08─もう少し。きっと許してくれる その1
例の幻想的な夜から、二日後。今日も今日とて山道を行く。旅程も残りわずか。青空と木陰の間を軽い足取りで進む。
川遊びをしたり、イノシシに突進されて死にかけたり、地面に落ちた雛を巣に返したり、寝てる間に虫に襲われたり、それでも順調にここまで来れた。追っ手も今のところ遭遇していない。
オペラの村、スピム村へと繋がる道を行く。ときには道なき道を歩くこともあったが、定期的に村に往来があるのか、ある程度踏み固められた道を歩けている。
家が近くてごきげんなのか、オペラが歌を歌う。
「ばらばらのトビー♪
やんちゃなトビーは帽子を落っことす
トビーはいつものことさと鼻歌うたう
ふふふんカタカタふふふんケタケタ
ばらばらのトビー♪
ぼんやりトビーは口を落っことす
トビーは」
「ちょっと待て、なんだその歌は」
「えっ、ばらばらのトビーだよ」
「オペラの村に伝わる童謡か何かなのか?」
「どうよう?」
「まぁいいや。口を落っことすってなんだ?」
「知らないよ。トビーはおっちょこちょいだから、いろんなものを落とすんだよ」
「ま、そんなもんか」
突っ込んでみたはいいものの、確かに童謡って、意味不明だったりするよな。なんなんだろうな。
「トビーはいつものことさと鼻歌うたう
ふふふんカタカタふふふんケタケタ
ばらばらになるよ
ぽろぽろとれるよ
それでもトビーは鼻歌うたう
カタカタケタケタうたうんだ」
そこで、歌詞は全部なのか、オペラの歌が止まる。なんか薄気味悪い内容の歌詞だと思う、呪いの人形か何かだろうか。
「ねぇ、キャニーもなんか歌ってよ」
「えー、歌なんて知らないよ」
そんなイベントとは無縁だったからな。国家校歌の類も口パクでやり過ごしてきた僕であるからして。
「ふーん」
「なんだよ」
「キャニーって友達いない?」
「なっ、そんな、こと、なななないよ」
と、友達? いるさ。いや、いてもいなくてもいいんだ。
「ごめんなさい」
「なんで謝るのかな? 友達がいないやつなんていないよ」
「誰?」
「え、えーと、えと。大家さんと同僚のエメリー……かなぁ」
「どんな遊びしてたの?」
「どんな? いやいや、大人になるとね、必ずしも遊ばないと友達になれないわけではなくて……」
「そうなんだ」
「だ、だいたい、友達なんていっぱいいても仕方ないだろ」
「なんで? みんないた方が楽しいよ」
「ぐぬぬ。大人になると友達みんなで会ったりできなくなるんだ。だから、少数精鋭で少ない方が良いんだよ」
「キャニー早口」
「いいじゃないか、友達なんていても人間強度が下がるだけだ」
ここで風の吹く音。
「キャニー小指だして」
「ん? こうか?」
「はい、キャニーとわたしは友達」
オペラが小指と小指を絡めて、そう宣言する。
絡めた小指は、誰かの悲鳴に引き離された。
「ハック」
「分かっておる。助けるんじゃろ?」
しょうがない阿呆じゃの。
助かるよ。
「オペラはここで待ってて」
荷物を預けて待機するように言う。
走り出す。多分そんなに遠くない。
お主は、魔導書使いが荒いのう。今度からは何か報酬を要求しないとかの。
ツケで頼むよ。
はぁ、何か考えておくかの。
道を抜け、開けた場所に出る。
「あれは?!」
「どうみても木、じゃの」
ハックの声が僕の口から出る。ハックに体の主導権を渡して戦闘モードへ。
木が動いていた。
根が枝が葉がうねり、今まさに数人の人間を拘束しようとうごめいていた。
どういう原理かさっぱり分からない、シュールな光景だ。
一気に走り寄って、今まさに追いつかんとしていた枝を、抜いた刀で打ち払う。
刀じゃ木に刃が通らん。焼き払うかの。お主よ、少々込んだ魔術を使う、体の権限を返すから時間を稼いでくれ。
いきなり言うな!
文句を口にしたくとも、僕の口だけはハックの制御下のままで、長い詠唱を紡ぎ始める。
「────」
不格好に姿勢を崩しながら、必死に攻撃の手を跳ね除ける。
一撃一撃が重い。少しでも気を抜くと吹っ飛ばされそうだ。
まだか。まだか。何かないか。
「危ない」
水色髪の女性が枝と僕の間に割り込む。
助かった。って口に出せないんだな。
もう少し時間を稼がないと。
二体一になって余裕が出てきたけど、決め手がない。このままハックの詠唱が終わるまでもつか?
ポケットに着火機器があることを思い出し、火を着けてぶん投げる。こんなのじゃ、生木に火はつかないだろうけど、怯んでくれないかな。
木の怪物に触れた小さな火種は、外皮を軽く炙っただけで、着火まではいたらない。
無駄だったか。
いいや、無駄じゃないぞ。よくやったお主。
長く紡がれたコードが、魔術現象へと変わっていく。
「下がれ!」
小指の先ほどの炎が、怪物の表面を伝って、全身を焼き始める。
ハックはすかさず次の詠唱をはじめる。
火の色が赤から白へと変わり。それでいて、周囲には……地面にすら焼け跡が残っていない。
短いコードが次々と作用して、熱を木の怪物の内部へと閉じ込める。
そんな灼熱地獄の中で、怪物は静かに燃え尽きて朽ちていった。
ふぅ、終わりかの。
助かったよハック。
「みなさん無事ですか?」
後ろを振り返ると、僕が助けた旅人が三名。荷車を引いた男性が一人。女性が二人。
「あっキャニーさん」
その内の一人は、例の宗教少女、アイロンだった。