25──人の姿 その2
こんにちはごきげんよう。オペラちゃんじゃなくて悪かったわね。ええそうです。あなたのハートに百八の死孔を開ける、戦う女代表のコラン・ルビーですわよ。え? こんな口調じゃなかった? 私視点の話は少ないから忘れちゃってるんじゃないかしら。
閑話休題。
ジャンゴとかいう坊っちゃんから手紙が届いたわ。内容は次の通り。
「ボクは
オペラちゃんの村周辺で
キャニーと戦って
無様に
負けちゃいました」
本当にこんな内容だったかしら。まぁ、|腰抜けチキン陰湿クソ男と会ったって部分だけあれば充分でしょ。
ざっと目を通して、そのままオペラちゃんにも渡す。
「えっ、帰らなきゃ」
「よく読んで。人を避けている風だし、村にも行ってなさそうよ」
「うーん。じゃあ、どうして来たんだろう」
会いたくはないけど、遠くから一目見たくて? あいつそんなタマだったかしら。逃げておいて心配するとか。もしそうだったとしても、会わせる顔もないような状態で、見つかるようなリスクを取るか。もっとチキンだったと思う。
「これはあれね」
たばこのパイプを咥える仕草をしてみる。
「分かったの? 名探偵コラン」
「そうね。これはまさしく。『犯人は現場に訪れる』だわ」
「おおー」
少し前に、推理ものの演劇を見に行ったせいもあって、会話の中で真実を言い当てるときは探偵の真似をするのが、私たちの間でブームになっていた。
「それじゃ、コラン探偵。ホシは次にどこに出没するでありますか!」
これは捜査官役の人のセリフ。原作小説は十巻を超えた長編小説になっていて、色んな場所で事件に遭遇するのだけど、なぜか捜査官の人が同じ口調なのよね。同じ人ってわけじゃなくて。まるで双子がたくさんいるみたいに。
「キャニーは次に、うむむむむ。モリノスに行く!」
モリノス、解呪の庵の最寄り町。特段何もない町だけど、よく考えたら私がオペラちゃんとキャニーと一緒に行ったことある町って限られてるのよね。
そういう訳で、百パー勘でモリノスへ直行。ジャンゴが手紙を出してきたタイミングから考えても、さっさと向かわないと手遅れになりそうなので急ぐ。オペラちゃんのアイドルライブで予想以上に稼げたから、馬を借りてとにかく急ぐ。
最初は馬に乗れなかったオペラちゃんも、今では早駆けまでできるようになって──はい到着。細かい事言うと何日かかかったけど、具体的な日数は忘れちゃった。いいわよね。ありがと。
町につくとまず鍛冶屋を片っ端から訪ねて回った。なぜななら、金属製品の手入れは森の中じゃしづらいから。協力者がいればこんな方法じゃ見つからないけど、キャニーに友達はいないわ。
犯人はこの中にいる!
ドアを思いっきり開けて鍛冶屋に入る。町の少し端の方にあって入口も分かりにくいところにした。あいつ、大通りなんて日の当たる所歩けないでしょ。
ビンゴ。
狭い店内には棚を置くスペースもなく、雑多に商品が置かれていて、あとは簡易なレジがあるだけ。だからそう何人も入れないし、入口から見えない場所もない。
まるで小動物が逃げるみたいな動きで、首をこっちに曲げて、陰気な、あれ、キャニーじゃない? なんだ、すごく挙動不審だけど、別人かしら。じゃあ、私が勢いよく入ってきたせいで驚いただけか。
「あっ、すいませんね。武器の手入れをお願いしたくて」
奥から鍛冶屋っぽい店主が出てくる。
「ああ。大丈夫だよ。こっちのお客さんには、物渡すだけなんだ。ちょっとだけ待っとくれ」
一瞬だけ出てきて、また奥へ引っ込む。
「ごきげんよう」
「こんにちは」
二人で先客に挨拶をする。
「こ、こんにちは」
いよいよキャニーじゃなさそうね。私の勘も外れたか。
鍛冶屋の店主が刀やらナイフやらを持って奥から出てくる。
「はい、これね。合ってる? はい。お代はもうもらってたね。三日以内の不具合ならタダで直しちょる。あんがとさん」
先客は小さな声で店主に返答すると、そのまま鍛冶屋を出ていこうとした。特別怪しいところはない。
「待ってください!」
オペラちゃんが先客を呼び止める。
「な、に、かな」
「すいません」
あ、あれをするつもりだ。
私はオペラちゃんの口から何かが発せられる前に耳を塞ぐ。
「────」
オペラちゃんの体質上使える特別な魔術。既存の魔術言語とは似ても似つかないもので、魔術が起こした現象を根幹から壊してしまう。これまでは火事場の馬鹿力で出ちゃってた感じなんだけど、一度成功してからは、頑張れば使えるみたい。
先客の顔が声が霞んで、別のものへと変わっていく。
「キャニー!」
キャニーと呼ばれた先客は無言でオペラちゃんを押しのけて外に出ようとする。それに無我夢中でしがみつくオペラちゃん。
位置関係は入口、オペラちゃん、キャニー、私の並び。店内で魔術を使った攻撃は危ないし、流石にオペラちゃん一人だとキャニーを止められない。だから、もちろん私が後頭部を思いっきり蹴り飛ばす。
「やった?」
意識までは奪えなかったが、キャニーの姿勢が崩れて床に手を着く。
捕まえるの優先、命は二の次。
第二撃を繰り出そうとしたところで、今度は私の後頭部に衝撃が走る。続いてキャニーの方にも。
「ばっかもん! 俺の店で争い事すんな!」
鍛冶屋の店主がありえない速さで割って入る。この人強いわね。
そこで、少し冷静になったのか、キャニーは逃げの手をやめてその場に腰を下ろしたままにする。
「す、すいません」
先に謝られたらこっちも謝らざるを得ない。社会的優位を譲ってはいけない。
「すいませんでした」
「お互い何か事情があるんだろ? せっかくだから話していけよ。俺は鍛冶屋やってて人殺しの道具作ってる人間だけどよ。戦いの前にやるべきことがあるって常々思ってるぜ」
そういって、無骨な背もたれのない椅子が三つ狭い店内に並べられる。なんかこの人さっきとキャラ違わないかしら。ま、この状況こっちからしたら願ったり叶ったりだわ。
そして、店主は私たちが話し合いする気になったのを見て、それでも途中で逃げ出したりしないように、なんと店の外に出て扉を塞いだ。どれだけお人好しなのよ。
それはそれとして。
「さ、お話、しましょう」
「キャニー久しぶり!」
一応椅子に座りはしたものの、全然目線合わないわね。やっぱこいつダメだわ。
「ああ、久しぶり」
「ねぇキャニー、好き」
「わーお」
さすがの私もこれは予想していなかった。しかも、顔ちょっと赤くしちゃって、オペラちゃんだいたーん。
んで、言われた側は。
「え?」
何言ってんのみたいな、本気ですっとぼけた顔してやがる。私は、心の奥で、拳を握って、耐え、耐える。そうよ。これはオペラちゃんの恋なんだから。もうキックオフしているのよ。
「何を、言っているんだオペラ。僕は君に酷いことを……」
何を言っているんだはお前だバカ。好きって言われて返す言葉がそれかい。大体、好意向けられた相手にネガティブアピールなんて、好きじゃないならそう言えばいいのに。ほんとヘタレ。自分を卑下するのってどういう理屈なのかしらね。私だったらむしろ、求められたら、もっと自分を高く売るけれども。
「違うよ。キャニー。わたしはキャニーに助けてもらったんだよ。それにキャニーと一緒に旅したのも」
「違うオペラ。僕は君をただ利用して捨てたんだ。それは勘違いだよ。僕なんかに構わない方がいい」
「そんなこと!」
オペラちゃんが立ち上がる。
「それに、僕はもう君とは同じ道を歩けない。それだけのことをした」
「じゃあ牢屋にでも行けば?」
あっいけないわ。つい口を。
「それもできない。やることが、ある。ハックが……消えたんだ。だから、神様のインタフェースに到達しなきゃいけないんだ」
「は? ハックって誰よ。新しい女? どんだけ自分勝手なのよ」
「コランも知っていたはずだ。オペラそういうことだから」
「わたしも、知らない」
「何?」
「ハックってキャニーの大事な人?」
ヘタレ身勝手野郎の顔色が深く真っ暗になる。比喩表現でなく、彼の体周辺が暗く靄のかかったようになる。
「ああそうか」
姿が崩れ声だけが残る。さも自分だけが不幸ですみたいな。無駄に落ち込んだ冷たい声。
続いて扉の外で何かが倒れる音がして、急いで確認したら、扉を押さえていたはずの店主が眠って倒れていた。
ああもう、何よこれ。あいついつの間にこんなことできるように。
「キャニー、そんなに思い詰めなくてもいいのに」
隣のオペラちゃんがそうこぼす。
「大丈夫、オペラちゃん?」
「わたしは、大丈夫」
一度そこで息を吸い込んで、キャニーが去ったであろう方向を見て。
「でも、キャニーは大丈夫じゃなさそうだった」
涙は流れていないけど、間違いなく泣いていた。
ったく、あいつは何回女を泣かせれば済むわけ?
引き止めてようやく話ができると思ったら、ちょっとでも食い違ったらすぐ逃げて。遺伝子レベルで逃げ癖でも付いてんじゃないの。イライラする。
「次会った時は話すよりも前に、逃げないようにふん縛らないとね」
「うん。そうだね」
私達の旅はもう少し続きそうだ。
魔女に教えてもらった魔術で、姿と声を変えて、預けていた刀を取りに行く。早く次の目的地に行くに越したことはないので、最低限ものを受け取ったらさっさと出発してしまおう。
この魔術は、特定の人の認知を変えるのでも、自分の見た目を物理的にいじるのではない。自分から発せられる見た目という情報を偽装するのだ。そう、すべて目に映る景色は、ある物体から目に対して発せられたシグナルの集まりである。そのシグナルに絞って弄ることによって、特定の人間に対して魔術を都度かける手間がない上、物理的な負担もない。手順が複雑で高度な分、一度発動してしまえば非常に快適だ。
重量がかさむので鍛冶屋は最後に寄る。ここさえ済めばそのまま町の外に出られる。
そのはず、だった。
たまたま同じタイミングで客が来るのは、いい。
だがなぜコランが、そして遅れてオペラが入ってくる。場所がバレた? どこから、最初に会った守衛か? まさか本当にここまで追ってきた? いやしかし、今の僕は変装をしている。これを見抜くのは僕と同じレイヤーまで上がった魔術師くらいだろう。
反射的に振り向いた首をなるべく自然にカウンターの方へ戻す。
しかし、オペラ少し成長したのか、背が伸びている。いや、これは身体的なものだけじゃないな。それだけの月日が経ったのか。分からない。
「ごきげんよう」
「こんにちは」
その二人が、挨拶してくる。うん大丈夫だ気づかれていない。
「こ、こんにちは」
最低限の社会的礼儀として不自然が起きないように挨拶を返す。
さ、もういいだろ、話しかけてこないように。僕はこれを受け取ったらさっさとこの町から立ち去るんだから。
鍛冶屋の店主が奥から、預けていたもの一式を持ってくる。
「はい、これね。合ってる? はい。お代はもうもらってたね。三日以内の不具合ならタダで直しちょる。あんがとさん」
「どうも」
時間が惜しいので中身もろくに確認せずに、ナイフを仕舞って、刀をベルトに装着する。
それでは。と、一方的な気まずさから逃げるべく、扉を開けようとしたそのときだった。
「待ってください!」
オペラが扉との間に割って入ってくる。
呼び止められたのだと理解するまで一拍の時間を要した。落とし物か何かしただろうか。リュックが開きっぱなしとか? 返事せずに立ち去る方が怪しいか。
「な、に、かな」
「すいません」
なぜ急に謝る? そして、そのまま口を大きく開けて、何かをしようとしてい。
「────」
どんな文字にも対応させられない音の衝撃波が、店内を揺らす。なんだこれ、ノーモーションの魔術?
あっ!
それで思い至る。オペラと初めて会ったときに見た、あの不可思議な魔術を。
「キャニー!」
しまった、魔術を破壊する魔術か。いつの間に自由に発動できるように。
逃げよう。
オペラを無視して扉へ。魔術的な隠し玉があったところで、体格差は覆らない。さっさと距離をとってしまえば。
歩みを止められるほどの重量ではないが、軽い痛みを感じるほどに強く足を締め付けられる。これじゃ振り払わないと逃げられない。壊すか? ダメだダメだダメだ。ああ、そんな目で見ないでくれ。
僕は──。
あっ、視界がちらついて思わず真横に倒れそうになって、ギリギリで手をつく。
「やった?」
クソッ、あの暴力女。場合によっちゃ死ぬぞこれ。逃げるのは中止、せめて第二撃を避けないと本気で死にかねない。僕の意識を狩りに来たツインテアマゾネスの方へ振り向いて出方を伺った。
しかし次に来たのは物腰柔らかだった店主の拳骨と怒声だった。
「ばっかもん! 俺の店で争い事すんな!」
いやなんで僕殴られたのさ。店主もコランと同族か。暴力反対だ。なんて言葉は押し込めて、最近めっきり忘れていた社会性回路が返答を返す。
「す、すいません」
こちらが先手を取ったからか、コランも。
「すいませんでした」
素直に謝罪を繰り出す。まぁこいつは、店出た瞬間に殴りかかってきそうだが。
「お互い何か事情があるんだろ? せっかくだから話していけよ。俺は鍛冶屋やってて人殺しの道具作ってる人間だけどよ。戦いの前にやるべきことがあるって常々思ってるぜ」
店主はそう言って椅子を三つ並べる。いやぁ遠慮しておきますと、言う間もなく店主は扉を開けて外に立ち、なんと扉を開けられなくしてしまった。まだ話し合うなんて言ってないんだけど。
蹴られた痛みも完全には引いてない。ここはこれ以上抵抗するのは本意でないので、しぶしぶ椅子に座った。
「さ、お話、しましょう」
どの口が言うんだ。お前の攻撃は基本殺意マシマシで対話の余地なんてないだろうが。
「キャニー久しぶり!」
ぐぬ。オペラが話しかけてくる。冒険者用の革鎧などを装備していて、使い込み具合からして、色々あったことが想像できる。
「ああ、久しぶり」
いつでも逃げられるように、準備だけ整えながら、最低限会話する。オペラの魔術の秘密を探れれば良いだろうが、流石にそれは求め過ぎだろう。扉の前は店主がいるから、範囲指定で三人ともの目をかいくぐる必要があるな。
なんて淡々と脳裏で脱走の計画を考え始めたところに、爆弾が投下される。
「ねぇキャニー、好き」
「え?」
今なんて? 僕の脳は今しがた受け取った音の信号を、言葉に変換できずにいた。だってそれはありえない。ありえちゃいけない。どういう意図だ?
「何を、言っているんだオペラ。僕は君に酷いことを……」
「違うよ。キャニー。わたしはキャニーに助けてもらったんだよ。それにキャニーと一緒に旅したのも」
それこそ違う。僕は今だって君を利用しようと、そう考えてしまった。
「違うオペラ。僕は君を、ただ利用して捨てたんだ。それは勘違いだよ。僕なんかに構わない方がいい」
「そんなこと!」
オペラが立ち上がる。が、関係ない。
「それに、僕はもう君とは同じ道を歩けない。それだけのことをした」
僕の罪は許されないものだ。許されてはいけないものだ。オペラはきっとそれを分かっていない。僕はもう普通には戻れない。
「じゃあ牢屋にでも行けば?」
僕の意思が硬いことにしびれを切らしたのか、ツインテールが口を挟んでくる。ああそうだ、本来なら大人しく牢屋で余生を過ごすべきだ。こんな人間は。でもそれでも。
「それもできない。やることが、ある。ハックが……消えたんだ。だから、神様のインタフェースに到達しなきゃいけないんだ」
話すつもりも無かったのに、つい口にしてしまった。これも、人の道を踏み外すようなものだと言うのに。そんなものに、一ミリだって巻き込んでいいことないのに。
身勝手だと罵られることを覚悟した。
が、返ってきた反応は少し違っていた。
「は? ハックって誰よ。新しい女? どんだけ自分勝手なのよ」
「コランも知っていたはずだ。オペラそういうことだから」
「わたしも、知らない」
「何?」
「ハックってキャニーの大事な人?」
視界が真っ暗になるって本当にあるのだと思った。まさか、ハックが魔術の代償に消費していたものは。
ハックそのもの情報や記憶でハックだけに影響するものだと思っていた。しかし、そうじゃなかったとしたら。この世界からハックに関する痕跡が全て消えている? 思考が途端に鈍って、その先を考えることを止めてしまう。
ちょうど。魔術の準備ができた。
「ああそうか」
魔術を発動して三人の認識を弄る。
僕の姿が見えないように。
僕の行動が見えないように。
二人を無視して強引に扉を開ける。
扉にぶつかって倒れる店主も無視して、走り出す。
これは罰なのでしょうか。
この世にハックは本当にいない。
僕は身の丈に合わないことして大きな過ちを犯しました。
ならば、その外に出るより他にない。
だとしても、僕にはまだあなたが必要なのです。




