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14 逆行催眠

 刀脇力丸のライフマスクは結局見つからず、新たなライフマスクを作ることになった。まさか本人に死亡した犯人が被っていた物を付けさせるわけにはいかないので。

 菅原のスカーレッドは忙しくてそれどころじゃないので別の特殊メイクの工房に頼んで作ってもらった。

 工房にやってきた刀脇は複雑な表情で「顔取り」をされていた。

「ご苦労様でした」

 と、どんなものなのか2時間も付き合って見学させてもらった衣川刑事は外側を固い素材で固めた「型」を取り払われた刀脇に言った。頭の型も取るので刀脇は髪をびっちりオールバックにして、ずっと諸肌ぬいで椅子に半身を直立した状態でいた。

 洗顔してタオルで拭いてさっぱりした刀脇に、衣川刑事は言った。

「もう一つ、ご相談と言いますか、お願いがありましてね」

「なんです? この際です、僕でお役に立つならなんでも言ってください」

「そりゃ助かります。実はですねえ、あなたに、

 催眠術を受けてもらいたいと思いましてね」

 刀脇はさすがにギクッとした。

「催眠術‥‥ですか?‥‥」

「まあ、無理にとは言えないですがねえ」

「それは、捜査のお役に立つんですか?」

「上手くいけばね、あなたが何故あんなことをしてしまったのか、カラクリが掴めるかも知れない」

「カラクリ‥‥‥」

 刀脇は何か含みのありそうな刑事の顔をじっと見た。

「いいでしょう、受けましょう。それで‥‥、原因が分かるなら‥‥‥」

「ありがとうございます。危険のないよう専門家の下で十分注意して行いますので」

「はい。よろしくお願いします」


 ということで、

 刀脇力丸は大学の研究室で教授の監督の下、専門の医師によって催眠術が掛けられることになった。

 ベッドに寝かされ、カーテンを閉めて薄暗くなったところで、医師はペンライトの小さな光を見せて刀脇に話しかけた。

「リラックスして。危険なことはなにもありません。ここは安全な場所で、我々は皆、あなたの味方です」

 部屋には、教授と、医師と、助手の男性看護士と、衣川稲村の両刑事と、刀脇と、6人がいる。

「リラックスして、光を目で追ってください。なにも考えず、この一点だけに集中してください」

 ユラリユラリと、医師は微妙な動きを光に与え、

「リラックスして‥‥、集中して‥‥、リラックスして‥‥、集中して‥‥」

 同じ言葉を囁き続けた。弛緩と、緊張、弛緩と、緊張‥‥。やがて、刀脇の目がとろんとしてきた。光を追う目が遅れだし、やがて、動かなくなった。

「目を閉じていいですよ。体と頭は眠っています。眠っていますが、意識は、わたしの声を聞いています。聞こえていますね?」

 刀脇は目を閉じ、ゆっくり、頷いた。

 医師が静かな声で言った。

「催眠状態に入りました。これから時を遡らせます」

 いいですね?と目で訊かれ、衣川は頷いた。

「刀脇さん。あなたはこれから時間を逆行していきます。危険はありません。ただ記憶を遡って行くだけです。記憶を見ているあなたは、ちゃんとここにいます。さあ、まず昨日に戻ってみましょう。24時間前です、あなたは、今、どこにいますか?」

 刀脇の口がゆっくり動いた。

「暗い‥‥」

「どこにいるか、分かりますか?」

「スタジオ‥‥」

 衣川は医師に頷いた。刀脇は昨日工房でライフマスクを採り、今その型の中でラバーの固まるのを待っているのだ。医師は頷き、言う。

「いいですよ。刀脇さん、それでは次は3日前に戻ってみましょう。午後3時です。あなたはどこにいますか?」

「マンションの、部屋」

「あなたと、他に誰かいますか?」

「いない、僕、一人‥」

「けっこうですよお。それでは更に1週間前に戻ってみましょう。時計は午後3時です。あなたは、どこにいますか?」

「マンションの、部屋」

「何をしていますか?」

「何も‥、何も、することがない‥‥」

「いいですよ。これはあなたの記憶です。過ぎ去った時の記録です。みんなあなたの味方です。わたしたちを信じてください。あなたは自分を責める必要はどこにもありませんよ。さあ、では今度はもっと、2週間前に戻ってみましょう」


 催眠術を受ける刀脇を見ながら衣川は思った、

 マスター・パピーは刀脇を自意識が強く他人の言葉を受け入れるような人間ではない、というようなことを言った。しかし今目を閉じて寝ている刀脇はとても素直に医師の言葉を受け入れている。

 マスター・パピーの見立てが間違っていたのか、

 敢えて嘘を言ったのか、

 それとも事件のせいで刀脇の精神が弱くなったのか、

 それとも、


 それとも以前にも催眠術を掛けられて、催眠術を受け入れやすくなっているのか?


 刀脇は事件を飛び越して前日に遡った。事件を起こした精神状態を思い起こさせるのは危険と判断して敢えて飛ばしたのだ。

 医師は慎重に言葉を選び、話しかける。

「あなたはあなたがこれから起こす事件のことは何も知りません。

 あなたは、マスター・パピーという人を知っていますか?」

 刀脇は頷いた。

「あなたがマスター・パピーと最後に会ったのはいつです?」

 刀脇の眉がひくりと動き、眉間にしわが寄り、目蓋の下で目玉がぐりぐり動いた。頬が強張り、明らかな緊張が見て取れた。

 医師が穏やかな口調で呼びかける。

「大丈夫ですよ。あなたは安全です。あなたは安全なところにいて、過去を見ているだけです。

 わたしたちはあなたの味方です。

 あなたの助けになるため、あなただけが知っている過去を見て、教えてください。

 リラックスして、ゆっくり、思い出してください、

 あなたがマスター・パピーと最後に会ったのは、いつです?」

 医師の呼びかけに再びリラックスした刀脇は、ゆっくり、自分の記憶をたぐり寄せた。

「僕が最後にマスター・パピーに会ったのは‥‥、

 僕が最後に‥‥‥‥マスター‥‥‥‥‥パピー‥‥‥‥‥‥会ったのは‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 僕が‥‥‥‥‥最後‥‥‥‥‥‥‥

 マスター‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 パピー‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 マスター‥‥‥‥‥‥‥‥

 パピー‥‥‥‥‥‥‥‥

 マスター‥‥‥‥‥

 マスター‥‥‥‥

 マスター‥‥‥

 マス‥‥‥‥」

 刀脇の様子がおかしくなった。目玉がぐりぐり動いて、口を動かしながら歯を食いしばり、

「マス、タアア〜〜〜、」

 と、口角をぐっと下げて、首筋を浮き上がらせ、

「マス、タアアアア〜〜〜、パアアピイイイイイ〜〜〜」

 と、ついに顎を逸らして顔を揺すり、ぐあっと白目を剥いた。

 その変貌ぶりに衣川も目を見張り、正直、恐怖を覚えた。


「マアアスウタアアアアアアアア、パアアアアピイイイイイイイイイイイッ、

 マアスウタアアアアア、

 パアアアアピイイイイイイイイ〜〜〜〜〜」


 稲村も「ヒイ」と息を飲み、教授は「先生」と医師に中止を求めた。

「マアスウタアアアア〜〜」

「大丈夫ですよ、刀脇さん。あなたはそこにはいません。安全な場所からただ見ているだけです」

「マアスウタアア、パアピイイイ〜〜」

「大丈夫ですよ。さあ、戻りましょう。わたしの声を聞いてください? あなたはわたしといっしょに安全なところにいるのです」

「マアスウタアアア〜」

「1、2、3、で手を鳴らしたら、あなたはここに帰ってきます。いいですね? あなたは安全な場所にいるんです。ここに帰ってきましょう。行きますよ。1、2、3、はいっ」

 パンッ、と医師は刀脇の耳元で手を打った。

「マス‥‥‥」

 刀脇がハッと目を開けた。

 夢から醒めた目で、かがみ込む医師を見た。

「大丈夫ですよ、刀脇さん。催眠は覚めました。もうすっかり終わりました」

 安心させるよう微笑む医師の顔を刀脇はじっと見つめた。

「大丈夫ですよ。起きますか?」

「バケモノ」

「なんですか?」

「化け物」

「刀脇さん?」

「化け物だあああっ!!!!!!!!!」

「うわっ」

 医師に掴みかかる刀脇を衣川と稲村は慌てて押さえた。

「刀脇さん、落ち着いてください! 刀脇さんっ! 自分を取り戻して!」

 衣川は刀脇の顔をじっと見ていた。上唇をひく付かせて、歯を剥き、鼻の上にしわを寄せ、眉を怒らせたその顔は、まるで。

「うおおおおおおおっ、うおおおおおおっ」

 刀脇は野獣のように叫び、物凄い力で腕を振った。

「刀脇、うわあっ」

 衣川はたまらず振り飛ばされ、

「くそっ」

 暴れて、稲村が必死で押さえつけている刀脇を見て、何かないかと捜し、走ると、カーネーションの一輪挿しを掴み、中の水を刀脇の顔にぶっかけた。

「起きろおっ! 本番中に寝てる奴があるかあっ!!」

 衣川は適当に思いついたことを大声で怒鳴ったが、「本番」の言葉が効いたようで、刀脇はハッと暴れるのをやめた。ふうーー‥と背中から両腕を羽交い締めにしていた稲村が力を抜いた。

「ひっでえ馬鹿力だったぜ。こっちの肩が外れるかと思った」

「僕は‥、いったい‥‥‥」

 状況が分からずきょとんとする刀脇を、刑事2人は顔を見合わせ、専門家たちはまるで化け物を見るように恐い顔で見つめていた。

 衣川は言った。

「決まりだな。奴は、黒だ」

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