3 兄の浮気?
――3年後――
クラウディアと王太子ギルベルトは13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。二人の婚約は現在も継続している。
3年前の例の初顔合わせの後、国王と王妃から徹底的に絞られたギルベルトは、あの翌日に公爵家を訪れクラウディアに謝罪をした。そして、心を入れ替えたらしいギルベルトは、それ以来クラウディアに対して紳士的な態度で接するようになったのである。
という訳で、今現在クラウディアとギルベルトの関係はソコソコ良かったりする。実際に付き合ってみれば、ギルベルトはそれほど悪いヤツではなかった。王族らしい傲慢さはあるものの(おまいうクラウディアよ)快活で明るく、何事も根に持たない性分のギルベルトをクラウディアはけっこう好ましく思っている。ギルベルトの方はクラウディアの事をどう思っているのか、彼に聞いたことはないが(自称)王都一の美少女に惹かれぬ男がいるだろうか? いや、いる筈はない。もちろん、クラウディアもギルベルトもまだ13歳なので恋人どうしと言う訳ではないが、二人は例えるなら仲の良い幼馴染のような関係を築いていた。
そんなクラウディアとギルベルトは、今日の放課後も直ぐには帰宅せず、いつものように学園カフェで紅茶を飲みながら、二人でまったりダベっていた。のだが……
「……え? うちの兄が【浮気】ですか?」
驚くクラウディア。ギルベルトから思いも寄らない話を聞かされ、クラウディアは危うく紅茶のカップを落とすところだった。
王立貴族学園は6年制で、クラウディアの5つ年上の兄ゲオルク(18歳)は同じ学園の最終学年6年生に在籍している。兄はベスタ―侯爵家令嬢アマーリエと婚約しており、兄と彼女は学園では同級生だ。兄ゲオルクはアードルング公爵家の跡取りである。なので、二人の婚約はもちろん親の決めた政略の婚約だったが、クラウディアの知る限り兄は婚約者アマーリエを大切にしていたはずだ。その兄が、最近兄達の学年に転入してきたピンク髪の女子生徒とやけに親しくしている、だと?!
「いや、実際には浮気と言う程の事ではないのかも知れないが、君の兄さんが最近婚約者を蔑ろにして、そのピンク髪の女子生徒――リリーという名らしいが、その女とばかり行動をともにしていると6年生の間で噂になっている。言っては悪いが彼はいかにもチョロそうだから、その女にいいように利用されているんじゃないかと心配なんだ」
憂い顔のギルベルトにそう言われ、クラウディアは愕然とした。
クラウディアの兄ゲオルクは脳筋単細胞だ。それ故に兄は婚約者に一途なのだと思っていた。だが、見方を変えれば、そういう単純な男だからこそ、あざとい女に簡単に引っ掛かる可能性が高いとも言える。
「あの脳筋野郎、何ということを?! 公爵家の跡取りが脳筋単細胞では心許ないからと、父がベスタ―侯爵に頭まで下げて優秀で有能なアマーリエ様との婚約を取り付けたと言うのに。あの野郎はアマーリエ様との婚約の意味もうちの父の心配や努力も何も理解していなかったのですわ! 何という無能!」
思わず淑女らしからぬ台詞を吐くクラウディア。
兄とアードルング公爵家の行く末を案じるが故、ベスタ―侯爵に薄くなった頭頂部を晒すことさえ躊躇わなかった父の気持ちを思うと、兄への怒りが止まらない。
「いえそれよりも、何よりアマーリエ様に申し訳なさ過ぎますわ。あんな脳筋兄にも、そして私にも本当に良くしてくださっているのに……」
クラウディアは将来の義姉アマーリエのことが大好きだ。とても優秀なのにそれを鼻に掛けることもせず、周囲からの人望を集めるアマーリエ。美しく気高く、まさに淑女の鑑である彼女が自分の将来の義姉であることは、クラウディアにとって誇りだった。
「この私の義姉になるに相応しい方はアマーリエ様を置いて他にはいませんわ」
「……うん、そうだね」
「ギルベルト様。そのリリーとかいう転入生は一体何者ですの?」
「男爵家の庶子だってさ。平民としてずっと市井で育って、数ヶ月前に男爵家に引き取られたらしい」
「平民育ち?」
「そうなんだよ。貴族令嬢としてのマナーが全然身に付いていないどころか、平気で男の身体に触れたりする品の無い女だそうだ。けど、それが逆に君の兄さんの目には新鮮に映ったのかも知れないね」
「淑女の鑑アマーリエ様とは真逆のズベ公(王国の古い言葉で”品行の悪い女性”の意。罵りの意味を込めた表現)が新鮮に見えた? ふざけるな! ですわ」
天才魔法使いである絶対的強者クラウディアは常日頃、他者(=弱者)に対して寛大で寛容である。いわゆる強者の余裕と言うヤツだ。
故に、これほど怒っているクラウディアの姿を今まで見たことの無いギルベルトは目を丸くしている。
「クラウディア。君でも怒ることがあるんだね」
「この私を怒らせるとは、我が兄ながらイイ根性をしておりますわ」
「普段怒らない人が怒ると迫力があるね。怒った顔も綺麗だけど」
そう言いながら、眩しそうにクラウディアを見るギルベルト。
「私はどんな表情でも美しいのです。自信があります」
「……お、おう」
バカ兄め、どうしてくれよう――