24──日常から飛び出した その1
キャニーを旅をしているときの夢を見た。
「オペラ一緒に逃げよう」
自分の事みたいに真剣な声。
「──はぁはぁ、オペラ今日はここで休憩しよう──ハック、助けてくれ──難しい話は分からん──」
大人なのにふにゃふにゃしてて、ちゃんとしてないキャニー。
誤魔化すみたいに時折頭をぐしゃぐしゃに撫でてくる。
わたしを助けてくれた。
全然かっこよくないのに、好きなんだもん。
だから、待っててね。
いつもより早い時間、朝日と同じくらいに目を開いた。
「ぐるしい」
コランの腕がわたしの胸の上に乗っかっている。
「よいしょ」
すごくよく眠ってる。息がなければ死んでるみたい。
寝る前はきちんと括られていた髪が解けて、床いっぱいに広がっている。
「コランってなんでツインテールなんだろう」
街の人でも同じ髪型を見たことがない。
キャニーは暴風ツインテールとか言っていたっけ。
隣のコランを起こさないように立ち上がって、部屋を出る。桶に汲んである水で顔を洗って着替えて、外へ。
空は雲一つない淡い空。
ヒンヤリとした空気を胸いっぱいに詰め込む。
確か行商の人が帰るのは正午だった。だから、それまでは、村に居られる。
「うおーーー」
村を一周走って回ることにした。
まだほとんど誰も起きていない村を走る。
ときどき起きてる人がいて、水を汲みに行くだとか、料理の仕込みをするとか、そんな人たちに、おはようと声をかける。
「「おはよう」」
家から一番遠い建物まで行って折り返す。返ってくる声が段々と増えてくる。
わたしはこの村しか知らなかった。
初めて別の街に行ったのは、無理やり連れ去られたときで、だから、わたしは今日初めて自分の意思で村を出発する。
「オペラじゃないか。昨日は助かった。こんな朝早くからどうしたんだい?」
道すがら、人形と並んで歩くジャンゴに出会う。人形が、そのまま家の柱になりそうな木材を抱えている。
「村を一周してるの。キャニーを追いかけることにしたから」
「そうか──まぁ深くは聞くまい。僕がどうこうできるもんでもないし、手伝ってやれるわけでもないからな」
「ジャンゴはいつまでいるの?」
「分からんが、街に出られるだけの資金が溜まるまでだ」
「この村お金ないですよ」
「大丈夫。アテならある」
ジャンゴは腕を組んで子どもみたいに胸を張る。
「なんだその目は。僕のことを舐めてるのか?」
首を振る。どうやってお金を集めるのか気になっただけだ。
「まあいい。僕は仕事に戻る。じゃあな頑張れよ」
「あっ、ちょっと待って!」
「なんだ」
「ジャンゴは寂しくないの?」
「悪口か?」
「ううん。でも、大変でしょ? すごく遠くから来たんだよね?」
「大変だとも。昨日だって、遭難したばかりだからな。それがどうした。不幸自慢を聞きたいわけじゃないだろ?」
「ええと」
「なんだ? 不安なのか?」
「そ、そうなの。だって一人で村の外に出るなんて初めてで」
「コランがいるだろ。いや、そんな話じゃなさそうだ。そうだなぁ、寂しいかって質問に答えると、寂しくはないな。というか今初めて考えた。やることがあるからな」
「旅に出る時もそうだったの?」
「そうだな。そりゃリスクはいくらでもあった。でも僕は僕だからな。だとしたら、出来るさ。やってみせる。不安に思う暇があるなら準備する。そして最後に勝つ。不安や心配なんて、いつか手放すことが決まっている荷物のために、キャパは割けないさ」
「で、でもっ」
「ああ、失敗することはあるが問題ない。なぜなら最後に勝つからだ。そう思えないほど分が悪いなら止めておけ」
手を横に広げたり、大げさなジェスチャーを挟みつつジャンゴは言う。
「それでも、やらざるを得ないなら。せいぜい覚悟することだ。やるのが決まってるのにあれこれ悩むなんてバカのやることだからな」
「そ、そうなんだ」
決め顔でポージングまで決めている。こういうのをナルシストって言うのかな。なんだか参考になるのかならないのか。
ま、でも、そうだよね。キャニーのこと、捕まえるって決めたんだから。
「うん、よしっ。じゃあね」
「ああ、健闘を祈るよ」
「ジャンゴも、背が伸びますように」
「おい!」
逃げる。逃げる。
スキップしながら家に帰る。
さあて、コランを起こして準備をしなくっちゃ。
太陽の光を背に受けながら玄関を開ける。
「オペラ! 行くのか! まだ早いんじゃないか!」
「うわわっわわあ。お父さん、服が伸びちゃう!」
「ああ、ごめん」
地べたにぺたんと座り込むこの大人の人がお父さん。最近忙しいっていって、ヒゲを剃ってないからジョリジョリを通り越してボサボサになっている。
「それで、旅に出るって本当なのか。しかも、男を追いかけるって」
「うん。そうなの」
「絶対碌な男じゃない!」
「キャニーの何を知ってるの!」
「何を! あいてっ」
お父さんがいい音を立てて地面に倒れる。犯人であるお母さんが奥から出てきた。
「もう、娘の恋愛に口出さない。それに、キャニーさんは、私達を助けてくれた恩人でしょう」
「なんだと」
お父さん復活。
「それとこれとは話が別だ。オペラを放って逃げたんだろ?」
「はー。あのねお父さん。これ以上言うなら結婚を決めたときの話するわよ」
お母さんなにそれ気になる。
「ああ、オペラの前で話すことじゃないだろ。大体親の恋愛なんて」
「オペラは気になるわよね?」
「うん。お父さんってどんなだったの?」
「えー、そりゃねぇ」
「どわー。分かったから分かった。ん、ん、おほん。ではオペラよ」
絵本の王様みたいにかしこまる父。お芝居でもしてるみたいでおかしい。
「一つだけ約束をしてもらう。これが守れないならお父さん許しません」
「なに、お父さん」
「うむ。必ず、必ずキャニーさんを連れて私の前に連れて帰ってきなさい。約束だ」
「もちろん! 楽しみにしててね」
「ああ、やっぱりその、考えないか?」
もういい加減にしなさいと、お母さんがお父さんと喧嘩を始めてしまう。こんな風に言い合う父母を見たのははじめてかもしれない。それがほんとうにおかしくて、ちょっぴり旅立ちたくないなって思った。
で、お母さんに便乗してお父さんを攻撃しようとしてるコランは、何をしてるの。
「そりゃ。私はすべての女子の味方なので」
「はぁ。だったら、私がキャニーを捕まえるのに協力してくれる?」
「オフコースよ」
嬉しい! んだけど、コランやり過ぎないかなぁ。
「キャニーあいつを豚箱にぶち込んでやるんだから」
「それはダメっ」
いざとなったら、コランからキャニーを守れるようにもならないと。
「わたし、コランより強くなれるかなー」
「難しいわね!」
「ねぇええ」
「流石に私も嘘はいいたくないわよ。オペラちゃんが強くなったら、その頃には私はもっと強くなってる」
コランにもジャンゴに聞いたのと同じことを聞こうと思ったけれど、聞いてもダメみたい。それでも。
「わたし負けない」
「私も負けないわよ」
お父さんにもコランにもお話したから、次はキャニーの行き先を突き止めないと。
村の人たちにキャニーに助けてもらった場所を聞いていく。森の中だったから漠然とした方向とか、ヒントしか分からなかったけど、それでもきっと大丈夫。
そんな風に人づてに聞きつつ、村でできる範囲で準備を整えていたら、わたしが旅立つことが徐々に広まっちゃったみたいで、村の出口に人が集まってくる。
「え、えーと」
「大丈夫だオペラちゃん。これは村からの餞別だ。持っていってくれ」
まず近くの街まで行ってから、そこで本格的に準備するつもりだったのに、いつのまにかリュックはパンパンに、わたしの目の前には村のみんなが勢揃いしていた。
「もらっときなさい」
「うん。みんなー! ありがとう! ほんとうに! ありがとー!」
暖かくて優しい景色を背にして、わたしは荷馬車に乗り込む。
「いってきまーす!」
「「「「「いってらっしゃーい」」」」」
出発の挨拶がいっぱい、両手の指で数えられないくらい、跳ね返ってくる。
思い出の詰まった日常が弾けた。
お祝いのクラッカーみたいに。
続く。
村を出て最寄りの街に着いた私たちは、装備を整えるためのお金と、移動手段を探して大通りを歩いていた。
「食料品はあっても、武器や防具は手入れが必要だわね」
「わたしお金ない」
村のみんながくれたものは、道中で半分以上食べたし、お金はそもそもない。
「ギルドでお金稼ぐ?」
「そうね。宿を確保したらギルドで依頼を探しましょうか」
こういうときコランは場所で宿を決める。人の多い場所にあると治安が良くて安全と言っていた。大通りに面した狭い宿に部屋を確保すると、二人でギルドへと向かう。
二階建ての普通サイズのギルドの入口を入って真っ直ぐ掲示板の方へ。
もう他の冒険者たちは依頼をとって出かけたのか、掲示板もギルド内にも冒険者は少なかった。だから、この時間はゆっくり一つ一つ見て選べる。前に混み合っていたときは、コランが他の冒険者と喧嘩になりかけて、追い出されそうになった。
「も、もしかして、ギルドの歌姫、ですか?」
はきはきしない喋り方の、ぽっちゃりした人が声をかけてきた。冒険者で太ってる人は少ないから、ちょっと変。
「ギルドの歌姫?」
コランがイライラした声で聞き返す。
「そうです。赤い髪のツインテールの女性と、金の髪の女の子の冒険者二人組で、ギルドでライブをしたことがあると聞きました。あなたがそうなんでしょう?」
何回かギルドと一緒になっている酒場で歌った光景を思い返す。えっそんなに有名なんだ。
「そうで」
「で? だとしたら?」
「ご、ごめんなさい。もしかしたら、ここにもライブをしに来てくれたのかなーなんて。噂を聞いたときから、すごく気になってたんです」
「なるほど。いくら出せる?」
「えっいくら」
「もちろん。私たちの歌は遊びじゃないの」
嘘だよコラン。わたしの記念日にテンション上がって色々準備してくれてただけだよね。お金なんて……あれ? コランのことだから集めてたのかな。
「あぁああ。えーと。それなら、これくらいなら」
男は袋から小銭を一枚取り出す。
「ダメダメ。路上の物乞いじゃないんだから。もっと出せるでしょ?」
「え、そうなのか。うーん」
「ああ、分かった分かったわ。いざライブやるときは、あなたは呼んであげないから。会場の外で聞いてなさい」
「えっ、そんな」
「じゃあその五倍のお金を出すことね。大丈夫、絶対損はさせないわ」
「ねぇコランやり過ぎじゃない?」
「しー。大丈夫よ。引き際は弁えてるわ」
「うーんまぁ。そこまで言うなら良いものなんだろうな」
「ふふん、出せるじゃない。いいわ。ライブをやろうじゃない。お代はそのときに」
「ああ、楽しみにしてるよ」
男は小銭袋の中身を数えながらギルドを後にする。本当に大丈夫かな。
「さて、オペラちゃん。やるわよ! アイドル!」
「お、おー!」
そ、そうよね。キャニーのことばかり考えてたけど、わたしはアイドル冒険者だったんだ。うん。フリフリの衣装にみんなの拍手。やるぞー。
やると決めたときのコランは、それはもう雷のように早くテキパキテキパキと、ギルドの受付前とマイクを借りる手続きをして、ライブの準備を着々と進める。普通に依頼をこなすつもりで来たけど、みんな喜んでくれて、それでお金も手に入るなら、そっちの方がいいよね。
「オペラちゃん、これとっておいた衣装。サイズ大丈夫か確認して、それから持ち歌覚えてる? 大丈夫そうなら早速今日の夜ライブするわよ」
「もちろん。大丈夫!」
そうして夜。
依頼を終えてギルドへと帰ってきた人たちが落ち着いて、受付時間が一旦終わったころ。
わたしのアイドル活動再開ライブがはじまる。
「はじめましてー」
三十人くらいの冒険者+ギルドの職員さんが見守る中、わたしは壇上に上がる。階段一つ分の高さの小さな壇上に。
「冒険者アイドルのオペラといいます」
うおおお。と十人くらいかな。レスポンスが返ってくる。
「冒険者ランクは、Dランクです」
今度は全員の驚く声が聞こえる。コランといっしょに依頼をこなしたおかげだけど、わたしくらいの年でDランクを取るのは、冒険者や傭兵の子どもくらいで、ましてや女の子で取るのは珍しいらしい。
「今はキャニーに会うために、旅をしています。キャニーは大事な人です! 今日は! みんなのこといっぱい元気にするので! わたしのこと応援してくれますか!」
最前列で見てる人たちから「いえー」「キャニーって誰だー」「応援するぞー」「オペラちゃーん」って返ってくる。
「ありがとー。じゃあ、歌います。『女でも冒険者になりたいし、恋もしたいっ!』」
わたしがマイクを握りしめると、機器から音楽が再生される。音楽に合わせて歌って踊る。昔練習した動きは、自然と体に染み付いていた。
「次の曲、『あの人を捕まえて』」
手を振る。お客さんの顔を見る。歌を重ねるたびに、みんなの声が大きくなる。依頼終わりで疲れた顔が笑顔になっていた。
「ありがとー!」
ライブ一日目は盛況のうちに、幕を閉じる。
そんな調子で、普通に依頼をするよりも順調に旅の資金を集まっていく。
観客も増えて最終日は百人くらいの人が来てくれて、会場はギチギチになってしまっていた。そして、このまま楽しく終わりそうだんだけど──。
「ここまで稼げるなんてね。最終日は私も出ようかしら」
そういってコランが最後の最後にアイドル衣装で乱入。ものっすごくキレのあるダンスで、まるで武道家みたいな動きだった。
「コランかっこいい!」
「こらっかわいいでしょ」
最後の最後、二人で笑って、歌詞とかぐしゃぐしゃになりながら。お客さんも巻き込んで歌って踊った。楽しい楽しい夜だった。ちょっとだけキャニーのことを忘れちゃったのは内緒だよ。




