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17 海賊版の出所

 取り調べで替え玉を演じた男が誰なのか、多田は

「名前なんか知らねえ」

 と言った。

「たまに若いくせにホームレスみたいな汚ねえ臭っせえ奴が来てたんだよ。やな客だなあって思ってたんだがよお、気が付けば、そいつ、俺によく似た顔してんだよ。俺はどうやってアリバイを作ろうかって思ってるところだったから、協力を持ちかけたのさ。そいつは金になるってんで喜んで話に乗ってきたよ。名前なんか、聞いてねえ。これが済んだらもうここには来るなって言っておいたから、もうとっくにどこかに行っちまってるよ」

 とのことで、この協力者を見付け出すのは難しそうだ。

 衣川刑事が強い興味を持って訊いたのが

 「スーパーウルフマン」のマスクとゲームソフトの入手先だ。

「買ったんだよ、男から」

 と多田は言った。

「電気街に行って、なんかめちゃくちゃ暴力的なスカッとするゲームがねえかって見てたんだよ。最初っから自主規制してるぬるい奴ばっかりでさ、つまらねえなあって思ってたら、『お兄さん。特別な出物があるんだけど、興味あるんじゃない?』って声を掛けてきたんだよ」

「それはいつのこと?」

「リッキーが人を殺した翌日だよ」

「即答だね」

「ああ。朝のワイドショーで大騒ぎしてたからな。俺は夜勤を上がってきて、寝ようと思ったんだが、そのニュースを見てなんだか興奮しちまってさ。俺も『スーパーウルフマン』の発売を楽しみにしてたんだよ‥。それに、俺も、殺してやりてえって思ってさ‥‥‥‥」

「で、その男は何を君に売ろうとしたんだ?」

「『スーパーウルフマン』の海賊版とプロ仕様のマスクさ。人のいないビルの陰に連れていかれて手提げ袋の中を見せられたときは、俺も驚いたね。何者だこいつ?って思ったよ」

「どんな男だった? 年齢、服装、人相は?」

「それは‥‥」

 多田はニヤリと取り調べの衣川刑事を見て嫌な笑いを浮かべた。

「あんたらも知ってるよ。あの、手配されてる写真の男だよ」

 衣川も、いっしょにいた同輩と記録係の若い刑事も、一様にハッと驚いた。

 刑事たちの驚く様子を眺めて、多田は得意そうに言った。

「えっへへ、驚いたあ〜。へへっ、俺も驚いたけどな、あいつがあんなすげえことをやらかして。あれはぜってえ俺の事件に張り合ってやったんだぜ? あいつ、ぜってえ危ないゲームマニアだよ」

 衣川は思わず顎に手をやって考えた。あの30代‥‥35くらいに見える男は、ハードボイルドな感じに見えたが、それは架空の世界に浸って遊戯するマンガっぽいキャラクターに過ぎなかったのだろうか?


 こいつが、一連の事件の中心人物なのだろうか?


 衣川は訊いた。

「もっと詳しく。そいつは君に何を言った?」

「『スーパーウルフマン』は発売中止になるから、世に出ることはない。これはお蔵入りにされるのが許せない制作スタッフからの流出物だ。是非コアなプレーヤーに楽しんでほしいそうだ。このマスクも、撮影でリッキーが着けるはずだった物だ。おまけに付けるから楽しんでくれ。と、まあそんなところだったかな」

「それで、君はそれをいくらで買った?」

「セットで1万5000円。初回限定特典付きの新作ソフトなら、妥当な値段だろう? 本物の特撮マスクなんて、超レアだぜ?」

「その男と話したのはそれだけ?」

「ああ。‥あ、別れ際、君みたいな同好の士と巡り会えてラッキーだったよって笑ってたな。‥それだけだよ」

「君は以前から被害者を殺そうと思っていたのか?」

「‥‥ああ。当然だろうが? あのクソ女。俺はあのクソ女に指一本触っちゃいなかった。俺の、俺の人生ぶち壊しやがって。俺には、復讐の権利がある。そうだろう!?」

「君は被害者の住所をどうやって調べた? 弁護士に確認したが、君は被害者があそこに住んでいるのを知らなかったはずだ」

「偶然だよ。俺のバイト中に男と買い物に寄ったんだよ。あの女、すぐ目の前にいながら男といちゃいちゃしゃべくって俺のことにまるで気づかなかった。もっとも、俺も会社首になってからイメチェンしたからな」

「偶然だねえ、君の新しい勤め先が彼女の家の近所だったなんて」

「ああ。神の配剤だろうぜ、復讐の神のな」

「それで、君は彼女の住所を調べた?」

「ああ。非番の日もコンビニの近くで張って、また彼氏の車で通るのを待ったよ。確かにな、近所でラッキーだったぜ。遠けりゃ自転車で追跡なんて出来なかったからな」

「その幸運のおかげで君は殺人犯になってしまったんだがねえ。どうしてマスクを被って‥‥、いや、

 君、

 『スーパーウルフマン』はやってみたかね?」

「もちろん。すっげー面白くて興奮したぜ?」

「そうみたいだね。うちの若いのにもやらせてみたけど、思いっきりのめり込んでいたよ。君は、どう? 今ものめり込んでやってるの? ってのは無理だが、そうだな、ゲーム脳っていうのか?こうしてゲームが出来なくなってしまって、禁断症状なんて出ないかね?」

「いや」

 多田は自分でもそういえばと思うのか、ぼうっとした、釈然としない顔になって、言った。

「‥‥別に‥、もういいや。女はぶっ殺したし、クリアしちまったから‥‥‥‥‥‥」

 多田は言った後も不思議そうな顔で自分の頭の中を覗いている風だった。

 『スーパーウルフマン』はアクションゲームだ。プロデューサーの話ではクリアまで上手い人間なら16時間くらいで出来るそうだ。クリア後もお楽しみ要素があって何度も繰り返し遊べると‥‥。

 衣川はじっと多田の様子を観察した。多田がバイオレントなアクションゲームを好む人間なら、2度3度と繰り返しプレーするはずだ。それをしないのは、やはり女性を殺害したことを後悔して、事件を思い出したくないからか?

 衣川刑事は訊いた。

「クリアしたのは女性を殺害した前かね?」

「ああ‥‥‥。その、前の日だよ‥‥‥‥」

「ゲームをクリアして、女を殺そうと思ったのか?」

「ああ‥‥、そう‥‥だ‥‥‥‥」

「ゲームの最後は、どうなるんだ?」

「スーパーウルフマンを殺すんだ‥」

「スーパーウルフマンを殺す? スーパーウルフマンは主人公だろう?」

「呪いが解けるんだ‥‥、研究所でウルフ遺伝子を分離して‥‥。でも、敵の組織がそれを使って新たなスーパーウルフマンを誕生させるんだ。主人公‥‥、俺は‥‥、そいつを倒すためにもう一度ウルフ遺伝子を注入して、スーパーウルフマンの上を行く、ウルティメートウルフマンに変身して、スーパーウルフマンを倒し、研究所が爆発し、ウルティメートウルフマンになってしまったらもう人間の姿にも戻れないから、俺は、闇の中へ、消えて行くんだ‥‥‥‥」

 衣川は話を聞いて眉をひそめた。

「そうなったのかね?」

「そうだよ‥‥」

 違う。プロデューサーに聞いた話では、ウルフマンは人間に戻り、敵の対ウルフマン兵器を使って自分をウルフマンにしたオリジナルのウルフマンを殺し、復讐を完遂するのだ。ラストファイトは「VSスーパーウルフマン」とは決まっていない。相手も月齢によって形態が違う。そこがまたやり込み要素につながる計算だ。

 ウルティメートウルフマンなる設定はないはずだ。

 それともそれがクリア後2巡目以降の「お楽しみ」なのだろうか?

 開発者に確認しなければ分からない。

 衣川はもう一つ訊いた。

「君、催眠術に掛けられたことはあるかね?」

「催眠術?」

 多田は怪訝な顔をした。

「いいや。そんな物、興味ねえ」

「マスター・パピー」

「はあ?」

「マスター・パピー。

 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥。

 知ってるかね?」

「知らねえな。ゲームのキャラかよ?」

「ゲームの‥‥。ま、ある意味な」

 多田はマスター・パピーの名前に反応しない。知らないようだ。

 また催眠術に掛けたら‥‥、分からないが‥‥‥‥‥。

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