02 調査
警官役の俳優は、結局息を吹き返すことはなかった。
頭から思い切り固い床に叩きつけられ、やはり首の骨が折れていた。即死だっただろう。
彼を叩きつけた主演俳優は駆けつけた警官に緊急逮捕された。
主演俳優は自分がいったい何をしてしまったのか、ただただ呆然とし、事実のショックに、まるきり悪夢の中にいるように目をうつろに、ふらふらしていた。
写真を撮られた後、主演俳優は警官立ち会いの下、専門の特殊メイクアップアーティストにモンスターのメイクを外されていった。装着に4時間かかっているが、外すのにも1時間半かかる。
「僕は‥‥いったい何をしてしまったんだろう? ねえ? 撮影は‥‥‥‥」
撮影は‥、なんなのだろう? なんと問いたかったのか、主演俳優はすっかり肩を落とし、ひたすら悲痛な面もちで物思いに沈んでいった。
刀脇 力丸(たちわき りきまる)
32歳。愛称リッキー。
シルベスター・スタローンに憧れ俳優を目指し、24歳の時自ら企画した青春ボクシング映画(ビデオ映画)で本物のプロボクサー相手に本物の試合形式でファイトシーンを撮影し、これをきっかけにブレイク。多数のVシネマにアクション物を中心に出演し、特に男性ファンから「リッキー兄い」と慕われているが、30歳を前にVシネマへの出演は減り、テレビの刑事ドラマやバラエティー番組にも出演するようになり、強面の割に宴会的トークが上手く、 近年人気はお茶の間に拡大している。女性雑誌の「セクシーな男性」投票でも上位に名前が挙がっている。
人気俳優が撮影中に人を死なせる事故を起こしたニュースはたちまちテレビ、ラジオ、ネットで報道され、大きな反響を生んだ。
詳細が分かっていく内、事故ではなく事件の可能性が高いと分かり、マスコミの報道は急激にヒートアップしていった。
警察の取り調べで、
真っ先に疑われたのがアルコールと薬物で、刀脇力丸は念入りな検査を受けたが、いずれも反応は出なかった。
事務所、自宅も家宅捜索を受けたが、麻薬の類は発見されていない。
警察署で刀脇は5日間の取り調べを受けた。
刑事の問いに、刀脇は思いだし思い出ししながら精一杯誠実に答えた。
「僕は、たいした俳優じゃありません。乱暴なアクションしかできない大根役者だって陰で言われているのも知っています。だから僕はどんな役でも懸命にその役になりきって演じるよう努力しています。でも、まさか、いくらモンスターに扮したからって本当に人を殺してしまうほど自分を見失う事なんて‥‥‥。
あの時だって、危険なワイヤーアクションでしたから、段取りを間違えないようにしっかり意識していました。
でも、途中から分からないんです‥‥。
警官に囲まれて、僕が吠えて‥‥、そうです、吠えている内に‥‥、分からなくなっちゃったんです‥‥。すっかり意識が飛んじゃって、カットの声で我に返って、あれ?もう終わったの?って思って、そしたらなんか様子が変で‥、僕の足下に助監督さんがしゃがみ込んで、そこに‥、そこに‥‥、彼が‥‥‥‥」
「藤原洋一郎さん」
「え? 誰‥‥です?」
「君が死なせてしまった相手の俳優さんだよ。彼とは?」
「いえ、まったく面識はない‥と思います。スタジオに入って、挨拶をしたのが初対面だったと思います」
「そう。彼を、故意に殺したということは?」
「ありません! 絶対に! 知らない人ですよ? 殺そうなんて、思うわけありませんよ!」
「そう」
「そう‥‥です‥よ‥‥‥‥‥」
藤原 洋一郎
25歳、俳優。
映像制作の専門学校を卒業後、芸能事務所に所属しプロの俳優として活動。しかし大きな役に付いたことはなく、実際は警備のアルバイトで生計を立てていた。事務所の見立てでは熱意があり、どの現場でも熱心に取り組んでいたが、俳優としての華がなく、諦めずに長く続けていればいずれはもしかしたら名バイプレイヤーと呼ばれる俳優にはなれていたかも知れない。
将来ある若者が夢半ばで、事故で、命を絶たれたのはたいへん惜しまれる、と事務所社長はコメントした。
刀脇力丸の大手事務所とは別の事務所で、事務所の調べる限りこれまで両者がいっしょの現場で仕事をしたことはなかったはずだ。
アルコール、薬物、故意の殺人、
次に疑われたのは、
特殊メイキャップアーティストだった。