおおおおおおおっっっ!!!!」
野獣の咆哮を上げ、歯を剥き出して血走った目で益口を睨み付けた。
益口は声にビクッと首をすくめ、真っ青な顔で逃げ道を探って後ずさった。
モンスターは走ってその先へ回り、
「うおおおっ」
作業台の上の重い鉄の台を持ち上げ、旋盤機に叩きつけ、殴りつけ、耳の痛くなる派手な音と火花を立てた。思い切り投げ捨て、遠くでまたガッシャーン、と派手な音が上がった。
モンスターは興奮した荒い息をつき、
「俺を‥‥‥‥元に戻せえー‥‥‥‥‥‥‥」
恐ろしく身をすくませている益口を睨んだ。
刀脇力丸は、モンスターの特殊メイクを施され、モンスターを演じているだけだ。
催眠術は掛けられていない。
暗い中で菅原と衣川刑事はじっとモニターを見つめていた。
悪魔の催眠術を操るマスター・パピーに対して、これが3人の仕掛けた「催眠術」だった。
リラックスの反対、極度の緊張‥‥=恐怖を強い、冷静な思考を奪う。
死の恐怖に怯えさせ、助かるために、
秘密を暴露するのを、
じっと見守っている。
まともな逮捕なんて考えていない。
私的制裁をどう加えるかは、
益口の暴露する秘密次第だ。