25──人の姿 その1
久しぶりに町に入ったら守衛に追い出された。無茶苦茶だ。こっちだってやむを得ず道具の手入れとか、物資調達のために入りたかっただけなんだ。一泊する気すらなかったし、換金できるだけの持ち物もある。盗みをするつもりもなかった。なのに叩き出された。ああ分かってるよ。見るからにボロボロでしかも身分証もなにもない。身なりの割にお金の目当てがあるって、そんでたまたま厳しい守衛に当たったんだ。それだけ。むしろ向こうは真面目に仕事をしただけ。
でもなぁ、初めてなんだよ。ハックと旅をしていた頃は一度も町に入れなかったことはない。あの頃だって、人に追われていたはずなのに。
手持ちの刀を抜いて状態を確認する。
刃こぼれが酷いし、落ちない汚れがあったり、表面が所々変色している。
「自分で直すしかないかぁ」
鋼を加工する方法はなんとなく分かる。加工に必要な火や素材や圧力も魔術でなんとかなるだろう。ただ、同じように直せるかどうかが分からない。鍛冶や刀剣に関する知識がない。それっぽく同じ材料で同じ形にはできるだろうが。
自分の頭の中にある知識と記憶をひっくり返す。ハックは刀の扱いに慣れているみたいだったな。ハックもたくさん戦ったのだろうか。巫女の責務から逃げ出して、リッチー氏と駆け落ちみたいに逃げて、追手から戦ったりしたのだろうか。
その時は二人だったんだろうか。
僕は今、一人だ。
うん。
先に次の遺跡探しをしよう。これまで見つかった資料からすると、この町の周辺に隠されているはず。今まで見てきたラボは研究特化で、ほとんど研究施設しかなかったけれど、人里離れた場所にあるなら、替えの刀とか手入れをする設備もあるかもしれない。
この周辺の地図を取り出して、探索ルートを考え、おっと。人が歩いて来るな。山中の寝泊まりに慣れると動物の気配に敏感になる。
道の脇の木に背中を預けていたのを、横にずれ、茂みの中に。
歩いてきたのは一人の少女で、大きなリュックに両手に手提げ袋まで持っている。刀はないだろうが、僕が望んでいる物資のいくらは持っていそうな。いやしかし、それだけの荷物を持って町からいったいどこに。行商だったりであれば荷車を使ってもっと多くの荷物を運ぶだろう。人一人で持てるだけの荷物、それも、小柄で年端もいかなそうな感じの少女が持てるだけなど高が知れている。俯瞰して見れば、町から出てすぐとはいえ、人気のない森の中に一人というのも──脳裏に一瞬ツインテールのやつが思い浮かんだがすぐに消去する。
この先に何かあるのか。小さな集落があるとか、町の外に住んでいる人がいるとか。両手が塞がっているのを見るに遠くまでいくとは考えにくい。この辺で山の中、ん? ツインテール? ああ、この辺ってやつと出会ってすぐに向かった解呪の庵がある山か。
「や、やあお嬢さん初めまして」
「ひっ」
驚かせないようにフレンドリーな感じで行ったはずなのに、悲鳴をあげられた。
「ああいや、大丈夫。怪しく見えると思うけど悪いやつじゃないよ」
どの口が言うんだ。
「僕はしがない旅人なんだけど、たまたま荷物をいっぱい持って大変そうなお嬢さんを見つけて放って置けなくてね。行く先も同じみたいだし、少し荷運びを手伝わせてもらってもいいかな」
「え──」
僕は何も危害を加える気はないと見せつけるべく、両手を広げてアピール。ほら武器を持ってないよ。刀も腰じゃなくてリュックの方にくくってるから、抜けないよ。
沈黙。三十秒くらいかな。
「盗賊じゃないんですよね」
「もちろん。それにナンパでもないよ」
「ええとはい。じゃあこれをお願いします」
重くてしんどかったのは本当だったのだろう。彼女は折れて僕に手に持っていた荷物を渡す。中身は、食べ物が多いな。
「あの、ちゃんと着いてきてくださいね」
「ああもちろん」
そんなに僕って貧弱で山道に慣れてないように見えるかな。昔の僕ならいざ知らず、今の僕はハードな旅路を送っているからね。にしても、なんか浮世離れしたような声だな。見た目以上に幼いというか、高くて細くてかすれているような声だ。こんな子が本当になぜ一人で?
二人並んで、歩き出す。道を知らないから前は歩けない、かといって、後ろを歩くのも良くないだろう。見える位置にいた方がいい。
「それで、お嬢さんはどうして一人でこんな荷物を?」
「ちょっと事情があって」
「家がこっちにあるとか?」
「えーと、そうですね。そんな感じ」
「……」
「……」
最後に人と話したのはいつだったか、ああ、さっき守衛に追い返されたときか。ってそれは会話じゃないだろうって。うん。元々社交パラメータが高い方じゃなかったが、いざ久しぶりに人と会うと何を話していいのか分からないな。まあいいか。このまま行って解呪の庵に着けばよし。そうじゃなくて、集落があるならそこで物資調達かな。
目的地に到着するまでの間、だんまりでもいいかと決めたところ、逆に向こうが耐えきれずに口を開けた。
「旅人さんは、なぜ旅をしているんですか?」
「そうだねぇ。色々あるんだよ」
「えと、そうですか」
「……」
「……」
言えないだろ、魔導書を開いて出てきた第一のウィザードの妻を名乗る人? 幽霊? を取り戻すために、まだ誰も見つけていない遺跡を探して回ってるなんて。先に知られてしまったら、国の管理下になって目的が果たせない。
それ以降さらに会話がなく黙々と歩く。お互いに相手の事情には深入りしないタイプらしい。その方が楽なので助かる。
それにしても、最初僕が飛び出した時こそ驚いて怖がってたが、今はそこまで強張っている感じがしない。出会ってすぐの相手に対して緊張を解くのが早すぎる。大物なのか、危機感がないのか。
「こっちです」
か細い声とふにゃっとした指で、広い道から脇に生えている知ってる人しか分からない道へ。この幅だと横並びは無理なので、大人しく後ろに着いていく。
「この辺滑りやすいです」
言いながら急勾配の山道を着実に登っていく。昔の僕ならヒーコラいって泣き言いっていたレベルなんだが。本当に慣れているのか迷わず止まらず登っていく。
ある程度登ると、いきなり地面が平行になった。山頂ではないが、この周辺一帯だけ地面が均されていて、人の手が入っている形跡がある。
そのまま十歩もしないうちに、自然現象ではあり得ない唐突さで、今度は霧が出てきた。いや、霧というより煙のような。
「着きました」
彼女がそう言うのと年季の入った平屋が視界に入るのは同時だった。まるで、その言葉と同時に出現したような。
そして、その建物はまさしく、オペラの首輪の魔術を外すために来た解呪の庵であった。
「よう来たな。助かるよ」
複数の声色が混ざったような、老婆のようでもあり少女のようでもある声。
一度聞いたことがあるにも関わらず、驚愕した。
その声が、さっきまで一緒に歩いていた少女の口から聞こえていたから。
「先週は来れずにごめんね。おばあちゃん」
これは先程の少女の声。
その舌の根も乾かないうちに、高低入り混じった声が同じ口から発せられる。
「いいのさ。ボランティアで来てもらってるからの。いやほんとに助かってる。ほら、今日の分の駄賃だ」
「うん」
「と、今日はお客人がいっしょなのかい」
声だけじゃない、徐々に彼女の姿がぼやけていって、二人の人間に見えてくる。なんだ何が起きている。
「久しぶりやね。たしか、キャニーだったか。なんか解呪してもらいに来たんか?」
「どうして僕の名前を。ああいや、そうじゃないこれは一体」
「ああ、この異常さに気づいてしまったんね。言っておくと、前にあなたの身に起きていた現象とは違うよ。わたしはここから動けないからね」
「おばあちゃん、この人知っているの?」
「ああ、昔依頼を受けたことがあってね」
「ふーん」
「それで、ここに来たのはなんで?」
「それは……」
そこまで言って自分の中でどうするつもりだったのか、決めていなかったのだと気づく。計画性がなさすぎる。
「ああ、ゴト・リッチーの遺跡探しか」
見えているものが、声がブレる。今僕は起きているだろうか。さっきまで現実にいてしっかり起きていたはずが、目や耳から入ってくる情報が、自分の呼吸すら確かなものに思えなくなる。それなのに、思考は夢の中ではありえないくらいクリアだ。
「どうしてそれを知っている」
「見たから」
「何を? どこまで」
「あなたを見た。言葉じゃ分からん感覚だよ」
僕の視界の中で煙の動きだけがやたらに本物らしく見える。目の前の魔女の姿がさらにぼやけ重なり、無数の人相を切り替わるようになっていく。
「こんな感じ」
なんだこの感覚。五感じゃない、目も耳も鼻も口も手も、どこでもないどこかから、情報が流れ込んでくる。体じゃない部分で世界を感じる。自分が解けそうになる。
忙しくて家を空けがちな父親。
おおらかだけど、娘にあまり干渉しない母親。
学校の休み時間。一人でご飯を食べている。
一度だけ山に家出して、そこでおばあちゃんに会う。
誰の記憶だ?
「このあたりか。な?」
「今のは」
「答えだよ」
「は?」
「あなたの記憶を見たってのはそういうこと。わたしの解呪の秘訣でもある」
見えたものは分かる。多分、さっきから喋るタイミングを失ってる少女の記憶だ。でもなんで。確かに人の認知に干渉する魔術は存在する、ハックのラボにも人払いが仕掛けられていた。でも人の記憶にこんなあっさり。いや、ハックの魔導書もそんなものか。目の前の魔女はどこまで踏み込んでいる。
「そんで、何をくれる? お代は? わたしは遺跡の場所を知ってる。入り方も。ついでに、刀の手入れも……そっちについては、町に入る方法は教えられる」
それは願ったりかなったりだが。何か裏があるのではないか。相手のことが分からないのに、なぜか一方的にこちらの要求だけ把握されているのが、怖い。
「だからお代を寄越せと言ってる」
「金か」
「金じゃなくても差し出せるものであれば」
「何が欲しい?」
「何でも」
「それじゃ分からない」
「わたしにも分からない」
「あんたが分からないなら、誰が分かるって言うんだ」
「あなた。あなたは何を差し出せる?」
僕は考えた、値札のない商品に価値をつけるようなものだ。正解はなんだ。なんと答えればいいのか。こいつの狙いが分からない。無論、全てを差し出すのは無理だ。
「その子の」
人差し指を向けて言う。
「しばらく、その子の代わりになる。買い出しとかもろもろやるよ」
これでいけるとも思っていないが、他に思いつかなかった。目の前の魔女の気持ちが分からないなら、すぐ横にいる少女のためになることを言えばいい。もし、魔女がこの少女を大事に思っているのなら通るだろう。
「ふむ。それがいいな。多めにみてやる」
「そんじゃ、まずは、あなたの体を借りるよ」
僕の口が動く。僕の口じゃないみたいに。ハックに体を貸していたときに近いが、それよりももっと異物感というか、自分が体から分離されている感じがした。感覚がないのか。
「気持ち悪いな」
それでいて自分は普通に話すことができる。どのような原理でこうなっているのやら。
「さて、リコッタよ」
あの少女の名前だ。
「ん、おばあちゃん?」
「これからしばらく休暇を与える。わたしの所には来ても来なくてもいい」
「えっ、買い出しはどうするの?」
「ここ一ヶ月はこのキャニーにやらせる。報酬の代わりにな」
「そうなんだ。分かったよ」
「学生の休みなんだし、あんまりわたしに構ってばかりいないで、男子と遊びに行ったりしな」
「そんなこと、しないよ!」
後から聞いた話だが、この少女はリコッタという名前で十六歳らしい。とてもそうは見えなかったが、実際ちょっと学校でも浮いていて、ここに通うのが逃避の一環でもあったらしい。
「あの子は、ちょっと気にしすぎなだけ」
とは、魔女の言。
「話も決まったところで、詳細を説明しようとするか」
僕に報酬の代わりに課せられたタスクは一つ、体を貸すこと。体を貸すとは文字通りの意味だ。魔女は体をなくしてしまったらしく? 誰かの体に間借りしないとそもそも、存在を維持できない。それだけならハックと同じかと思うが、ハックはそもそも僕の脳に埋め込まれた魔術的な存在である一方で、こいつは実在する人間である。魂の存在について、僕はまだ半信半疑なのだが(じゃあハックは?)、魔女は魂だけの状態で「生きている」のだという。
「死んでるんじゃなく?」
「生きている。その証拠に食事が必要なんだ」
わけが分からないかもしれないが僕もわけが分からない。混乱している。
個別具体的な肉体を持たないので、定期的に誰の肉体に入って食事などの生存に必要な行為をする。でなければ存在を保てないし、何かをすることもできない。本当の意味で体を一時的に借りている。ハックの場合は僕の一部分を用いて存在している、つまり、僕の中にいるような状態だが、こいつはちゃんと別でいるらしい。そういうものだと飲み込む他なかった。
体がないゆえに、現れるときも声を出すときも、色んな姿が揺らいで定まらない。
「分かった分かった。じゃあ最後に質問」
「何かな?」
「なんて呼べばいい?」
ここまで事情を聞いておいて、名前を聞いていなかった。
「ない」
いくつも揺蕩っていた声音がこのときだけは、一つに定まった。
ない。それは端的な拒絶であり、どのように呼ばれても良いということであり、翻して、どのように呼ばれるべきか、正解が存在していないということであった。
なので、以降も暫定的に魔女と呼び続けることにした。なぜ魔女がこのような状態になてしまっているのか、それはまたいつか知れるかもしれないし、永遠に分からないかもしれない。
その後、庵で一晩夜を明かして、見た目を偽る魔術を教えてもらい、町へ入れるように。魔女の注文通りに買い物をしながら、刀を鍛冶屋に預けたり、自分用の物資も一緒に買って、また山へ戻ったりの繰り返し。
こんな生活を続けながら、あっという間に三週間が経過する。解呪の庵へ来客が来たときは完全に体を乗っ取られており、依頼対応中も意識がなかったので、自分の意識があったのは実質半分くらいだったろうか。いずれにせよ、久しぶりに平らな場所で眠ったり風呂に入ったりして、非常に人間らしい生活をできた。
リフレッシュして頭もすっきりしたある日の昼間のこと。
「そろそろ、もう一つの報酬を渡しておくよ」
山を町から遠ざかる方に少し。山頂を超えて少しだけ下った部分。
同じ調子で山や森が続いているなんてことない、山中のある地点。
「遺跡の場所じゃったね」
「こんな場所にあるのか?」
今まで行った場所はどちらも、洞窟や洞穴を利用したものだった。でもここは山の斜面があるわけじゃないし、そんな場所があるようには見えない。
「ああ、あるとも」
特別な魔術はいらないと、指パッチンだけで、魔女はそのベールを剥がした。
目の前に広がっていた森が木々が、その見た目を変える。
幹が無数の葉でできていたり、ああ、中には木でできていない木さえある。それは石だったり骨のような白い何かだったり、水であったり。
そんな森が果ての見えない規模で広がっていた。
「これって、ここらへん一帯が」
「ああ、そうだね。全部。山一つ、森一つが丸々全部、ゴト・リッチーの実験場さ」
デタラメだろう。こんなものが千年以上見つかっていなかったなんて。こんなものを現代文明から隠し通していたなんて。
「道案内はここまで。これ以上は付いてはいけない」
魔女はそれっきり僕の体を使うことはなかった。
僕は、もうしばらくの間、質の悪い幻想小説のような森を前に膝を着いたままでいた。
巨大な樹海である。
最初の印象はまずスケールの広さに驚く。次に一歩足を踏み入れれば、木々一本一本の異様さに驚く。なにせ、木とは言えないような材質で、まるで木のように振る舞っている。葉のようなもので根っこまで構成されていたり、石だったり、水だったり、あるいは全然違う何かの生物の一部分の材質だけを使ったような──。
本体となる施設を見つけるべく、さらに踏み込む。
深入りするほどに、常識が崩れ去る音がする。
そこで生息する生命、アリの一匹に至るまで、本来のものとは何か別のものが、まるで最初からそうであったかのように、振る舞うことを強制されている。
これらの光景に比べれば前の遺跡で見たような人間の一部など、グロテスクなだけの偽物だ。さらに高度で圧倒的なものがここにある。
「ある。神様のインタフェースも必ずあるぞ」
僕は這うようにして、森中を探索する。
これらの魔術の秘密を探すために、神様のインタフェースへ切迫するために。入口を探さなければ。
「入口?」
研究施設を成立させるために、あの建物である必要がどこかにあるだろうか。
「機能さえ果たせれば、何がそれを代替してもよい」
魔女は肉体を持たずとも、誰かの肉体を代わりにして生存できる。乗っ取るとかそういう次元じゃない。文字通り誰の肉体でも良いのだ。生きてさえいれば。
「この世の事象は満たすべき機能が存在していて、それを満たせれば存在として成立する」
正解した。
この世の外からピースのはまる音が聞こえた。僕にはこれが幻聴なのか、ただのレトリックなのか、本当のことなのか分からない。
そう思考しながら、様々な魔術を行使する。認知阻害を剥がすものと同等のそれらを、自分の認識を誤魔化すように。様々なチャンネルをしらみ潰しに変えていく。
ここだ。
チャンネルが合うと同時に白いあの研究施設が現れる。
この白い壁が何でできているのかなど、どうでもいい。
例のごとく白い廊下に複数の扉。生活スペースを見ても分かる通り、リッチー氏はこのような場所にデザインや居心地などを求めないタイプだったのかもしれない。
さぁ、ひたすら資料を引っ張り出して頭にねじ込んでいく。
その中で身につくものは、ほんのごく一部で多くは僕の脳みそからこぼれ落ちてしまったり、単なる情報で終わってしまうけれど。神様のインタフェースに近づいているのだと信じて読み漁る。
そうしたら次は、実験室。
もうすでに森全体が実験場と化している中で、それでも室内で試さないといけないもの。外に解き放てないものを見る。
ああそうだ。ここの主が人間にフォーカスしないはずがない。
ガラスで区切られた箱の中に、人の形をした何かが歩いている。単純な動きだ。ただ二足歩行をしているだけの。だがそれは、真っ白な絹糸のようなものでできていた。空気抵抗でろくにバランスも取れなくなりそうなそれは、しっかりと筋肉があるかのように収縮し、歩いていた。歩き続けていた。
他のケースでは、目玉のようなものが、ギョロギョロと黄色い色の何かでできたそれが蠢いている。ポンプのように水を循環させ続けている金属光沢を放つ、心臓のようなものもある。元の素材の硬さなど無視して、本当にただ見た目の要素というか、その中でも一部だけを差し替えたような。
もちろん壊れたように魔術の一部を喋り続ける喉だけのものもある。
「■●■●■●■●■●■●■●」
これに関しては、複数のサンプルがあって、赤青黄色緑、黒白、様々な色が揃っている。それぞれ何でできているかは、もう分からない。
ただ、いろんなもので声だけを再現しても、魔術は発生しない。
音を魔術に変換する処理がないから?
でも、リッチー氏はこれだけの魔術を作成していて、恐らく現代のコンパイラが登場する前の魔術も使えるだろう。というより、そのような魔術を使っていたはずだ。それでも発動しない。
魂が存在しないから?
前までなら信じられなかっただろうが、今は魂の存在を一部肯定せざるをえない。
魂を再現できれば、人でなくても魔術は行使できるのだろうか。
魂はどこにあるのだろうか。
人のように話すことができれば、思う心があれば、考える頭があれば、それは魂だろうか。
適切な運動パラメータを設定すれば、単純な生物は、全く別の何かで模倣できる。これは、外の木々や虫たちで分かったことだ。ああ、そしたら、反対に、木々に全く別の振る舞いを持たせることも可能なのだ。
動く木の化け物、植物で補われたゾンビたち。
教祖が用いた魔術のカラクリが少し分かった。
ならば、どこまでなら代替可能であろうか。
僕は読み漁った魔術を片っ端から試した。
虫くらいの単純な生命は模倣できた。
人間に近づけようと思って、僕は人間の振る舞いとのパラメータを知らないことに気づく。人間について無知すぎる。ああどうしようもない。再現するためには、そのものの情報が必要なのだ。人間という存在そのものを直接参照して、その中身をすべて知らなければ。
「あ?」
魔女だ。魔女が僕の記憶を勝手に読むなんてことをやっていた。それはつまり、僕というパラメータを直接読んだということだ。もしかしたら神様のインタフェースについても知っているかもしれない。その行き方も。
研究施設から飛び出して、魔女のいる庵へと戻る。
ああでも悲しいかな。
庵のあったはずの場所には建物の痕跡すらなく、草花が腰くらいの高さまで伸び切っていた。これでは物理的に探した所で見つかるまい。あの大きさの建物が丸々どこか行くなんてありえないのだから。
ありえたとして、魔女はもう僕に会う気はないのだろう。
しかし方向は分かった。
神様のインタフェースには近づいている。
はは、はは。ははははははははははは。




