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5 大鷲クラウディア



 その夜、クラウディアは公爵邸の自室で一人、どうするべきか思案していた。

 時戻りの魔法で時間を数ヶ月巻き戻し、兄に出会う前――つまり学園に転入する以前のリリーをプチっと潰すのが一番確かな気はする。気はするのだが……

「バカ兄の為に世間様の時間を3ヶ月も4ヶ月も巻き戻すのもな~」

 そう。時戻りの魔法を使えば、兄やリリーに何の関係も無い全くの他人を巻き込むことになるのだ。それってどうよ? と、クラウディアは思った。

「それに、その方法だとお兄様がアマーリエ様に何の謝罪もせずに終わっちゃうのよね……」

 それも何だか違う気がする。

 兄がリリーに完全に愛想を尽かし、尚且つアマーリエにきちんと詫びを入れてこその【解決】ではないだろうか?


「う~ん。どうしよっかな~?」

 なかなかイイ案が浮かばないクラウディア。

 その時、ふと本棚にある絵本が目に入った。途端にビビビッときたクラウディアは、本棚に駆け寄りガシッとその絵本を掴む。

「これだわ!」

 それは【イグアナの令嬢】というタイトルの子供向け絵本だった。幼い頃に繰り返し読んだクラウディアお気に入りの一冊である。クラウディアはそのストーリーを思い出し、素晴らしい着想を得たのだ。


「リリーがお兄様の半径75㎝以内に近寄ると、お兄様にだけ彼女の顔がイグアナに見える魔法を掛けてやりますわ。身体は人間のまま顔だけがイグアナって、かなり不気味な姿ですわよね。うふふふふ」

 おまけに兄は子供の頃から爬虫類が大の苦手である。100年の恋だって冷めるはずだ。

 この魔法は、兄とリリーが75㎝以上離れていれば発動しない。つまり二人が適切な距離を保っていれば、何も起きないはずなのだ。

「リリーの顔がイグアナに見えた時、それは婚約者でもない男女が近付き過ぎた時。全ては自業自得。天罰だと思ってくださいね、お・に・い・さ・ま♡」

 クラウディアは一人、ニヤリと笑った。



 翌日の学園にて。

 クラウディアは休み時間になると6年生の棟に向かった。例によって蝶の姿でひらひらと舞いながら。

 窓の外から兄のクラスを覗くと、ちょうどリリーが兄に近付いて行く場面だった。

 すかさず兄ゲオルクに魔法を掛けるクラウディア。

 ⦅くらえ! イグアナ魔法!⦆

 そのまんまである。クラウディアには命名センスが無かった。


「ゲオルクさまぁ~。東庭に出ませんかぁ~」

 甘ったるい声で名を呼びながら、席に座っている兄のもとに行こうとするリリー。

 周囲のクラスメイト達は男女を問わず、そんなリリーに軽蔑の視線を向けている。どうやら、相当嫌われているようだ。その視線に全く気付いていない様子の兄もリリーも鈍感力が凄い。

 ちなみにアマーリエも兄とリリーと同じクラスに在籍している。蝶のクラウディアがそっとアマーリエの様子を伺うと、彼女は教室後方の席から無表情で兄とリリーを眺めていた。

 ⦅アマーリエ様のあの表情……⦆

 兄がアマーリエに見捨てられる【審判の日】は直ぐソコまで迫って来ている――とクラウディアは確信した。とにかく、一刻も早く兄の目を醒まさせなければ!!


 そうこうするうちに、リリーは兄の直ぐ側までやって来て「ゲオルクさまぁ~。さぁ、行きましょう」と言いながら兄に手を伸ばそうとした。と、その瞬間。


「うわぁぁぁっ!? イグアナ?!」

 兄の悲鳴が教室中に響き渡った。

「え? ゲオルクさま? どうしちゃったんですか?」

 怯むことなく、なおも兄に近寄ろうとするリリー。

「ひぃぃい!? こっちに来るな!」

 椅子から転げ落ち、這うようにしてリリーから逃げようとする兄ゲオルク。

 リリーもクラスメイト達も何が何だか訳が分からないのだろう。みっともなく床を這いずる兄の姿に呆気にとられた様子だ。

「ちょ、ゲオルクさま? 大丈夫ですか?」

 リリーは屈みこんで兄に手を差し伸べた。が、兄はリリーのその手を思い切りはねのけた。

「俺に触るな!!」

 ここまでされれば、さすがのリリーもショックを受け、兄から離れるだろう――と思ったクラウディアが甘かった。

「ゲオルクさま、ひどいですぅ~! あ、もしかしてアマーリエ様に何か言われたんですか?」

 どうしてここでアマーリエの名が出て来るのだ!? 


「アマーリエ? あぁ、アマーリエ! 助けてくれ!」 

 急に後ろを振り向いたかと思うと、ナント兄はアマーリエに向かってそう叫んだ。

 ⦅はぁ?! 何を甘えた事を!? 一体全体どの口が言いますの?!⦆

 恥も外聞もなく婚約者アマーリエに助けを求める兄に、驚くと言うよりガックリくるクラウディア。何という情けなさだろう。

 ⦅あれがこの私の兄、そして我がアードルング公爵家の跡取りかと思うと泣けてきますわね……⦆


 果たしてアマーリエはどう出るのか? 周囲が固唾を飲んで見守る中、彼女は静かに席を立つと、床に這い蹲っているゲオルクに歩み寄った。

「ゲオルク様。体調がお悪いのでしょう? 保健室まで付き添いますわ。ねぇ、アナタとアナタ。手を貸してくださらない?」

 アマーリエはガタイの良い男子生徒2人に声を掛けると、彼らに(たぶん腰が抜けている)ゲオルクを抱えさせ、ともに保健室に向かおうとした。が、黙っていなかったのがリリーだ。

「ちょっと、待ちなさいよ! 貴女がゲオルク様に何か言ったんでしょう? 彼を脅したんじゃないの? 卑怯者!」

 侯爵家令嬢のアマーリエに対して、男爵家の庶子が言って良い台詞ではない。


 頭に来たクラウディアは、アマーリエが口を開くよりも先に蝶の姿から一瞬で大鷲に変身し、閉まっている窓ガラスに思い切り体当たりした。

 ガシャーン! 

 ガラスの割れる大きな音と衝撃に、教室の中にいる全員がクラウディアに注目する。

 そして、次の瞬間、教室のあちこちから悲鳴が上がった。無理もない。突如、大鷲が教室の窓ガラスを割って室内に飛び込んで来たのだから。

 大鷲クラウディアは他の人間には目もくれずリリーだけを追った。甲高い声で叫びながら逃げ惑うリリー。容赦なく彼女の両肩を大きな足でガッチリと(まさしく)鷲掴みしてやる。

「ギャッー!? イヤァー!?」

 そのまま足に力を込めリリーの身体を持ち上げると、大鷲クラウディアは獲物リリーとともに窓の外に飛び去ったのである。6年生の皆さん、大変お騒がせしました。アディオス!


 リリーに楽しい空の旅をプレゼントしてやろうと思ったクラウディアだが、その後5分も経たないうちに休み時間の終了を告げる鐘が鳴ってしまった。仕方なく1年生の棟の屋根の上にリリーを置き去りにし、急いで変身魔法を解いて自分の教室に戻ったクラウディア。授業はきちんと受けないとね。何だかんだ言ってクラウディアは真面目な学生なのだ。

 だが、屋根の上のリリーが助けを求めて大騒ぎをし始めた為、結局その時限の1年生の授業は中止になってしまったのである。どこまでも迷惑なオンナだ。猿轡でも噛ませておくべきだったな……





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