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18 誰のマスク?

 一連の事件、1件と2件と1件の事件の犯人は別々だった。

 しかし明らかな共通項が多い。

 プロ仕様の「スーパーウルフマン」のモンスターのマスク。

 ふつうでは考えられない凶暴すぎる暴力。異様な運動能力に、怪力。

 そして、売る男と買った男たちで「スーパーウルフマン」のゲーム自体がつながった。

 華奢な栗林素雄ももちろんだが、多田憲治も文化系の人間で、格闘技はもちろん、スポーツ自体何もしていなかった。

 多田は自分の凶暴な犯行について、

「心の底からあの女を憎んでたんだよ。ただ殺すだけなんて、それじゃあ憎しみを燃やし尽くすことが出来ねえんだよ」

 と言った。日常的に苛められていた栗林も心情的には同じだっただろう。

 しかし、

 だからといって、思ったからといって、出来ることではない。

 その点多田は、

「分からねえよ。ただひたすらカアーーッて熱くなってただけだよ」

 と言って具体的な説明は出来なかった。


 しかし、ともかく、

 残りの凶悪犯はオールバックの30代のキングコブラ男1人だ。

 こいつは、

 顔写真が公開されて早1ヶ月、すぐに素性が割れると高をくくっていた捜査陣の思惑は外れ、一般から多くの情報は寄せられるものの、有力な情報は確認できずにいた。

 この独特の面相で何故人物が割り出せないのか、警察は焦り、世間には男と事件に対する不気味な不安が膨れ上がっていた。


 さて、手がかりを求めて衣川刑事は忙しい。

 出来上がった刀脇力丸のライフマスクに、十分な検査の後、2つのモンスターマスクを合わせてみることにした。

 重要な証拠品を持ち出すわけには行かず、これは警視庁の一室で行われた。

 監修者としてすっかり顔馴染みの菅原・スカー・一馬が呼ばれた。

 手袋をはめ、

 まず菅原に2組の現物を見てもらった。

「どちらもプロの作った物だが、やっぱりこっちの方が細部までていねいに作り込まれている」

 と、マンション事件の多田の方を指して言った。

「こっちも十分な出来ですがね」

 と、コンビニ事件の栗林の方にもフォローを入れて。

「やはり誰が作った物か、分かりませんか?」

「分かりません、よ‥‥」

「そうですか」

 衣川刑事はさらっと流して、メインの実験に移った。

「では。破いちゃたいへんですんでね、プロの方にお任せしますよ」

 と、菅原にマスクを指して言った。

 菅原は、まず栗林のマスクを手に取り、それにはマスクの内側にも栗林の吐いた血がべっとり付着していて、菅原は「本物」の感触に顔をしかめながらマスクの首を丸く広げ、刀脇の白い石膏の頭に被せた。慎重に、顔に被せていく。

「‥‥‥‥ぴったりです」

 衣川刑事も見て言った。

「ですなあ。間違いなく刀脇力丸の顔に合わせて作られたマスク、でよろしいですな?」

 菅原は仕方なくため息をつきながら頷いた。

「では次のマスクを」

 菅原はまた慎重に多田のマスクに付け替えた。

「これも、同じく、ですな?」

「ええ。ご覧の通りですよ」

 菅原はあつらえてぴったりのモンスターマスクを見て疲れた暗い目をした。

「グローブの方もそうでしょうな?」

「ええ。それもリッキーのサイズですよ」

「ねえ菅原さん」

 衣川はまるで慰めるように話しかけた。

「あんたが善人で、社会常識を持ち合わせた人だってのは分かってます。どうですか、そろそろ話してくれませんか? これを作ったのが誰か、もう分かってるんでしょう?」

 菅原は、

「‥‥‥‥‥‥‥はあーーー‥‥」

 と大きく息をついて、観念して言った。

「出来のいいのが井上の作った物、もう一つが松浦の作った物です」

「間違いありませんか?」

「ええ。ほぼ、100パーセント」

「ありがとうございます」

 衣川は菅原の肩をポンポンと叩いた。

「そんなに思い詰める必要はありませんよ。これを作ったのが彼らってだけです。別に犯罪じゃない。そうでしょう? 我々は手がかりが増えて喜んでいる。感謝してるくらいですよ」

「そうですか。‥‥しかしあいつらなんでこれを‥‥」

「さ、それを聞こうじゃありませんか?」

 またポンポンと肩を叩かれて菅原は「ええ」と答えた。



 撮影所の敷地内にある中型の倉庫、スカーレッド第2スタジオ。

 ドアを入ると、ムッとひどい臭いがした。

「あ、お帰りなさい」

 と入り口近くのデスクでパソコン仕事をしている松浦が声を掛けた。

「只今FTP大量硬化中。みんな避難して飯食いに行ってます」

 中央の広いスペースに青いシートを広げて、外から見たのでは何を作っているのか分からない合わせられた「型」が20ほど並べられている。これから鼻の奥をヒリヒリさせる刺激臭が発生している。衣川刑事は思いきり顔をしかめて、気持ち悪そうにした。

 菅原は松浦に訊いた。

「おまえは、飯は、いいのか?」

「僕は‥‥」

 キーボードをパチパチッと叩くと、顔をこっちに向け、泣き笑いのような表情を浮かべて松浦は言った。

「僕に用があるんでしょ? もう‥、ばれちゃってんでしょ?」

「やっぱりおまえが‥‥」

「ごめんなさい」

 松浦は泣きそうな顔で頭を下げた。

「僕と井上さんです、マスク作ったの。井上さんに言われてリッキーのライフマスクを捨てたのも、僕です。すみませんでした」

「なんで二人して同じマスクを作ったんだ? あれは、必要ないだろう?」

「だって、僕らだって作りたかったんですよお、ウルフマンのマスク。井上さんが俺たちに下っ端仕事させて美味しいとこはスカーさんがやっちまうんだよな、つまんねえな、って言って、僕もそうっすねーって同意して、そしたら井上さんが、俺たちも作っちまわねえか?って言い出して、どうせスカーさん『幻魔』のデザインで忙しいから、マスク渡すのが少しくらい遅れたってかまわねえだろう、ってことで、遊びで、一晩ずつ代わり番こで作っちゃったんですよ」

「なんだよ、しょうがねえ奴らだな」

 スタジオ主催者の菅原はむしろスタッフたちのどん欲さに微笑んだ。だが。

「別にいいよ、それは。それで、どうしたんだよ? 作ったマスクは、どうした?」

「それが、」

 松浦は叱られた小学生みたいに情けない困った顔をした。

「なくなっちゃったんです、いつの間にか」

「どこから?」

「ここ。奥の段ボールにこっそり隠しておいたんすが、それが、いつの間にか‥‥」

 菅原は衣川刑事と顔を見合わせた。

「井上は?」

「井上さんもおまえどこやっちゃったんだよおって怒りましたが、僕、知らないっすよ。僕らじゃないっす。きっと誰かが表のゴミ箱に出しちゃって、それを誰かがいい物捨ててやがんなって、持って行っちゃったんですよお〜」

 菅原は渋い顔で考えた。

 確認無しでスタッフがゴミ出しするとは考えられない。その後の成り行きからして、

 誰かが故意に持ち出したとしか思えないが‥‥‥。

 菅原は恐い顔を作って今一度松浦に訊いた。

「おまえは、本当にどこかに持ち出してないんだな?」

「してません。俺は井上さんに言われてリッキーのライフマスクを捨てただけですう!」

 ぶるぶる顔を振る松浦を見て、菅原はつぶやいた。

「井上‥‥か‥‥‥‥」


 時間が経ち、硬化の早いFTPはやがて臭いの発生を急速に止めていった。グワングワンとあちこちで回っている大きな換気扇が外へ薄まった臭気を吸い出していく。

 クン、と鼻を鳴らして衣川刑事が言った。

「ここじゃあ生ものも扱ってるんですか?」

「生もの? いや、造形の参考に持ち込むことはありますが‥‥」

 菅原も気づいてクンと鼻を鳴らした。

「本当だ。なんの臭いだ?」

「な、なんすか?」

 松浦が泣きそうな不安な顔で訊いた。

 刑事は知っている、これは、とても


 嫌な臭いだ。

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