12 現行犯‥‥
「待てえーーっ!!」
強い意志のある男性の声が怒鳴りつけた。
警官だ。2人。彼らはモンスターの通報を受ける以前にコンビニ前でたむろしている中学生たちの補導に来たのだが。
警察官たちは向こうの方から駈けてきて、現場の異常な状況に驚きながらも職業的な正義感をしっかり持って「犯人」を険しい目で確認した。先の一人が5メートルの距離で立ち止まり、手で後ろを制した。犯人は重い凶器を振り上げて被害者にとどめを刺そうとしている。そして、犯人は、手配の回っているあのモンスターマスクだ。
警官は、ホルダーから拳銃を抜いた。安全装置を外し、構える。
「後ろに下がりなさい! それを、下に置きなさい!」
じっと構え、犯人が動こうとしないのを見ると、その頭上、高い角度で威嚇のため1発撃った。
「パンッ」と乾いた音が夜の住宅街に響いた。
警官は改めて犯人に銃を向けた。
「下がりなさい! 下がらないと、撃つぞ!」
後ろの警官も銃を構えた。彼らはじっと緊張して、犯人の出方を見つめた。
犯人は、標識を後ろに下げると、ブンと勢い良く警官たち目掛けて投げつけた。
ゴッと物凄いスピードで飛んできた重い槍を「わっ」とよけて、警官たちは犯人を確認し、突進してくる犯人に、
「わっ」
パンッ、パンッ。
思わず2人とも発砲した。
1発は外れ、1発は腹に命中した。そのまま飛びかかってきたモンスターに
「うわあっ」
パンッ、パンッ、パンッ。
警官は我を忘れて連射した。弾は、3発とも犯人の胸に命中した。
犯人は撃たれた勢いに押されて立ち止まり、どおっと後ろに倒れた。
「ハアッ‥‥‥、ハアッ‥‥‥」
撃った警官は固まった手に拳銃を構えたまま、足で犯人の足を蹴った。動かない。
殺して‥‥しまった‥‥‥‥‥。
仰向けの背中の下に、真っ黒く、犯人の血が広がっていった。
おい、ともう一人がまだ銃を構える警官の腕を押さえ、
「終わった。署に連絡を」
撃った警官は無言ながら頷き、銃を納めると、無線機で署に状況を報告した。そうしている間に今度はモンスターの通報を受けてけたたましくサイレンを鳴らしながらパトカー3台が走ってきた。
直ちに現場が封鎖され、被害者たちが保護された。
腕をもぎ取られた少年はコンビニの中で倒れ、大量出血のショックで意識を失い激しく痙攣を繰り返していた。その胸には、自分のもぎ取られた血まみれの右腕をしっかり抱いていた。
背中を蹴られてジャンプの踏み台にされた少年は地面に後頭部を強打して昏睡状態になっている。
槍として投げられた少年は首を骨折して死亡を確認。
あわや頭を潰されずに助かった少年は、痛そうに血の混じった咳をし、ガタガタ震えながらも意識を保っていた。
撃たれた犯人は、手のモンスターグローブをめくって脈を調べ、顔のモンスターマスクの首をめくって脈を調べ、完全に死亡していることを確認された。
写真が撮られ、鑑識官によって慎重にマスクが外された。
現れた顔を見て刑事たちはギョッとした。
「こいつは‥‥‥」
顔を思い切りしかめる。
「子供じゃねえか‥‥‥‥」
現れた、恐ろしいマスクには似つかわしくない幼い小柄な顔は、どう見てもまだ中学生程度の子供だった。
刑事は考え、救急車に乗せられようとしている生き残りの少年を呼んだ。救急隊が異議を唱えたが、ほんのちょっとだと刑事は、中学生に犯人の顔を見せた。
「どうだ? 知ってる奴じゃないか?」
白い小さな顔を見て、中学生はブルッと震えた。
「そんな‥‥、まさか‥‥、そんな馬鹿な‥‥‥‥」
「知ってるんだな? 誰だ?」
刑事の脅すような問いに、中学生はガクンと頷きながら、言った。
「ク、クラスメートです。◯◯中学2年の‥、栗林‥素雄です‥‥‥‥‥‥」
呆然とする中学生に刑事は「そうかよ」と言い、救急隊員にどうもと中学生を返した。
サイレンを鳴らして救急車は走り去った。
「◯◯中学校2年のクリバヤシモトオ。自宅を押さえるぞ」
おう、と刑事たちは忙しく動いた。
翌朝の新聞テレビはこの事件の報道一色となった。
この聞くも凶暴な事件の、犯人と被害者が同じ中学校の同じ学年、クラスの同級生同士で、
被害者は1人が死亡、2人が瀕死の重体、1人が重傷で、犯人は射殺。
中学生を射殺するという異常事態に、発砲した警官の対応に問題はなかったか?、厳しい目が向けられた。
それと、
死んだ犯人の少年は前の3件の殺人事件の犯人と同一人なのか?
公開されていた犯人とおぼしい男と少年とでは顔がまるで違っていた。
しかし同じモンスターマスクをかぶっていたこと、ふつうでは考えられない犯行の凶暴ぶりから、前の事件との関連は疑われた。果たして少年の捜査は一連の事件の解決につながるのか? 世間は固唾をのんでその進展を見守った。
昼間、菅原・スカー・一馬はスカーレッド第2スタジオにまたも衣川刑事の訪問を受けた。
「たびたびどうも。今度は、これなんですがね」
と、今度は写真で、顔と手のマスクのセットを外して格部位を詳細に写した物と装着して血に汚れた生々しい物と10数枚見せられた。
「どうですか?」
じっくり見て菅原は言った。
「これも別ですね。形状やペイントが微妙に違う。顔に大きさが合っていないせいもあるだろうけど、これが一番出来が悪いかなあー‥‥」
「違いますかあ」
刑事はまいったというように頭を掻いた。
「そんなに悪い?」
「いや、悪くはないです。あくまで比べてみた場合の感想で。これもプロの仕事ですよ」
それを聞いて刑事はニンマリした。
「それじゃあ、現物を見たら誰が作った物か分かりますか?」
刑事の期待する目に見つめられ、菅原は思いっきり渋い顔で言った。
「いや、それは‥、無理ですよ。‥‥でも、一つ確かめられることがあるじゃないですか?」
「なんです?」
「このマスクがリッキーのライフマスクから採られた物かどうかですよ」
「あっ、」
刑事は思わず手を打った。
「そうか。それで範囲はグッと絞れる!」
「わたしとしては是非広がってほしいですがねえ」
渋い顔の菅原に刑事はまじめな顔を作って、
「ご心配なく。我々は予断なく客観的事実のみを正確に調べますから」
と言った。
「刀脇のライフマスク、お貸し願えますか?」
「ええ。どうせもう使うこともないでしょうし」
菅原はスタッフの作業する合間を縫ってスタジオの一角へ刑事を案内した。
「最初は気味悪いと思いましたが、こうしてだんだん出来上がっていくのを見ていると楽しいものですなあ」
手がかりの得られそうな刑事は上機嫌でニコニコ言った。
「是非映画を見てください。公開は再来年ですがね」
作業場から離れた棚で、段ボール箱を引っぱり出して菅原は中を調べた。
「‥‥えっと、ここに入っているはずなんだが‥‥」
菅原は2つ3つ引っぱり出して調べ、
「おかしいな‥」
とつぶやくと、作業しているスタッフに向かって、
「おー‥い、おおーーい!、誰か、リッキーのライフマスク知らないかあ?」
と作業中のスタッフを驚かせないように最初は小さく、後は大声で皆に訊いた。顔を上げる者、無視して作業を続ける者、まちまちだったが、返事をする者はいなかった。
「おおーい!、井上ー! おまえ知らないか?」
敵の巨大なボスの「触手」をペイントして、まったく無視の井上は「おおーい!」と再三言われてようやくうるさそうに返事した。
「知りませんよ」
とだけ言ってまたエアブラシの細かい作業に没頭した。菅原はしょうがなく刑事に肩をすくめて見せ、もう一人、松浦を捜した。
「松浦いないか?」
近くの女性スタッフが言った。
「マッツンならまたザンバさんとこ行きましたよ。さっき出ていきました」
「おっ、そうか。‥‥すみません、刑事さん。あの、マスク、警察で押収してないですよね?」
「してないですよ」
「ですよねえ‥。すみません、今はちょっと見つからないようです。ご覧の通り今は特に次から次に新しい物が増えていってる状態で、要らない物は処分しちゃってるんですよ。リッキーのマスクは貴重だから捨てたりしないはずなんですが‥‥。すみません、捜しておきますんで、今のところは‥」
「そうですか‥‥」
せっかくの手がかりが得られず、衣川刑事はがっかりした。
「それじゃ、ま、見つかったら是非お知らせください」
「すみません」
肩を落として出口に向かう衣川刑事は、振り返り、言った。
「本当に、あのマスクを作ったのが誰か、分かりませんか?」
菅原は
「分かりません」
と答えた。