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01 アクシデント

 さあ、始まりますよ。

挿絵(By みてみん)


「ヨーイ、スタート!」

 この声が君がモンスターに変身する合図だ。

 君の体に力がみなぎり、君は無敵のモンスターになるのだ。

 さあ、ぶちかませ! 君のその力をみんなに見せてやれ!

 君が最強、君が王様、君が荒ぶる暴君だ!

 誰にも何も言わせるな、君の抱えている悩みごと、支配しろ!

 証明してみせろ、君の力を!

 さあ、

 ぶちかませ!



 東京渋谷のレンタルスタジオであるCMの撮影が行われていた。

 コンピューターゲームのCMである。

 アクションシーンの撮影で、ブルーバックに同じくブルー(実際は緑色)のビルの壁が立てられている。

 ワイヤーアクションを使用するため、通常より更に多く、30人近いスタッフが念入りに撮影前の準備とチェックを行っていた。

 紺色の重装備をした機動警官に扮した俳優が4人、ADと立ち位置と演技の確認を行っていた。

 そこへ主役の俳優が入ってきた。

 彼が入ってくると、おおー、と低い歓声が上がり、所々笑みが見受けられた。

 肉体派の背の高い俳優は礼儀正しく

「よろしくお願いします」

 とピタッと両手を脇に揃え腰を折って挨拶した。監督が

「よろしく頼みます」

 と頼もしそうに、満足そうに頷き、スタッフたちもそれぞれ「よろしくお願いします」と声を出して挨拶した。

 腰を元に戻した俳優は、


 モンスターだった。


 特殊メイキャップである。

 黒のライダージャケットの前を開け、その下のTシャツは縦にびりびりに破け、筋肉隆々と胸が盛り上がっている。ジャケットの腕もパンパンに張っている。

 顔は、獣だ。

 仁王のような怒りの表情を200%デフォルメして盛り上がった筋肉で表している。

 鼻が太く大きくなって、ライオンのようだ。鼻に釣られて上顎も盛り上がっている。下あごもがっちり張っている。髪の毛は黒く太い毛がうねりながらツンツン立っている。

 人と獣の中間の顔を、見事な特殊メイクがリアルに再現している。

 獣は、狼だ。

 彼はゲームの主役キャラ、ウルフマン、に、半分変身した姿を今しているのだ。

 主演俳優は監督から絵コンテを見せられながら撮影の段取りを説明された。


 夜の街を徘徊するモンスターを武装警官が捕獲しようと迫ってくる。彼は逃げるが、追いつめられ、ついに一人の警官が警棒を振るって襲ってくる。その腕を掴んだウルフマンは‥‥


 このシーンで主役と共に重要なのがウルフマンに襲いかかり、腕を捕まれ、腰を捕まれ、大きく投げ飛ばされ、ビルの壁に激突する警官役の俳優だ。

 彼は腰にワイヤーアクションのワイヤーを装着され、監督に紹介されると元気に「よろしくお願いします!」と主演俳優に挨拶した。

「よろしくお願いします」

 と主演俳優も恐ろしい顔で礼儀正しく挨拶した。


 投げ飛ばすシーンのリハーサルが行われた。

 ワイヤーアクションは俳優の演技とワイヤーを引っぱる裏方の連携が大切で、タイミングを合わせるのが難しい。投げ飛ばされる俳優はもう10数回吊り上げられて練習を繰り返していたし、リハーサルに望んだ主演俳優も、さすが肉体派で多数のアクションをこなしているだけに、一発でオーケーが出た。

「オーケー! それじゃ本番行くよー」

「本番行きまあーーす!」

 助監督の声に現場が一気に緊張し、集中した。

 軽くメイキャップの修正をしたメイクさんが離れ、俳優たちはそれぞれのポジションに付き、身構えた。

 カチンコをカメラ前に構えたADが言う。

「シーン2 カット3から5」

 鋭い目でじっと俳優たちを見て、監督が声を上げる。

「よおい、  スタート!」

 カチッとカチンコが切られ、本番の撮影が始まった。


 ダッと横からウルフマンが走ってきて、立ち止まり、振り返る。

 ダダダダダッ、と武装警官たちが追って駆け込んでくる。彼らは腕を守る小型のシールドと長い警棒を構え、ウルフマンを包囲しようとする。

 囲まれ、逃げ道をふさがれていくウルフマンは焦りと怒りで彼らの動きを追って大きく右へ左へ顔と体を振る。

 ジリジリと迫る警官たち。

 きょろきょろしていたウルフマンが正面を向き、両手を握りしめて、


「うおおおおおおおおおっ」


 吠える。


「ウオオオオオオオオオオオオッ」


 その咆哮に一瞬ビクッとした警官たち、一人が横からウルフマンの隙をついて警棒を振りかぶって襲いかかる。

 ガシッとその腕を握ったウルフマンは、


「うおおおおおおおおーーっっ」


 腹の底から恐ろしい声を上げ、ギリッと腕を絞り上げると、


「うおおっ!」


 吠えて、警官をブンと上に力任せに振り上げると、

「うわっ、」

 頭上まで腰と足の浮き上がった警官を、

 力任せに床に叩きつけた。


「ウオッ、ウオッ、ウオオオオオオッ、

 ウオオオオオオ、ウオオオオオオオオオッ、

 オオオオオオオオオッッ!!」


 ウルフマンは両手を握りしめて激しく体を震わせて、犬歯のにょっきり伸びた口を大きく開けて大きく咆哮した。



「‥‥‥‥‥‥‥‥‥カット‥‥」

 監督が小さく言うと、助監督が咆哮をやめて突っ立つ主演俳優の横に倒れた俳優の下へ駆け寄った。

「おい、大丈夫か?」

 俳優はうつ伏せのまま返事をしない。

「おい、おい? 大丈夫か? おい、おい」

 肩を叩き、顔を覗き込んだ助監督は、

「‥‥おい‥‥‥‥、‥‥おい‥‥‥‥‥‥‥‥」

 呆然と立ち上がった。

「彼‥‥、返事をしません‥‥‥」

「ば、バッカヤロウ!」

 監督が怒鳴った。

「救急車呼べ! えーと、それと、AEDだ! おい、使える奴は? は、早くしろ! まだ間に合うかもしれんだろう?!」

 監督に叱られて皆わあっと動き出したが、呆然と立つ助監督は思った、

 無理だろう、多分‥、

 首が折れている。

 と‥‥‥‥‥。

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