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神様のインタフェース  作者: 珠響夢色
転──英雄病の後追い
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23──魔術を扱う器官について その1

 ずっと森の中を歩いている。

 自分が今どこにいるのか分からなくなる。

 念入りに、いくつもの手がかりから自分の居場所を確認する。

 目的地が見えてくるまで、この歩みの正しさを誰も保証してくれない。



 リッチー氏の遺跡で過去発見され公表されているものは、三件のみである。そのうち一件はカテドラルの名で知られている公共施設で、建立当時から今にいたるまで魔術に関わる人たちに親しまれてきた。それ以外の二件は人里離れた山奥で見つかっており、魔術研究を隠そうとした痕跡が見られるらしい。

 だからどのみち、オペラのいる村の中には遺跡(ラボ)はないだろう。村を囲む山の中のどこか、それも人がよく通る山道の反対側にあるに違いない。

 そのように当たりをつけて、茂みの中だったり急斜面を渡ったりした。蔦をよじって作ったお手製の縄が切れて、あやうく死にかけたこともあった。

 そのおかげか人に会うなんてヘマはして来なかった。してこなかったのに。

「おーい。ちょっと道を聞きたいのですが」

 道なんてねぇよ。一体何をどう迷ったら獣道もないところまで来るんだよ。

「って、もしかして君はキャニーじゃないか」

 しかも知り合い。一目散に逃げるか。

「まぁそう急ぐなって」

 ぬるりと、黒い巨大な影が僕の脇を通り抜けて進路を塞ぐ。高さは二メートルを越えていて、顔には面長の仮面を、四肢は長く手の先には一本一本がダガーのような鋼鉄の爪を生やしている。

「ジャンゴ」

「その通りジャンゴ・ニシキだ。久しぶり。こんなところで奇遇だな」

 芝居がかった仕草でお辞儀をする。

「この目の前の人形をどかしてくれないか?」

「断る」

「僕は忙しいんだ。先を急がないと」

「こんなところで道を聞ける相手なんてそうそういないのでね、何が何でも道を教えてくれないと困る」

「ふざけてるのか?」

「大真面目だとも。思えば君と初めて会ったときも、森の中だった。そのときの借りがまだあるだろ」

 あの日のことは覚えてる。ハックと出会ってオペラとも出会って、僕が日常を捨てた日だから。

「借りって、道ならその時も教えただろ」

「おいおい、僕の貴重な静寂領域(キャンセラー)の弾を使わせておいて、それだけで済ませるなんて」

「ああ分かったよ。道でもなんでも教えてやる。村はあっちだ」

 迷わず村の方向を人差し指で示す。間違っってもオペラと会わないように、村の位置は常に意識していた。

「ありがとう。どうせなら一緒に来てくれないか。きっと歓迎してもらえる」

「できない。一人で行ってくれ」

「それは君が追われる身だからかい? キャニー・バーナーズくん」

 ぶっきらぼうに、ただ事実だけを告げる。それだけで、内心凍りついた。

 こいつは僕を逃がすつもりはないのだと。もとよりそのつもりで僕のことを探していたのかもしれない。

 小声で小さく呪文を詠唱する。

 ポツポツと口から漏れ出た音の並びが魔術を起こし、現象へと変化する。

 前後を挟まれた状態から横へ飛んだ。空気を煽り、地面スレスレを長距離ジャンプする。

 それよりも早く、人形が僕の前へと移動する。こっちが魔術まで使って加速したのも、意に介さず、重力や慣性がないみたいな動きだった。

 こいつ、こんなに速く動くのか。

 迫る爪が死神の鎌の如く。

 対応するべく魔術の詠唱を始めるが、当然間に合わない。

 腰につけていた刀を鞘ごと突き出して、その反動で下がる。

 スキップの要領で距離を取り発火。

 拳大の火球が人形へと迫る。

 その隙に刀を抜いてジャンゴの方へと振り抜く。

 避けない?

 いや、確かこいつもダミーの人形で、本体はデカい人形の中身。

 視界の横の方で僕が放った火球が消えるのを見る。

 防がれたのではなく、消えた。

 攻め手がない。後ろに飛ぶ。

 小さい方は積極的には攻撃してこないから、なんとか防戦していればやられることはない。振り切って逃げるのも難しいが、そのうち機会はできるはず。

 迫る両手分の爪を刀一本でどうにか、いなしながら、並行して何度も魔術を放つ。

 設置型で炎を出す。

 飛び越えられる。

 真後ろの位置に火球を出す。

 人形の首がありえない方向に曲がって避けられる。

 どこだ何を察知して避けている?

 小さい方に火球を放つ。

 距離が離れていたからか、普通に避けられる。

 いつまでこの攻防が続くのか。

 お互い決め手のない状態で、何十回と金属が打ち合う音がする。

 埒が明かない。次はもっと長い複雑な魔術を使って、それまでの時間をどうやって稼ぐか。

 ぐぐぐと人形の刃が上から降りてくる。歯を食いしばって耐えなければ、すぐに押しつぶされそうだった。

「ボンッ」

 その合図とともに、どうにか押し留めていた人形の爪の一本が外れる。

 避け────られない。

 足の力を最速で抜いて体を沈ませる。膝と足首を軋ませながら、眼前スレスレを追ってくる空中の爪を避けながら、かつ、人形の手による押しつぶしを受け止める。

 地面に叩きつけられて、肺から空気が押し出される。

 だが幸い、こちらの足が相手の股下に入った。

 呼吸が整うのも待たずに、自らの身体を道具とみなして動作させる。全力での足払い。存外中身が軽いのか重心が不安定なのか、人形が真横へと傾く。

 よし、このまま押し倒してしまおう。

 見えた勝ち筋は次の瞬間、目の前の奇妙な光景に取って代わられる。

 明らかに人であれば曲がらない方向に人形の足が曲がり、倒れるはずだったそれが、直角になりながらも耐えた。もうそれは人形であるからという理由では信じられない、曲芸のようなバランス感覚だった。

 またしても目論見が通じず後ろへ飛ぶより他にない。

 あの体勢から立て直せただけ、マシだ。

 なんだこいつこんなに強かったのか。

 そういえば僕は、武闘大会での一戦以外こいつが戦っている所を見たことがない。それも相手の裏をかいた勝利だったから、それほど脅威を感じていなかったが。勝つためなら何でもやるタイプか。

「なぁ、ズルくないか」

「キャニーはもしかして、戦うなら正々堂々って言うつもりか。あいにく僕は武人じゃない」

 そりゃ僕だって、真っ向勝負なってするタイプじゃない。それでも文句の一つを言わせてくれ。なんで僕は戦ってんだ。ああ逃げるためか。逃げ延びるためだ。

「まだやるのかい? 僕はただ君に付いてきて欲しいってだけなんだ。警察組織に突き出すかどうかは、保留にしてやってもいい」

「なんでだ。お前に何の関係がある。お尋ね者を捕まえたいってんじゃないなら。ますます理由がないだろ」

 なんか同じことを最近聞いた気がするな。

 会話しながら、僕は刀を握っていない手で、次々に形を作る。手話みたいなものだ。ハックの知識から得られた、手で呪文(コード)を綴る魔術体系。ぶっつけ本番でうまく発動すればいいが。

「理由か。もちろんある。こう見えても僕はビジネスライクな方だからね。理由は四つもある。一つ目に道を教えてもらわないといけない。これは一番大事な理由だな。なんせ、最悪の場合僕はこの山で一生を終えることになる」

「それ本気で言ってたのか」

「僕は嘘はつかない。あいや、意味のない嘘はつかない。次に二つ目、君は友人だから。三つ目、同じく友人のオペラとコランのために君を連れて行った方が良いだろうと思うから。四つ目、孤児院襲撃事件の最重要参考人だから。ざっとこんなもんかな」

「……それは、なんともくだらないな」

 同時に魔術が完成して、僕が手で紡いだ情報列が物理現象へと変換されていく。位置指定で二箇所に風と火種を。

 発動と同時に、ジャンゴと人形に向かってそれぞれ、火のカーテンが吹き付けられる。厚さも方向もムラだらけだが、範囲を広くしたから当たるはず。

 ジャンゴが自分の衣服に着火した炎を消すべく、服を脱いで足で踏みつける。

「くそっ、これ高いんだぞ。親父のお下がりの一点ものなんだぞ!」

 その隙に木偶の坊の人形へと刀を突き立てる。まるで反射のように、ジタバタと動く素振りをしたが、狙いのついてない動きで、避けるのは容易い。

 腹を掻っ捌いて、中に入っている魔術基板(バッテリー)をズタズタにする。ジャンゴが火を消し終えてこっちを向くまでの十秒ほど。それだけあれば、内蔵を一つ二つ蹂躙しても余りある。

 黒い布地の中から、細かく呪文が書き込まれた紙が漏れ出る。血生臭くもなんともない、綺麗な死体だった。

「なぁ君。僕が火を消せていなかったらどうしていた。僕がその人形の中に入っていたらどうしていた」

 静かにただ追求するだけの声がツーっと通り抜ける。

 立ち去るのも忘れて答えていた。

「お前は死んでいたな」

「そうか──」

 それは川底に落としたものを惜しむような声だった。

「今の君は人を殺せるんだね。これ以上君を引き止めたら、僕を殺してしまうかい」

 僕は睨み返す。

「分かった。流石にそれは割に合わない。負けたよ。君がここにいたことも他言しない」

 本当か、などと聞くのは無粋なことに思われた。ジャンゴはすでに戦意を失っている。無駄な殺しまで肯定した覚えはない。

 僕も緊張を解いた。とたん、話したいことが溢れてくる。

 オペラのこと、村のこと、ジャンゴ自身のことも。

 でも、それはできない。僕は人としての道を違えてしまったのだから。ここで談笑なんてしていられない。

「最後に質問していいか?」

「なんだ? なんでも聞いてくれ。答えられるかは分からないけど」

 これは人としての会話ではない。この先ハックを蘇らせるために必要な、魔術の探求のための調査行為だ。

「この人形、作ったのはジャンゴだな」

「そうだよ。傑作だった。今君に壊されたけどね。だから次はもっと良いものを作る」

「これって、どこまで自動で動いてたの?」

「魔術の質問? 君にしては。いや、もう君は僕の知ってるやつじゃないんだ。そうだな、戦ってたら大体分かっただろ? それ以上は言えない。企業秘密」

「無理やり口を割らせると言ったら」

「その時は死を覚悟するね。それだけ大事なものなんだ」

「どうしてそこまで」

「そりゃ夢だからね。完全な自律人形を作ること。物心ついた時からの夢なんだ。死にたくはないけど、場合によっちゃ命が危なくなることもあるさ」

「それこそ、どうして。なぜ」

「それこそ、らしくない。魔術について知りたかったんじゃないのかい」

「答えろ」

 自分の語気がブレた。その事自体に動揺して、ぐっと拳を握った。

「なんだろうな。そこまで言語化したことはなかったなぁ。うーん。なんでこんな頑張るんだろうな。才能と、夢と、不自由だけど一通り揃った環境と、ああそうじゃないな。親父の背中を見ていたからって方が大きいな。それだけあれば充分だろ」

「叶わない夢でもか?」

「さあ。でも、他の誰よりも僕が良いものを作れる。そこは目指せる。負けられないでしょ」

 僕は自分の口をうまく制御できていないみたいだった。こんなこと聞いて何になるのか。自分にも分からない。自分で自分が分からない。

「誰かに勝つのが楽しいのか?」

「そりゃ楽しい。負けたら悔しい。だから僕、こう見えて今すごく落ち込んでるんだ」

 競争とか勝負とか、そんなものから逃げてきた僕には何も言えない。頑張ったり落ち込んだりするのは、いつだって手遅れになってからだ。

「おい、もう行くのか?」

 ジャンゴに呼び止められるが、もうこれ以上話すことはない。

 ざっくざっくと、草木を踏み固めながら、その場を立ち去る。

 分からない。分からない、と頭を掻きながら。

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