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君の眼球をくり抜いて私のカメラのレンズにしたい

作者: MmM

 私はどこにでもいるただの高校生だ。朝起きて学校に行って授業を受けて部活に行って家に帰りたまに友人と遊びに行くという日常を繰り返しているどこにでもいるただの学生のうちの一人。

 そんな私には好きな人がいる。その人とは学校のクラスが同じで、最初は全く話さなかったしただのクラスメイトって感じだったけど、私の中でのその人に対しての認識がぐるりと大きく変わったのは隣の席になったのがきっかけだった。


 その人はいつも学校にカメラを持ってきていた。写真部でもないのに、毎日。私はいつもそれが疑問だったのだ。だから席が隣になった時に聞いてみた。


「どうして毎日カメラを持ってきているの?」


と。だって今はスマートフォンで誰でも手軽に、自由に、気ままに、高画質の写真が撮れる時代だ。撮ろうと思えばすぐに構えればいいだけ。写真家でもないのにわざわざ重い一眼レフを持ってくる必要があるとは思えない。そんな私の内心の気持ちを全て感じ取ったとでも言うのか、彼はクスリと笑い、一眼レフを構えながらシャッターを押すわけでもなくレンズ越しに外の景色を眺めながらこう話した。


「単純に写真を撮るのが好きだからだよ」

「でも写真を撮るんだったらスマホで撮ればよくない?」

「お手軽さで言えば確かにそれだけで十分だけど、うーん。なんて言えばいいかな。スマホのカメラで写真を撮る時ってどんな時が多い?」

「え?えーと、友達と流行りのお店に行ったり旅行したり、後は流行りの新作飲んだ時とかに思い出として残そうとかSNSに上げるように撮る感じかな」

「僕は別に思い出を残すために撮ってるわけじゃないんだよね」

「え?」


 思ってもいなかった相手からの返答に思わず怪訝な感じを隠そうとしない声をこぼす。まさか撮影対象は自然や物なのではなく人物、それも法にひっかかるものを対象にしているのではないのかと僅かな嫌悪を視線に含ませると相手は慌てたようにカメラから手を離し両手を振って否定してきた。


「僕が撮ってるのは景色とかだよ!だからその犯罪者を見るような目はやめてくれるかな?」

「本当に?自覚があるから私がどんな目をしてたのか分かったんじゃないの?」

「そんなあからさまな目をされれば誰だって分かるよ。それに憶測の段階で人にそういった目線を投げかけるのはただの失礼だ。やめてくれないかな」

「はぁ?あなたが疑われるような言い方するからでしょ」


 まさか咎められるとは思っておらずカッと頭に血が上るかのような錯覚を覚える。相手の言う通りこちらが勝手にやましい事をしていると判断したのは悪いことだ。こちらが謝罪するべきであるのは明白である。それなのに謝罪の言葉は浮かんでこない。

 ふと、『人間は正論を言われると怒りを感じる生き物である』というのを以前どこかで見たのを思い出したが、だからといって素直にそれを受け止めるにはまだ精神が育ち切っていない。思考とは関係なく責任転嫁するような言葉が出てくるのが止められなかった。


「それは確かに僕が悪かった。ごめん」


 それなのに、あっさりと彼の口から謝罪の言葉が出てきて思わず面を食らったような気分になる。自分だったら更に喧嘩口調で言葉を返してしまうだろうにこうも冷静に返されると嫌でもこちらの気分も落ち着かせられる。


「え……、ここは普通怒るところでしょ、そう素直に謝られると調子が狂うんだけど。でも、私もごめん」


 自分だけが感情を昂らせているのがとてつもなくダサい行為なのではと認識した途端に恥じらいの感情が湧いてくる。それでもそのままのする訳にもいかず、声が小さくなりながらも相手に謝罪の言葉をかけた。

 いいよ、と小さく笑いながらも謝罪を受け入れた彼はまたカメラに手を伸ばしそのままボタンを操作し始めた。余計なことを言うものでは無いなと思いその行動を黙って見ているとカメラの画面に様々な写真が写り始める。どうやら過去に撮った写真を見返しているらしい。

 どんな写真があるのだろうと気になった瞬間、彼はカメラ本体を手渡してきた。


「この中に保存されてあるのは全部僕が今まで撮ってきた写真だから見てみてよ」

「へぇ……」


 カメラの重さに少しドキドキしながらピッとボタンを操作する。そこには色とりどりで様々な写真があった。カラフルな花、生い茂る木、蓮の花が咲く池、狭い公園、どこかの家の庭、散歩の途中であろう犬、雲ひとつない空、車のいない道路、土砂降りの雨、しんしんと降る雪、優しそうな誰かの手、電柱に止まる鳥、橋がかかる川、手作りだとわかるショートケーキ、浜辺、鏡のような水面、仲良く昼寝する猫……などなど。

 想像していなかったそれらに思わず夢中になりながら写真を次々と見る。保存されていた写真を全部見終わる頃にはすっかり日が傾き始めていた。今日は全ての部活動が休みなので早く帰って好きなことをしようと計画していたのだがこれではいつもと同じだ。

 そんなことよりもと随分と待たせてしまった彼に慌ててカメラを返しながら感謝の言葉を口にする。そして素直に写真が良かったことも口にした。


「こんなに夢中になって写真を見たの初めて。なんて言うんだろう、奇跡の瞬間とか感動するぐらい綺麗なものじゃないのに自然と心が特別の物を見てるって思うんだよね」

「有り難う」


 私の感想というには幼稚な言葉を聞いて、彼は本当に嬉しそうに笑った。きっと心の底から嬉しいとは今のkれのような表情のことを指すのだろう。写真に撮りたいと、自然にそう思った。

 彼はそんな私の様子に気がつくことなくカメラを大事そうに抱え直し、写真を撮るようになった経緯を話し始めた。


「最初は父親が熱心に野鳥の写真を撮っているのを真似し始めたのがきっかけかな。その時はただ大人と同じことしていることに面白みを感じてただけだけど。でもだんだんと写真の良し悪しというか、良いなって思う写真とそうじゃない写真があることに気が付いたんだ」


 そこまで言って一度、乾いた唇を潤すためにペットボトルをあおる。私はそれをじっと見いていた。何ひとつ見逃さないように。


「その写真の差は何だろうと考えていく内に、ひとつの法則に気がついた。良いなって思った写真は全部自分が撮りたいって思った物だったんだよ。あんまりだなって思う写真は全部親の真似した時の写真。その時に写真を撮る楽しさを知ったんだ。それからはカメラにもこだわるようになって。スマホでも良いとは思うけどやっぱり気持ちの問題だからね。自分が選んだカメラを構えて自分がここだって思った瞬間を写真として切り取ることがとても楽しいんだ」


 とても愛おしそうにカメラを撫でる彼に私は今まで感じたことのない気持ちが湧き上がってきた。そして納得した。私がさっきの写真を特別な物であると思ったのはその写真全てが彼が心の底から撮りたいと思って撮った写真であるからだ。私は彼の特別を見ていたのだ。

 怒りを感じた時とは全く違う熱が頭に籠る。こんなことで相手のことを好きになるとは、自分の単純さに呆れながらも相手が彼ならそれでも良いなと思ってしまっている。

 きっと彼の目に写る世界は私の世界より特別な瞬間が多いのだろう。私ではあれらの瞬間をレンズに収めることはできない。それでも今はこのままで良い。また今日みたいに撮った写真を見させてくれるだろうから。


 ああ、でもいつかは彼の世界と同じような刹那を撮ってみたいものだ。

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