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10 変身暗示

「やはり専門家の方に確認していただきたいと思いまして」

 と、また40代の刑事—いつまでも名無しもかわいそうなので—衣川刑事が相棒の稲村刑事とスカーレッド第2スタジオに菅原を訪ねて三角ビルの防犯ビデオの映像を見せた。

 また嫌がられるかと思ったら、菅原は熱心に映像を見て、

「違うマスクです」

 と鑑定した。

「違いますか?」

 刑事たちは驚いた。てっきり同じ物だと思っていた。菅原は頷き、具体的に指摘した。

「前の物も良くできていると思ったが、こっちの方が更に出来がいい。前のは首にだぼつきが見受けられたが、こっちは首にぴったりフィットしている。微妙なところですが眉の盛り上がりなんかこっちの方がいかにも生々しい。玄人目で見てもマスクらしい感じがない。フルフェイスというより、私らの作った本人の顔に合わせたパーツごとのマスクと同レベルですよ。悔しいがむしろこっちの方が良くできていそうだ。2つは、別物ですよ」

「そうですか‥‥、違うんですかあー‥‥‥」

 衣川刑事はいかにもまいったという風に頭を掻いた。

「こりゃあー‥、ゴリラみたいな凶暴な殺人鬼が2人もいるってことになっちまう‥」

 刑事は的違いだが恨めしそうな目で菅原を見た。

「しかしそうなるとますますあなたの関係の人間が怪しくなってしまいますなあ」

「そいつは困りましたね」

 菅原も顔をしかめたが、仕方ない。

「でも犯人の顔は分かっているじゃないですか? わたしもニュースで見ましたが、あの顔は、わたしの知り合いにはいませんよ?」

「そうですか。ま、あれだけはっきり映ってますからね、素性が割れるのは時間の問題ですが‥‥、まさかね‥‥」

「なんです?」

 何か含みのある刑事の顔に菅原は訊いた。刑事は自分で馬鹿らしいと思いながら言った。

「あの男の顔が変相、なんてことはないですかね?」

「はあ?」

 菅原は一瞬呆れたが、いや待てよと思い直した。

「そっちの映像は見られますか?」

「はいはい」

 刑事はすっかり愛用のノートパソコンを操作してキャバクラのビルに入る男の映像を出した。動画で、ほぼ正面、浅い角度で上から見下ろす全身が映っていて、男はドアを入ると、右手のキャバクラの入り口へ折れて消えていく。

 もう一度再生して、ちょうど斜めを向いたところで一時停止した。

 顔を四角で囲って、拡大する。粗いモザイクが再処理されて詳細に男の顔を映し出す。

 強面で、目がギョロッと大きく鋭く、なんだかキングコブラでも連想させる顔つきをしているが、見る女によっては渋いいい男に見えるかも知れない。

 菅原はじっくり見て、うーん‥と唸った。

「どこもいじったようには見えないなあ‥‥」

 熱心に見る菅原に刑事は面白そうに笑って言った。

「いやそれはよかった。まさかこの顔までお面だったら捜査は大混乱だ。ところで、

 お忙しいようですが、今日はいやに熱心ですなあ?」

 大きな倉庫の一角の簡単な応接間で対応してもらっているが、あちこちでスタッフたちは忙しそうに怪しげな物たちを作り、出来上がった宇宙人だかモンスターだかの顔や胴や手足が棚に数十体分もきれいに並べられている。

「ああ‥」

 菅原は照れたように笑い、刑事を盗み見るようにして訊いた。

「刑事さん、うちの連中にマスター・パピーのことを訊いたんですって?」

 若い稲村刑事も呆れたように衣川刑事を見た。衣川刑事はなんだよう?というように相棒を睨んで、笑って言った。

「いやまあ、我々はあらゆる可能性を考慮してですなあー、おっほん。ま、一応、ですよ」

「そうですか?」

 菅原は疑うようにして、言った。

「催眠術師と聞いて、リッキーの事件で、ちょっと思いついたことがあるんですよ」

「ほお、なんです?」

 立て続けの凶悪凶暴事件に刀脇力丸の事件はすっかり参考案件程度になってしまっていたが、衣川刑事は興味深そうに菅原に話を求めた。菅原も思いきったように自分の意見を述べた。

「リッキーは、メイクをされている間に、自己暗示をかけてしまっていたんじゃないかと思うんです」

「自己暗示ですか? どういうことです?」

「あの特殊メイクには4時間も掛かっているんです。それでも我々としてはかなり手際よくやったつもりですがね。リッキーには朝4時にスタジオ入りしてもらって、まず胸の筋肉を装着してもらって、椅子に座って、3時間、顔のパーツ付けをさせてもらいました。顔に掛かったら、おしゃべりもできません。ひたすらじっとしていてもらって、完成を待ってもらうしかありません。

 ここで、想像してみてください。

 3時間掛けて、徐々に自分の顔がモンスターに『変身』していくんです、

 なんだか本当に自分がモンスターに変身していくような気になりませんか?」

 菅原はリアクションを期待して刑事たちを見た。

「まあ、そうでしょうかな?」

 刑事たちのリアクションは期待したほどではなかったが、菅原は更に持論を述べた。

「俳優には客観的に自分の演技を眺めながら演技する技巧派と、完全に役になりきって演技する没入派といると思うんですが、リッキーは完全に後者の役者だ。正直彼は器用な演技上手じゃない、なり切れなり切れと自分を追い込んで演技しているんじゃないでしょうか? そういう彼が‥‥、リッキーは前日は何をしてたんです?」

「2時間物のサスペンスドラマの撮影で福岡に行っていて、自宅マンションに帰宅したのは深夜1時過ぎだったそうだ」

「それじゃあ3時間もない、ほとんど寝てなかったんじゃないですか? そんな状態で、なり切れなり切れと自分を役に追い込み、実際鏡で自分が変身していく様子を見ていたら‥、きっとリッキーは我々にメイクされながらそれを利用して役になりきろうとしていたんでしょう、だんだんと演技と現実とごっちゃになっていったんじゃないですか?」

「それが自己暗示ですか?」

「ええ」

 なるほどと刑事は頷いた。

「取り調べで刀脇は本当に人を殺すほど自分を見失うようなことはないと力説していましたがね、なるほど、そういうことですとやはり演技に熱中するあまり現実を見失ってしまったということになりそうですな」

「ええ‥‥。かわいそうに」

「なるほど、分かりました。これは貴重なご意見を、ありがとうございました」

 刑事たちはいとまの挨拶をし、衣川は腰を浮かせて、菅原の顔を上目遣いで見ると、訊いた。

「ところで、菅原さんはマスター・パピーと会ったことは?」

 菅原も半腰で間が悪そうに言った。

「いえ、会ったことはありません」

「そうですか」

 衣川刑事はニッコリ笑った。

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