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二話 トランプタワー

「泉妻さん。あの……さ。何をしてるの?」


 遅刻常習犯の久野くのは、転校生である泉妻いずつまの手元から目を離せないでいた。久野の何かを訴えるような上目遣いの瞳の奥には、今にも崩れそうな建設途中のトランプタワーが悠々とそびえ立っている。


 熱烈な視線に気がついた泉妻は、横目で彼女を一瞥すると、「……ぷっ」と鼻で笑った。久野は心の中で叫んだ。


(トランプタワーでしょ! 知ってるよ! 私が知りたいのは、何で授業中にトランプタワーを作ってるのかってことだよ!)


 久野は胸の前で拳をギュッと握った。


 よりにもよって数学教諭の日下部くさかべの授業だ。もしもこの状況が日下部に見つかりですれば、野球部の顧問でもある彼の剛腕から放たれたれたチョークが泉妻の眉間に直撃するのは免れない。


 久野の視線は自然と泉妻の前の席へと移った。


 幸いにも、田中のアフロが死角となって日下部は気づいていない。泉妻の席は元々久野が座っていた席で、教師の死角となるのは知っていたが、だからといってトランプで塔を作るのは非常識にもほどがあると、久野は思った。


 ただ、不幸中の幸いか、久野の席が隣へ移動したお陰で、アフロが授業中の邪魔になることはなくなった。田中には悪いが、バリカンであの髪を剃りたくなる衝動に駆られることがしばしばあった。そんなことを考えながら、再び泉妻に目をやると、彼女は真剣な眼差しで着々とトランプを組み立て、完成寸前にまで迫っていた。


(黒板が見えなくて退屈なのは分かるけどさ。だからって一人遊びのレベルが違い過ぎるよ……)


 久野は注意しようとするも、彼女の集中した表情に声をかけるタイミングを逃してしまった。時間は刻々と過ぎ、日下部の鋭い視線がアフロ越しに泉妻を捉えた。


(やばいよ! 日下部が泉妻を見てるよ! このままじゃ本当にチョークが……)


 その時、消しゴムを落とした田中の頭が下がった。泉妻と日下部の視線がトランプとトランプの隙間越しに交差する。


「泉妻……お前、授業中に何を……」


 日下部は泉妻のマイペースさに唖然としている。そんな彼女は見透かすかのように唇に薄く笑みを浮かべた。これに狼狽し、顔を赤くした日下部は怒号を飛ばす。


「授業中にトランプタワーを作っている理由を聞いているんだ! 暇つぶしなら他にもっとこう……あるだろうが!」


 日下部の叱責は切れ味を失っていた。

 それでも泉妻は動じず、椅子の上に立ち、トランプを積み上げていた。


「お前が生意気な態度を崩さないなら、俺にも考えがある……。転校生にこの技は酷だろうが、やむおえん!」


 震える手で最終段階に差し掛かっている泉妻と、身体を逸らし、すでに投てきの準備を終えた日下部。クラスメイトたちは息を呑んでその様子を見守っていた。


(((この戦い、一体どうなるんだ!)))


 日下部の手から放たれたチョークは、一直線に泉妻の眉間へと向かっている。チョークと泉妻との距離は目と鼻の先。その時だった。


「やっと消しゴムを拾えたぜ」 


 チョークは残酷にも、上体を起こした田中のアフロへと吸い込まれた。


「やったー、完成だ!」


 椅子の上で無邪気に喜ぶ泉妻。今世紀最大の珍妙な攻防戦に妙な感動を覚えたクラスメイトたちは、まばらに拍手を送った。


「えへへ、なんだか恥ずかしいな……」


 泉妻は照れくさそうに手で頭を押さえた。しかし、久野ただ一人がトランプタワーの異変に気がついていた。


(拍手の振動でトランプが……)


 久野の予想は的中し、拍手の振動で小刻みに震えていたトランプタワーは根元から残酷にも崩れ落ちた。一つ、また一つと崩れ落ちるトランプと共に、泉妻の顔も徐々に落ち込んでいく。

 気づけば静寂が教室を包み込んでいた。


(あちゃ~、泉妻さん。立ったまま気を失ってるよ。そこまで落ち込むことかなぁ)


 暗く俯いたまま突っ立っている泉妻の肩に、久野は手を置く。


「泉妻さん。真面目に授業を受けよ?」


 泉妻は無言で席に座った。表情は依然変わらずであった。

 茫然としていた日下部は、はっと我に返り、溜め込んだ怒りを爆発させる。


「久野ぉ! 泉妻の代わりに廊下に立っとれ!」

「私が何したって言うんだよ!」


 久野は教室の扉を突き破ると、走った。地平線の彼方、不条理の無い理想郷へと向かって、走った。

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