Ⅸ
「働き口を探しに来ただけだ。挨拶が済んだのなら、通してくれるか?」
「はぁ…。こりゃ驚いた。ああ、お前みたいにタフな奴は歓迎だ。ボスが喜ぶだろう。おい見張ってろよ」
「分かった」
「お前も一緒に来い」
「マジかよ」
「早くしろ。さあこっちだアンデッド」
男が顔で方向を指し、先導する。
男の先導に従い、古びた店の裏手にある魔法で偽装された岩を通り抜け、奥へ向かう。
こちらに続き男の仲間も後に続く。
通り抜けた岩の先は松明の掛けられた、狭く殆ど何も置かれていない空間だった。
男が正面の壁を四度叩く。
「俺だ、開けろ」
壁が右にスライドし、奥の空間が現れる。
奥の部屋の左側には、正面を向く形で簡易なテーブルが置かれ、名簿や羽ペン、そして酒を注いだ木製のジョッキが置かれていた。
奥の部屋に入ると、部屋にいた男が壁に設置されたレバーを引き、スライドされた壁が閉じていく。
先導する男が奥の部屋にいた男の方へ向かう。
「昨日はどうだった?」
「ダメだ。また負けちまった。あいつは絶対いかさましてるぜ。間違いねえな」
男がテーブルの側にある椅子へ座る。
「ずっとそれ言ってるな。いい加減負けを認めろよ」
「うるせえ、さっさと行けよ」
男が葉巻を咥え、指先から放った魔法で火をつける。
部屋の奥にあるアール開口の木製扉を先導する男が開けると、下へ続く階段が目に入る。
薄暗く湿った階段を下りていく。
階段を下りながら先導する男が振り向く。
「なあ、あんた名は?」
「お前に教える名などない。前を向け」
「ああ…その…気分を悪くして悪かったな。さっきの事は…まあ謝るよ。悪かった」
「気にしていない」
「ああ……そ、そうか。なら良かった。俺はゲイグだ。よろしくな」
握手を求めこちらに手を差し出す男。
「…………」
男が手を戻す。
「ネクロマンサーというか、アンデッドを実際に見るのは初めてなんだ。昔、リベルタリアの連中と色々あったから、死霊術にちょっとばかし興味が湧いてな。ハッハッ、それであんたに会えて…まあ…」
目を細める。
「…………」
「お、おう。了解、了解だ。もう口を閉じるよ」
ゲイグが階段を下り終え、鉄製扉を開ける。
扉の先は酒場のような長いテーブルが置かれ、椅子が一列に並べられている。
裏の住人達が談笑しながら酒を飲み交わし、楽しんでいる。
欲望渦巻くこの場からは、絶えず物騒な話が飛び交っている。
周囲に四角いテーブルがいくつか置かれ、大半が4人で囲み、トランプを楽しんでいる。
長い髭を生やしたドワーフが葉巻を咥えて笑い、細身の人間の男がテーブルに手を置き、ハンドナイフトリックをさせられている。
「ボスはあの扉の先にいる」ゲイグが一番奥に見える扉を指差す。
「分かった」
案内した2人の男は階段に戻っていく。
葉巻の煙や酒のにおいが充満する中、周囲を眺めていると、柱に背を預け腕を組んでいる1人の女と目が合う。
肩まである赤い髪に白い肌。右の額から右頬までに目立つ傷を負っている。
全身に黒いマンティコアの素材を使用した中装ラメラー鎧を身につけ、刃の無い黒銀パイクを携えている。そしてパクスが刻印された大きなカイトシールドを装備していた。更に背には二本の剣を携えているのが見えた。
女から視線を逸らし、元締めがいる奥の扉に向かう。
すると少し歩いた後、女が後ろから声を掛けてきた。
「まさかスケルトンが迷ってくるとはね」
「アンデッドは嫌いか?」
「ワオッ!? 喋った。スケルトンじゃなくリッヂだったのね。これは…驚いた。へえ~」
俺の体を見回す女。
「お前もここの住人じゃなさそうだな」
「当たり」
「一体ここで何をしている?」
「言うならあなたが先よ」
「なら用はない」
「ちょっと!? 気が短いんだから」俺の腕に触れようと女が腕を伸ばす。
「触れない方がいいぞ」
「うー」女が手を引っ込める「そうだったわね。リッヂは触っただけでこっちの手がヤバいもんね」女が腕を組む「自己紹介させて。私はルビー。まあどこにでもいる傭兵よ。あなたは?」
「ロルフ」
「そお。よろしくね。ロルフ」
ルビーが笑顔を見せる。
「覚えておこう」
ルビーは腕を組むのをやめる「忙しいのに引き止めてごめんなさいね。さあ、どうぞ」
進行方向に片手を差し述べるルビーと別れ、先へ進む。
手すりにもたれ掛かり、腕を組み人間と話しているテグー。
すれ違い様に聞き取る。
「ドラゴンの噂聞いたか?」
「いいや。デカかったのか?」
「ああ、らしいぞ」
「一儲けいくか?」
「馬鹿が。次の日にはドラゴンの糞の中だ」
「ハッハッ、だな」
元締めがいる扉の前には、分厚い黒い鎧で覆っている、死刑執行人の格好をしたドワーフの男が立っている。
ドワーフだが、デカいな。混血か。
「なんの用だ?」
「お前のボスと話をしにきた」
「駄目だ。墓に帰れ」男は腕を組んだまま微動だにしない。すると二度、中から扉をノックする音が聞こえてくる「んー、入っていいぞ」男は静かに扉から距離を取る。
扉を開け中へ入る。
中は外とは違い、落ち着いた雰囲気の部屋だった。
部屋には様々な剥製や宝飾品が飾られていた。
壁には鹿を始め、狼や熊のトロフィーが掛けられ、部屋の隅には等身大の熊の剥製が置かれている。
別の等身大の剥製はヒポグリフや小型のバジリスク、スパイダーなどもあった。
剥製を眺めていると、部屋の奥のデスクで何かを書いていたスキンヘッドのドワーフの男が頭を掻きながら立ち上がり、こっちを見る。
男は黒の片目縦ワンライン、両目横ワンラインの戦化粧をしている。
「いや~、来る頃だと思っていたよ」
陽気に話しながらこちらへ歩いてくるドワーフ。
ドワーフはそれなりに伸びている髭を手で触りながら、少し距離を取り足を止めた。
扉の側に立っていた虚ろな目をした女のドワーフが静かに扉を閉める。
「俺を知っているような口ぶりだな」
ドワーフがトロフィーの方へゆっくりと歩いていき、剥製を撫でる。
「凄いだろ〜? こう見えても昔は、腕の立つ狩人だったんだ」
「質問に答えろ」
振り向くドワーフ。
「勿論だとも。狩人の狩猟本能ではないがな。俺にはちょっとした助っ人がいるんだ。だからお前の到着は聞いていた」
「ほお、特別な品を扱う商人か?」
「んっ」ドワーフが動揺している「まあ、なんだ。それで…リッヂがわざわざこんなところに何をしに来たんだ?」ドワーフが額に汗を滲ませ尋ねてくる。
「俺に合う仕事がないかと思ってな」
「まあ仕事なら山ほどある。だがお前にやる仕事は1つもねぇーなー」
「そうか。邪魔したな」
部屋から立ち去ろうとすると。
「まっ」ドワーフが軽く叫ぶ「まあ待て。軽い挨拶だろ。そう急ぐな。せっかくここまで来たんだ。商品を見ながら、軽く話そうじゃないか。なあ?」
「なぜだ?」
「なぜって…俺は商売人だ。常に…常に…金を稼がなきゃならん。そうだろう? そういうもんだろ。それにリッヂに会えるなんて、ハッハッ、そうそうにない事だからな。仲間と酒を交わす時のつまみにでもしたい。どうだ?」
ドワーフから焦りと懇願さを感じる。
「いいだろう。案内しろ」
ドワーフがテーブルから魔力を放つ黒い鍵の束を取り、部屋の外へ向かう。
虚ろな目をしたドワーフの女が無言で男の方を凝視している。
「大丈夫。商品を見せに行くだけだ」
虚ろな目をしたドワーフの女は顔の向きを部屋へと戻した。
ドワーフと共に部屋を後にする。
ドワーフが歩きながらこちらを向く
「ここの更に地下なんだ」
部屋を出てすぐ側にある、直角に曲がる木製の階段を下りていく。
ジョッキを持ったドワーフ2人が凝視してくる。
「なんでスケルトンがここに」
「仮装だろ」
「お前あれが仮装に見えんのかよ。中身スカスカだぞ」
「あれじゃあ酒飲めねーよなー」
「ハッハッハッ、バーさんの乳みたいに全部垂れ落ちちまうしな」
「ハッハッハッ」
「深いんだな」
「あんたにとってはこれで深いのか?」
「まあな」
「俺達ドワーフにとっちゃ、こんなもんほんの庭先だ」
「地下には妙な輩が多いだろ?」
「まあ…確かに噂は聞いてるが、ただの噂だ」
「お前がここを仕切っているのか?」
「ああ…あぁ! そうとも。さあここだ」
ドワーフが鍵音を雑に立て、鍵の束から扉に合う鍵を探している。
なんの変哲もない広い土の地面。吹き抜けになっている天井以外を除けば、静かだ。
「あったか?」
「あー、あったぞ」ドワーフが古びた鉄製扉を開ける。
中へ入るとドワーフが急ぎ扉を閉め施錠する。
中央の四角いテーブルを囲い、鎧に身を包んだ4人のドワーフの男達が談笑しながらトランプをしている。
案内するドワーフがテーブルの側に向かう。
「調子はどうだ?」
「上々だボス」
「ふむ」
間違いないか。
元締めの男が奥の施錠されていない鉄製扉を開け振り返る。
「いいか 、誰が来ても絶対に通すなよ」さきほど話しかけた男が正面を向いたままトランプ片手に腕を上げて振り、相槌を送る。
元締めの男に追従し扉を抜け、更に奥へ進む。
扉の先は広い牢獄になっていた。
ドワーフ種族を象徴しているようだ。
様々な種族の奴隷が檻に入れられている。中には種族以外にも、動物や魔物に姿もある。
1つ1つの檻はかなり広く、ベッドやテーブル、椅子なども備わっていた。
種族、動物、魔物と大部分の区別がされているようだ。
「いつもこれほどの奴隷を抱えているのか?」
「まあそうだな。だが昔と比べて落盤や、採掘の粉塵で死ぬ奴隷が減ってきたからな」
「今の需要は?」
「様々さ。労働や欲のはけ口、戦争用の兵士、後は貴族の庭先の手入れと多種多様だな。まあ時代だよな」
「自由奪うのは気に入らんな」
「いつの時代も変わらないさ。能力のない奴は自分から奴隷になるしかない。まあ、助けてやってる」
「奴隷にしては皆状態が良いな」
「アンデッドのあんたにとってはそそられるだろ? まああんたがいつから生きてるのか知らんが、奴隷との付き合いが長い俺達ドワーフは、昔より質にこだわる傾向が強くなってきてな。ああ、こっちだ」
元締めの男が看守と書かれた部屋へ案内する。
部屋へ入ると元締めの男はこちらに背を向けたまま扉を急ぎ閉め、無言で身動きしなくなった。
「牢にしては見張りが少ないな」
男は無言のまま何も答えない。
「どうかしたのか?」
「ここなら…もう大丈夫だ」
男がすぐさまこちらへ振り返る。男の表情は先ほどとはうって変わり、非常に険しく、額から冷や汗を流している。
焦った様子で何度も周囲の警戒を繰り返す。
「俺の近くなら、余計な奴に干渉される心配はない」
「本当か!? ああ…。もうどうにでもなれだ。頼む! 俺を助けて欲しい!」
「さっきから誰に怯えてる?」
「デーモンだ」
「ほお、仲良くやってると思ったんだがな」
「おいおい真面目に聞いてくれ」
元締めの男は必死に語り、両手を広げる。
「なら誰かに金を掴ませて、対処させたらどうだ?」
「フィーンドじゃない! あっ…本物のデーモンだ。分かるか? 正真正銘のデーモンなんだ」
元締めの男が声を荒げた身振り手振りした後、小声で続けた。
「それは大変だな。話を聞こう」
元締めの男は落ち着かない様子でうろうろと同じところを行き交う。
「もう何十年も前からだ。奴はこの街を支配してる。常人の手に負える相手じゃない。街の住人の大半が、奴のコレクションとして魂を囚われているんだ」
「お前は違うのか?」
「今のところは、使えると思われているんだろう」俯く男「いや…実際には恋人を囚われているんだ。さっき俺の部屋にいたドワーフの女だ。あいつの魂は悪魔に囚われている。だから俺はおとなしく従うほかないんだ。というより、悪魔は俺の苦しむ姿を見て楽しんでやがる」
「ならお前を信用するのはやめた方が良さそうだな」
「た、頼む! そんなこと言わないでくれ! お願いだ見捨てないでくれ! も、もう奴に怯えて生きるのには疲れたんだ。自由を味わいたいんだ! お願いだ! 頼む!」
男は涙目になり、必死に自らの無力さを悔やむかのように歯を噛み締め訴えかけてくる。
「悪いが響かん。それになぜ会ったばかりの俺に頼む? そのデーモンの仲間かもしれないだろ」
「デーモンとアンデッドはドワーフとエルフ程険悪だろ?」
「それは相手による」
「た、確かに…」
「俺が初めてじゃないのは分かっている。上にいた双剣の女もそうだろ」
男が肩を落とす。
「ああ、あの小娘か。あいつはブラッドシーカーとかいう吸血鬼ハンターのメンバーで、街に潜伏している吸血鬼だかを退治しに来たとか言ってたな。それでここに吸血鬼の情報を求めに来たんだ」
「情報の見返りにデーモンの討伐を頼んだか」
「ああ…」
「愚かな(呆れ)」
「仕方ないだろ!」元締めの男は大袈裟に両手を広げる「俺にはもう…正常な判断をするほどの余裕は残っていないんだ。毎日毎日、デーモンに捧げる奴隷を、何も知らないふりして…ああくそ…」
「あの女はデーモンの玩具になる運命だ。それとまだ肝心な質問には答えていないぞ」
「すー、ふー」元締めの男は自らを落ち着かせるように深呼吸をする「あんたの事は、その…デーモンからもう聞いていたんだ。でもデーモンの言い回しがいつもとなにか違ったからな。何かあると思って。デーモンはあんたを酷く警戒しているようだった。こんな事初めてだ。だからもしかしてと、思ってな」
「なるほど。今までに何人雇った?」
「あぁ、さあな、分からない」苦しい表情を浮かべている「ああ、デーモンスレイヤーも雇った。確か……2人雇った。でもどっちも帰って来なかったな。殺られたんだろ。とにかく強力なデーモンだ。奴は常軌を逸してる。それは確かだ」
「俺も奴の生け贄になれと?」
「あんたは今までの奴とは違う! そうだろ? あいつが動揺していたのを初めて聞いたんだ。あんたならいけるさ」
「黙れ。二度と俺の事を知ったような口を利くな。それにただのお前の妄想で、気のせいかもしれないぞ」
「そ、そう言われると…なにも言い返せないな。はぁ~、とにかく決めるのはあんただ。俺は…これ以上なにも意見しないさ」
「お前の名を教えろ」
「ああ…モークだ」