19──ありがと、キャニー
トークンに導かれて訪れた、何の変哲もない森の中。
獣道もなく、雑草を踏みつけながら、どうにか歩いてきた。
いつゴールするか分からない中、それは突然現れた。
『この先OSC教団の私有地につき、関係者以外立ち入り禁止』
さも社会常識に従っている風にして、その看板はあった。これまでとその先とを分けるものは、その看板意外に何もなく、その看板の向こうにも何の変哲もない森が広がっているだけだった。
何かがおかしい。
獣道でもない場所にロープで仕切られているわけでもなく、こんな立て看板だけあるのは何か妙だ。だけど、見る限りその先に何もないし、間違ってここに来た人なら普通に引き返すだろう。だが、僕はこの先に用があるのだった。
ハック、進むぞ。
刀を抜き臨戦態勢になって進む。
見る限り待ち伏せなどはされていないし、罠が隠されている感じもしない。
ただ、看板の先へ踏み越えたとき、景色の見方がぐるりと変わる。
高い木々で囲まれた森の中。
その中でも一層大きく、木と蔦が絡み合い、異様な造形をしている何か。
それは立ち上がった。
木々がありえないほど軋み、音を上げながら動く。
僕が見上げた。
それは自然の力の集合体だった。
それは人間を縦に十人分積み上げた高さをしていた。
それは二本足で立っていた。
それは背中から一束の蔦を尻尾のように垂らしていた。
それに目鼻はなく、ただ頭に当たる場所が、俯くように曲がって僕を見下ろしていた。
こんなデカブツがいるなんて聞いていない。どこをとっても、自然のもので出来ている一方で、その全容は明らかに超自然的。どうする。攻撃してくる気配はない。こいつはまだ、僕のことを敵だと判断できていない。
何かしら合言葉のようなものが必要かもしれんな。
そんなの知らないぞ。
それなら、燃やすしかあるいまい。
できるのか。
時間次第じゃな。最初の一撃が重要じゃ。
なら、やろう。
ここまで来て引き返すなんてありえない。
僕は立ち止まり。ハックは僕の口から魔術の詠唱を開始する。
堂々と構えて相手の出方を伺う。
……順調、大丈夫。まだ攻撃はこない。
……順調、大丈夫。まだ攻撃はこない。
……順調、大丈夫。まだ攻撃はこない。
……順調、大丈夫。まだ攻撃はこない。
次から次へと火の球が現れては、手元の一点に吸い込まれ小さく小さく圧縮されていく。太陽のように明るく白く輝く光の弾を完成させる。
この一撃で終わってくれよ。
木の巨人が動く。
これ以上は待てない。
手のひらの上に保持された光の弾を相手の胸の部分へ放つ。
直後巨人が片腕を振り下ろし。
速度はそんなに早くないように見えるが、いかんせんデカすぎる。
僕は全力で横に走る。走る。走る。
巨人の指のない枝が複雑に絡み合った腕が地面に着くのと、ハックの魔術が着弾するのが同時だった。
着火する。
薄暗かった森の中が晴天の下のように明るく照らされた。
巨人は身を捩って、両手で炎を払おうとするけれど、払おうとした手にも炎が燃え移る。
僕は走って巨人からひたすら距離をとる。
やつは炎が振り払えないと分かると、体表を蠢かせ、ざわざわと、ばさばさと、その表皮を剥がし始めた。火が燃え広がるよりも早い速度で、体の表面を動かし小さく丸めていき、集めて切り離す。
森中に炭化した燃えカスが降り注ぐ。
これは不味いな。
ハックは次の魔術の詠唱を開始する。まずは、降り注ぐ燃えカスの処理。熱を奪って山火事が起きないようにしていく。
その対応に追われている間に、巨人は燃えている部分を全て分離し終えたのか攻撃の準備に移っている。
両腕の振り下ろしが……来る!
全力で走ってどうにか避ける。
木々がこすれる音が無数に重なり轟音となる。
音の濁流が去った後、地面には粉々になった木や草の残骸が散乱していた。
こんなのに押しつぶされたら、防ぎようがない。
だから息を切らしながら走った。
なんとか回避に成功し続けるも、体力がいつまで続くのか。その上、度重なる轟音と衝撃で耳も痛い。
お主、もう少し息を落ち着かせられないか。詠唱ができん。
無理を言うな、あんなの全力で走らなきゃ回避できないだろ。
脳内会議の余裕もなく、相手は次の一手を繰り出す。
まったく、相手の動きを見るだけでも、でけぇから見上げる形になって首が痛いってのに。
振り下ろしだけでは当たらないのを悟ったのか、今度は両腕を左右から僕めがけて挟み込むように振ってくる。
途中にある木々がいとも容易くへし折れてそれすら攻撃の一部となる。
相手の股下へ走ることでギリギリ回避。
ここなら両脇からの攻撃はないと思ったけど、相手は木でできた巨人。別に人間と同じ可動域をしている必要性はなく、今度は両足に挟まれてる分、逃げ道が限られてしまう。
どっちに逃げれば間に合う?
まったくしょうがないやつじゃの。そのまま前に走れ。
全力で走っていいのか。
ああ、手を抜いたら死ぬぞ。
前後から巨腕が迫るも、片方の腕の方にハックを信じて疾駆する。
迫る風圧が感じられる距離になったところで、白い光の球体が目の前に出現し、相手の腕を焼き払う。
ハック、これって無詠唱……。
余計なことを考えるでない。ここからは一切の出し惜しみはなしじゃ。命以外は必要経費と割り切れ。
相手が片腕の炎を処理している間に、次の魔術を繰り出して、もう片腕も燃やす。
それでも攻略の糸口は見えず、時間を置けば炎は消されてしまう。
燃えるよりも木が動いて成長する速度の方が早い。
ならば、と。
今度は足を燃やして姿勢を崩してやる。
そのうち再生するにしても、足を潰された方が隙が大きくなるはずだ。
当然相手は倒れ込み……、倒れ込み?
片腕を即席の足にした上でもう片方の腕を、人間ではありえない可動域で回して攻撃してくる。
無理無理無理。
ああクソ。
全力疾走からの跳んで受け身回避。
こんな避け方じゃ保たないぞ。
この巨人はいったい何なんだよ。
なんで、無限に再生するんだ。
これも魔術だと言うなら、こんなに大規模な魔術は見たことがない。どうなってるハック。
正直わしもよく分からん。少なくとも一人の術者じゃない。じゃなきゃすぐにガス欠するはずじゃ。
リアルタイムに詠唱してたんじゃ追いつかないよな。
それはそうじゃな。
だとしたら、書くタイプのやつか?
そうだとしたらどこに本体の魔術が書かれておるのかの? ただでさえ植物を操るコードなんて複雑になるはずじゃのに、あやつの体になどこにもコードなんて書かれている感じはせん。
じゃあ外から供給されてるとか?
それじゃ。あのさっきから動いてない背中か生えとるやつ。あれがその役目を果たしておるのかもしれん。
なら。
僕はそっちへ走る。
迫りくる両腕を焼き払い掻い潜り。つっぱる足を全力で回して、その太い一束の蔦へ刀を振り下ろし──
──同時にその刀が火炎をまとい。大量の蔦を焼き切る!
焦げ臭い香ばしい青臭い煙が大量に溢れ出す。
炎を処理した両腕が迫るのも構わずギリギリまで、ギリギリまで踏ん張って、その尻尾を切り刻む。
「これでぇっ、ぜんっ、ぶっ! だぁ!」
勢い余って振り抜かれた刀が、扇形の火炎を噴射して、残った部分の蔦を完全に引きちぎる。
それでも迫る両腕は止まらない。
今度こそ、燃えろ。
僕の左右、両腕を伸ばした手のひらから一メートルのところまで迫った腕が、焼け飛ぶ。
両腕をきっかけにその巨人は燃え始める。
切断された先の蔦がもう一度つながるためにジタバタと暴れるが、何度でも切り刻む。
巨人が完全に燃え尽きて倒れるまで、接続なんてさせやしない。
刀を振り抜けばハックが火炎をもたらしてくれる。
僕はただ無心で刀を振れば良い。
僕が力強く刀を振るほどに、背後で巨人がのたうち回る。
いよいよ体を地面にのたうち回りながら火を消そうとするが、地面はさっきまでコイツ自身が粉々に砕いた木々や草が敷き詰められていて余計に燃えるだけだ。
大量の熱気に煽られながら、僕はひたすらに耐えきる。
そして、
「勝った」
燃え盛る炎の中で握りこぶしを天に突き上げ、僕は勝利をかかげた。
残った炎の処理をした後に、僕はその巨人にコードを供給していた蔦を辿っていく。この先に黒幕がいるのか──。
木々がごっそりと燃えてしまって見晴らしの良くなった焼け野原を背に、森の中を探索する。
蔦は木々の根の間に巧妙に隠された半地下の入口へと続いていた。
ハックに魔術で中を探ってもらうも、不発する。何らかの防護策がされているわけで、当然黒幕がいる確率も高く思える。
草と土を軽く払うと、扉自体は意外にもよく町中で見かけるような普通の扉で、鍵も馴染みの見た目をしている。それがなんだかアンバランスでおかしい。さて、流石にさっきの巨人のようなデカブツは中にいないと信じたいが、さっきので妨害が終わりとも思えない。用心するに越したことはない。
それほど頑丈でない扉を、無理矢理刀で傷つけて蹴破って中に入る。
するとまたしても何の変哲もない、何もない部屋がある。
その中の扉はさっきよりは分厚く鍵も厳重に見えた。
特別他に道は無さそうだし、次はこの扉だな。
今度は人一人の力では破れそうにない。ただ、それでも現実的な硬さに収まるようで、ハックが魔術を使うと、五分と時間をかけずに破壊することができた。僕が斧なんかを使っても三十分かからずに破れそうな扉だった。
ここに来てあまりにも現実的な作りの建造物に拍子抜けしつつ、ボロボロになった扉を開ける。
その中は学校のグラウンドなんかすっぽりと入るような、でも天井はそれほど高くない大きなワンルームの空間になっていた。
ああいやそんな部屋の間取りなんて、中にあったものに比べたら些細なことだ。もっと異様なものがある。
病院のベッドのようなものが二十? 三十? いや百はあって、そのうちの半分くらいが埋まっていた。それだけならまだ特殊な病院という感じなのだが、各ベッドの下にはベッドからはみ出すような大きさで、なんらかの魔法陣が刻まれていて、ベッドの枕元からは大量の蔓が生えていた。
ベッドの上の人たちは全員拘束されているわけでもなく、例外なく全員が眠っている。
そして、ベッドから生えた蔓は全て奥の壁にある何らかの魔術具に繋がれているようだった。
この人たちがあの巨人を動かす動力だったということだろうか。
これは……中々に壮大じゃな。これならあのバカみたいな巨大さも納得じゃ。
奥の壁の魔術具を見ると、緑色に光っている部分と、見慣れない記号が大量に透明の何かに浮き出ていた。
なぁハック、これはどうやって止めればいいんだ。
そうじゃな。そこにあるキーボー……えー、記号が大量に書いてある凸凹したやつじゃ。何? ああもういい。わしが操作する。
ハックは慣れた手つきで、キーボードとかいうやつを操作して、なにやら魔術具を操作する。なんて複雑な魔術具なんだ。こんな細かな操作盤が必要になるということは、この魔術具は無数の用途を持つように思える。それか、調整しないといけない要素が大量にあるのか。いずれにしても、専門の技術者でもなければ操作できそうにない代物だった。
それをハックは難なく操作する。
これって、ハックの時代にもあったやつか。
うーん、それに答えるのはちと難しいな。じゃが、この操作形式はある一定のレベルを超えた魔術師が到達するものと言っておこう。下手したらこの黒幕はウィザード級かもな。
そんなやつが……。
まぁ、わしがおる。勝てはするじゃろう。大丈夫じゃ。大丈夫じゃ。さあ、ほれ、解除できたぞ。じきにみんな起きる。
ありがとうな。
わしはお主の魔導書じゃからな。
僕は近くにいた人から順に肩を揺すぶって起こして、事情を説明していく。この人たちも意識を失う直前までの記憶が残っていたからか、すぐに状況を理解して、逃げ出す準備をしてくれた。
起こすときに、あることに気づく。ここにいる人達は子どもから老人まで年齢はバラバラだけど、みんな金髪系の髪色で、耳が尖っていた。
もしかしてと、オペラの名前を出したら知っているという反応が帰ってきた。
「オペラは……オペラは無事なの?」
声をかけた中で特にオペラの名前に反応した人が二人いて、もしかしなくてもそれは、オペラの両親だった。
「はい無事ですよ。僕が信頼できる人が面倒を見ています。元の村の場所に戻れば合流できると思います」
「そう! そうなのね。あの子、私たちの村が襲われる少し前にいなくなってたから、本当に心配で……」
「本当に良かったです。助けてくれてありがとう」
「それほどでも……ないですよ。そんなことより、早くここから離れましょう。今のところ妨害はないですけど、いつ黒幕が戻って来るか分からない」
「そうですね……僕らの村を襲った木の化け物はどこにでも潜めるから……あれは……悪夢のようだった」
「とにかく脱出しましょう」
起こした人たちの中でも腕に覚えのある人を先頭と左右に配置して、戦えない人を中心に、最後尾に僕が着いて外へと出ていく。
脱出の直後、ぽっけの中でトークンが震える。思い出したように取り出すと、それが指し示す座標はまだもう少し森の奥へ向かっていた。
これで村人たちは救出した。本当に妨害したいなら、もっとタイミングがあったはず……、大丈夫、これで大丈夫。こんどはアイロンの分を果たそう。
森を少し移動して、あの立て看板を通り過ぎたタイミングで僕は、トークンの指し示す方向へと引き返した。
オペラの両親の静止を振り払って。
僕にはまだやることが残っているから。
再び戦いの場所へと。
日は沈み空が真っ赤に燃えている。
当たり一面僕が焼け野原にした大地を踏みしめて、トークンの光の先へ。
もう少しで終わる。
あと少しだけ、付き合ってくれるか、ハック。
そうじゃな。最期まで。
活動報告に、今後の投稿予定と C105 の告知あります。
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