26──残滓、痕 その2
俺の名前はコン。実家とは縁を切ったんで姓はない。流れの傭兵だか何でも屋をやって適当に生きてきた。こんな根無し草は、ジジイ手前で仕事でヘマしてぽっくり行くもんだと思っていた。思っていたんだがなぁ。
OSC教団、とある孤児院。時間は日付が変わった頃。ここ数日ずっと、ずっとだ。教団が運営していた孤児院をなんとかしようと、ひたすら書類を眺めていた。過去にコンタクトしたことのある富豪やら、組織やらに掛け合って援助を呼びかけてみたが、門前払い。そりゃそうだ、ここの孤児院は人体実験の一環で運営されていたわけで、大本の教団が崩れるってなったら、そいつらは手を引くだろう。
これらの書類を持っていって脅すことも考えたが、もちろん証拠になるものなど残っているはずはなく、表向きはただの慈善事業への寄付扱い。警察に駆け込んでもいいが、証拠が上がるのに何年かかるか。
今はなんとか施設にあるものを片っ端から売ったり、孤児院自体を整理して、土地や建物を売り払ってなんとか凌いでいる。が、一ヶ月保てば良いほうだろう。
なんで俺はこんな貧乏くじを引いちまったんだか。
教団の孤児院は、この国全体にいくつもあって、それが教祖の目的のために、トップダウン的に運営されていた。資金源も教祖による魔術研究一本。不老不死だの、どんな病気でも治せるだの、そんな感じだ。正直嘘くせえ。その上そんなこと言ってた教祖が、ぽっと出のシリアルキラーに殺されたんだからな。
他の院長連中で逃げ出すだけの頭のあるやつは全員逃げた。教団と名乗っているが、その大部分は実利や恐怖での支配だったんだろう。俺も借りを返せばすぐに辞めるつもりだった。残ったのは、俺と逃げる頭もない使えないガキどもばかり。もう正規の方法じゃ埒が明かないところまで来ている。
「つっても数が多すぎるんだよな」
孤児の数は全員で一万五千人超え。一つの孤児院に数十人から数百人がいて、孤児院の数が五十近く。俺はついこの間まで、こんなに孤児院があるなんて知らなかったぜ。
運営が破綻してない別系統の孤児院に移動させるにしても、この大人数だ。焼け石に水。十代入ってるやつはかろうじて追い出せそうだが、それをすると逆に運営の手が足りなくなる。労働に出すにしても、これだけの仕事なんとか出来るなら、俺は流れの傭兵なんてしてねぇ。
慣れない書類を睨め続けて辛うじていけそうなアイデアは、まだ残ってるであろう教祖の遺産を売り払うことだった。教祖の稼ぎで持っていたんだから、教祖がまだ隠し持っているであろう、残りを金に変えて凌ぐのが正道だろう。
そんなわけで、人数整理で孤児どもを追い出した、この孤児院に来た。
ここの地下には教祖が大事に隠し持っていた研究施設がある。逆に言うとここ以外の施設は、場所すらわからないってわけ。
一縷の望みをかけて、到着してすぐに地下に向かったが、残念なことに俺じゃ開けられない扉がある。じゃあと、今の今までこの孤児院にある書類や、持ってきた書類を見てみたが、むしろ開けられない確率ばかり上がっていく。
現実逃避に別の書類を見ても、解決策があるわけもなく。
「疲れたー」
今日ももう寝てしまおうかと思ったときだった。
院長室の隅っこから甲高い警報音が鳴り響く。これは全ての孤児院に常備されているもので、不法侵入者を音で知らせてくれる仕組みだった。
「ったく、この忙しい時に」
少し前にも同じようなことはあった。孤児院が潰れるという噂を聞きつけて、不要なった日用品や空き部屋を求めて浮浪者が押しかけてくるのだ。孤児がいなくなったからといって、お前らが使って良いわけじゃねぇから。
「クソぶっ殺してやる」
別室で眠っている妻を起こさないよう、すぐに警報音を止め、武装して玄関へ向かう。
あれってキャニーじゃないのか。
教団をぶっ潰した張本人がなぜここに。
教祖を殺しただけじゃ飽き足らずに、孤児院そのものを潰しに来たのか? 遠くから見ても分かる。あれは以前よりももっと暗い空気をまとっている。だが、復讐って感じじゃねぇな。殺意を感じない。元々あいつは甘ちゃんだからな。
とすると待てよ。
玄関ホールの明かりをつけて、正面から堂々とキャニーに近づく。
「お久しぶりです」
すっかり体に染み付いちまった聖職者モードで下から丁寧に行く。俺はこれから教祖を殺した腕を見込んで、頼み事をする。あいつは何か俺には想像もつかない力を持っている。
正面に相対して確信する。こいつは殺しのために来たんじゃない。何か別の目的を持ってここに来ている。
喪に服しているような空気をまとったそいつが、言葉を返そうとするよりも早く、俺は土下座をした。
「頼みます。地下の迷宮を一緒に探索していただけないでしょうか」
これは俺の持論だが、恥なんてもんはビール一杯分の価値もねぇ。つまり飲めばチャラになる程度のものだ。
俺の首にヒンヤリとしたものが、剣か刀のようなものが当てられるのが分かった。
チョロいな。
相変わらずだ。
地面すれすれまで頭を下げているせいで、どんな顔してるか分からねぇが、殺すときはさっさと殺らねぇと駄目だ。殺さない理由を作りたいのが分かるぜ。
「僕はその地下に用事がある。命が惜しければ黙って僕を通せ」
その程度の脅しが効くもんかよ。こっちは自分の命より大事なもんがあんだ。
差し向けられた刀にむしろ首を押し当てて、さらにキャニーに圧をかける。これで首の皮が切れてねぇってことは峰側だな。そこまで殺したくねぇか。
下手に騙すより、とにかくこっちの覚悟を見せて泣き落とす作戦でいく。
「それでは駄目なんです。地下の迷宮を探索して、そこに安置されているであろう遺産が必要なんです。通すとしてもそれを持ってきて貰わないことには、あなたを帰せない」
いっそ首の皮一枚切れた方がいい。血を見せるってのは、効果的なんだ。
「どうしてそこまでする」
食いついてきた。
「理由を聞いていただけますか」
「ああ? お前そんなやつじゃなかっただろ」
「私も変わったなと思います。でも、妻子のためにお金が必要なんです」
とにかく真摯に答える。そう、俺には妊娠中の妻がいる。腰を落ち着けるつもりは無かったんだが、あんまりにもいい女がいたんでついな。
おっ、刀が上に上げられる。こっちの願いが届いたか?
それでも油断せずに言葉を待っていると、耳のすぐ横でキンと鋭い音がした。
あっぶねぇ。
頭の真横で刀振り下ろすなよ。
耳が変になっちまった。
だが、命があるってことは、勝ったってことだ。
「もういい、分かった。僕は地下にある資料や情報に用がある。金目のものはくれてやるから、道案内しろ」
「ありがとうございます」
分け前を要求されるかと思ったが、その辺は大丈夫そうだな。これは願ったり叶ったりだ。ツイてる。俺はツイてる。
立ち上がって、首元を冷や汗じゃなくて血が垂れていることに気づいて、ハンカチで拭う。なんだかんだ皮切れてるじゃねぇか。
「さぁ、こちらです」
そっからは、止めるに止められなくなった聖職者モードのまま、キャニーを地下へ案内して、扉を開けてもらう。
正直なにやってるか分からなかったが、俺が一日あっても糸口すら掴めなかった扉が一時間かからずに開いたのは、素直に見直した。
そっからは、扉を潜る前に少し孤児院の話をして、その日のうちに扉をくぐった。
ああ、ガチで信じられなかった。
常識が崩れるってこういうことを言うんだな。
これ一人だったら、腰が抜けて逃げてた。
今までいた場所とは空気から見た目から全然違う。
この世のものとは思えないような真っ白な材質で作られた巨大な地下空間が、そこには広がっていた。こんなこと、誰も信じてくれねぇだろうな。
それでも、落ち着いていられたのは、隣にいるキャニーに対して舐められないようにと思ったからだ。
かろうじて正気を保った状態で、キャニーに付いて探索する。
こんな異常な空間だってのにあいつは、まるで自分の家みたいに先へ進んじまう。イカれているんじゃないかね。
しばらくすると、過去の院長が身につけていたと思しき装飾品や、過去の教団の資料が見つかった。あいつは対して興味を示さなかったんで、こっちで持てるだけ回収した。量としては少ないが、歴史的な価値のある宝石類は上手くすれば巨大な金になる。運が良ければ半年保つだろう。その間に、安定した収入源を持てれば。
などと、周囲の異常さに慣れて思考を巡らせられるようになった頃合いだった。
ここまで俺達を害するものがなく、気を抜いていたところにそいつは現れた。
それは動く人骨の山だ。
それ以外に形容するすべがない。
あれほどまでに死者を冒涜する怪物がいるだろうか。
大量の人の骨が一緒くたになり、安置されずに、今怪物の一部として利用されてしまっている。
ああここは死者の国の、地獄であったか。
俺が放心して一時間経ったか、あるいは十分か。
とにかく次にまともに頭が動いたときにはもう、その怪物はいなくなっていて、キャニーが扉を開けようとしているところだった。
「あっ、待てっ!」
こちらの静止の声も届かずキャニーは扉の向こうに吸い込まれる。
扉は閉まる。当然俺には開ける手段がない。
こんなところに一人で置いていかないでくれ。
くそっ。キャニーなんて無視して戻るか? 正直収穫としては及第点だ。他にあんな化け物がいないとも限らない。が、一人で戻ろうとして、迷子になるのはもっとまずい。
しょうがないここで待つか。
対して食料も持って入ったわけじゃねぇんだ。数時間もすれば帰ってくるだろう。
回収できた戦利品の値段や売り方を考えたり、資料を読んだりしながら、扉の前で待つことんにした。
そうしてきっかり一時間。
思ったより早くキャニーが戻ってきた。
「扉の先は、どうでしたか?」
動揺する素振りを見せないように、さも何事も無かったかのように聞いた。今日はもう無事に帰ることだけを考えたい。
「ああ、大したものは無かった」
「そうですか」
拒絶の声。絶望してるってよりは、なんだろうな、裏切られたみたいな、感じだ。
「残念でしたね。今日はもう帰りましょう」
それとなく帰るように誘導する。これで、意地になられて探索を続けられても、割に合わない。次どんな危険があるか分からないからな。
「ああ」
そのまま行きと同じ道のりで、何事もなく帰ることができた。
最後、迷宮から脱出したところで、そのままキャニーは孤児院の出口へ向かっていった。
「もう、行くんですか?」
今日は終わりにするとしても、明日また迷宮に行く可能性はあると思っていた。この諦めの良さはなんだ。根無し草なんだったら、しばらくここに縛り付けて、もう少し稼がせてもらうこともアリだが。
「コンさん!」
孤児院の出口のところで、妻が話しかけてくる。
「ミル!」
「コンさんどうしたの。玄関点いてたから、気になってきたら、また夜ふかしして。無理しないでっていってるのに」
「いいだろ俺の勝手だ」
「またそんなこと言って。あら、この方は」
「キャニーさんだ。今しがた地下の迷宮についてきてもらった。この人のおかげで、しばらく持たせられそうだ」
「えぇ。それは、お礼しなくちゃ。本当なの? 本当に大丈夫なの?」
「ああ、後で話すよ」
「ありがとうございます。キャニーさん」
「僕は感謝されるような人じゃ」
「まだ夜ですし、泊まっていってください。明日は歓迎パーティーしますよ」
ミルが勝手にパーティーのセッティングをする。孤児院じゃ、偉いお客さんの来る日=パーティーだったからな。それ以外は質素に過ごすもんだ。だから、来客は贅沢ができるチャンスなんだ。
「もう行かないと。構わないでくれ」
とにかくこの場にいたくないらしい。そんなやつだよキャニーは。
「えっそんな、駄目ですよ」
「ミル、あまり引き止めちゃいけない」
俺はミルの手を握って止める。
そんな光景から顔を背けてキャニーは最後にこう言った。
「そうだ、コン。お前、ハックのこと知ってるか」
「誰でしょう。大切な方ですか?」
聖職者モードに切り替えて答える。
「そうだ。知らないなら、いい」
消え入りそうな声を残して、分かれの挨拶もなく、そのままキャニーは外へ走り出した。
俺は「幸あれ」と、エセ聖職者なりに祈っておいた。




