20 復讐の炎
切れもしない模造品の日本刀に怯えてプラスチックの鎧の人間を4発も銃弾を撃ち込んで殺してしまうなど、ベテランの衣川刑事がとんだ大失態をやらかしてしまった。しかし状況を知ればそれを責められる警察官はいないだろう。部屋には切り落とされた生首が5つも転がっているのだから。
首を切断した本当の凶器、ノコギリは、5つの首なし死体を詰め込んだトイレに放り込まれていた。
肩と脚を撃たれた松浦は見張りの警官付きで病院に搬送された。
我に返った松浦は、
「ぼ、僕、いったい何をやらかしてしまったんだ? 嘘だ、嘘だ、こんなの、嘘に決まってる‥‥」
と現実が受け入れられずに怯えきった目でブルブルガタガタ震えていた。
その怯え様から、どうやら松浦も5人の殺害及び解体をいっしょにやったらしい。
菅原と衣川はケガはしていなかったが医者の診察を受けた。ケガより、精神的なダメージが大きい。
一応医者のオーケーをもらった菅原は衣川と話した。
「本当にマスター・パピーが黒幕で、真犯人なんですか?」
「わたしはそう思っている」
「いったいどうやったらあんな風に人を操れるんです?」
「それがわたしにもさっぱり分からなくてね。どうやら『スーパーウルフマン』のゲームを利用しているらしいが、専門家ははっきり『出来ない』と言っているよ」
「でも、奴が犯人なんでしょう?」
「ああ。わたしは、そう睨んでいる」
しばし沈黙し、菅原はつぶやいた。
「許せない‥‥。こんなことする奴を、絶対、許しちゃいけない‥‥‥」
「菅原さん‥」とそんな様子を衣川は心配した。
「お気持ちは分かりますが、あんまり思い詰めて滅多なことはせんように」
「じゃあ、現実的に」
菅原は冷め切った目で衣川を睨んで言った。
「何かしっぽを掴んで奴を逮捕したとして、裁判で、奴を有罪に出来ますか? 何人も殺させておいて、奴を、死刑に出来ますか?」
「無理、でしょうな、催眠術による殺人教唆なんて、弁護士に簡単にくつがえされちまうでしょうな」
「そうでしょう。駄目なんだ、法律じゃ、奴は裁けない‥‥」
「お気持ちは分かりますが、ここは抑えて‥」
「俺は信じませんよ、井上が俺や他のスタッフを本当は憎んでいたなんて、あんなひどいことをするほど憎んでいたなんて‥。あいつは取っつきづらい奴で、俺だって何度もムッとして、喧嘩だってしましたよ。でもね、俺はあいつの才能は買っていた。それはあいつだって分かっていたはずだ。あいつは、自分がここでしか思い切り自分の才能を生かした仕事が出来ないって知っていたんだ。それを、自分でぶち壊すようなこと、するもんか‥‥‥。
松浦だって、あいつはひょうきんな奴でみんなから慕われていた。コンピューターの知識を頼りにもされていた。みんな大好きだったんだ。そんなみんなを、あいつが、あのひょうきん者が、あんなこと出来るわけない‥‥。いったいあいつがどんな顔してみんなを襲ったって言うんです? どんな顔してあいつを慕う仲間の首を切り落とせたって言うんです? あいつに殺されたみんなは、いったい、どんな顔で殺されたんです?‥‥‥‥
俺は信じない、井上と松浦が自分たちの『願望』でみんなを殺し、俺を殺そうとしただなんて、俺は、絶対、信じない‥‥‥‥‥‥」
菅原は悔しさと悲しさと怒りを堪えられずに、額を押さえてうつむいた。
衣川はじっと痛ましそうに見て、言った。
「わたしもあなたに謝らなければならん。殺さなくていい井上君を殺してしまった。申し訳ない。
これはわたしの罪だ。償わねばならん。
わたしも、自分にこんな罪を犯させた奴を許しはしませんよ。きっちり、決着を付けねばならん。
しかし、今は無理です。わたしは今回の失態で捜査を外されるでしょう。きっと、マスター・パピー、益口寿夫を逮捕することはできんでしょう。しかし、
菅原さん、焦らず待っていてください。わたしも、いずれ、必ず、奴には罪を償わせてやりますよ」
菅原は指の間から怒ったような目を衣川に向けた。
「約束しますか?」
「約束します」
菅原は顔を上げてまっすぐ衣川を見た。
「じゃあ、俺も約束します。やるときは、いっしょにやりましょう」
「はい。やりましょう、必ず」