23──魔術を扱う器官について その2
本格的に探索を始めてから、十日もかかってようやく、遺跡の場所を見つけた。
村の近くを通る川の、下流側近辺のなんでもない茂みの中に入口があった。近くの地形を見る限り、昔はこちら側に川が流れていて、村からのアクセスが良かったに違いない。
ひと目見て分からない入口を通り、ちょうど人一人分くらいの洞窟をくぐった先に、扉が現れる。
今回の扉もドアノブがない平たい一枚板で、意味があるのかないのか分からない文様が刻まれていた。ここまで同じなら開け方も同じだろうと思って、スライドさせてみるが、開かない。注意深く探ると、どうやら魔術的な仕掛けによる鍵がかかっているようで、正解の呪文と魔術を発動させなければ開けられないようになっている。少なくとも物理的な方法では開けられそうにない。
そんなのどうやって見つければいいんだと、思ったのも束の間、頭の中にある一割活用できているか分からない魔術知識に検索をかける。検索といっても、ただ座り込んであーでもないこーでもないと唸るだけなんだが。
流石にそう都合よく鍵が出てくるはずもないと、思ったが、ああ存外あっけなく見つかった。一時間くらい、それらしい魔術を試していると、唐突に鍵が開くような音がした。
上から下にスライドさせてみる。開かない。
いや流石に今のは開いた音だろう。と思って右側を押すと呆気なくドアが開く。
「ドアの作り一つでも試行錯誤の形跡があるな」
中は前に見たものと同じような、真っ白でムラのない内装。明かりも窓もないのに非常に明るい。前の場所はドアが四つだったが、ここは五つ。しかも、左側に四部屋、右側に一部屋とバランスの悪い配置をしていた。
右の部屋を後回しに左側から探索していく。生活スペースを飛ばして二つ目の部屋、多分書斎。部屋の四方に棚が作り付けられていて、資料の束だけではなく、数十種類ものインクや筆が並べられている。
そして、部屋の真ん中には広い机があり、数冊の本が積み上げられている。
「魔術の理論書」
リッチー氏は最初のウィザードで、魔術を一般に使えるようにした。ならば、魔術の体系化に取り組んでいるのはあたりまえか。昔は一ミリたりとも理解できなかったし、しようとも思えなかったものだが、ハックのおかげで僕にも理論が分かる。
どうやらまだ最終版ではないみたいで、僕の知識と内容の乖離や、記述の仕方が乱雑なところがある。多分僕の頭の中にある理論も最終型とは限らなくて、最新の理論だとまた違った説明になっているんだろうか。今後街に寄ることができたら、確認する必要があるな。
適当に読み飛ばしながら、何かの手がかりにならないかと見ていると、ふとそのタイトルで手が止まる。
「OSIレイヤード理論」
ハックの残してくれた知識によると、魔術のレベルを5段階で表現・整理するフレームワークだった。
「第0層、物理層」
魔術に寄らない物理現象。我々の住む現実世界。この理論ではなぜか、魔術以外のものを物理層として、魔術の階層に含めている。この世界すべてを魔術で扱ってやるという気概なのか、それとも、魔術以外のものは一番下の層であるという傲慢さか。現代では魔術は誰もが目にするものだし、義務教育でも登場するから…………いや、魔術の上手いやつにマウントを取られたことはあった気がするな。魔術師って案外傲慢なのか? ハックはそんな感じしなかったが。
「第1層、マナ層」
おおよそ一般的な魔術全般。普段、僕やハックが戦闘中に使っているような、短いコードでその場で即発動できるようなもの。規模感などは問題ではなく、即座に発動できるだけの単純なものが含まれる。
「第2層、精霊層」
マナ層よりも複雑な魔術が属する層。より複雑で、複数の命令を組み合わせる魔術。戦闘中など短時間には作れないものが多い。相手を追尾するような攻撃はここに含まれる。単にパラメータを指定して発動する攻撃とは違って、その都度相手の場所を参照して向きを変えないといけないからだ。
中身を見ていないから分からんが、ジャンゴが動かしていた人形は精霊層か、あるいは次の層に分類される魔術だろう。少なくともマナ層レベルの単純なコードの組み合わせだけでは、到底実現できないはずだ。
「第3層、亡霊層」
多少の自律判定ができるだけの複雑さの魔術。これは、なんだろうな、あまり出会ったことがない気がする。ここまで来ると街中で見かけることがなくなってくる。
「第4層、悪魔層」
一度発動してしまえば、一定以上の時間自律的に稼働し続けられるような複雑な魔術。僕が持ってる知識の中では、これが最上位の層だった。実例は、そうだ、森の中で戦った木の巨人か。あれはその場で発動したものというよりは、踏み込んだ人間に対して自動で攻撃をするものだった。
レイヤーがこの五層で終わりだと言うなら、ハックの魔導書は第4層だろうか。いや、それにしてはあまりにも人間らしい。この理論を作った人間がハックのことを知っていたら、さらに上の層を追加した方が自然だ。
そんな疑問を解消するかのように、次のページには第5層の記述がされていた。
ハックが残してくれなかった知識だった。
「第5層、天使層。悪魔層よりも複雑な魔術を操り、神様のインタフェースへの到達可能性があるレベルを天使層と定義する。このレベルになると、この世の現象の多くを再現可能であり、逆説的に、魔術とは何か、に対する一定の回答を持っているだろう。人間の精神をも再現しうる複雑さの魔術は、使用者に新たな世界の見方を提供する。その結果として、神様のインタフェース(とそう私が呼ぶもの)へのアクセスが可能になり、これは明確に層として定義すべきであろう」
魔術の基礎理論というか、ただの分類定義を読んでいたはずが、唐突にでてきた神様のインタフェースという言葉に脳が停止する。
「神様のインタフェースへの到達。人間の精神をも再現」
魔術を複雑さで分類して、そしてそれをレイヤーとして表現した意図はこれか。神様のインタフェースへと至るために必要な段階を表していたんだ。
とくれば次にくる層こそ本当に最後の層。
「第6層(最終層)、神層。神様のインタフェースにアクセスし権限取得をした段階。神様のインタフェースを行使できる段階」
そして、ここまで書いた上で、レイヤード理論についてこんなことを書いている。
「私が第5層に到達したとき、すなわち、神様のインタフェースを垣間見た時は、未来予知を成功させたときであった。一般的に、第5層の魔術までで実現できないことは、あまりない。第5層に習熟した魔術師とって、可能・不可能は、理論的なものではなく、リソースの問題でしかない。したがって、その先の第6層、神様のインタフェースを用いた魔術行使に限界はないと考えられる。
究極的には、この世界すべてを魔術で再現することも可能である。魔術に不可能がないということは、魔術がこの世界の全てと交換可能であることを意味する。任意の魔術の集合は、魔術はこの世界を包含する。第0層として物理層を魔術のもっとも下の層として位置づけたのは、こういう理由である。
これが、OSIレイヤード理論。|この世界全てに在る《Omnipresent》、|裏側に隠れた《Subterranean》、契約の道具レイヤード理論である」
力が抜けて資料を落としてしまいそうになるのを、すんでの所で踏みとどまる。スケールの広さに頭が付いていかない。
いや違う。
こんなところで狼狽えてどうする。万能の方法があるのなら、それさえあればハックを復活させられるということじゃないか。何も問題ない。むしろ、可能性が高まっているのだ。大丈夫。行く先はあっている。
理論書は大体読み終えたので、次の本に手を伸ばす。きちんと製本されていない資料が多い中で、その資料はハードカバーで製本されていた。
どこか既視感のある表紙をめくると、中身は隙間なく書き込まれた呪文で埋められている。
その最初の一節を読み上げる。
「────」
淡い青い光とともに、空中に巫女服を来た黒髪の少女の姿が浮かんでくる。
「ハック?」
まぶたがするりと開く。
「初めまして、かの?」
心が足場を失って傾く。
「ハックなのか?」
すぐさま問いかける。そうしないと、どこまでも沈んでしまいそうだった。
「ああ、わしの名前はハックじゃ。それでお主は?」
「キャニーだよ覚えてないのか?」
「覚えるも何も……、ふむ、そうじゃな、わしの記憶にはないな」
「忘れたのか」
「忘れるもなn「なぁハック、初めて会った時はお前のこと幽霊か何かだと思って、逃げて悪かった。でも、そっからずっと旅をして来たじゃないか。確かに、お前にしてやれたことはあんまりなかったかもしれないけど、お前はずっと僕のことを助けてくれたじゃないか。ハックのせいで、ハックがいたから、僕はあの街を出てオペラを……助けようとして、でも助けられなくて。だから、一人で逃げて旅に出たけど、ハックはいつもずっと一緒だったじゃないか。お前が助けてくれたから、死なずにすんだし、孤児院を巡って、OSC教団のメンテナーたちを殺して、それから、一緒に綺麗な夜景も見たし。それなのに、なんか置き手紙だけ残して勝手に消えていくし「待て、ちょっと待つんじゃ」「あっごめん」
「分かった分かった。お主の言っておることは嘘じゃないんじゃろう。でもな? それは恐らく別の──」
その先を聞くのが怖くて手に乗っかったままの本を閉じた。
ハックに似た何かがあっけなく消え去った。
そして、本が二度と開かないように厳重に封をした。
スペアがあればなんて、酷い楽観だった。
ハックと同じ声で同じ見た目で、初めましてなんて言われたくない。
この本はいっそ火にでもくべてしまおうか。
表紙を眺めて火を付けようと思っても、喉から呪文が出てこない。
記憶が、記憶さえあればハックは戻ってくるだろうか。
記憶はどこで取り戻せるだろうか。
失ったものを復活させられるとすれば、きっとそれは、神様の領分。
「神様のインタフェース」
落ち込んでいる暇なんてなかった。
落ち込んでいるのは辛かった。
「神様のインタフェース。万能の魔術基盤」
やっぱりそれしか、取り戻す方法はないのだから。
開かないように縛り上げた本をリュックに押し込む。
次へ、次へ、また他の資料に目を通していく。
自らの心に蓋をするように。
魔術の深層に迫るために。




