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13 ゲーム催眠

 栗林素雄の犯行動機は容易に推測できた。

 彼は被害者4人のグループに日常的にイジメを受けていた。学校側はいろいろ言い訳をしたが、生徒たちの間ではそれは周知の事実だった。

 栗林の家の自室からはいろいろな物が押収されたが、その中に、PLAYBASE3のゲーム機とそのソフト数枚があった。

 こうした場合にすぐ問題となる暴力的なゲームソフトだが、素雄は根っから大人しい子供だったようで、パズルゲームが多く、数点のRPGもマンガ的なキャラクターのふつうの冒険物だった。

 ただ一点、

 押収されたPLAYBASE3の中に、印刷のないディスクが収まっていた。

 そのディスクのパッケージは部屋のどこからも見つからなかった。

 実際にスタートしてみると、それは、市場には出回っていないはずの

 「スーパーウルフマン」

 だった。


 制作会社の、今は修整作業に殺気立っているSUNBRAINに持ち込んで調べてもらったところ、それは改修前のオリジナル版のコピーだった。

 しかも、SUNBRAINのスタッフは認めたがらなかったが、製品版には海賊版対策に厳重なコピー防止プログラムが組み込まれている。しかしそのコピーにはそれが入っていなかった。つまり、そのコピーの出所は、開発中のスタッフのコンピューターからということだ。

 SUNBRAINでもその犯人捜しが行われた。

 スタッフの中に栗林素雄の親戚や知り合いはいなかった。

 金目当てで売ったのか?

 しかし開発スタッフの給料はいい。外部にデータを漏らすことは重大な契約違反で、多額の賠償金を支払わなければならない契約があった。犯罪として割に合わない。

 では、

 何らかの思想的な動機か?


 一人、

 疑われる人物がいた。

 バイオレンスシーンの改修にもっとも頑強に反対していた人物、

 モンスターデザイン担当の、

 磯坪 鬼仁郎(いそつぼ おにじろう)

 34歳、だった。


 彼が、自分の手塩に掛けたバイオレンスシーンがお蔵入りするのを嫌って敢えて外に流出させたのではないか?


 磯坪はその疑惑を「フンッ」と鼻息で蹴散らして言った。磯坪は牛のようにまるまる太っている。

「馬鹿じゃねえか? そんなことするわけねえだろ? ベスト版出すときにディレクターカット版として復活させるんだろ? 今めんどくせえモザイク掛けしてんのによお、誰が自分の財産ばらまくかよ?」

 バイオレンスシーンの修整はモザイクを掛けるわけでなく基本的に全部作り直しているのだが、「わざわざ見せないようにする」という意味だろう、磯坪はそう言った。

「それではですね」

 と刑事はこの醜怪で不愉快な人物相手にひくつく額の青筋を抑えながら尋ねた。

「オリジナルのデータが外へ出たことはないですか? 別に漏洩的なことじゃなくとも、何か事故とか、必要があってとか」

 俺は知らねえと言う磯坪に対し、他のスタッフに同じ質問をしてみたところ、プロデューサーが「ありますよ」と答えた。

「リッキー、刀脇力丸さんに貸しました。あのCMを引き受けてもらうときに。まだ製品版が完成していなくて、とりあえず制作中のデータからDVD−ROMにして。お好きなようで興味を持たれたようなのでじゃあ一晩だけという約束で、事務所からご自宅に持って帰られて、翌日、返してもらって、CM出演を快諾してもらいました」

「それはいつのことです?」

「撮影の、2ヶ月ほど前です。あのCMはもっとインパクトのある宣伝をしようと、後からSUMMYに予算を出してもらって第2弾CMとして決まった物ですからね、けっこうギリギリのスケジュールでしたよ」

「正確な日付は分かりますか?」

「ええ。待ってください」


 日時を得て、刑事=衣川と稲村はマンションに自宅謹慎中の刀脇力丸を訪ねた。

 刀脇は、事件から3週間、すっかり面やつれして気弱な顔をしていた。

 「スーパーウルフマン」のゲームソフトのことを訊かれて、刀脇はあまり思い出したくなさそうにしながらも誠実に答えた。

「ええ。僕もわりと好きな方なんで、すげえなあって感心しながら面白くプレーしましたよ」

「どれくらい?」

「3時間くらい‥‥やったかなあ? 最初のシナリオの、中ボスをやっつけたところで、夜も遅くなってしまったんで切り上げました」

「あなたそれのコピーを取りませんでした?」

「いえ。できないんでしょう?セキュリティーが掛かっていて?」

「いや、あのディスクは簡単なコード入力でコピーが出来たそうです」

「暗号入りじゃあ僕にできっこないですよ。そんなの探るような知識は僕にはないです」

「なるほど。では他にあのゲームを遊んだ人は?」

「‥‥‥いや‥‥。実は‥、あの時彼女が遊びに来ていて‥‥」

「ああ、」

 噂の‥、と若い稲村は思った。刀脇は続ける。

「怒られたんですよ、いつまで子供みたいにゲームなんかで遊んでいるのよ、って。それをうるさいなあって言いながら僕はプレーしてたんですが、ま、切りのいいところで切り上げたわけで」

「彼女さんはそういうことには?」

「まったく駄目です」

「他に誰か?」

「いえ。彼女だけです」

「ディスクは翌日あちらさんに返したそうですが、その間誰かがそれに接触したと言うことは?」

「いやあ‥‥。午後の仕事の前に事務所に寄って、プロデューサーさんにお渡しして‥。カバンの中に入れて、ソファーの所に置いておいたと思いますが、事務所のスタッフが4人ほどいましたが、誰も触っていないと思います」

「なるほど。そうですか‥‥」

 収穫なし。しかし衣川刑事は最後に訊いた。

「刀脇さん、その後マスター・パピーとは?」

「は? ‥‥ああ、マスター・パピーさん‥。いえ、会ってませんが‥‥‥?」

 怪訝な顔をした刀脇だが、あっ、と何か思いだした顔をした。

「何か?」

「あ、いや、前日ですよ、いえ、テレビの収録を終わって話があると言うんで事務所に寄ってCMのお話を伺ったんですが、そのテレビの収録でマスター・パピーさんとご一緒したんです。僕、マスターさんに失礼なことをしてしまって、後で楽屋にお詫びに行ったんですよ。マスターさんは笑って許してくれましたが‥‥、マスター・パピーさんが、どうかしたんですか?」

 衣川刑事は刀脇の質問には答えず、ただ

「そうですか」

 と満足そうにニンマリした。



 衣川刑事はマスター・パピー催眠説を疑っていた。

 稲村刑事は懐疑的で呆れていたが、衣川刑事は若手を一人呼んで、

「おい、おまえこれやってみろ」

 とテレビにつないだPB3を指して言った。

「なんすか? 押収したエロゲームっすか?」

「阿呆。おまえらみんな中学生か。いいから、やってみろ」

「へーい」

 若手刑事は長椅子に腰掛けてゲーム機のパワーボタンを押した。

「おっ、これは噂の『スーパーウルフマン』じゃないっすか!」

「好きかよ、こういうの?」

「えっへへ、実はやってみたかったんすよねー」

「デカにゲームで遊んでる暇なんてあるかよ。阿呆が、ありがたく遊びやがれ」

「はいは〜い」

 若手刑事はオープニングのCGムービーを見て「すげーすげー」と大喜びした。これはSUNBRAINから無理を言って借りてきたオリジナルの「スーパーウルフマン」だ。ムービーは、これがテレビCMのオリジナルなのだろう、半分モンスターの主人公が武装警官を投げ飛ばし、更に別の警官の脳天を両手で殴り降ろし、「うおおおっ」と吠えてスーパーウルフマンに変身したところでタイトルが出て終わった。

 セーブ用のファイルを作って、ゲーム本編が始まった。


 若手刑事がプレーするのを衣川と稲村はじっと観察していた。

 喜々としてプレーしていた若手は不安になって先輩たちに訊いた。もう1時間以上プレーを続けている。

「あのー‥、これ、いつまで続けるんすか?」

「面白いか?」

「そりゃあもう」

「じゃあ遠慮しねえで続けろよ」

「はあ‥‥」

 若手はいいのかなあと思いつつ、ゲーム内の時間が進み、夜のバトルアクションが始まり、興奮気味にコントローラーを操った。

「キヌさん」

 稲村が衣川に言った。

「これが原因だと本気で思ってるんですか?」

「さあな」

「まさかこれをやっているうちにゲームのキャラクターに同化して自分も凶暴なモンスターに変貌してしまうなんてこと、起こりゃせんでしょう?」

「さあな」

「えっ? な、なんすか?モンスターに変身って?」

「面白いか?」

「はい‥‥」

「じゃあ続けろよ」

「はあ‥‥‥‥」

 テレビの中で「スーパー」に変身したウルフマンがマシンガンの銃弾もなんのその、敵をぶん殴り、ぶん投げ、叩きつけ、ガラスを砕き、壁に穴を開け、大暴れしている。驚いたことにこの「リアルな」ゲームはウルフマンと敵の戦闘が始まると、周りにいる一般人までとばっちりを受けて「死亡」するのだ。

「あっ、くそ」

 画面の光を目に映して、若手は忌々しそうに乱暴にコントローラーをガチャガチャやった。

「すんげえパワーだけどコントロールが無茶苦茶だなあ‥‥、くそっ」

 スーパーウルフマンに変身すると無敵だが、まるで言うことを聞かなくなってしまうのだ。

 夢中になっている若手をじっと衣川は見続けた。

「くそっ、ああ、ちきしょお」

 どうもこのゲームが青少年の精神に悪いのだけは確かなようだなと思いながら。

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