1 婚約者と顔合わせ
「お前みたいなブスが、この俺の婚約者だと? 俺はこの国の王太子だぞ!」
綺麗な顔をした金髪碧眼の、いかにも生意気そうな少年は、クラウディアの顔を見るなり、そうほざいた。
初対面の婚約者――それも公爵家令嬢であるクラウディアに対して、よくもそんな失礼な事が言えたものだ。
言っておくが、クラウディアは自分の美しさに絶対の自信を持っている。
⦅……あらあら。初顔合わせの席での第一声がそれなの? あ、そうか。私のあまりの美しさに照れてしまったのね。このシャイボーイめ。うふふ。でもこの私に対して『ブス』だなんて。許してあげませんわよ!⦆
クラウディアとこの国の王太子ギルベルトはともに現在10歳である。二人はつい最近婚約したばかりで、今日が初めての顔合わせであった。もちろん親(国王と公爵)の決めた政略の婚約だ。ちなみにここは王宮の一室である。
心の中でニタリと笑うクラウディア。
⦅生意気な殿下に魔法を掛けてやりましょう。お仕置きだべぇ~⦆
クラウディアは小さく息を吐き、王太子ギルベルトと目を合わせた。と同時に彼に魔法を掛ける。無詠唱である。周囲の誰にも気付かれないはずだ。
次の瞬間、ギルベルトは目を見開き、クラウディアの顔を指差しながら大声で叫んだ。
「うわっ!? 何て気持ち悪い顔だ!? 化け物か!? おまけに腐った魚の匂いがするじゃないか!? お前、ホントに公爵家の令嬢か?!」
王太子ギルベルトの口から飛び出たトンデモナイ暴言に、同席している国王夫妻及び公爵夫妻、そして部屋の後ろに控えている王宮使用人達までもが一斉に顔色を変える。
クラウディアは、そんな周囲の大人達の反応を冷静に確かめつつ、これ見よがしに大袈裟にウソ泣きを始めた。
「うぅっ。殿下、あんまりでございます」
「ひぃ~!? 何だ、お前のその声は!? まるでガラスを爪で引っ搔いた時の音じゃないか!?」
クラウディアの声を聞き、更に喚くギルベルト。そう。今のギルベルトには、クラウディアの姿は化け物のように醜く見えている。そしてクラウディアの声も匂いも最高に不快なモノに感じているのだ。クラウディアの魔法によって。
⦅やっぱり私って天才魔法使いだわ!⦆
ウソ泣きをしながら、クラウディアは一人悦に入っていた。
※※※※※※
この王国で魔法を使える人間が生まれる確率は0.000001%と言われている。とても希少な彼ら彼女らは、魔法の才を見出されると同時に、魔法の正しい使い方や使うにあたっての倫理などを王宮魔法使いから直々に教育されることとなる。教育は数年に及ぶらしい。そうして、やがて成人を迎えると、その出身(貴族か平民かなど)を一切問われず、晴れて王宮魔法使いになることが出来るのだ。この王国ではそれは非常に名誉な事なので、余程特殊な事情でも無い限り断る者などいない。
クラウディアは、自身がそのような希少な存在である事を知りながら、魔法を使える事に気付いた6歳の時から10歳になった現在まで、誰にもその事を話していない。両親にすら、自分が魔法使いである事を打ち明けていないのである。
6歳の時、何も悪い事をしていないクラウディアを鞭で打とうとした家庭教師に向かって、クラウディアは心の中で⦅どっかイっちゃえ! 鬼婆!⦆と叫んだ。すると、次の瞬間、家庭教師の姿が消えた。伯爵夫人だった、そのアラフォー家庭教師はそのまま行方不明となり、1週間後に彼女の夫の領地の森の中で発見された。茫然自失の状態だった夫人は、クラウディアを鞭で打とうとした瞬間から森で発見されるまでの1週間の記憶を無くしていたそうだ。もちろん、社交界で【やべぇヤツ】認定をされ、公爵家の家庭教師もクビになった。
その顛末を知ったクラウディアは思った。
⦅ざまぁみさらせですわ!⦆
己が魔法使いであることを、クラウディアが初めて認識したのは、この時である。
本来ならすぐに両親に報告するべきだろうが、クラウディアは自分の力を内緒にした。
クラウディアは、自分の魔法は周囲の大人達から聞いていた王宮魔法使いの使う魔法とは比べ物にならないほど優れたものだと感じたのだ。まず、何と言っても無詠唱で瞬時に発動できる。王宮魔法使い達は皆、どんな些細な魔法を使うにも、長ったらしい詠唱をしなければ、正常に魔法が発動しないのだそうだ。何それ不便そう。おまけに、6歳のクラウディアが発動した、人間を瞬時に遠くの場所に転移させるといった強力な魔法を使える者はいないようである。王宮魔法使いって、案外しょぼかったんだな……と、クラウディアは大変失礼なことを思った。
クラウディアはこの家庭教師転移事件の後、自分の力を試すべく色々な魔法を使ってみた。家族や使用人達に気付かれないよう細心の注意を払いながら。その結果は驚くべきものだった。心の中で思うままに何でも出来たのである。本当に何でも出来た。しつこいようだが、本当にあらゆる事が出来た。信じられない事に、軽く念じただけで空まで飛べたのだ。時を止めたり巻き戻したりすら自由自在だった。ナニコレ無敵じゃん!? が、しかし、他人の精神にも干渉出来ることが分かった時は、さすがに恐怖を覚えた。いくら何でもヤバ過ぎるのでは!?
本能がクラウディアに告げた。「この力は絶対に隠すべき」だと。
もともとクラウディアは王家に連なる公爵家の令嬢という高い身分の人間だ。そんなクラウディアが桁外れの能力を有する魔法使いだと世に知られたら? 他人を思いのままに操ることさえ容易に出来ると知られたら? 怖がられて生涯【ぼっち】確定ではないか!? いやいや、ただの【ぼっち】ならまだいい。もしも、もしもだが、万が一、王家や国民に害をなす【敵】だと認定されたら、どうなるだろう?
聡いクラウディアは、自分自身や家族の将来に渡る【安心安全】を優先することにしたのである。
⦅だぁ〜れも知らない。知られちゃいけぇ~ないぃ〜。だけど、私は王国一の魔法使いよ! ……たぶんね!⦆
※※※※※※
「バッカも~ん!」
と、怒鳴りながら、国王が王太子ギルベルトの脳天にゲンコツを落とした。
「ギルベルト! お前は何という事を言うのだ!? クラウディア嬢に謝れ!!」
激昂する国王に、頭を両手で押さえながら涙目で抗議しようとするギルベルト。
「だって、父上! こんな化け物みたいな令嬢――って、あれぇっ?」
クラウディアの方を見たギルベルトが目を白黒させている。
クラウディアは、ギルベルトが国王にゲンコツを落とされた瞬間に彼に掛けた魔法を解いていた。気が済んだからだ。という訳で、今、ギルベルトが目にしているのは(自称)王都一の美少女クラウディアの可憐極まりない姿である。
「あれれぇ? おかしいぞぉ? すごく可愛い?! 腐った魚の匂いもしない!?」
素っ頓狂な声を上げる王太子ギルベルト。
その脳天に、今度は扇が叩き込まれた。
「ブベシッ!?」
変な声を出すギルベルト。
「ギルベルト! さっきから一体何を言ってるの!? クラウディアちゃんに謝りなさい!」
扇を振り下ろしたのは、顔を真っ赤にした王妃だった。
母親にまで殴られた10歳の王太子ギルベルトは、ついにおんおん泣き始めた。不憫。
ウソ泣きをやめたクラウディアは、紅茶を啜りながら思った。
国王夫妻って、案外スパルタなんだな……と。