21 準備期間
スカーレッド第2スタジオの事件後、衣川は被疑者射殺の責任を問われて捜査を解任され、査問に掛けられた。事件の状況から刑事責任を問われることは免れたが、事件への関与は固く禁じられてしまった。
衣川刑事から「マスター・パピー催眠殺人教唆説」を引き継いだ稲村刑事は栗林素雄の部屋から押収したゲームソフト「スーパーウルフマン」と多田憲治の部屋から押収したゲームソフト「スーパーウルフマン」を開発元のSUNBRAINに調べてもらった。
プロデューサーは問い合わせに「ウルティメートウルフマン」の存在を認めた。それはやはりクリア後のお楽しみのボーナスステージで、このボーナスステージ出現には条件がある。
通常のラストボス「ウルフマン」も月齢によって16の姿があるが、
「一番強いのは十五夜の『スーパーウルフマン』と閏月の新月の『ウルフマンゼロ』なんです。スーパーウルフマンが最強でとにかく無茶苦茶強いんですが、ウルフマンゼロは人間同様に兵器が扱えるんです。しかも体力運動能力は人間よりずっと上ですから、これもすごく強いわけです。この『スーパーウルフマン』か『ウルフマンゼロ』を倒すと、次のプレーではボーナスステージの『ウルティメートウルフマン』が遊べる、というわけです」
しかし
「ボーナスステージですから、最初のプレーでは出ません。そういう風にプログラムが作られています」
とのことで、しかし調べてもらったDVD-ROMは、2枚とも、1回目のプレーでボーナスステージになるようにプログラムが書き換えられていた。
プログラミングは数名のスタッフで行っていて、彼らはそれが可能だったが、他にも何人かそれが可能な人間はいた。その中にモンスターデザイン担当の磯坪も含まれていたが、深く追求されることはなかった。磯坪は「マスター・パピーなんて知らねえ」と言うし、それは嘘ではないだろう。ただ、現在の本人が知らないだけの可能性もあった。‥‥刀脇力丸のように‥‥。無理にそれを思い出させようとすれば‥‥、何が起こるか分からない。いわばその記憶は、パンドラの箱だった。催眠のメカニズムが解明されない以上、これ以上の危険は犯せない。
ゲームの線からの追求は、これで打ち切りになった。
マスター・パピーの見張りは続けている。今度は若手とベテランが組んで当たっている。
しかしマスター・パピーは相変わらず地味ながら堅実な芸能活動を続け、これといった怪しい行動は見受けられないでいる。
一番の本星であるキャバクラのオールバックのコブラ男は、いまだに発見できずにいる。
どこの誰なのか? 市民提供の情報で「似ている他人」は何人か犯人ではないことが確認されたが、ズバリ本人には行き当たっていない。
事件から2ヶ月3ヶ月が経ち、捜査陣にはすっかり長期化への焦りが濃くなっている。
手術で銃弾を取り出し、入院してなんとか落ち着いた松浦は、夢のように事件を思いだしては毎日泣き暮らしていた。
松浦も井上も同じ「ウルティメートウルフマン」バージョンの「スーパーウルフマン」のコピーDVD-ROMを持っていた。
松浦はそれを井上にもらったと言った。もらった時期はやはり刀脇のCM撮影の事故の2日後だと言う。
松浦もやはりマスター・パピーに会ったことはないと言った。
本当かどうか、確かめることは出来ない。
改めて、何故あんな事件を起こしたのか訊かれると、松浦はぽろぽろ涙をこぼして、
「分かりません。僕は、自分がなんだか凄く強くなったような気がして、それを、みんなに‥‥‥、自慢‥‥‥‥したかった‥‥‥‥のかなあー‥‥‥‥‥‥‥」
と、それ以上は「分かりません」を繰り返すのみでらちがあかなかった。
その間、刀脇力丸の不起訴が決定していた。
被疑者は事件当時心神耗弱状態にあり、その責任を問うことは出来ない、と。
記者会見に望んだ刀脇は深々と頭を下げ、法的責任はともかく、自分がやってしまったことは事実であり、その責任は一生背負っていかなければならない、被害者とご遺族に心からお詫びし、許されるのであるならば亡くなられた藤原さんの墓前に花を供え、お詫びしたい、と涙ながらに述べ、今後の芸能活動については状況が変わって今の謹慎が解けるまで無い、と明言した。
そうして、以降何も起きず、何も進展せず、最初の刀脇の事件から早半年が過ぎた。