18──再会、そして その1
今日は、わたしが華々しい冒険者デビューをして三週間の記念日。
とある冒険者酒場の小さなステージの上。
ここから、わたしの冒険者アイドルの道が始まる。
「いよっ、オペラちゃん!」
「なんだぁ、何歌うんだ?」
「いいぞいいぞ」
「準備できたわよ」
最後のはコランの声。わたしの声を会場全体に届ける装置の準備ができたみたい。
「本日は、わたしの冒険者デビュー三週間記念とDランク依頼達成記念のライブにおこしくださり、ありがとうございます!」
わたしが手に持っているマイクに向かって話すと、会場のあちこちで同じ声が出てくる。
「みんなの毎日の応援に……、ありがとうを込めて、歌います」
首から下を全部覆ってるマントを外して投げる。
「「ひゅー!」」
会場中が盛り上がる。
今のわたしは、いっぱいのフリルで武装していて、コランがフリルは多いほど強いと言ってた。今のわたしはとにかくかわいい。キャニーとエメリーに見せてあげたかった。
「それでは聞いてください。『女でも冒険者になりたいし、恋もしたいっ!』」
コランがどこかから連れてきた人が、ピアノを弾き始める。
「ぼうけんしゃって~きけんだって~♪」
コランが作った歌を歌う。
ノリノリになって、体を揺らしながら歌う。
わたしの歌に合わせて、聞いてる人たちが体を揺らす。
なんだかみんないっしょで楽しい。
会場にいる二十人以上の人がみんなで同じになっている。
「でも、つよいおんなになっても~♪ こーいーがーしーたーい♪」
歌い終わると会場中からパチパチと拍手が聞こえる。
「ありがとー」
おでこを拭いてから、みんなに向けて手を振る。
「ここでー、えーと、お知らせがありまーす」
拍手の音が止まって、みんなわたしの話を聞こうとする。
「えーと、ざんねんですがー。このたびわたしは、この街から出ることになりました」
「「「えー!」」」
「なごりおしーですが、まだ、冒険者は続けるので、また会ったときはよろしくおねがいします! じゃーねー」
わたしはステージから降りる。今日はこのまま宿に戻って朝になったら出発するんだ。
「アンコール! アンコール!」
「「アンコール! アンコール!」」
アンコール?
「ねぇコラン。アンコールってなに?」
「アンコールっていうのはね、もう一回歌って欲しいってことよ」
「そうなんだ」
「行ってきなさい」
「いいの?」
「時間はまだまだあるわ。満足するまで歌ってきなさい」
「分かった!」
ステージの上に戻って、みんなの前に立つ。
「アンコールに応えて、まだまだ歌います!」
そっから喉が枯れて歌えなくなるまで、何回も何回も歌を歌った。
めっっちゃ楽しかった。
次の日の朝。
わたしとコランは馬を借りて次の街へ出発する。
キャニーがいなくなってから、すぐに、キャニーが行った方向の街の孤児院が襲われたらしい。
「根拠はないけど、無関係だとは思えないわね」
「キャニーはそんなことしないよ」
「どういう風に巻き込まれたのかは分からないわ。でも、タイミングが良すぎるし、それ以外に手がかりがないじゃない」
その後、隣の街に移動してすぐに、また別の街の孤児院が襲われたという噂が入ってきた。
「見間違いの可能性もあるけど、キャニーらしき人物の目撃情報もあるし、流石に無関係とは思えないわ」
そうしてわたしたちは、孤児院のある街を順番に回ることにする。
でも、孤児院が襲われるときに間に合うことはなかった。いつも少し遅い。キャニーがもし犯人と関係してるなら、事件の起きた街からはさっさと出ていっているはずだ。
だから今日もいつも通り、孤児院のある街を目指して移動する。
昔はおしりが痛くなっていた馬も、今では楽に乗れるようなった。
移動してるときは、わたしが道で見かけたものについて質問するか、コランが一方的に色んなことを話してくれた。ときどき話が長かったり何を言ってるか分からなかったりして、眠たくなるときもあった。
「いい? オペラちゃん。あなたは可愛いから、街で声を掛けられたときは注意しなさい」
「なんで? 怪しい人にはついていかないよ」
「もしかしたらアイドルになりませんか? って言ってくる人もいるかもしれないわ。アイドル事務所といって、可愛い子をアイドルにする仕事してる人がいるの。でも、そんな人のほとんどは、アイドルをお金としか見てなくて、嫌な仕事もさせてくるから。絶対に断るのよ」
「分かった」
「だいたいね、今のアイドルなんて、みんな事務所の言いなりで奴隷みたいなものよ。聞く所によると、枕営業といって、裸で接待をさせたりもするらしいよ」
「は、はだか?」
「ああ、ごめんなさい今の話は忘れて」
「うん」
「だいたいね、女にはあんな露出の多い服を着せるのに、男は全然露出をしないなんて不公平だとも思うのよ。男性アイドルというものが必要だわ。じゃなきゃ不公平よ。でもなんでか知らないけど、男性は歌手とか演奏家ばかりで、いわゆるアイドルって感じの人が少ないの。私はこの辺の不公平も正したいと思っているわ」
「そうなんだ……」
わたしは他のアイドルを見たことがなくて、コランから聞いたことしか知らないから、ただ黙ってコランの話を聞いている。
「そうよ。大体、女性は低く見られがちなのよ。それではいけないわ。だから、冒険者にも女性が少ないの。オペラちゃんも、女性の冒険者を見かけたら優しく声をかけてあげるのよ」
「ね、ねぇコラン。あの木に咲いている花は何の花?」
「あのトゲトゲした葉っぱのやつ?」
「うん」
「あれは、ひいらぎよ。魔除けとかに使われるわ」
「食べられる?」
「毒は無さそうだけど、食べないわね」
「それでね、オペラちゃん。私が常々思ってることなんだけど」
また始まったコランの話に、わたしは目をそらして、周囲に助けを求める。辺りを見回すと、話し声があまり聞こえないくらい遠くに、馬に乗ったおじさんがいる。
チラチラとそちらを見る。汚れのない金属製の鎧を付けていて背が高く、どこかで見たような模様がでっかく胸のところに入っていた。髪の毛は長く伸びているものの、全体的にきっちりしてそうな人だ。この人は一人で馬に乗って退屈じゃないのだろうか。話しかけて来ないかな。
ずっとそっちを見てると、その人と目が合う。
わたしの願いが伝わったのか、その人がゆっくりこちらに寄ってくる。
「何よ」
コランがわたしの頭の上で強めに言う。
「ああいえ、女性だけで馬に乗っているのが珍しかったもので。私の名前はキャプ・バーナーズ。刑事をやっています」
キャプと名乗ったおじさんは、ポケットから複雑な模様をした銀のペンダントを見せてくる。決まり切った感じの笑顔で、よく見ると、最初に思ったよりも若そう。
「もし差し支えなければエスコートさせてもらっても?」
「ふん。私のこと女だからって侮ってるの? これでもBランクの冒険者なのよ。エスコートなんて必要ないわ」
「まあまあそう言わずに、私の方も一人旅なんで、話し相手が欲しかったところなんですよ。街に着くまででいいので、少し世間話でも」
「ふん。刑事の身分を使ってナンパってわけ?」
「それは不味いですね。妻に叱られてしまう」
そう言ってどっかに行こうとしたキャプを、わたしは呼び止める。
「コラン。わたしちょっと話したい」
「えっ、そうなの? まぁオペラちゃんがそう言うなら……」
「おじさんは、なんで一人で旅をしてるんですか?」
「おじ……、私は刑事の仕事ですよ」
「刑事の仕事って一人で色んなところに行くんですか?」
「うんそうだね。定期的に色んなところに行ってるんだよ」
「ずっと同じ場所で仕事できないの?」
「やっぱり犯罪っていうのは、一つの街の中だけでおさまることは少ないからね。それに、警察としても、ずっと人が変わらないとどんどん怠けちゃったりするから、常に誰かしらは出張したり動いたりするんですよ」
「へー」
そうなんだ、と。話を聞く。ずっとコランの話ばかり聞いていたし、コランは何もないと同じような話をずっとするから、あんまり分からない話でも今は面白かった。
「お嬢ちゃんは将来警察とかに興味あるかい?」
「うーん。でもわたし、ぼう、けん、しゃだから」
「冒険者をやってても警察にはなれるよ。むしろ、冒険者ライセンスはあっても損することはないしね。私としてはお嬢ちゃんみたいな子に警察になってもらえたら嬉しいけどね」
「ふえー」
「あら、オペラちゃんに目をつけるなんて、なかなか見る目があるわね。でもオペラちゃんは私のだからあげないわ」
わたしはコランのものじゃないよ!
「それは残念ですね」
「それに、警察って全然女性採ってないじゃない。せいぜい事務とお茶くみでしょ。オペラちゃんはこれから華々しいスター冒険者の道を歩むんだから」
「いやいや、それが最近は警察も女性の捜査官を増やそうとしてるんですよ。犯罪に男女なんて関係なくってですね。男の捜査官だけだとどうしても、聞き込みしづらいことだったり、女性の囚人の扱いとかもし辛かったりするんですよ」
「少しは話しが分かるみたいね」
「ご理解いただけたようでなにより。それでどうかな、将来警察に来ないかい」
「うーん。ダメだよ。わたしやることがあるから」
「やっぱりですか。女性二人で旅をしているということは何か訳ありということでしょうからね。無理強いはしませんよ」
それから街に着くまで、わたしたちとキャプは色んな話をした。最初は当たりの強かったコランも、犯罪者をむりょくかする方法の話ではノリノリで話していて、その間わたしはまた退屈な気持ちになるのだった。
街に入ったところでキャプとはすぐに分かれた。
そして、わたしとコランも分かれた。
コランは色んなお店に物資の買い出しに、わたしは冒険者ギルドにキャニー捜索の依頼書を出しに。冒険者ギルドの入口でコランと分かれてから、慣れた足取りでギルドに入る。
最初はおっかなびっくりだったけど、今ではすっかり慣れた場所。街によって建物の大きさも見た目も全然違うけど、中はだいたい同じ感じ。中にいる他の冒険者さんたちが、パッと見強くて乱暴そうだけど実は優しいのもだいたい同じ。
コランが前に言ってたけど、ギルドの中での行動は、冒険者としての評価に繋がるし、いつ死ぬとも分からない人同士、むやみに喧嘩なんてしてると大変らしい。
わたしは中に入って、依頼の受け付けへと行く。依頼料は依頼書といっしょに便せんの中に入ってるから、便せんとあとは自分のライセンスを見せれば依頼は完了する。ほどなくして、掲示板に依頼が張り出されるから、後でまたギルドに来れば状況を教えてくれる。
周りの冒険者がこっちをジロジロ見てくるけど、これも慣れた。
依頼書を出してから、実際に受理されるまで三十分くらいロビーで待つ。その間、わたしに話しかける人がいるかどうかは、ごぶごぶくらい。今回は話しかけられないみたい。
その代わりに、周りをひたすら眺めたり掲示板でわたしでも出来る依頼ができるか見ていると、珍しく女性の冒険者が椅子に座って、落ち込んでいた。
その水色髪で短髪の冒険者に、わたしは話しかける。
「こんにちは」
髪の毛はザクザクに短く切られていて、誰かにいじめられているのかという感じだった。絶対におしゃれとかじゃなくて、見てて可愛そうな気持ちになる。目には分かりやすくクマが出来ていた。
どこかで会ったことがあるような気もしたけど、他の冒険者の知り合いがいないから、気のせいだと思った。
考え事をしていてわたしの声が聞こえていないのか返事が帰ってこない。
「こーんーにーちーはー」
「あ、ええ。誰?」
わたしの方を見たけど、なんか怖い。目はこっちに向いてるけど、どこも見ていない感じがする。
「わたし、オペラ、これでも冒険者なのよ」
「オペラ……、ほんとう? 同じ名前の子に会った気がする……、でも多分別の子だよね。会ったことある?」
お姉さん……の方も、わたしに見覚えがあるみたいだった。だとすると他の冒険者ギルドですれ違ったりしたのかな。これまでのギルドで、わたしは人気者だったから、名前を知っててもおかしくない。
「どこかのギルドですれ違ったかも」
「女の子の冒険者って珍しいから、記憶に残ってたのかな」
「おねーさんの、お名前は?」
「私……私はオキシ」
やっぱり知らない名前だったので、気のせいだったみたい。
「オキシ……、オキシはどうしてギルドにいるの? わたしは人を探す依頼を出しに来たの。キャニーって人なんだけど」
「キャニー? キャニーって言った?」
「えっ、知ってるの? キャニーだよ」
キャニーの名前を出したら、オキシの目に少しだけ光が入る。もしかしてと思って、依頼書に書いた内容を言う。
「二十代の男性で、アホ毛が生えてて、ちょっと髪が長くて、刀を持ってて、あんまり強そうに見えない感じの」
「その人と分かれたのはどこ?」
「えーと、フォーオーって街で」
「あ……ああ。そう、じゃああなたってもしかして……そ、そう。やっぱりそうなんだ。どうして……私はどこで間違えたの。ねぇ、アイちゃん。私を置いていかないで」
「だ、大丈夫。何があったか知らないけど、大丈夫だよ」
オキシの頭を撫でる。そうしないと今にも死んでしまいそうに思ったから。ざっくり斬られた髪がチクチクする。
「キャニーのこと知ってるの? ねぇお話聞かせて。わたしキャニーを探してるの」
「探してどうするの?」
「捕まえて押し倒す! それで、もうどこにも行くなって言ってやるの」
「どう、して、そんなこと。キャニーも迷惑じゃないの。そんなことしても、また逃げられるかもしれないよ。私が捨てられたみたいに」
「じゃあわたしは逃げられないようにしっかり縛る」
「だからどうして、そんなことできるの。無理矢理にいっしょにいて、何の意味が」
「そんなの関係ないって、コランが言ってた。わたしが一緒にいたいから一緒にいるの。それに、キャニーにはせきにん、をとらせないといけないんだって」
「そんなこと……」
「わたしがそうしたいからするんだよ」
「自分が……したいこと。そうだよね。自分で考えて、自分でやりたいことをやらないと……だよね」
「そう。だから、キャニーの話を聞かせて。それで、もしよかったら一緒にキャニーを、とっちめようよ」
「ははっ。ひひ。ふふふ。そう、だね。いくらでも話すよ。キャニーのこと、あなたと一緒には行けないけどね」
「ありがとう、オキシさん」
それからオキシとわたしは、ギルドの中にある居酒屋で、キャニーの話を聞いた。
街を出てからのこと、わたしの村を襲った人たちが孤児院と関係してること、わたしとオキシの友達のためにキャニーが戦っていること、今でも一人で戦っているだろうこと。
オキシから聞いたキャニーは、わたしの知ってるキャニーのようでも、そうじゃないようにも聞こえた。
だけど一つだけ、これは間違いないと思ったことがある。
「キャニーがオキシのこと置いていったのは、オキシは悪くない、キャニーがオキシのこと嫌いになったんじゃない、キャニーがヘタレだからだよ!」
「そっか。そうかぁ」
オキシの話がだいたい終わった後は、今度はわたしの方からキャニーの話とか冒険者として活動している話をした。
そして、二時間くらい経った頃かな。予定よりも早く、まだまだ話足りないと思っていたくらいに、コランがギルドに来た。
「オペラちゃん! キャニー見つけたわよ!」
さあ、今度は逃さないよ。首を洗って待っててね。
活動報告に、今後の投稿予定と C105 の告知あります。
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